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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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勇者のお仕事7

 自分を探すルドナの声から逃れて、フィンは孤児院の裏に隠れていた。

 物陰の中に潜み、壁に背中をつけ、膝を抱えて座り込んでいる。

 ほとぼりが冷めるまで―――あの勇者が帰るまでは、出ていきたくない。


「……ぼくは、間違ってない……」


 ぽつりと、そう呟く。

 あの太悟という男が、本当に偉大な勇者なら、今すぐ両親を蘇らせてくれる筈だ。

 いや、その前に村を襲った魔物たちから、皆を救い出してくれただろう。

 そのどちらも叶わないなら、インチキ以外の何物でもない。

 そんな奴に謝るなんて、フィンは死んでも嫌だった。


「へらへら笑って、お菓子配るのが勇者かよ……!」


 ぎり、と歯を食いしばる。腸が煮えくり返るとはこのことだろう。

 この世界を守るため、異世界からやってきたという勇者たち。実際にその姿を見たのは、今日が初めてだった。

 普段、神殿に籠ってるという彼らの仕事があれなら、世界が救われるはずがない。

 たとえ救われたとして―――フィンが孤児であることに変わりはないのだ。


 幼くして突き付けられた世界の残酷さに、心を押し潰されていたフィンにとって、太悟は格好の相手と言えた。

 どうしようもない感情を、勇者という責任ある立場の者にぶつけることができる。

 それは一つの救いであっただろう。

 現実から目を逸らす、ただそれだけの手段であったとしても。


 ふと、フィンは傍に、長い木の枝が落ちていることに気付いた。

 拾い上げてみると、先端が鋭く尖っている。まるで剣のようだ。

 故郷の村で、友達とチャンバラごっこをしていた時の記憶が蘇り、胸を締め付けてくる。


 あの襲撃の時。フィンは母の手で空の樽に入れられ、息を潜めて生き延びた。

 もしも立ち向かっていたなら、何かが変わっただろうか。


 フィンは目を擦りながら立ち上がり、枝を軽く振り回した。

 びゅんと風切る音に、少し気分が盛り上がる。

 そのまま何度も何度も枝を振る内に、一端の剣士になったような、そんな錯覚を覚える。


「もし、魔物が出たら……ぼくがやっつけてやる……!」


 勇者などに、頼らなくても。

 そんな決意とともに、フィンが枝を握り締めた、その時。

 鳴き声がした。何か、大きな生き物の。


 フィンはぴたりと動きを止めた。

 昔、聞いたことのある鳴き声だった。友達の家で育てていた牛のそれに近かったかもしれない。

 だが、この近くに農場なんていないし、野牛がいるなんて聞いたこともなかった。

 司祭のルドナが、定期的に聖水を撒いているから、弱い魔物は寄ってこないはずだが。

 フィンは固唾を飲み、鳴き声がした方に向かった。手に武器……枝を握っていることで、好奇心を優先する余裕があった。


 鳴き声が聞こえて来たのは、畑の方だった。

 みんなで水やりや雑草取りをして作物を育て、食費を節約している。

 隠れていた場所から、建物の角を曲がればすぐだ。そろりと顔を出して覗いてみる。


 そこには、魔物がいた。


 その姿は、黒い雄牛。

 巨岩の如き巨体、鋭く伸びた角。

 蹄はまるで鉄槌。太い尾は鞭のよう。

 それが、耕されて柔らかな土を踏み躙っていた。


「………!」


 声にならない悲鳴を上げ、フィンは硬直した。

 それは一見すれば、育ち過ぎた牛だった。橙色に光る目と、赤く火を纏う角を除けば。

 フィンは知らなかったが、その魔物の名はバーンフォークといった。


 魔物としては中級であり、聖水を撒いた程度では追い払うことはできない。


「ううっ……魔物……みんなの、仇……!」


 フィンは震えながらも、必死に自分を奮い立たせようとした。

 二度と戻らぬ思い出を、怒りの炎にくべる。

 あの時は、何もできなかった。その無念を力に変える。

 枝を握り締め、一歩、二歩と雄牛に近づいてゆく。その先で何をするか、という考えは、まったく無かった。


 そして、十分な距離まで接近することさえ、フィンにはできなかった。

 バーンフォークが、ゆっくりと振り返る。橙の目が、少年を射貫く。


「………え」


 それだけで、フィンはもう、動けなかった。息が、思考が止まる。

 先ほどまでの勇ましい気持ちは水かけられたかのように消沈して、残ったのは、恐怖にがんじがらめにされた無力な少年だった。


 殺される。


 何の抵抗もできずに殺される。


 逃げることもできずに殺される。


 ただそのことだけを、フィンの本能は叫んでいた。


「あっ、わ、わ……」


 助けを呼ぶために声を上げたい。

 だが喉からは意味のない言葉しか出てこない。喉が凍り付いてしまったかのようだった。

 伝説の剣にさえ思えていた枝は、残念ながらフィンを守ることはない。


 一方。バーンフォークは、わざわざ近寄ってきた獲物を処刑する準備を整えていた。

 前足の蹄で地面を掻き、狙いを定める。

 燃え上がる角、その鋭い先端を、少年の心臓に向けていた………

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