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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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52/119

ダンジョンアタック3

 全長およそ三メートル。

 深い藍色をした全身甲冑の外見は、どうやら以前太悟が戦ったゴーストアーマーの上位種らしい。

 骸骨をモチーフとした不気味な兜の後頭部からは、紫の炎が絶え間なく噴き出ていた。


「初めて見るガラクタだ」


 太悟は舌打ちした。

 ウォーホースもそうだが、《常闇の魔王》とやらは気軽に新製品を世に送り出してくる。

 それに反応した魔物が大剣を引き抜き、片方の切っ先をこちらに向けてくる。

 巨体は、それに見合った力に満ちていた。


「ガラクタではない。吾輩はバロン・グラッジ! ナラクミロク様よりこの地の守護を命じられし者であるぞ!」


 ファルケが緊迫した面持ちで弓を構える。


「こいつが、ダンジョンのボス……!?」


 太悟は首を横に振った。


「まさか。大袈裟に言ってるけど、ただの門番でしょ」


 ダンジョンの中心となる上位の魔物が、外に出てくることはほとんど無い。

 このバロン・グラッジから感じる力は雑魚のそれではないが、立場としては、精々中ボスといったところだろうか。

 無論それは、甘く見てよいという意味ではないが。


「そう、吾輩は門番……門の守護者……先の雑兵どもとは格が違うのだよ」


 傲慢をそのまま口にして、バロン・グラッジが肩をそびやかす。

 バロンの部分が実際の地位なのか、ただの名前の一部なのかはともかく、偉そうな態度はたしかに貴族らしい。


「この剣にかけて、どこの馬の骨とも知らぬ小僧と小娘など、軽く捻ってみせよう」


 鎧の魔物が、二振りの大剣を交差させる。それらの刃に、魔性の炎が宿った。

 どうやらバロン・グラッジは、目の前の「小僧」の正体を知らないらしい。

 兜の中で、太悟はへっと笑った。魔物達がどう情報共有を行っているのかはともかく、とりあえず《孤独の勇者》呼ばわりは免れたようだ。


「ああ、知ってる必要なんてないさ」


 太悟の戦意を燃料として、カトリーナが駆動する。傍で、ファルケが魔法の矢を弓につがえた。

 魔物どもが知るべきなのは、不愉快な仇名ではない。

 狩谷太悟が、何をする者なのかだ。


「参るぞ!」


 バロン・グラッジが、両手の剣を自分の足下に叩きつける。

 たちまち、割れた地面から紫の炎が溢れ出した。ゴーストアーマーが使う鬼火剣のような技だ。

 炎は魔物の殺意に誘導され、太悟たちへ高波のように押し寄せた。


「ファルケ、僕の後ろに」


「うん!」


 相棒を背にして、太悟は旋斧カトリーナを大上段に振り上げた。

 唸りを上げて回転する刃は、既に十分なエネルギーを蓄積している。

 紫炎の波が目の前に迫る。触れれば骨の髄まで焼き尽くされる魔性の炎が。


 しかし太悟にとっては、この手の魔物がよく使うありふれた技に過ぎない。

 対処法として、太悟はカトリーナを真っ直ぐ振り下ろした。


 旋刃から解放された力が、風の刃となって顕現する。

 それは、ぶお、と凶暴な唸り声を上げて、紫炎の波を真っ二つに切り裂いた。

 自ら作り出した安全地帯で、太悟は左右を流れてゆく炎を呑気に見送った。


「なんと!?」


 バロン・グラッジが驚愕に叫ぶ。

 魔物からすれば木っ端に等しい人間に、自分の技を容易く破られるとは思ってもみなかったことだろう。

 その心の隙を、太悟たちは見逃さず美味しくいただくことにした。


「シーカーショット!」


 ファルケの放つ緑の閃光が、バロン・グラッジの額を打つ。

