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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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デスオンザビーチ11

 

 どうやら、作戦は失敗したようだ。

 ダンの鉄槌をかわし、プリスタの羽根を防ぎながら、カピターンはそう考えた。


 連れてきた戦艦クジラは倒され、海底魔人も敗れたらしい。

 木っ端勇士はいくらか死んだだろうが、そんなものはカピターンにとって功績にならない。

 今戦っている《太陽騎士》や《渡り鳥》のような連中を片付けるつもりで来たのだ。

 失った札と奪った札が釣り合っていない。


 挽回しようにも、カピターンは太悟の攻撃によって消耗していた。

 ひ弱な人間と違い動けなくなるということはないが、これから上位の勇士を倒すとなると厳しいかもしれない。

 おそらく最終的には、カピターンの敗走という形になるだろう。


(まあ、だからといって、どうということもない)


 負けたところで、別に何らかのペナルティがあるわけではない。

 あまりにも失敗が続けば、別の魔物に挿げ替えられることもあるが、それも上の気紛れである。

 そもそも魔王は、人間たちとの戦争を重く見てはいないようだった。

 魔王軍という体をしてはいるものの、実際は規律などほとんどなく、魔物達は好き勝手に暴れている。

 せいぜい、より上位の者には従うといった程度か。

 カピターンが個人的な楽しみを優先したところで、誰が咎められよう。


(カリヤダイゴとの戦いは楽しめた。決着をつけられそうにないのが残念だが)


