第一話
部屋の高い位置に付けられた子窓から射し込む陽光に照らされ意識が覚醒する。
よりによって引きこもり体質の天敵である太陽が最も高く登る時間帯に起きてしまった事をスマホで確認し、溜息を一つ生産すると寝床であるソファから身体を起こす。
相変わらず寝心地は最悪だ。
しかし使い慣れてるし今更替えるのも気が引ける。
もう何度繰り返したか分からないその問は、今日も答えが出ないまま頭の片隅に追いやられた。
そしてそんな事よりもゲームの方が大切だ。
そう思考を切り替えるとPCデスクの椅子に座りヘッドホンを装着し通話ソフトから目的の人物を探し通話ボタンをクリックする。
一コール半で相手は応答した。
俺の方が朝が弱いのでこっちから通話を掛けるのが習慣だ。
「うぃ起きたわ」
『おっせ、いつまで寝とんねんぼけ』
「いや、しゃーないやん。今日は仕事休みなんやし」
『あ、今日休みなん?』
「昨日言ったやん。それに仕事なら今頃遅刻ダンス踊って乱心してるわ」
『何それキモそう』
「ふぁーしばきて」
『とりま何する?』
「あーせやな。この前買ったホラゲーあるやん。あの頭で釘栽培してるおっさんが出てくるやつ。あれでもやろ」
『あーポトニア?ポトリア?まあ忘れたけどそんな感じのやつか』
「そうそうポトフな」
『おけー起動するわ』
いつもの如く軽口を叩き合い俺達はゲームを起動し、いつもの如く休日を怠惰に過ごす。
深夜三時頃までぶっ続けで遊び、翌日というか今日の数時間後には仕事という事で適当な所でゲームを切り上げる。
「はぁー仕事だり」
『ほんまそれな』
「会社爆発しねーかな」
『ほんまそれな』
「ほんそれマシンになっとるやんけ」
『ほんまそれな』
「とりま寝るか。おつー」
『ほんまそr』
全てを言い終える前に通話を終了させ。
最近やってるMMOをタスクバーから開き放置金策の為の用意する。必要な材料を倉庫から取り出し準備完了。
さて寝るか、そう思いタスクバーへとゲームを閉じようとした所でチャット画面が目に入る。
『なんか誰かが家のドア叩きまくってるwしかも呻き声みたいなんも聞こえるわw』
『わろ』
『アル中に凸られてて草』
『草』
『とりま煩いから玄関行って様子見てくるわ!』
『そして彼は二度と…』
『草』
『草』
『男同士、密室何も起こらないはずもなく…』
『玄関は密室だった…?』
『ww』
『草』
こんな時間なのに賑わってんな等と思いつつ今度こそウィンドウを閉じモニターの電源を落とす。
そして、そのままソファに横になり目を閉じる。
朝になりアラームのけたたましい音に起こされ、朦朧とするままにシャワーを浴び意識を覚醒させる。
ギリギリまで寝ていたので当然朝食は食わない。いつもの事だ。
スマホの天気予報が夕方にもしかすると雨が降るかも?的な感じの事を言っていたので下駄箱に掛けてあった傘を手に家を出る。
会社までの距離は徒歩で二十分程なのだが引きこもり体質の俺には充分致死量である。
一日中晴れの日であればバイクに乗って出勤し辛い思いをしなくて済むのだが雨の日はそうもいかない。
心の中で天候に対して悪態を吐きながら会社へと向う。
徒歩で会社へと向う道すがら暇だったのでいつもお世話になっているネット掲示板を漁り面白そうな話題は無いかと指を忙しく動かす。
真っ先にエロ系のスレが目に入り指先に引力が加わったが早朝である事や、公共の場で腹筋をする訳にはいかない等の理由により指先の暴走を押しとどめる。
そうして発売予定のゲームのリーク情報や発売済みのゲームの攻略情報等を読んだり、ネット上で話題になっている人物を叩いたりしているスレ、詰まるところの炎上系のスレを読んで楽しんでいると、あるスレに興味を引かれ指先が無意識的に動く。
『朗報 世界終焉の始まりのお知らせwww』
普段なら一笑に付して無視するであろうスレが何故か異様に気になり指先が触れる。