 があんと音が鳴り響き、鎧の魔物がよろめく。貫けはしなかったが、ダメージはあるようだ。

 矢が飛ぶと同時に、太悟も駆け出していた。先ほどとは違い、旋刃を下にして構えている。

 強化された脚力でバロン・グラッジに肉薄し、下から掬い上げる斬撃を見舞う。


「ぐ……なんの!!」


 だが、敵もさる者。巨体を捻り、大剣を盾として、回転する死の化身をかわす。

 大剣の表面が僅かに削れたのみ。太悟は、自分の攻撃の結果に舌打ちした。


「今ので死ななかったこと、後悔させてやるよ」


「後悔するのは貴様らだ。ここに来たことをな!」


 バロン・グラッジが吠える。

 両手の大剣を豪快に振り回しながら、大股で距離を詰めてくる。

 身を屈め、後ろに跳び、太悟は刃から逃れた。その身代わりとして、まだ原型を残していた遺跡の柱が幾つか犠牲となった。


「おい、遺跡を壊すなよ!」


 地面に落ち、割れ砕けた柱の上半分を見て、太悟は激昂した。

 どんな歴史があるかも与り知らぬものだが、せっかく長い時を経て現存しているのだ。

 魔物が無神経に荒らして良いものではない。


「ははは。破壊こそが魔物の悦楽なのだ」


 当然、やめろと言われて本当にやめる魔物などいない。

 それどころか、バロン・グラッジはまだ立っていた柱に肘鉄を叩き込んで圧し折った。

 倒れてきたそれを足で蹴飛ばし、太悟達に向かって転がす。雑な攻撃だが、巻き込まれれば骨折では済まない。


「ヤな奴!」


「だから魔物って嫌い!」


 太悟とファルケは仲良く跳んで柱をかわし、着地と同時に離れた。

 ファルケは素早く動いて敵の背後に回り、太悟は真正面から斬りかかってゆく。

 回転する旋刃と、魔炎を纏う大剣がぶつかり、弾き合う。


「やるではないか、人間の分際で!」


 バロン・グラッジが楽しげに言う。

 太悟は応じず、繰り出された剣を受け流しながら、体を横にずらした。

 本人の言う通り、この新種の魔物は経験が浅く、一つの物事に集中しがちだった。

 戦いにおける弱点とは、火に水というようなわかりやすいものだけではなく、心理的な要素も関わってくる。

 例えば、目の前で刃を重ねている太悟に気を引かれて、背後に回り込んだファルケを忘れてしまうのは、致命的な弱点と言えるだろう。


「アサルトレイン!」


 文字通りの矢の雨が放たれた時、バロン・グラッジには振り返る時間すらなかった。

 幾つもの青い光条が、魔物の背を打つ。頑強な鎧はその多くを弾いたが、胴体の稼働する箇所などには穴が穿たれた。


「ぬうう……」


 バロン・グラッジの巨体が揺らぎ、膝を突く。

 当然情けなどかけない。太悟は容赦なく斬りかかった。

 しかし、カトリーナの刃が触れようとしたその瞬間、髑髏に似たバロン・グラッジの頭部が、ぱかりと口を開けた。

 そこから発射されたのは、巨大な火球だ。直撃を喰らう寸前で太悟は攻撃を止め、後ろに跳んでいた。


 火球は直進することなく宙に留まり、次の瞬間、分裂して無数の火の玉と化した。

 野球のボールほどの大きさをしたそれらは、数えるのも億劫になる数で、その半分が太悟に向かって飛んでくる。

 射線から外れるべく、太悟は横に動いた。同時に、火の玉の群れも軌道を変え、猟犬のように太悟を追いかけた。


「そういう感じか」


 何時消えるかもわからない攻撃から逃げ続けるのは時間の無駄、体力の浪費。腹をくくって、太悟は足を止めた。

 追いかけてくる火の玉の群れ。その先頭に向かってカトリーナを繰り出す。

 何体もの魔物を殺してきた凶器は今回もその役割を果たし、刃に触れた幾つかの火の玉を引き裂き、消し去る。


 期待通りの結果を得て、太悟は小さく、よし、と呟いた。

 こちらの攻撃で相殺できるなら、話は早い。


「ドラゴン……トゥース!!」


 太悟の意思によって、竜骨の鎧の各所から、牙が如き鋭い突起が伸びる。

