ありがとう
「……それで、アレクサンドラさん。今回の戦闘はもう、終わったってことでいいんですか?」
微力な抵抗の末、成す術もなく頭をプリスタの膝の上に乗せられた太悟は、《剣の女王》に声をかけた。
コーラルコーストを舞台とした大規模侵攻。
『ビーチ』には平和が戻り、街の方からも戦闘音は聞こえてこない。
「ええ。向こうで海底魔人を倒した後は新たに魔物は出現せず、指揮官であったカピターンもあなたに討伐されています。警戒は続けるつもりですが、ひとまずは終わったと見て良いでしょう」
アレクサンドラの答えに、太悟は「よかった」と声を漏らした。
今日はもう、どう頑張ろうと戦えない。足手まといになるのはごめんだった。
後は一旦基地に帰るだけ。太悟は安堵の溜息を吐いてから、友人たちに頼み事をした。
「ダン、プリスタ。悪いんだけど、ファルケを基地に連れてってあげて。慣れない戦場で、あんな大物と戦ったんだから、ちゃんと休ませてやりたい」
「もちろんかまわんが……お前はどうするのだ?」
「僕はまあ、回復したらすぐ行くから。その辺に転がしといて」
当分、コーラルコーストに魔物はうろつかないだろう。
現場の指揮官であったカピターンを初め、魔物側は海底魔人や戦艦クジラという戦力を失っている。
いくら代わりがいくらでもいると言えども、今日明日に補充というのはありえない。
もう少し休めば歩くくらいのことはできるようになるから、それから基地に戻ればいいだけの話である。
まだ日が落ち切るには時間があるし、寒くも無いから寝転がっている分には不便もない。
太悟がそう言うと、ダンとプリスタが何やらよくわからない顔を向け合う。
何か変なことを言ったかと首を捻っている間に、太悟の体が宙に浮いた。
そのまま、手にしているカトリーナとフォルフェクスごと、ダンの肩に米俵のように担がれる。
「ぅおう」
驚いた太悟の口から変な声が出た。
「あのな、太悟よ。もし本当にお前をここに置いていくような者がいたら、そいつは勇士以前に人間ではないぞ!」
ダンが呆れたように言う。
勇者を目指す人間として、強いところだけ人に見せたい太悟は、拗ねたように唇を尖らせた。
「別にいいのに……」
「俺がしたいのだ! やらせろ!」
なんとも暑苦しい、男気溢れる返答である。
陰キャの太悟は閉口した。
ダンは……良い男だ。同性である太悟から見ても。
強く明るく心優しく。男の中の男とは彼のことを言うのだろう。
意地を張るのも馬鹿らしくなって、太悟は大人しく身を任せた。
空から聞こえてきた悲鳴に顔を上げると、プリスタに肩を掴まれたファルケが宙に浮かんでいた。
「は、運んでもらう立場で恐縮なんですけど! は、放さないでくださいね!?」
「大丈夫。太悟に頼まれてるもの。あなたもがんばったみたいだから、特別よ」
ふふ、とアレクサンドラが微笑を浮かべる。
「道中に危険はないと思いますが、私が護衛をしましょう」
殿をアレクサンドラが務め、荷物を抱えたダンとプリスタが先行する。
やはり魔物はすっかり撤退してしまったようで、穏やかな道程と言えた。
戦闘が始まる前に、太悟とファルケが通ってきた道を逆戻りしている。
そう遠からず、市街地の中にある臨時基地に到着するだろう。
太悟の鼻腔をくすぐる潮の匂い。
そこに、戦いの残り香が混じっている。
「ダン」
相変わらず肩に担がれたまま、太悟は声をかけた。
「なんだ?」
「街の方の被害は、どんな感じ?」
数秒の沈黙は、嘘のつけない男が言葉を選ぶ時間だっただろう。
吐き出された答えには、隠しきれない苦みが含まれていた。
「軽いとは言えぬ。海底魔人が、随分と暴れてくれたからな」
「そっか」
太悟はその苦みを飲み込んだ。
戦いに犠牲はつきもの。肯定したくはないけれど、変えようがない現実がそこにある。
人間と魔物。どちらも相手を殺したいのだから、戦いの終わりはどちらかの死が前提。
わかりあえぬ二つの種族の戦争とは、そういうものだ。
今回の戦いでも、大勢が死んだだろう。
彼ら彼女らは、名も無きモブA、B、C、Dではない。
誰かの友であり親であり子であり恋人であり、そして掛け替えのない自分であった誰かがこの世から消えた。
その場に居もしなかった太悟には、手を差し伸べることさえできなかった命が。
といって、太悟もまた命を落とすぎりぎりの戦いをしていたのだ。
遊んでいたわけでもないし、楽だったわけでもない。むしろ頑張った方だと言えるだろう。
だから、罪悪感を抱く必要などない。
市街地で戦っていればと、そんなことを思わなくてもいいはずだ。
それらはただの思い上がり、傲慢の発露でしかない。
太悟は強く、強くそう自分に言い聞かせた。
「―――俺はな、太悟。海底魔人との戦いに、お前がいればと何度も思ったぞ」
先に話しかけておいて黙り込んだ太悟を、どう思ったか。
ダンが口を開く。
「………」
「そして、『ビーチ』に駆けつけてカピターンの姿を見た時、そこにいたのがお前で助かったと思ったのだ」
生半可の勇士では、カピターン相手に足止めさえできない。
海底魔人との戦闘中に背中を突かれ、そのまま勇士たちが全滅するという危険もあった。
それに比べれば、被害こそあれ生き残りのいる現状は、決して最悪ではないのだ。
普段のように大きくはないが、力強い声で、ダンはそう語った。
「この世のすべてを救うことは、残念ながらできん。俺にも、誰でも……きっと、女神様でもだ。こんな世界だからな。だがお前は今日、大勢の勇士を救った。それは素晴らしいことだ」
ありがとう。
誰もが人生の終わりまで使うであろう、ありふれた言葉が、太悟の胸を射抜いた。
太悟は、コロナスパルトイに感謝した。くしゃりと歪んだ顔なんて、人に見られたくない。
兜をつけていて、本当に良かった。
「………っ」
どうにもこうにも口が強張って、うまく喋ることができない。
もごもごと、不格好ながらどうにか五文字を発音する。
ダンはわははと豪快に笑って、それを受け止めてくれた。
ダン・ブライトはやはり、太陽のような男である。