そして、少しの読み込みを挟みスレが表示された。
画面を次々とスワイプし必要の無い書き込みを無視して重要そうな書き込みだけを重点的に読んでいく。
スレ主によると、昨夜未明より日本各国の主要都市にて同時では無いものの多発的に薬物中毒者と思われる者による猟奇的殺人事件が発生しているらしい。
ソース出せよ。と言った発言も見られ無ければ俺もデマかよと舌打ちを生産していたが、今回はソースもある様でリンクが貼られている。
北海道 https://www.******
https://www.******
宮城県 https://www.******
東京都 https://www.******
https://www.******
https://www.******
https://www.******
等と何れも大都市に名を連ねる県の名前と共に大手ニュースサイトや青い鳥やヨーツーベ、他にも市町村のニュースサイトのリンク等がソースとして貼られておりソースの多さに俺も疑惑が確信に近付いているのを感じ急ぎリンクを踏んでいく。
まず青い鳥で見たものは一分にも満たない動画だった。
投稿には『ヤバい』と一言添えてあり。その簡潔さが、俺の興味を更に引く。
映ったのはビルの立ち並ぶ街の交差点の映像で、撮影時刻は夕方か朝方であることが空の闇と混じる橙色から伺える。
撮影者が焦っていたのか撮影し始めて数秒間は激しく揺れる画面と共にそんな景色が映っていた。
そして、ようやく画面の揺れが落ち着いたと思えば黒っぽい服装に身を包んだ男性と白っぽい服装の女性が取っ組み合いをいている映像。なんだ、喧嘩の動画か?と思いながらも続きを見てみるとどうも様子がおかしい事に気が付く。
動画に映っていた二人の男女の近くにいた人々も、その異常さに気が付いた様で短い悲鳴を上げたり無言で目を見開くなど様々な反応をして二人の近くを足早に離れていく。
『お前っ!?急になんなんだよっ!!てか誰だよっ!!』
『ぉぼっぇ!』
男の方は必死な様子で叫び女の腕を掴んで抵抗しているが細身な女の何処にそんな膂力があるのか、そこそこ体格の良い男を押し込んでいる。
女は先程から男の頭に目掛けて手を伸ばしており、言葉にならない声と共に歯をガチガチと噛み鳴らす。
女の口元からはヨダレらしき物がダラダラと零れ落ちており、道路の該当に照らされ白く光って見える。
『クソがっ!?誰か助けてくれ!!この女頭がイカレてやがる!!』
女が無茶苦茶に振るった腕の一撃を頭に食らった男が罵倒を浴びせながら女の腹を蹴り引き離すと助けを求める声を出す。
それを聞き近くに居た人達の何人かが止まっていた時間が動き出したかの如く警察に電話を掛けたり、スーツ姿のおっさん達がが女性に向かって困惑しつつも近付いていく。
男に蹴られ後ろによろめいた女は体勢を持ち直すと再び男に向う。
それを後から困惑と共に近付いて居たおっさんが『お、落ち着きなさい』という声と共に羽交い締めにする。
内心でおっさんやるやん。と称賛を贈る。
女尊男卑に傾きつつある現代、事情が事情とはいえおっさんの方から年若いと思われる女性に大してファーストタッチを試みるとは中々に勇気がある行為だ。
すると後から羽交い締めにされた女性は拘束を振り解く為か身体を捩り無理そうだと悟ったのか関節が痛むのもお構い無しに後ろに身体を捻じる。
突然振り向いてきた女に唖然としたおっさんは拘束の手を緩めてしまい、そのまま組み付かれる。
そこからの映像は地上波で流す事は不可能と思われる程に凄惨な物であった。女は肩に思いっ切り噛み付き溢れ出る血液。おっさんの口からも血液に負けず劣らずの絶叫が漏れ。
何事かと周囲を取り囲んでいた人々からも悲鳴が溢れる。
誰かの発した『逃げろっ』と言う言葉を皮切りに人々が散り散りに逃げて行く。