 突起は火の玉の群れを見事刺し貫き、風船のように爆ぜさせた。


「これで良し……ファルケ!」


 火球が分裂した際、その半分がファルケの方に飛んでゆくのを、太悟は見ていた。

 自分と同じようにうまく処理できたか、相方に目を向ける。


「大丈夫! こんなのへっちゃらだよ!」


 呼びかけに応じてすぐに飛んでくる、明るい声。

 ファルケは柱から柱に飛び移りつつ、追いかけてくる火の玉に矢を射かけ、的確に撃ち落としていた。

 ひらり、ひらりと舞うような動きは蝶のように軽やかで、危なげも無く、落ち着いている。


 太悟は安堵に息を吐いた。手助けの必要はないようだ。

 ファルケは着実に力量を上げてきている。

 あるいは、鈍っていただけで元々これくらいの実力があったのかもしれない。

 どちらにせよ、仲間の成長とは喜ばしいもの。自分のために強くなろうとしてくれていると思えば、なおさら。

 凍えるように残酷な戦いの中でも、心温まる出来事はあるものだ。


「……うおっ、と!」


 もちろん今は、そんな風に感慨に耽っている場合ではない。

 バロン・グラッジが両手の剣を振り下ろしてくるのを、太悟が横にしたカトリーナの柄で受け止めた。

 めき、と石畳が割れて、足裏が地面にめり込む。

 大型トラックが犬のようにじゃれついてきたらこんな感じだろうな、と太悟はくだらないことを考えた。


「吾輩を前にして油断とはな。その据わった肝ごと押し潰してくれる!」


 生まれたての魔物でも、自身の巨躯と怪力を活かす方法は知っている。

 力任せに剣を押し込んで、太悟が耐え切れなくなった時、肉と骨のタペストリーの完成だ。

 バロン・グラッジの脳裏には、既にその情景が描かれていることだろう。


「油断だって? 見た目通り頭が空っぽな奴……」


 だが、そうすんなり事が進むなら、《孤独の勇者》はとうの昔に死んでいる。

 言い返しながら、太悟は腹に力を入れた。兜であるコロナスパルトイは、忠実に主人の意思に呼応した。

 筋肉を成す金属の蔦が数層に絡まり合い、それを支えるために骨の鎧が強化されてゆく。

 少年の輪郭が、一回り膨れ上がる。力は見た目以上に増大していた。


「教えてやる。こいつは余裕って言うんだよ!!」


 全身の力をもって、太悟は巨大なる双剣を勢い良く押し返した。魔物の巨躯が反り返り、後ろに倒れそうになる。

 バロン・グラッジはそれなりに強い魔物だ。

 だが、タワーオブグリードに比べれば格下で、カピターンあたりとは天と地ほどの差もある。

 力比べ一つとて、負ける道理などない。


「お、の、れぇ!!」


 バロン・グラッジは後退しながらも倒れなかった。足裏で石畳を削りながら踏ん張り、体を支える。

 敵ながらなかなかの根性だ。しかし太悟は、たかがダンジョンに入る前の攻防に、これ以上時間をかけるつもりはない。

 距離を詰めようとした太悟に向かって、バロン・グラッジは左手に握っていた剣を投げつけてきた。

 ぶぅん、と唸る魔炎の車輪。見かけは派手だが、やけくそになったかのように雑な攻撃だ。

 太悟は体を僅かに横にずらし、大剣を左に見送った。


「それが最期の攻撃か?」


 そんな手しか残っていないのなら、終わらせてやるのが人の情けに違いない。

 太悟は旋斧カトリーナに力を込める。

 だが、バロン・グラッジの燃える目には、勝利の確信が宿っていた。


「馬鹿め! 上を見ろ!」


 そう言われるまでもなく、太悟は陽光を遮る何かが頭上に現れたことに気付いていた。

 見上げれば、切っ先を下にして流星の如く落ちてくる大剣。つい先ほど、バロン・グラッジが投げた物だ。

 如何なる術を使ったものか、投げてから一瞬でそこに移動したらしい。


「死ねぃっ!!」


 合わせて、鎧の魔物も動く。今度は投げたりせず、剣を大上段に振り上げて。

