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第六話

 俺は協会の裏手に到着すると、井戸に吊るされている紐をたぐり寄せて水を汲む。


 今日1日で色々あった。念願の探索への登録、迷宮に潜ったら初めて魔具と思われる小刀を見つけて、喜んだらゴブリンに襲われて命からがら逃げてきた。

 組み上げた水をタライに移して物思いに(ふけ)りながら、ぼうっと水面に映る自分の姿を眺めていた。


 母親譲りの銀色の髪。何処にでもいる平凡な顔に冒険者の先輩達に言われた不幸そうな目がそこに映っている。俺は頭から水を被るとその紫色を落とし始めた。

 紫色になった水がどんどん流れてくる。

 服も汚れてダメになってしまった替えはあるが、そろそろ買わないとダメだろう。革の鎧もかなりの悪臭を放っている。

 ナイフも2本失ってしまった。

 

 「はぁー……」


 財布の中身が心もと無い。 

 全財産は金貨2枚。

 一般家庭の1ヶ月の収入の2倍程はあるが、服を新調するのに上下合わせて銀貨1枚は欲しい。それに加えて新しいナイフを買えば1本辺り最低でも銀貨5枚はするだろう。


 服はともかく命を預ける大切な相棒だ。中古品ではなくて新品を買いたい。

 それに、この革の鎧も銀貨7枚はした。

 それを考えると俺の全財産なんて一瞬で消えてしまう。


 この”レムレス大陸”の共通通貨として龍の紋様が刻まれた硬貨が使われている。

 最低通貨が”鉄貨”

 最高通貨が”白銀貨”

 その間に”銅貨”、”銀貨”、”金貨”の順で他の貨幣が存在する。

 鉄貨10枚で銅貨と同等の価値。金貨までは同じ倍率となるが、白金貨のみは金貨100枚と同等の価値だ。

 白金貨は一般市民からしてみたら、一生お目にかかることがない方が多いのではないだろうか。そう言う俺も見たことがないのだが。

 今後の資金の事も考えると憂鬱な気分だ。”英雄”になるにはほど遠い。

 

 ある程度汚れを落とした所で、もう一度協会の中に戻る。受付に到着した俺は早速ゴブリンの魔石と小刀を取り出した。


 「こんばんは、換金でよろしいですか?」


 体を洗って多少の臭いは落ちたかもしれないが、まだきっと臭う筈だ。それでも顔色一つ変えない受付の女性にさすがだと思う。


 「ゴブリンの魔石の買い取りと鑑定もお願いしたいんだけど」


 「魔石の買い取りと鑑定ですね。鑑定には銀貨1枚となりますがよろしいですか?」


 鑑定に銀貨1枚は痛手だが小刀の能力が気になる、最悪呪いが付与されている物も存在するため、おいそれと装備する訳にはいかない。

 俺は銀貨1枚を払うことを決めて鑑定をお願いすることにした。


 「お待たせしました。こちらが鑑定書になります。それとゴブリンの魔石10個で銀貨1枚となりますが、そちらと相殺する形でよろしいですか?」


 「あっ、それでお願いします」


 鑑定書と小刀を受け取った俺は、鑑定書を確認する。


 種別:魔武器

 種類:小刀

 名前:風の小刀

 能力:装備の素早さ向上(中)、切れ味向上(小)


 「―――やったっ!」


 鑑定書の1番上の部分を見て思わず声を上げてしまった。


 「ふふふ、おめでとうございます」


 受付の女性が微笑ましそうにこちらを見ている。思わすはしゃいでしまったことに「あっ!」っと思ったが、時すでに遅い。ばっちり受付の女性に見られているし、他の探索者もこちらを見ていた。

