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姿を消し続けるのも体力を消耗するので現すことにした。娘がハッとこちらを見る。
「あ、ああ、お狐様……」
「ん? 私を知っておるのか?」
こくりと娘は頷き、なぜか安堵したような表情を見せる。
「ふーん。まあよい」
私は足から舐めあげる。ぺろぺろと脛を舐めあげ太腿にも舌を這わせる。娘はまた身体を振るわせ始めたが、お構いなしに何か旨い味はすまいかとあちこち舐める。すると娘の声が悲鳴のような甘いような不可思議な声を上げ始めた。それを聞いているうちに私も妙な気分になってくる。
「あ、あなた様、と、つ、繋がりたいです」
「繋がる――か」
交尾のことを言っているのだとは分かった。しかし私と人間の娘では交わるのが無理であろうと考える。
「天様――」
ふと私は天様の姿を思い浮かべ、集中し、その姿になるべく全身の神経を統一する。ふわっと身体が軽くなったのを感じたあと、天様の容姿に似た、人間の男の姿になったのを水面に映し確認する。こうして、薄い娘の身体にぴったりと身体を添わせ交わった。
その後、娘と共に数回の交わると彼女はぐったりと意識を失った。
「ん? どうしたのだ?」
ただでさえやせ細っている娘はよりくたびれた様子を見せ、腹はくぼみ身体に力が入らぬようである。どうやら腹を空かせているのだろう。私はまだまだ精力も体力も十分にみなぎっていたが人間はやはりもろいものである。ぼろ布のような娘をそっと洞窟に運び込み。私は娘のために食料を調達することにした。
村の家畜を襲っても今の娘は食すことが出来ぬであろう程弱っている。そうだ、と思い出す。私は山の中心部分の一番深いところを目指す。
「ああ、あった」
初めて天様から甘い雫をもらった古い巨木は倒されておらずひっそりと荘厳な佇まいを見せている。上の方からぽつぽつと雫が光を受けながら落ちてくる。私は大きな柔らかい葉を袋のようにして雫を貯め込み持ち帰った。
浅い息をして昏々と眠る娘を見つめる。最初は食らうつもりであったが、もうそのような気持ちには不思議となれなかった。
再び人間の姿をとり、娘を抱き起し、雫を口に含んで唇を濡らすように一滴注ぐ。小さな唇が少し動く。もう一度、今度は二滴ほど唇に流すとパクパクと飲みこもうとする。一口一口と飲ませると娘は喉をこくりと鳴らし、やがて目を開けた。
「ああ、お狐様……」
「気づいたか」
裸のままであることに気づいた娘はさっと両手で身体を隠しうつ伏せになった。
「お前は私をなぜ知っていた?」
食す前には気にならなかったことがなぜか口をつく。
「へ、へえ。おらたちの村はずっと天様と使いのお狐様の話を伝えてきていますから」
「そうか」
もういつであった忘れるくらいの昔の出来事であろうが、天様の存在が無くなってはいないことに私は温かい気持ちになった。
「お前は私が恐ろしくないのか」
「お狐様と知らないときは怖かったです。でも、お狐様は天様の使いですから」
天様の使いであった時も特に私は善行を施したことはなく、ただ彼と戯れる毎日であった。それでも天様のおかげで私も信仰の対象であったようだ。
「あ、あの、不束者ですがよろしくお願いいたします」
「ん?」
娘は痩せた身体を起こし、正座をして頭を下げる。
「精一杯お仕えいたします」
何を言っているのかしばらく分からなかったが、どうやら娘は私の元に輿入れしたつもりであるようだ。
「うーむ。お前と番うことになるのか」
「え? 違うのですか?」
「ふふっ。まあよいか」
お前を食らうつもりであったとは告げず、甘露によって回復した娘と暮らすことにした。
娘は毎朝、私の毛並み整えた後、洞窟の中を掃き清める。山に入り木の実や果実をとって食し、枯れ草をひいた柔らかい寝床で交じり合う。不思議なものでこのように娘と過ごしているうちに、毛並みが以前のような輝きを取り戻してきた。
「なんと、お美しい。金のお日様のようです」
「ああ、名乗っていなかったな。私は『金陽』という」
「金陽さま……」
「お前は?」
「おらは千代と申します」
千代は子供の頃に両親を亡くして村の中ではあぶれた存在であった。そのため私の生贄に選ばれたのだろう。
「村に帰りたいか?」
「いえ、帰りたいとは思わないのですが、あなた様のそのお姿を見せたく思います」
「私を?」
「へえ。村の中でももう天様とお狐様のことを忘れてしまうものが増えたのです」
「そうか」
天様のことを心の中にでもとどめておいて欲しいと願う私は娘、千代の言う通りに村人の前に姿を現すことにした。
背中に娘を乗せ、空を飛び、村の上を旋回するとざわめきが聞こえ始めた。
「おい! あれ!」
「お、お狐様じゃ!」
「なんと輝かしい!」
「背中に乗っておるのは千代でねえか」
「ほんに、ほんに!」
村で一番大きな茅葺屋根に立ち私は村人に告げる。
「社を建て、天様を祀れ! さすれば村は永遠に守られるであろう!」
私の言葉に村人たちはひれ伏し、すぐさま社を建て始めた。これで天様が忘れ去られることはないだろうと満足してまた山の中に帰った。
千代との触れ合いが一番の私の歓びとなっている。
「ああ、金陽さま……」
すこしふっくらとして青白かった肌が桃色になっている。
「も、もう食べられても、よ、いです」
「ふふっ。食べようと思っていたのだがな」
今では食欲は情欲に抑えられている。千代と交わり合うために食べて体力をつけているようなものである。
交わるときだけ人の姿をとる。やはり同じ種族の姿は便利である。