 片方を避ければ、その隙にもう片方を喰らう。そのような戦法らしい。


 太悟は神に祈らなかった。

 その必要もない。

 馬鹿め、と敵の言葉をそのまま返す。


「お前、また忘れてるだろ」


 バロン・グラッジが戦っているのは、《孤独の勇者》だけではない。


「――――ワイバーンブラスト!!」


 《精霊射手》の声が響く。

 真っ赤に燃える炎の矢が宙を走り、空中の大剣を直撃。轟音を伴う爆炎は、剣を情け容赦なく粉々にした。


「う、生まれた時より吾輩と共にある剣が!?」


 バロン・グラッジは空を見上げて驚いているが、太悟にとっては予想通りの結果である。

 魔物の剣は、他ならぬ旋斧カトリーナと打ち合っているのだ。

 ただの鋼ならば粘土のように容易く切り裂く刃。剣の耐久力は、一気に削られたことだろう。


「心配するな。お前もすぐに後を追わせてやるよ」


 動揺を帯びて繰り出された刺突の、なんと鈍いことだろう。

 ぎゅん、と唸るカトリーナが、バロン・グラッジの右腕の大根のように輪切りにした。

 支えを失った大剣が落下するのを待たず、返す刀で魔物の右足を切断。巨体が支えを失う。

 前に倒れ込むバロン・グラッジを待ち受けていたのは、高速回転する旋刃。


「うおおおおおっ!?」


 本来、痛覚などある筈のない鎧を傷つけられて痛みを得るというのは、鎧に憑依し肉体とする魔物の欠点だ。

 旋刃がバロン・グラッジの胸を削り、穴を空け、体内に潜り込む。これらはほぼ一瞬の内に行われた。

 金属屑が舞い散る中、逃れ得ぬ己の最期を悟ったのだろう。妙に落ち着いた口調で、変なことを言い出す。


「ふっ……吾輩が今ここで死のうと、いずれ第二、第三の吾輩が―――――」


「記念すべき一回目だ。派手に行こうか」


 残念ながら、今日はまだやることがある。陳腐な捨て台詞を聞いている暇はない。

 握った柄から、カトリーナに意思を伝える。発動するは、武器に込められた魔法。

 次の瞬間。無数の旋刃が、バロン・グラッジを内側から引き裂きながら、外に飛び出していった。


「ぐがあああああああ!!」


 断末魔の叫びが、遺跡に轟く。

 鎧の体は原型を留めぬほどにまで破壊され、もはや何の力も無い鉄片が、辺り一面に散らばった。

 そこらに転がっていた大剣は、瞬く間に崩れ、瘴気と化す。

 ゴーストアーマー系列の魔物は、あくまで鎧に憑依した魔物であり、武器の類は後から生成しているのだ。

 ここからの復活は、まずありえない。カトリーナを肩に担いだ太悟の傍に、ファルケが降り立つ。


「やっつけたの?」


「うん。まあ、本番前の軽い運動には、ちょうどいい奴だったよ」


 そう言って、太悟は首を回した。

 強がりでも何でもなく、実際、ようやく体が温まってきたくらいだった。

 最深部にいるであろうダンジョンの主は、当然バロン・グラッジよりもずっと強力なのだ。

 ここで躓いているようでは話にならない。


 ごろん、と転がってくる金属塊。バロン・グラッジの頭部である。

 骸骨めいた顔はほとんど引き裂かれ、噴き出ていた炎も消えかかっていた。間もなく死ぬだろう。


「ガ……ガガ……な、んなのだ。貴様、は………」


 バロン・グラッジの最期の言葉に、太悟は、少し考えてから答えた。


「異世界の勇者だよ。代理だけどね」


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[一言] 一日千秋の思いで更新を待ってました。
[良い点] ついに異世界転生といえばの代名詞が始まるんですね。 [一言] 更新お疲れ様です。
[良い点] 相変わらずの軽妙な文章、楽しませて貰いました。 大吾の塩対応さが堪らんですね笑 次話も気長に待ってます。(もちろん明日でもいいんですよ!)
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