 彼が如何に闘争心の塊と言えど、片足を切り落とされたのだ。すぐには復帰できまい。

 完全燃焼とはいかないまでも、満足している部分もある。決着は次の機会に回しても良いだろう。

 後はカピターンが逃げるだけだが、ただ単に人間どもに勝ち星をくれてやるのは面白くない。

 もう少し引っ掻き回してやるとしよう。


「太悟が世話になったようだな、《魔海将軍》! 俺がたっぷり礼をしてやろう!」


 カピターンが放った水の三日月を、《太陽騎士》ダン・ブライトは盾で防ぎながら突き進む。

 接触の瞬間に盾の面を反らし、受け流す妙技。

 猛牛の如き速度で距離を詰めて、燃え盛る鉄槌を振り下ろしてくるダン。

 カピターンはそれ跳んでかわしたが、地面を叩いた鉄槌の頭部が轟と爆炎を放つ。

 超高熱の火柱が、異形の貌を赤く照らした。


「極上の死闘の後味、濁らねば良いがな」


 そう言って、カピターンは左腕を後ろに振った。

 そこに突き刺さるは、上空から急降下してきたプリスタの蹴撃。

 接触面で、目も眩むような白雷が閃く。先程の雷撃よりも遥かに強力ではあるが、耐えられない威力ではない。

 それを察したか、プリスタはさっさと空に逃れ、入れ替わるようにダンが攻撃を仕掛けてくる。


 敵に息をつかせぬコンビネーション、というやつなのだろう。

 二対一。単純に考えれば手数は当然前者が勝る。

 だがそれは、カピターンを倒せる理由にはならない。


「どれ、鞭をくれてやろう!」


 水妖剣の刀身を鞭に変え、打ち振るう。

 走る水刃がカピターンを中心にドームを描く、広範囲の斬撃。

 プリスタは近付けず、ダンは盾を前にして防御しながらの突進。

 鞭は盾の表面に傷を作るだけに留まっていた。騎士の足は止まらない。


 転瞬。カピターンは刀身を元に戻し、突きに切り替えた。

 魔物の腕力、技量。そして水妖剣の伸長が複合し、放たれた切っ先がダンの盾を貫いた。


「ぐっ!」


 カピターンの狙い通りであれば、盾の向こうにあるダンの眉間をぶち抜いていたはずである。

 しかし寸前でかわしたようで、左の肩を軽く傷つけただけのようだ。

 肩の装甲に空いた穴から鮮血が噴出する。


「残念、外れか。次は当たるかな?」


 カピターンが機関銃ように放つ刺突が、太陽を模した盾に次々と穴を空けてゆく。

 太陽を司る女神の敵対者、魔物の面目躍如であった。

 たとえダン・ブライトであろうとも、《魔海将軍》の攻撃を防ぐことはできないのだ。


「ダン!」


 動きの鈍った相棒を救うために、プリスタが空から羽根を放ってくる。

 カピターンは振り向きもせず、再び鞭を振るってそれらを叩き落とした。

 伸びた刃でプリスタを遠ざけて、その勢いのままダンに突きを撃ちこむ。

 肉に食い込む甘美な感覚が、カピターンの手に伝わってきた。

 場所は、どうやら腹のようである。


「――――活力の灯よ!」


 内臓を引きずり出してやろうか。

 そう考えていたカピターンの前で、ダンの総身が炎に包まれた。

 自爆でもするつもりかと水妖剣を引いたが、炎はどうやら治癒の効力があるらしい。

 流血が途切れ、傷を癒したダンが突っ込んでくる。


「打ち砕く!」


 赤々と燃え上がるブレイブトーチ。《太陽騎士》の正義の鉄槌。

 横に円弧を描くそれを、カピターンは屈んでやり過ごした。

 次いで繰り出される盾の面を使った打撃。

 そこらの雑魚なら、巨壁にへばりつくゴミの如きになっただろうか。


「儂は砕けぬ!!」


 だがカピターンは違う。右肩を体ごと盾にぶつけ、逆にダンを吹っ飛ばした。

 大柄な鎧騎士が、毬のように砂の上を転がった。

 だがすぐに体勢を立て直し、その傍にプリスタが降り立つ。


「けっこうやられたわね、ダン」


「うむ、さすがは《魔海将軍》! 一筋縄ではいかないようだな!」


 カピターンもまた、気を引き締め直していた。

 勇士など今まで数え切れないほど倒してきたが、今回はそう簡単ではないらしい。

 無論、できないという意味ではないが。


「グハハハハ! 何が《太陽騎士》、何が《渡り鳥》。貴様らが束になろうが、この儂の首を取るなど百年早いぞ!!」


 その時。

 両者の間を吹き抜ける、凛とした声音。


「では、私が加わればどうだ」


 二人と一体が首を振り向ける。

 手には大剣、背には十二の剣を携えて、《剣の女王》アレクサンドラが立っていた。

 大勢が最強と呼んで称える勇士。人間たちの希望を支える柱、その中の一本。

 片や海を背にし、片や陸地を背負い、カピターンとアレクサンドラが向かい合う。


「《魔竜公》ヴァリオン様に国を奪われた女か」


 水妖剣を肩に担ぎ、カピターンは気軽に笑いかけた。

 対して、アレクサンドラは鋼の眼光で返してくる。


「そうだ。そしてもう、何も奪わせないと誓った者だ」


 アレクサンドラの背中から、翼のように広がる十二の剣。

 その右側の六本が金の光条となって走る。カピターンにとってさえ、脅威となる速度で。


「おお!!」


 水妖剣の一閃。いや瞬時の六閃で剣の群れを打ち払う。

