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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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外伝・風が吹く故郷9

 その大きさに、太悟は最初、雲か何かかと勘違いしていた。だが、空を見上げた瞬間、その生温い考えは打ち砕かれた。

 蛇の如き長い胴を覆う、緑の鱗。背中に沿って走る、白煙のような体毛。

 首回りには風車を思わせる回転翼が備わり、頭部には巨大な金色の一つ目。


「あれが、一目風竜か……!」


 太悟は呻いた。泳ぐように空を舞う竜とどう戦えば良いのか、答えは未だに出てはいない。

 その姿を蛇に例えたが、だからと言ってひょろりとしているわけではなく、横幅だけでも太悟五人分はある。相当にタフだろう。

 太悟とプリスタは身構えたが、しかし一目風竜はそのまま真っ直ぐに空を進み、二人の頭上を通りすぎて行った。

 地上の虫など無視して、村を直接襲いに行ったのか。だがそういうわけでも無いようで、村に近いても下降せず、さらにその先……山の方に向かっているようだった。


「何なんだ?」


 とにも追いかけようとした太悟は、隣で蒼白になっているプリスタに気付いた。


「あっちには、私の家が……姉さんっ!」


 青い翼が広げられ、プリスタが矢のように飛び立つ。動揺していても見事な飛行速度だが、太悟は置いてきぼりだ。


「プリスタ! 一人じゃ危な……ああもうっ」


 勇者(の代理)というだけで空が飛べたら、どれだけ楽だっただろうか。今自分を苦しめている悩みのいくらかは解決したはずだ。

 残念ながら背中に翼も無ければ空飛ぶ絨毯も持っていない太悟は、地を這ってできることをするしかない。

 村に飛び込むと、悲鳴が渦巻いていた。一目風竜の姿を見た村人たちが右往左往し、それを村長やダンが落ち着かせようとしているようだった。


「おお、太悟! 見たか、あの竜を!?」


 気付いたダンが駆け寄ってくる。


「見た! で、プリスタが追いかけて行っちゃった!」


「何っ!?」


 ダンが狼狽えたのは、ほんの一瞬だった。危急の場でぐだぐだと悩みはせず、すぐに判断を下す。


「太悟、このままプリスタを追ってくれ。村の奥に、山に通じる道があるらしい。俺も村の人々を避難させてから、後を追う!」


 太悟は頷いた。

 一目風竜と相対するのは不安だが、村人たちの安全は確保せねばならず、プリスタとレンカも気がかりだ。再び走り出そうとした太悟の目が、近付いてくる小さな人影を見つけた。

 ナトラだ。


「ダイちゃん!」


「ナトラ! 君も、早く避難するんだ!」


 彼女も一目風竜の襲撃は知っているだろう。直接見てはいなくとも、村人たちが右往左往するこの大騒ぎである。


「ダイちゃん……レンカをたすけてあげて」


 しかし、ナトラは太悟の手を握り、真っ直ぐに見上げて来た。彼女は逃げるべきであり、自身は走るべき状況だが―――幼い瞳が帯びる必死に、太悟はひとまず次の言葉を待った。


「レンカ、いっぱい怒ってたけど、ホントは……」



 ♯♯♯



 プリスタの人生において、自分の翼がこれ程までに頼りなく感じたのは初めてだった。

 空から見下ろす、久方ぶりの故郷の風景に心和ませる余裕もなく、少しでも推力を得ようと力を入れる。一秒が一時間にも感じられる世界にあって、プリスタの脳内では無数の思考が乱れ舞っていた。


 たとえば。レンカが、プリスタの助けを必要とするのか、どうか。

 どれだけ言い訳をしたところで、姉の怒りは正当なもので、それはもうどうしようもないものだ。故郷を捨てた薄情者の称号も受け入れよう。

 そんな自分に、はたして姉は助けて欲しいのか。もしかすれば、伸ばした手を振り払われるかもしれない。

 だが。


 ―――そんなの、だからなんだってんだ!!


(……太悟の言う通りね。そんなの、関係ない)


 レンカが自分のことをどう思ってようが、プリスタにだって言いたいことは山程ある。村から離れていた間、誇れる冒険も、手痛い失敗も、沢山経験してきた。

 もう、怖い夢を見て姉の寝床に潜り込んでいた幼い少女ではない。女神に選ばれた勇士、《渡り鳥》プリスタなのだ。

 負い目があるからといって言われっぱなしなど、勇士の名が泣く。レンカが嫌がろうが助け出して、こちらの気持ちもぶつけなければならない。


「もうすぐ……!」


 ニード村から見て山の裏側の方に、懐かしき実家がある。一目風竜の目的は不明だが、今その姿が見えない以上はそちらの方にいる可能性が高い。

 やがて、山肌からひょろり突き出た針葉樹か見えてくる。そこを越えれば、家はすぐそこだ。

 体を傾け、プリスタは大きくカーブする。


 横目に見る、古く、荒れた樹皮。

 幼い頃、村から家への帰路、姉の背中を追った思い出に胸を締め付けられながら、プリスタは加速した。

 山の中腹の一部を切り開いた土地に、かつて置き去りにした生家があり、そしておそらくはレンカと一目風竜がいる。様々な覚悟とともに飛ぶプリスタは、


「―――えっ」


 と。目を見開き、声を漏らした。

 生い茂った木々が緑に彩る、山の中。その一部が、青く染まっていた。

 自然による物ではない。プリスタは、その色をよく知っていた。

 染料をどう使えば発色するのか、未だに覚えている。父、ホシガラ・ウェントゥと、プリスタの翼と同じ、青色。


 風を受けてたなびくそれらは、旗だった。

 ニード村の風守の伝統である導旗が、山の一部を染めるほどの数、飾られているのだ。戦いや狩りに出かけた風守が、それを目印にして無事に帰って来れるようにと、祈りを込めて。