撮影者は野次馬根性なのか首や顔に凄惨な傷跡を残してピクピクとしているおっさんを尚も撮影している。
そして、ようやく通報を聞き駆け付けてきた警察のサイレンが聞こえ始めた頃、動画の再生が終了する。
動画の続きも気になったが、先に他のリンクも確認する事にした。
ヨーツーベには先程とは別の場所で撮影された物がアップロードされており、その動画では血溜まりに倒れ伏す人物とそれを助けるべく応急処置を始めている救急隊員。
画面右ではその凶行に及んだ人物が警察に数人により地面に組み伏せられている。
だが抵抗が凄まじいのか、抑え込んでいる警察官達の表情は必死そのものだ。
取り押さえる際にやられたのか顔から少なくない血を流す警察官も幾人か見える。恐らく引っ掻かれたのであろう。
ヨーツーベのリンクは多く、どれも似たような動画が貼られており中には運営に消された物も幾つかあった。
見る人によっては衝撃的過ぎる内容である為仕方ないとも言える。
と、そんな事を呑気に考えていたがそれ所では無いと直感する。
もしかすると最悪の事態。
いや、俺にとって…俺達にとっては最高の事態が訪れるかもしれないのだから。
数分の間、会社に向けて動かしていた足を止め食い入る様にスマホを見ていた。
しかし、ある疑問が浮かぶと共に我に返り再び歩みを再開する。
行き先は会社、では無く自宅の方向である。
この動画や事件の数々は恐らく全て本物で本当であろう。今日はエイプリルフールでも無ければハロウィンでも無いのだから。
そして、本当であるのなら急がなければならない。
この凄惨な殺傷事件の発生時刻は最も古い物で深夜の二時頃、朝方に近付くに連れて件数も増えていた。
そして、現時刻は七時二十一分。
青い鳥を見れば『薬中』『グロ』『ゾンビ』『暴動』等といった文字がトレンド入りしており、呟きの数が今も加速度的に増えていた。
それを見て時間が無い事を再認識する。
疑念が確信に変わった俺は事態の確認を打ち切り、PCでも使っている通話アプリのスマホ版を起動させると、いつもの相手に掛けた。
道行く通行人が、早足で歩きながらスマホを耳に当て心底嬉しそうな笑みを顔に貼り付けた俺を怪訝な目で見てくるが気にしない。
通話相手が出て来るのを今か今かと待ち続け、ようやく通話に出た相手に第一声を浴びせる。
「ういっ!!」
『何?朝からテンションめっさ高いな。俺今日仕事やけ付いて行けんわ』
「ういういうい!俺も仕事やわ!」
『はぁ?なのにそんなテンション高いの?お兄さん薬やってる?歳は?住所は?名前は?』
「仕事なんてもう二度と行かんわ!薬はやってない!住所は大阪府〇〇市〇〇町4-2-2!歳と名前は黙秘する!」
『はぁ?近っ、てか本当におめぇさん大丈夫か?特に頭。あんだけ、頑なに家バレ嫌ってたのに唐突に晒すやん。適当?』
スマホ越しに聞こえる困惑と驚愕の声を聞きつつ、素早くスマホを操作しリンクを送り付ける。
突然大声を出し始めた俺を通行人が睨む様に見て来ているのが分かるが続ける。
「住所は冗談抜きで本当な。それより、時間が無いから簡潔に言うわ」
『おん』
「世界終わるわ」
『あ、そう』
「は?」
『え?』
「反応しょぼくない?」
『いや、だって元々この世界って終わってるし』
「確かに…!なら言い直すわ、この世界始まるわ」
『うぉぉぉぉぉぉお!?まじか!?』
「いや、態とらし過ぎかよ」
『んで?このリンクがソースって事?』
「そそ、数ある内からピックアップしといたから今すぐ確認よろ。まじで俺もお前も時間無いから急いで状況把握しろ。最悪死ぬぞ」
『んーはいはぃ…っておいおいマジかよっ!?』
ちょっと後半真面目な口調で伝えたお陰か、言う通りにリンクを確認したのか通話越しに喜色と笑いの混じった声音が聞こえてくる。
『大阪府〇〇市〇〇町153-2』
「近っ!?てか把握したか」
『把握したわ』
「始まるな」
『あぁ、始まるな』
『「神ゲーが!」』