 六振りの内、半分がくるくると宙を舞い、残りは砂浜に突き刺さった。

 右手に僅かだが残る痺れは、直撃を許せば体に刺さっていたかもしれない威力の証左。

 そして――――それで終わりではなかった。

 空中にある物はそこでぴたりと止まり、地にある物はひとりでに浮き上がり。

 再び、カピターンに襲いかかった。


「ちいっ」


 まるで剣の形をした猟犬だ。

 四方八方から飛んでくる金色を、カピターンはかわし弾き対処する。


 ざっ、と踏み込んでくるアレクサンドラ。既にベーオウルフを振り上げた姿勢。

 六振りの剣で動きを止めて大剣で仕留めるのが、この女の戦法のようだ。

 防御されようが、そのまま叩き潰す自信があるのだろう。

 生まれつきのものであれ、《魔海将軍》という称号には誇りがある。

 その誇りにかけて、筋書き通りに事を運ばせるつもりはない。


 依然襲いかかってくる剣を避けつつ、カピターンは流れ水月を放った。

 防御か回避か、いずれにせよ勢いは多少殺せるはずだ。

 しかしカピターンは、すぐに自分の考えの甘さを思い知ることになった。


 斬り進む水刃は、アレクサンドラに触れることなく四散した。

 彼女の傍らに残っていた、六振りの剣が盾となったのだ。

 切っ先を下に向け、主の前に並ぶ六振りに、カピターンは亡国の騎士の姿を幻視した。

 女王に護衛がついている。考えてみれば当然のことだった。


 アレクサンドラの腕に力が入り、大剣が振り下ろされる。

 だがその刃とカピターンの間には、まだ十分な距離があった。

 カピターン自ら飛び込むような真似でもしなければ、決して届かない距離である。

 ただの素振りに終わるであろうそれに、しかしカピターンの本能が騒ぎ出す。


 危険が迫ってきている。肉体が壊れ、戦闘力が低下する。

 カピターンは体を横にずらした。


 ずん。

 とても斬撃が起こしたものとは思えぬ、砲声の如きが天地に轟いた。

 アレクサンドラが振り下ろした雄王剣ベーオウルフは、まず砂浜を切り裂いた。

 放たれた剣圧は本来の標的であるカピターンの横を通り過ぎ、そして当然のように海を割った。


 砂浜から水平線の果てまで走る一筋。

 世界を二分にする、それが《剣の女王》の一撃であった。


「見事!」


 それでも、カピターンの闘志は萎えない。

 六振りの剣をかわし、六振りの剣を掻い潜り、アレクサンドラと剣を交える。


 太悟に指を切り落とされたため、両手で柄を握ることはできない。

 左目を失い狭まった視界によって、反応が僅かに遅れる。

 だが、例え片手であろう片目であろうと、人間に押し負けるカピターンではないのだ。

 一から始まり十を越え、百を飛び越し千を過ぎる、斬撃の嵐がぶつかり合う。


「ナイトオブザラウンド!」


 後退してアレクサンドラが距離を取り、入れ替わるように前に出てきたのは金色の円盤。

 十二の剣が切っ先を外に向けて円を形成し、高速で回転していた。

 宿敵の武器を想起しながら、カピターンは下段からの太刀でそれを弾いた。

 その勢いのまま、十二の剣は天駆ける車輪のごとく空に向かう。


「ゴールデンクルセイダー!」


 金色の円盤が、太陽の輝きと重なったその時。

 一瞬にして拡散し、光条としてあらゆる方向からカピターンに飛来した。

 面倒ではあるが、これもかわせぬ攻撃ではない。

 しかしカピターンは、左腕を盾にする策を選んだ。


 がん、という衝突音とともに、剣が手の甲に突き刺さる。

 それを呼び水にして、次々と突き立つ五振り。

 左腕は、あっという間にまともに動かせる状態ではなくなった。

 そしてカピターンはさらに、水妖剣を自らの左肩に突き刺した。


「なっ」


 突然の自傷に、アレクサンドラが目を見開く。

 カピターンはにやりと笑った。水妖剣の傷口を中心にして、左腕が桃色の珊瑚に覆われてゆく。

 当然、左腕に刺さっている六振りの剣も巻き込んで。

 珊瑚固め。先刻は太悟の足を固めて拘束した。今度も同じことだ。

 カピターンは、歪な珊瑚の塊を自分の体から切り離した。

 柄尻から切っ先まで珊瑚で固められた剣は、もう動かない。


「これで戦力は半減と言ったところかのう、女王様よ」


 アレクサンドラが奥歯を噛み締める。


「……貴様こそ、片腕が無くなったようだが」


「ハハハ、身軽になってすっきりしたわい。では、続きだ」


 どちらからともなく駆け出して、剣戟が再開される。

 だが、先程と同じ展開にはならない。

 残った六振りの剣が防御と攻撃に振り分けられたが、当然力は分散する。

 十二振り揃っていた時では、両者はおよそ互角。

 片翼が消えた今のアレクサンドラに、カピターンという荒波を受け止められるのか。


 雄王剣ベーオウルフが生む嵐の如き剣風が、カピターンを喰らわんとする。

 その隙間を縫うように水妖剣が伸び、アレクサンドラを突く。

 どうやら魔術的な防壁が張られているらしく、さらに鎧も上質なのだろう。なかなか肉に届かない。