 呆気に取られていたプリスタは、しかし荒れ狂う風のごとき笑声により我に返る。青ばかりに気を取られていたが、そこには当初の目的である一目風竜がいた。


「勇士でも無いくせに挑んできた女戦士! 嵐の化身たる我が、敬意とともに吹き飛ばしに来てやったぞ!!」


 威嚇するように、空中で長い体をうねらせるドラゴン。それと対峙する、レンカ。

 背後にある家を守るように立ち、一目風竜を睨み付けていた。

 勇士でなく、傷も完治していない者が置かれた状況としては、最悪だった。


「姉さん!!」


 今にもレンカを一呑みにでもしそうな一目風竜の横面に、プリスタは青い羽根を放つ。それらは強固な鱗に当たってはあえなく砕け散ったが、しかし魔物の一つ目をこちらに向かせることに成功した。


「勇士か? いいところを邪魔しおって! 貴様から先に吹き飛ばしてやる!!」


 一目風竜の首を囲む、四枚の翼が回転。巻き起こる風が、エアリア族の勇士に襲いかかる。


「きゃっ……!」


 轟!!

 気を抜けば体をバラバラにされそうな風圧に、プリスタは呻いた。嵐の化身を自称するだけの力を、たしかにこの魔物は持っているようだった。

 プリスタは風の勢いに逆らわず、あえて身を任せた。同時に翼の角度を調整し、上方に逃れた。一目風竜の頭が追いかけて来るが、機敏さではこちらに分がある。


「スカイフォール!!」


 魔物の頭上から、一気に急降下するプリスタ。白い体毛に覆われた背に、鋭い蹴りを叩き込む。

 彼女の体重は軽い方だが、落下速度の力を借りたこの技は、弱い魔物なら一撃、強い者でもかなりのダメージを期待できた。

 だが。


「ぐっ……うぅっ」


 突き立てた右足に返ってきたのは、鈍い痛みと痺れだった。

 何の不思議も無い。単に、一目風竜が想定よりも遥かに硬かっただけの話だ。

 足が折れるまではいかなかったが―――しかし、プリスタに一瞬の隙が生まれた。


「こそばゆいぞ、小鳥!!」


 怒声とともに放たれた一目風竜の尾が、鉄槌として彼女を打ち据えた。

 蛇と蝿の体格差である。叩かれたなどと生易しいものではなく、プリスタは一瞬、息すら出来なかった。

 全身に絡み付く痛みの渦にきりきり舞を踊りながら、何処か地面の上に落ち、転がる。その過程で土が口に入ったのか、嫌な苦みが舌の上に広がった。


「プリスタ!!」


 苦痛に朦朧とする意識の中、自分を呼ぶ声にプリスタはゆっくりと瞼を開いた。

 ぼやけた視界に映る、レンカの顔と青い旗。ひとまず、自分がどうやら仰向けになっていることがわかった。

 そして、姉が怒っていないことも。昔、まだ満足に飛べないプリスタが山で迷子になり、夕方になってようやく大人が見つけてくれた時、駆け寄ってきたレンカは、今と同じ表情をしていた。


「ねえ、さん」


「どうして、どうして来たんだ。あれだけ、出ていけって言っただろう」


 雨が降ってきたのだろうか。プリスタは、雫が頬に落ちるのを感じた。

 それを止めたくて、考えて、考えて、無理やり微笑みを口元に浮かべる。


「き、聞き分けが悪いのは、昔から……でしょ?」


 そうとも。あの日、行くなという姉を置いて村を出て行ったのだ。

 出ていけと言われて、それを突っぱねるなんて当たり前だ。プリスタは、本当に笑い出しそうになった。


「……悪いのは、私の方だ。お前が外の世界に憧れていることは知っていたのに、快く送り出してやれなかった。父さんが死んで、プリスタまで出ていくなんて……裏切られたように感じてしまったんだ」


 レンカの手が、プリスタの頬を撫でる。その指先は固く、ざらついていた。


「それでも……帰って来て欲しくて、未練がましくこんなに旗を飾ったのに。いざ顔を合わせてみれば……素直に迎えてやることすらできなかった……酷い姉だな、私は」


 あんなことを言って、すまなかった。

 くしゃりと顔を歪める姉の目から、また雨粒が一つ。


「おかえり、プリスタ。ずっと、ずっと……会いたかった」


 プリスタの目元に溜まる熱が、見上げるレンカの姿を揺らめかせる。

 まるで夢を見ているかのようだった。心の奥底で、ずっと望んでいた言葉を貰えるなんて。


「姉さん……私も、会いたかったわ……」


 プリスタはレンカの手を握った。握り返してくる手の温かさが懐かしい。

 今、ようやく本当の意味で再会を果たした姉妹を―――一目風竜は塵のように吹き散らそうとしていた。

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