第九話
俺は今迷宮に来ている。
「はぁー……」
これで何度目かわからないため息を吐く。
フローラと別れる際に何とも微妙な雰囲気になってしまった。
これから命のやり取りをするんだから気を引き締めなくてはいけないのだが、中々切り替える事ができない。
「グギャギャッ」
落ち込んでいる俺にゴブリン共は容赦なく襲ってくる。
それを迷宮で手に入ったばかりの小刀で切り裂いて、命を刈り取っていく。
ゴブリンの肌をバターを切るが如く切り裂く。その切れ味は以前のナイフと比べ物にならなかった。
これが切れ味上昇の効果なのか……? 切れ味上昇(小)とあったが、本当に切れ味が良いのかそれとも素でこれくらいのキレイななのか判別がつかないが……まあ、確かに前のナイフに比べたら遥かに良い。
「ここで俺が死んだら、フローラと話すこともできないな。今は目の前の事に集中しよう……」
彼女対する罪悪感を払う。戻ったらちゃんと話そう……むしろ今回の探索での稼ぎでお菓子でも買って行こうかと思う。
そんな事を考えながら、今しがた倒したゴブリンから魔石を取り出しバックにしまう。
しかし、切れ味の上昇は分かりにくい効果だったが、素早さ向上の効果はかなり実感している。
この風の小刀を構えると途端に体が軽くなるのだ。自分の身軽さを武器にする俺にとってはかなり有益な効果と言えよう。
ゴブリン程度なら絶対に負ける気がしない。
ただ、ここは迷宮。
何が起こるか予想がつかない。
俺は深呼吸をして浮き足だった心を落ち着かせる。そうしてから迷宮の奥にと歩みを進めた。
現在、迷宮1階層。以前宝箱が合った部屋の前へと来ていた。
あの罠は若干のトラウマだが、その部屋の中にはまだ宝箱が有るのか気になってしまう。
よし! 試しに覗くだけ覗いてみよう。
俺は恐る恐る扉のノブへと手をかけてそれを回すと、空いた扉の隙間から中を覗く。
そこには―――――――何もない。
まあ、そうだよな。期待はしていなかったが少し残念に思う。それにしても宝箱ば誰が置いているんだ? 迷宮の七不思議とも言われるそれを、身を持って味わった。
さて、ここにずっと居てもしょうがないし先に進むか。
~
「おっ? 次の階層に行く階段か?」
俺は石造りの階段を見つけた。
段差が上に続いているため、2階層に行けるのだろう。俺は迷うことなくその階段を上がることにした。
そして、しばらくその階段を昇っていると扉が現れた。
この先が次の階層と見て間違いないだろう。
ゆっくりその扉を開ける。
2階層も1階層と同じ石の壁に覆われた迷宮だった。
魔物も同じくゴブリンだけ。俺は特に不運にも見舞われることなく順調に2階層を攻略した。
「んっ? これは魂加したか」
3階層に到達した俺は何匹目かわからないゴブリンを倒し時だった。
体に力が漲ってくる。
魂回による魂の強化。すなわち魂加が起きたのだ。
魔物を殺すことで魂の一部を吸収する。
そうすることで魂が徐々に力を付けて強化される。その事を魂加と世間では呼ばれている。
魂加が起きると自身の能力が引き上げられるのだが、本当に魂を吸収してるかはわからない。何かによって強くなっていく事はわかるが、魂が本当に吸収されているのかはわからないのが本当だったりする。
過去の偉人が「魂を吸収している」何て言った事からそう呼ばれるようになったらしいのだが、俺はどちらかと言えば否定派だ。
英雄と呼ばれる人物達は異常な力を持っていたりする。例えば石を手で握り潰したり、目にも止まらぬ早さで動いたり、魂加で強くなることはわかるが、どちらかと言えば魔力を吸収でもしているのではないのだろうか?
