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勇者代理がんばる 上

 

 ドライランド。


 どこまでも広がる砂の世界は、魔王軍幹部の一人・《砂塵公》ハルマタンの領土だ。

 かつてはオアシスを利用して作られた美しい街があり、国と国を繋ぐ交流地として栄えていた。

 しかし今ではすべてが砂の下に埋もれ、その痕跡すら残されていない。

 一度足を踏み込んだならば、終わることのない灼熱の砂地と、血に飢えた魔物達が旅人を迎えてくれるだろう。

 どんなに熟練した勇士団でも、犠牲を覚悟で挑まなければならない砂地獄。

 ドライランドは、数ある戦場の中でも特に危険であるとして恐れられていた。


『俺いつも思うんだけどさあ、重そうな鎧着て武器抱えて、そんで砂漠の中走るとかフツー死ぬよな』


『死ぬね。あ、僕尻尾斬るから目潰し頼む』


『うい。薄い体操着着てても、日本の夏で死にそうになるし。エジプトとか、アッチはもっとやべーんだろうな。爆弾忘れた。持ってる?』


『持ってる。まあ、そういうキッツイことはゲームのキャラにやってもらうに限るよ』


『ホントにな』


 兄のお下がりで与えられた携帯ゲーム機の感触が、手に蘇ってくる。

 狩谷太悟は、かつて友達とゲームをしながら交わした会話を思い出していた。

 もしも生きて再会することがあったら、彼に伝えたいことがある。

「思っていたより一万倍キッツイ」と。


 真昼の砂漠のど真ん中を、太悟は当然一人で走っていた。

 少なくとも本人はそのつもりだった。

 行けども行けども、見えるのは忌々しいほどに澄み切った空と砂の地平だけ。

 景色が変わらないせいで、進んでいるのかその場で足踏みをしているのかも判然としない。

 振り向けばきっと足跡が続いているのだろうが、その動作に使う僅かな体力も惜しかった。

 殺人的な日差しが、太悟の体力を一秒ごとに削り取ってゆくからだ。


 今の彼の装備は、使い慣れた戦闘服と、竜の頭骨の形状をした兜・コロナスパルトイ。

 武器は、一目風竜という魔物を倒した際にドロップした旋斧カトリーナ。巨大な丸鋸から、長い柄が生えたような形をしている。

 腰に差しているのは、狂刀リップマン。美しい白銀の刀身をしているが、時々不気味な赤い光を帯びることがあった。


 頭のてっぺんから爪先まで装備で固めた上に、少しでも苛烈な日光を防ぐため、フード付きのマントを身に着けている。

 暑いというか、熱い。太悟は、未だに自分の体が自然発火しないのを不思議に思っていた。

 止め処なく溢れ出る汗は、わかりやすいHPの消費だ。頭がぼんやりしてきて、心に余裕がなくなってくる。


 出撃でもらえる報酬は、戦場の難易度に比例する。

 弱い魔物しか出ないファーストプレインでは、せいぜい子供の小遣い程度。

 太悟がよく行っているグレイブヒルやグリーンメイズが、標準的な勇士団の稼ぎ場だろう。

 一方ドライランドは、それらとは比較にもならない。一度の出撃で、他の戦場の十倍の報酬を得られるのだ。

 死なないまでも、無事に帰れる者は誰もいないという魔境だが。


 何故そんな場所にわざわざやってきているかと言えば、つまるところ経済的な事情だ。

 太悟がいるサンルーチェ神殿十三支部の勇士団は、働かない。

 意地でも働かない。

 なのに食事代やら遊興費やら消費ばかりは盛んなため、いくら稼いでも追いつかない。

 勇士達としては、太悟の言うことを聞くのは嫌だが、養われることに関してはそれぞれ納得しているようだ。


 太悟自身、出撃でポーション類を使えば補充しなければならないし、装備が壊れれば新しい物が必要となる。

 自分の食事を最低限にして費用を回しているが、それも気休めにしかならない。

 それまでの蓄えも、ただ使えば半年ももたないだろう。

 以前、何か支援してもらえないかと、サモネリア王国内の神殿を統括する、サンルーチェ教の司教に相談をしたが、


「他の勇者たちは自身でやりくりしている。資金が足りないというのは怠慢ではないか」


 などというありがたいお言葉や、コミュニケーション能力が無いのが悪いなどのお説教をいただいてしまった。

