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流行りの異世界転生が出来ると思ったのにチートするにはポイントが高すぎる  作者: はぎわら 歓
野弧と娘

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12/12

 肉体を交えることよりも寄り添い合うことが増え、私は妖狐の姿よりも人型をとっていることがほとんどになっている。数多の春が訪れ、芽吹き、新しい命が山に満ちる。しかしこのところ千代は元気がなく弱々しい微笑みを見せ始めた。


「あなた、そろそろお別れです」

「何を言うのだ」

「あなたは出会った頃のままでとても美しい。幸せでした。あなたに出会わなければずっと村で小さく下を向いて過ごしていたでしょう」

「私もお前と夫婦になり歓びを知った」

「ああ、とても嬉しいです。生まれてきてよかった」

「そのようなことを言うな。そうだ。私の精を注いでやろう」

「ありがとうございます。でも、もうおらの身体は老いて、あなたを受け入れることは無理でしょう」


 千代が老いていることに私は気づいていなかった。彼女の優しさや慈しむ姿にばかり目を奪われていて外見に頓着はなかった。言われてみて初めて、髪が白くなっていることや、肌がたるみ、深いしわがあることに気づく。


「そのような、ことを……言わないで、くれ……」

「ああ、あなた……」


 千代の小さな手のひらが私の頬を撫でる。彼女の指先を伝い、雫がぽたぽたと落ちる。生まれて初めて私は涙をこぼしていた。


「う、ううぅ……」

「ごめんなさい。あなたと過ごせなくて……。銀月を呼んでください」

「わかった……」


 私は村の社でゆるゆると過ごしている銀月を呼びに行く。彼は千代の言うことをよく聞き、村人の願いや困りごとに手を貸してやっている。

 すっと社の中に入ると銀月は袴姿でふわふわと宙に浮き、まどろんでいる。


「銀月……」


 呼びかけると耳がピクリと動き尻尾がふわりと揺れ目を開いた。


「どうしたのですか、父さま」

「千代が、そなたの母が……」

「わかりました。参りましょう」


 銀月は何も言わずとも千代に寿命が来ていることがわかっていたようだった。私と違い彼は人間と密接であったが故に、彼らの一生を良く知っているようであった。


「母さま……」

「銀月。もうお別れです。あなたにもいつかきっと番う相手が出てくるでしょう。父さまをよろしくね」

「わかりました」


 千代は私の方へ視線を向ける。


「手を、手を握って……。金陽、さ、ま」

「ああ、ああ。ずっと、ずっと握っておるぞ」


 にこりと少女のような笑みを見せて千代はこと切れた。私はしばらく身動きせず千代の手を握りじっと過ごしていた。二晩ほど同じ状態の私にとうとう銀月は声を掛けてきた。


「父さま。このままでは母さまが傷んでしまいます」

「あ、ああ。そうか……」


 千代の亡骸を、巨木の元へ運ぶ。天様が私の母を埋めたように私は彼女を深く深く掘った穴に横たわらせる。


「う、ううっ、いっそ食らってしまおうか」


 悲しみのあまり彼女を自分の体内に納めてしまおうかと思った。しかし思い直してもう一度青黒くなった死に顔を見てから土をかけた。


「天様、天様」


 私は久しぶりに天様を呼ぶ。もう彼がいないことはわかっているのに。



 毎日毎日、千代の埋まっている巨木の根元に行く。今までで一番悲しみを感じたが、以前のように自暴自棄にならなかったのは千代の与えてくれた愛情のおかげであったのだろうか。それともやっと天様の言っていたことが分かったのであろうか。


 もう殺生を犯すことはなく、自然を守り、育み、千代が好きだった花を増やした。

 村の事は銀月に任せておいた。彼は淡々と叶えられるものは叶えてやり、無理なものはそのままにした。それでもいつの間にかご利益があるということで、よその村からも参るものが増え、そのことにより小さな村は豊かになって、また栄えた。このような繰り返しのおかげで村人たちは豊かさを得て、悪い心を持つものは皆無であった。


 ある時、犬神の若者がやってきた。


「お久しぶりです。金陽さま」

「ん? お前か。立派になったな」


 若い犬は力をつけてきたらしく、堂々として以前の甘ったれた様子はもうなかった。

「今度、一族の長となることになりました。それでご挨拶に参ったのですよ」

「ほお。それはめでたいことであるな」

「しかし、もうそのお姿では金陽さまとお呼びすることはできませんな」

「なぜだ?」

「あなたはもう天様でしょう」

「私が天様とな?」

「ええ」


 確かに天様の姿に似せてきたが私はもともと妖狐であり、天様の使いである。


「姿だけだ」

「いえ。その眩しい光は使いのものではありません。以前に長老から話に聞いていた天様のお姿そのものでしょう」


 犬神の若者は目を細め眩しそうに言うが私にはそのような実感はなかった。犬は一晩、社で過ごし帰っていった。


 季節は巡り、私と銀月は変わらないが、村も人も山も様変わり始めた。もう社の周りと山の中心の巨木のあたりにしか自然はなく、硬い灰色の景色が増えた。気が付くと社は立派な建物に建て替えられ、多くの人間が参拝するようになった。


「銀月よ。そなたは社にずっとおるようだが、面白いのか?」

「さあ。どうでしょう。ただ人というものの様々な願いを聞くのは面白いと言えば面白いです」

「ふむ。そのようなものか。しかし人が増えて大変であろう」

「いえ。今は神主というものがおりまして、その者が何やら願いに貢献しているようです」

「ほう。時代は変わったのであろうな」


 もう神々の時代ではないらしい。畏怖されてきた信仰の対象ももはやない。それでも子供たちは巨木の周りをくるくる回り、木肌を撫でる。

 時代は変わっても変わらぬものはきっとあるのだろうとしみじみ巨木を眺めているとふわっと身体が軽くなり目の前が眩しい光で覆われる。


「ん? これは?」


 光に慣れ目を開くと、若々しい娘の姿の千代が立っている。


「あなた。お迎えに参りました」

「千代?か」


 薄衣の美しい衣をまとい、微笑む姿は神々しい。唖然としている私に彼女は澄んだ美しい声で話す。


「あなたが天様となって千年が経ちました。そしてこれからまたあなたが望む世界にわたしはあなたをお連れします」

「私が望む世界とな?」

「ええ。わたしは天上であなたがお役目を終えるのを観音様のところで修行しながら待ちました。あなた様をご案内するために」

「お前は、私を案内した後どうするのだ」

「さあ、それは考えておりません」


 千代は私を案内する役目のためだけに修行をしたのであろうか。私は今までの感じてきたすべての感情が交じり合い深まり全身を覆う感覚を得る。


「では望みを言おう」


 千代は微笑みながら頷く。


「またお前と夫婦になり、同じ速さで年老いてゆきたい。もう離れることなく、穏やかに交わっていたい」

「あなた……。また、わたしを望んでくださるのですか」

「ああ。お前だけを望もう」


 千代は私の手をひく。錦の雲が迎えに来ている。その雲に乗ろうとすると巨木から懐かしい声が聞こえた。


「金陽よ。幸せに」

「天様?」


 錦の雲に千代と乗り、神社の上を通り過ぎると、銀月が微笑んで手を振っているのが見えた。


「あなた。もうこの世界には未練はありませんか?」

「ない。お前とならどの世界でも良い」


 千代を抱きしめると身体が溶け合うようだ。この錦の雲の上で永遠の時を過ごしてもよいと思えるぐらいだった。

 私は天様に感謝の祈りを捧げ、全ての生き物に幸あれと願った。




 終

 

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