 みるみる血が昇ってきて顔が熱い。

 そうして、恥ずかしさに耐えていると。


 「迷宮10階層付近で見かける事の多い魔具ですが、使い勝手がよくて人気なんですよ。買い取りでしたら金貨2枚程になりますからね」


 受付の女性はこの小刀について軽く説明をしてくれた。


 「あっ、金貨2枚! そんなに! えっと、いや。自分で使うんで買い取りは大丈夫です……って、迷宮10階層? 1階層の宝箱から出たんだけど……」


 「えっ?……」


 受付嬢との間に微妙な空気が流れる。

 そう言って先に渡しておいたカードを確認する。攻略階層は自動的に記録されるためその部分を確認しているようだった。


 「本当に1階層ですね……。他に罠とかも仕掛けられていました?」


 「あっ、はい……中身を取ったら罠が発動して、ゴブリンが大量に召喚されて……」


 眉間にシワを寄せて考えている受付嬢。俺は何かしてしまったのかと少し不安になってしまう。


 「すいませんが、詳しい話をお聞かせ願ってもいいでしょうか? もちろん情報提供の報酬をお支払いしますので」


 報酬を貰えると言うことで断る理由がない為、その話を受けると俺は受付の奥に案内された。


 「こちらで少しお持ちくださいね」


 案内された部屋には長方形の長い机。それを挟むように椅子が4つ設置されている。それに座ると腰の形に合うように沈む。

 その柔らかくて座り心地のいい椅子を楽しんでいると受付の女性が戻ってきた。


 「あっ、スフィアちゃん。受付に戻るからよろしくね」


 「……はい」


 そうして入って来た受付の女性は、俺が登録する際に口論となった青い髪の女だった。

 スフィアと呼ばれた女は部屋に入って来て俺を見るなり一瞬固まる。

 俺としても早すぎるまさかの再開に固まる。


 「……」


 「……」


 何も言わず俺の向かいに座るスフィアと言う女性。


 「……では、情報提供と言うことで詳しい話を聞かせてください」


 あの時のように突然辛辣な事を言われることはなかった。

 今度はちゃんと仕事をしてくれるようで少し安心する。


 俺は迷宮に入って起きた詳細を素直に話す事にした。

 羽の付いた筆ですらすらと話したことを紙に書いていく。その姿にただ紙に書いているだけなのに、貴族のような上品さが漂っていた。

 

 青い髪が特徴のスフィアと呼ばれた女、少し性格に難はあるが普通にしていればかなり綺麗な女性だ。

 目尻が少し釣り上がりきつい印象を与えるが、逆にそれが良いと言う人も多いだろう。

 好みか好みじゃないかと言えば答えに困るが、素直な感想として綺麗と言っておく。最初の出会いがあんなんじゃなかったら見惚れていただろう位には。


 「……なるほど。この他には何かありましたか?」


 抑揚の無い話し方で淡々と言われると何となく威圧されてる感じがする。


 「他には特には……」


 少し口ごもりながらそう答えるとどうやら話は終わりだった。


 「……一つ聞きたいんだけど、何でわざわざこんな所で話を聞くんだ?」


 「情報次第ではあなたの身に危険が起きる可能性があるからです。なので簡単に迷宮で手に入れた情報をおいそれと話さないようにした方がよろしいですよ」


 「大袈裟じゃ……」


 「はぁー。そんなでは早死にしますよ? やはり死にに来たんですか? それなら今すぐに引退することをお勧めしますが」


 ため息を着きながら棘のある言葉言ってきた。また、喧嘩腰になりそうだったが、今回はぐっと堪える事が出来た。 


 「わかった。探索者は辞めないけど気をつける」


 「そうですか。もし、また迷宮に潜るようでしたら早目に仲間を見つけてください…………では、こちらが報酬となります」


 そう言って銀貨2枚を渡された。


 「こんなに貰えるのか?」


 「ええ、あなたの情報にはそれくらいの価値があると判断しました。情報によっては金貨1枚以上の価値になる物もありますのでいつでもお越し下さい」


 口調は丁寧だが相変わらず言葉に抑揚がなかった。

 感情が読めずに分かりにくい人だなと思った。


 「ちなみに1階層で風の小刀。それとサモン系の罠。どちらも初めて確認されたと言うことになります。運がいいのやら悪いのやら……」


 やっぱりか……。

 薄々そんな気はしていたが、これで間接的に俺の不運の影響と証明されたわけだ。

 それを乗り越えた結果の報酬がこの風の小刀になるのか?

 命の対価が金貨2枚は高いのやら安いのやら。そして、部屋を出ようとした時。


 「ああ、一つ言い忘れてました。もし、宿を利用するのであれば”集い亭”が安くてお勧めです。泊まるためには条件がありますが、あなたのようなニューピーの為にある宿ですので……それと、匂いますので体を入念に洗うことを強くお勧めします」


 そう言ってきた。

 案外優しいのかと思ったが、最後に言われた一言にその考えをすぐに改めた。

 そこは心に留めてくれればいいのに……

 そして、改めて俺は協会を後にすることにした。

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