 もしも、いつかそういう機会があれば、一緒に戦場に出て戦ってもらうことにしよう、と太悟は密かに決意している。

 支援も受けられず、勇士達と和解どころかまともに会話すらできてない現状、報酬の安い戦場ではいずれ資金が底をつく。

 危険を承知でも、ドライランドで大きく稼ぐしかない。


 危なくなったら転送で脱出すれば大丈夫と自分に言い聞かせて、太悟は挑戦することにした。

 脱出する間もなく死んだ勇士が大勢いるという事実からは目をそらして。


 暑さのせいと自分を取り巻く状況のせいで、太悟がいらつき始めた、その時。

 前方で、ざん、と砂が巻き上がる。現れたのは、全長五メートルはある巨大な石柱が三つ。


「っと。お出ましか」


 太悟は足を止め、カトリーナを構えた。

 同時に、コロナスパルトイの後部から植物の蔦のようにワイヤーが伸び、瞬く間に彼の全身を覆った。

 その上に、棘の生えた金属の甲殻が形成される。

 蛇竜アレシヨスを倒した時に得られたこの魔法の兜は、装着者に竜の骨の鎧を与えるのだ。


 三つの石柱は、一瞬ぶるりと震えたと思うと、腕が生え足が生え頭が生え、石の剣を携えた戦士の姿に変形した。

 砂岩兵。ドライランドの無慈悲な守護者たちは、砂漠を太悟の血で潤すべく突撃を開始した。

 振りかざされる剣は、刃物というより鈍器に近い。

 砂岩兵にとっては、侵入者を斬り殺すのも殴り殺すのも、大して違いはないだろうが。


 鉤爪の生えた足で砂を蹴り、太悟も走り出す。マントの裾が旗のように揺れる。

 先頭の砂岩兵が、大上段から落とす刀身は、まともに受ければそのまま叩き潰されるだろう。

 実際、そうなったのだろう鎧騎士の死体を、太悟は見かけたことがある。

 一つしかない命をかけてまで、自分の防御力を試す必要はない。


 両手に持ったカトリーナの、渦巻く風を象った刃が回転を開始。

 その形状に違わず、カトリーナは丸鋸として機能する。ただし、切断するのは材木などではない。

 砂岩兵の剣が砂地を穿つ。舞い上がる砂で、空が汚される。

 そこに血は混ざっていない。直前で左に避けた太悟は、砂岩兵の足元に近付き、カトリーナを振り抜いた。

 百人分の亡霊の叫び声のような音とともに、回転刃が砂岩兵の右足を食い破る。

 巨人の重い体が傾き、崩れ落ちる。


 敵が多い時は……敵の方が少ない戦いなど、今まで一度も無いが……無理にとどめを刺す必要はないということを、太悟は学んでいた。

 腕や武器の長さより遠くに届く攻撃手段がないのなら、足がまともに使えなくなれば脅威は半減。

 他が片付いてから倒せばいい。もちろん再生能力のある魔物や、常に浮遊している魔物などもいるので、工夫は必要だが。


 ただ、今回は太悟がとどめを刺す必要はなかった。

 二体目の砂岩兵が一体目を蹴り飛ばして、粉々に砕いてしまったからだ。

 魔物同士に、仲間殺しの禁忌はない。敵を前にすれば援護や連携もするが、邪魔になるなら容赦なく排除する。

 《常闇の魔王》オスクロルドが人類を滅ぼした後に築くのは、きっと修羅の世界だろう。


 粉塵を掻き分けて迫る無傷の砂岩兵を、太悟は恐れない。どんな魔物であれ、刃が通るなら殺せるのだ。

 だから太悟は背中を向けて逃げ出すことなく、むしろ前に足を踏み出し、自分から砂岩兵の懐に飛び込んでいった。

 迎える横薙ぎの斬撃を、寸前で姿勢を低くしてかわす。砂岩兵の怪力は脅威だが、知能は低く動きも大雑把だ。

 攻撃の直後は、大きな隙ができる。


「悪く思うな……よっ!!」


 太悟は砂岩兵の股下からカトリーナの刃を入れ、そのまま縦に跳躍。

 回転刃は岩石の巨体を斬り進み、頭頂部から抜けた。

 旋斧カトリーナ。その刃が起こす風は、それさえ殺意を孕み、敵を斬る。

 砂岩兵は、正中から見事真っ二つとなり、土塊と化した。そこからさらに黒い瘴気となって、後には何も残らない。


 跳躍し、空中にいる太悟に、最後の砂岩兵が手を伸ばす。

 叩き落とされるにせよ掴まれるにせよ、大ダメージは必至だ。空中では自由に動くことはできない。

 少し前の太悟なら、成す術もなかっただろう。つまり、今は違うということだ。

 太悟は左腕を前に伸ばした。

