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春になると山の中では新しい命が芽生えてくる。動物たちも発情期をむかえ新しい命を生み出している。背中に千代を乗せ山を散策していると、ときおり彼女のため息が聞こえる。ちらりと見ると千代は木の陰からのぞく小さな狸を、憧れるような眼差しで見ていた。
「どうしたのだ。狸が欲しいのか?」
「え? いえ、狸が欲しいのでは……」
「ではなんだ」
「お子が、あなた様のお子が産めたらどんなに悦ばしい事かと……」
「私との子が欲しいのか」
「へえ……。愛し合った証が欲しいのです」
動物たちは発情期が訪れれば交わり子を産むが、寿命を感じない私には子を持つことなど意味のないことであった。私と一緒にいるため千代は普通の人間より随分老いが緩やかだが寿命はあるのだ。それを改めて認識すると私は天様を失ったときの悲しみが胸をよぎる。永遠に彼女と一緒に居ることは出来ないのだと。
「よいだろう。狐はそもそも繁殖力が高いのでお前の願いはすぐに叶えられるだろう」
「ほんとですか! うれしい……」
ぱっと表情を明るくさせ、千代は日の光よりも眩しい笑顔を見せた。
千代の身体が火照ったところで人間の男の姿をとる。
「今宵、精を放つことにしよう」
「セイ?」
「ああ、今まで放つことはなかった。お前がいればよいと思っておったのでな」
「すみません。わがままを言ってしまい」
「いや、良いのだ。お前の望みなら叶えたい」
従順で無欲な彼女が望む唯一の事が私との子を産むことだった。今では私の心に愛しいという気持ちが芽生えていた。
すぐに千代は体調の変化を訴えた。腹が大きく膨れた。赤子を産むために洞窟ではなく、村人に建てさせた社に向かい、村の産婆に手伝わさせる。人間ほど時間がかかることなく、難なく赤子は生まれた。
老いた産婆はため息混じりにうっとりと「あなた様ににて美しいお子です」と天様の姿の私に告げる。
「ふむ。私の息子か」
「ええ、ええご立派な息子さんで。村の者はますますこの山と社を大事にするでしょう」
後にこの社は安産と子供を守るご利益があると言われるようになっていく。
赤子は人間の肉体を持つが、私と同じ狐の耳と長い尾を持っていた。
「しかしこの子は、色合いが夜の月のようだな」
「そうですね。銀月と名付けましょう」
こうして私は父となる。母となった千代の乳房は驚くほど膨らみ銀月にたっぷりと乳を与えていた。その光景をみていると、まるで私自身も死んだ母狐から同じように乳を与えられていたのだろうと幸せな気持ちになった。
千代と愛し合い、銀月を慈しみ私は満足な日々を送っていた。
母となった千代の肉体は薄っぺらだった娘の頃と違い、ふっくらとして柔らかだった。
「このようにおなごの身体は変わるものなのだなあ」
「あ、は、恥ずかしいです」
「恥ずかしがらずともよい」
「今のお前があの時の現れていたら、食らっておったかもしれぬ」
「あ、あふっ、あ、ん、た、食べられて、も、かまわない、で、す」
「ふふっ。食らわぬ」
柔らかく温かい千代の身体に沈み込むと安堵する。銀月が生まれてからは貪るような交わりではなくなった。その代わりしっかりと密着し、お互いの身体に刻み込むような深い情交となっていった。
銀月は早く青年狐となり、私が教えた妖術も覚えた。
「父さま、この山の外にはなにがあるのですか?」
「ああ、外の世界を知るのもいいかもしれぬな」
「外?」
「そうだ。この山の外にも、山があり、人がいて、我らのような者もいる」
「そうなのですね」
「外に行ってみたいか?」
「いえ」
「そうか」
銀月はとくに外の世界に興味はないらしく、他にも世界があることを知って納得したようだ。私が金の毛並みを再び得てから殺生をしなくなったためか、銀月も私と同様に甘露と木の実で生き永らえている。こうして私たちは山と共存し自然を慈しみ一体化していった。しかし命の終焉はそこまで来ている。