っと、久しぶりに魂加を味わって思考が変な方向に行ってしまったな。
「ゴブリンで魂加するのか……この迷宮では魂の入手できる量が多いのか?」
ゴブリンで魂加した事に少し驚いた。
強力な魔物程、入手できる魂の総量が多いと言われている。ゴブリンのような最下級の魔物から入手できる量は少ない。
俺が冒険者の時に、目に付くゴブリンを手当たり次第に狩っていた時期があったが、ある日を境に魂加が起きることは無くなった。多分、1年ぶりに起きたのではないか?
しかし、この魂加した時の気分は筆舌に尽くし難い気分になる。体の底から力が沸き上がってくるような不思議な感じだ。
ちなみに急激に魂加すると魂酔いと呼ばれる現象に見舞われる事があるのだが、新人の冒険者の死因の1つとも呼ばれていたりする。高揚しすぎた事で錯覚を起こし、自分より数段格上の魔物にも挑んで返り討ちに合う。そう言った事案が少なからずあると言うことらしいのだが、生憎と俺は経験したことがない。支部長から教えられ知識として覚えている程度だ。
結局のところ結論が出ないため、魂の取得量について考えることは保留とすることにした。
迷宮3階層の地形は特に変わらないが、出現する魔物に変化があった。
「カタカタカタ」
ゴブリンの次に現れたのは骨の戦士。
カタカタと音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。その動きはぎこちなく、酔っぱらいのまさにそれのような動きだ。
武器を持つ右手は下にだらんと垂れ下がり、両刃の剣を床に擦っている。
「くそっ、スケルトンか……相性が悪いな」
スケルトンの特徴はその不死性にある。
ゴブリンよりも厄介とされ、体は骨しかないため脆いのだが、首を斬られようが、核を潰さない限りその動きを止める事はない。
そのため炎で焼き尽くすか、ハンマー等で潰してしまうのが効率がいいとされている。
小刀しかない俺としては不利と言うわけだ。これにゴブリンまで一緒に出てきたら状況としてはかなり良くないだろう。
自分に不利な状況なのだ。悪態をついても仕方ない。
俺はそいつの出方を伺うためじっと見つめる。ゆっくりと近づいてくるそいつの眼は暗黒に支配されている。あるべき物が納められていないのに、こっちをしっかりと捉えて離さない。
「カタカタ……カタ……」
本能的恐怖なのか死の体現とも言えるスケルトン。その両目の暗闇を見つめていると背筋に寒気を感じる。
俺は両足に力を込めると地面を強く蹴った。勢いを付けて一気にスケルトンとの距離を縮めると全力で前蹴りを放つ。
走り出した勢いから繰り出された蹴りが胴体に直撃すると、後方に吹き飛んだ。
吹き飛ばされたスケルトンは地面に激突すると、バラバラになる。
相手の出方を伺っていると。
「…………カタ……カタカタ……カ……タ……」
どういう仕組みかわからないが、バラバラになった骨が1つに繋ぎ合わさっていく。ぎこちなく元に戻っていく姿はまさに糸に吊るされた操り人形。
その様をぼうっと見ているつもりはない。
まず武器を持っている右手に小刀を下から上に振るい、骨の間接でない部分を切断する。
スケルトンは、急に重りがなくなった事で体の均整を失いよろけた。
「―――今だっ!」
俺は振り上げたその手を、スケルトンの核めがけて振り下ろした。
銀色の刃が赤い宝石を真っ二つに切り裂く。
「……カタ」
宝石が切り裂かれると同時に不思議な力で繋ぎ合ってた骨が地面に落下した。
「あー、スケルトンは倒しても旨味が少ないんだよな……」
赤く光っていた宝石こそ魔物の核。
つまり”魔石”だ。
今はそれを切り裂かれその力を失い、ただの石のようになってしまっている。
残って売れそうなのは、誰のともしれない人骨とそいつが持っていた錆びた剣だけだ。もし、その魔石を手に入れたいなら”聖
属性”で倒すか、魔石だけを取り出して聖水に付けるしかない。
そんな物を持ち合わせていない俺としてはただ体力だけを消耗する結果となってしまう。
剣もがさばる。思わずため息が出そうなのを堪えてその場を後にしようとした時だった。
―――才能が開花しました。