 籠手が変形する。装甲が増加、鉤爪が伸びる。

 巨大な万力か、あるいは竜の前足か。それだけで人間の大人ほどもある異形の左腕で、太悟は砂岩兵の腕を弾いた。

 その反動で太悟は空中を移動、両足を少し砂に埋めて着地する。位置は、砂岩兵の後方。

 愚鈍な魔物が振り返る前に、その岩の巨体を粉々にする自信がある。太悟は両手でカトリーナを握り、振り向こうとした。


 ……そして、彼の目の前でざあと砂が舞い上がり、極小の砂嵐が出現した。

 それは明らかに自然現象ではなかった。渦巻く砂の中に、赤く妖しく光る眼が見え隠れしている。


「サンドデーモン!? やばっ……!」


 太悟は悲鳴を上げ、体を丸めて両腕で頭を守った。呼応して装甲が変形、盾を形成する。

 風の音に混ざる邪悪な笑声。次の瞬間、サンドデーモンが砂の刃を四方八方に射出した。


「いぎっ」


 飛来した三日月形の刃は太悟の鎧に傷を付け、いくつかは装甲の薄い部分を食い破る。

 血がどろりと流れ出るのを、太悟は痛みとともに感じていた。

 今すぐ悲鳴をあげてのたうち回りたいという衝動を奥歯で噛み殺す。

 我慢して戦わなければ、そのまま殺されるだけだ。

 防御の構えを解き、走るために砂を蹴ろうとした太悟の右足は、しかし前に進まなかった。

 怯えの類ではなく、もっと物理的な理由。何かに足を掴まれたのだと気付いた時、太悟は宙吊りにされていた。

 砂漠が空に、青空が大地に。反転した世界で太悟が首を捻れば、視界には新たな魔物の姿があった。


 緑色で、無数の棘が生えた植物、サボテン。それも、巨大で人間の手の形をしている。

 カクタスハンドと呼ばれるこの魔物がすることはただ一つ。勇士の足を引っ張る、だ。

 握り潰すほど強くはない。素足や生半可なブーツであれば棘が食い込むだろうが、それに毒があるわけでもない。

 だがちょっと暴れるだけで逃げられるほど弱くはなく、何も無ければ犠牲者が餓死するまで足を掴んでいるだろう。

 もっとも。後ろに砂岩兵、前にサンドデーモンがいる状況では、飢え死にの心配をする必要はないが。


「くそっ……くそくそくそ。ちょっと待ってマジで……っ!」


 口と同時に、太悟は手を動かした。

 狂刀リップマンを抜刀、一閃。カクタスハンドの手首部分を切断する。

 青臭い液が飛び散って砂に吸われ、遅れて太悟が背中から落ちる。

 右足を拘束していた手は、即座に瘴気となって消えた。

 仰向けになった太悟の上空を、二度目の砂の刃が行き過ぎてゆく。あと一秒脱出するのが遅かったら、鮟鱇のごとく吊るし切りにされていたところだ。

 高い気温によるものだけではない発汗が、太悟の体を濡らしていた。


 危機はまだ去ってはいない。サンドデーモンは三度目を狙っていた。

 そしていくら鈍間な砂岩兵でも、振り返り、敵を認識して、剣を振り被ることができるくらいの時間を、太悟は与えてしまっていた。

 陽光を遮る影。太悟は反射的に、カトリーナを抱え込むように体を丸めた。

 武器を破壊されてはいけない。前の戦闘でイツトリとパズトリが破壊された時の喪失感は凄まじかった。


 砂岩兵が繰り出したのは、すくい上げるような斬撃。

 まず襲ってきたのは、トラックに激突されたらこんな感じかもしれない、という衝撃。

 次いで鎧の装甲が砕ける音、骨が砕ける感覚、浮遊感がミキサーをかけられて体に流し込まれる。

 視界が白黒と点滅して、太悟は自分がどこにいるのかも分からなくなった………

《サンルーチェ神殿》

現在は第20支部くらいある。宗教施設というよりは軍事基地に近い。

管理する側としては基本的に魔物を倒せていればいいので、神殿の内情にはあんまり興味がない人も。


《戦場》

魔王軍により支配され、魔物が跳梁跋扈している土地。

幹部クラスの魔物がいる戦場は結界とかそういうのがあるため、いきなりボスのところには転送できない。


《ドロップ》

強い魔物が死ぬと、たまに残していく貴重なアイテム。

くわしい原理はわかっていないが、先にやられた勇士達の持ち物が魔力で変質したものという説があるらしいよ。

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