二話 ソルの業
それから、ニエベと話をしていると、突然私たちの乗っている馬車が左右に揺れた。
揺れ自体は少し経った後に収まったのだけれど、揺れが収まった後も、馬車は今までの様子とは違い、ずっと左に傾いている。
「ニエベさん、なんかななめになってない?」
「ん?そうか?」
ニエベが馬車の中から外を見てみると、さっきまでパラパラと降っていた雪が、今では視界が真っ白に染まるほどに激しくなっていた。
「だめだ、雪で何にも見えやしない。多分傾いてんのは雪が積もっ...!」
突如、ニエベの左目から血しぶきが飛んだ。
「あ゛あ゛あ゛、いってえ!なんっっだよ!!............ソル!!!<骨>だ!!!<骨>が馬車にしがみついてやがる!!」
<骨>!???
どうしよう!?
かあさまが私の代わりに骨に殺されたことで、私は生きることができている。私の命は、かあさまから二度も与えてもらった命だ。
かあさまが産んでくれて私は生きている。
かあさまが助けてくれて私は生きている。
私は弱いから骨を殺すことができない。
私に何の力もないから骨を殺すことができない。
.........今、ここで、ニエベを助けに入ったところで私は彼女を助けることができる?
何の力もない私が?
骨に殺されかけているかあさまを見殺しにしたくせに?
「......ル.........ソル、ソル!!槍を!!荷台の中にある!早く!取って!!!」
血の溢れる左目を抑えたニエベが、右手を突き出して叫ぶ。
その声に気付き、ハッとした私は、慌てて荷台の中に立てかけてあった槍をニエベに渡す。
ニエベは槍を私の手からひったくると、馬車にしがみついていた<骨>を叩き落とした。
叩き落とされた<骨>は雪の中に消えていく。
「......ご、ごめんなさい..........。」
「....ありがとな!!ソルのおかけで助かったよ!」
「ち、ちがう。わたしのせい。わたしがななめになってるとかいったから......。」
「いいや、ソルがそう言ってくれなかったら、左目だけじゃ済まなかったかもしれないし、だから、ソルのおかげだよ。」
そう言って、わたしの頭を優しく撫でる。その暖かさに、思わず、甘えてしまいそうになる。
『いいや、お前のせいだ。』
そう、声が聞こえた気がした。その声は、ニエベの暖かさから私を引き剥がす。
『お前の行動全てが不幸を呼び寄せる。』
「そんな、こと、.....ない。」
『お前は存在しているだけで周囲の人間を損なう。』
「そんなこと.....。」
『お前の母はお前をかばって死んだ。その次はこの旅人だ。』
「ニエベはいきてる。」
『よくみろ。』
見上げると、左目に布を巻いたニエベが優しく微笑んでくれる。
直後、ニエベの口の中から大量の血液が吹きだす。咄嗟に手で口元を覆うが、指の隙間から血が溢れて私の顔にかかる。
「えっ、?」
「あ゛〜、脳まで刺さってたか〜。これは、....仕方ない、ね。」
『これがお前の業だ。お前の周囲にいる人間は等しく死ぬ。』
「ソル、私は死ぬや。この馬車はキミにあげるよ。」
「いや.........、なんで.........。」
伸びたニエベの手が私の頬に触れる。
「この馬車に乗ってれば、都まで行ける。ボクの馬たちは、賢いからね。それと、ボクが死ぬのは、キミのせいじゃないから、ね........。」
ニエベの手が私の頬に赤い線を引きながら、ボトリと落ちる。
「......あ、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
『またお前のせいで人が死んだぞ。』
「う゛る゛さ゛い゛!!!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
『いくら逃げようとお前のせいで人が死んだということは覆ることはない。』
「ちがう。わたしのせいじゃない。」
『お前のせいだ。』
「わたしのせいじゃない!!!ぜんぶ<ほね>のせいだ!!!!!あいつらがいるからわたしがふこうになるんだ!!!あんなやつらがいたせいでかあさまもニエベさんもしんだんだ!!!!!」
それから声が聞こえることはなかった。
私は、呆然としながら、主を失っても、馬車を引きながら走り続ける二匹の馬を、しばらくの間眺めていた。