 アレクサンドラの斬撃の威力は驚異的だが、カピターンにとっては助走が長く振り抜いた後の隙も大きく、回避にはさほど苦労しない。

 それでもほとんどの魔物にとっては成す術もない神速の一撃であろうが、《魔海将軍》はそこらの有象無象ではないのだ。


「くっ!」


 横薙ぎの、敵を突き放す大斬撃。

 後ろに下がったカピターンに、正面から六振りの剣の追撃。

 水妖剣を旋回させて防ぐ。が、その一瞬で、アレクサンドラが視界から消えた。

 気配は消えていない。カピターンは天を仰いだ。

 陽光を遮って、大剣を振り上げるアレクサンドラの姿が黒く見える。

 落下を利用すれば威力は上がるだろうが、当たらなければ無意味だ。


 そして、彼女には空中で水妖剣に串刺しにされないような手があるのか。

 カピターンは突きの構えを取った。


「見よ!! 《魔海将軍》!!!」


 誘いである。

 振り向いてから、カピターンはそうだと気付いた。

 決して無視できない明朗なる声は、《太陽騎士》ダンの物だ。

 彼は聖火槌ブレイブトーチを天に掲げ、その頭部を第二の太陽のように激しく燃やしていた。

 その後ろでは、プリスタが青い翼を広げていた。何をするつもりなのかは、一目瞭然だ。


「燃え尽きなさい……!」


 プリスタが大きく力強く羽ばたく。

 びゅう、と生まれた風がブレイブトーチの炎をさらい、増幅し、竜の息吹の如き大火と化してカピターンを包み込んだ。

 赤と橙が入り混じる灼熱の中では、鋼さえもたちまち溶け崩れるだろう。

 だが。


「ぬるいわ!」


 カピターンには蝋燭の火も同然である。

 容易く掻き消して、再び空中にいるアレクサンドラの方を向いた。

 そして、急に日が陰ったことと、その理由を知った。


 ――――建国の伝説がある。


 何百年も昔のことだ。

 土地を支配し、住民を苦しめる怪物を討伐するため、十三人の勇敢な戦士が手を挙げた。

 彼らのために女神が与えたのは十二振りの聖なる剣。

 しかし怪物は強く恐ろしく、十三人がかりでも歯が立たない。

 希望が潰えたかに見えた、その時。十三振り目の聖剣が、姿を現した。

 怪物は打ち倒され、平和になったその土地に、新たなる国が築かれたという。


 その国の王の末。アレクサンドラ・ズワルトは、すべてを継承していた。

 守護十二宝剣。そして、十三振り目の聖剣を。


 雄王剣ベーオウルフの切っ先から、延長のように伸びる刀身。

 失われし文字によって聖句が刻まれたそれは、ひたすらに巨大。

 長さのみで言えば、城さえ真っ二つであろう。剣というより、もはや建造物のようであった。


「私はいつか必ず、国を取り戻して見せる。この剣に誓って………キングダムブレイド!!」


 それを、アレクサンドラは振り下ろした。

 迎撃の構えを取ろうとしたカピターンだったが、その体が拘束される。

 枷となっているのは、鎖が巻かれた異形の手。

 付け根から指先だけの、やはり巨大な一対の手が、左右からカピターンを握り込んでいた。


「ぬうっ」


 何なら握り潰さんという握力は、そう簡単には外せない。カピターンは呻いた。

 グレンデルハンズ。雄王剣ベーオウルフに込められた魔法は、使い手の意のままに動く手を召喚するのだ。

 今まで使わなかったのは、この瞬間のためにとっておいたらしい。


 迫る巨剣。当たれば、カピターンでも危うい。

 動けないのではなおさらだ。


 絶体絶命と、そう呼んでも良い状況だった。

 カピターンの脳裏に、狩谷太悟の雄姿が過る。決して諦めない男を、カピターンは知っている。

 それを思えば、このまま首を獲らせてやるわけにはいかない。

 魔王の手により創造された仮初の命が、今燃え上がる。


「――――オオオオオオオオオオッ!!!」


 カピターンは咆哮した。体を拘束していた巨大な手が、内側から弾け飛ぶ。

 背中から生え出す、計八本の蟹の爪と足。それらが槍の如く伸びて、巨剣を迎え撃つ。

 アレクサンドラのキングダムブレイドとカピターンの巨鯨殺し。二つの必殺技がぶつかり合う。

 大地は揺れ、海は波立つ。その空間は、近付くことすら命の危険があった。


「はあああああああああああ!!!」


 アレクサンドラも、すべての力を剣に込める。

 今この場で勝てるのならば、後で動けなくなってもかまわない。

 《孤独の勇者》―――あの少年が、命をかけたように。


 永遠にも思える均衡にも、確実に終わりが近付いていた。

 押せず押されず、その結果。両者の武器に、罅が入り始めた。

 それが一気に広がり、崩壊する。巨剣は圧し折れて消え、蟹の足と爪も砕け散る。

 両者の最大の一撃は、相討ちに終わった。

 だが、カピターンにはまだ手札が残されていた。


「渦竜大乱牙ッ!!」


 前方に向けた水妖剣の刀身。

 それが一瞬で渦巻く激流と化し、辺り一帯を薙ぎ払った。


「ぐあ!?」


 大技の後で硬直していたアレクサンドラが、真っ先に飲み込まれる。


「うおおっ!!」


「きゃあっ!」


 近くにいたダンとプリスタも、逃れることはできなかった。


 渦竜大乱牙。威力は高く、準備動作も少なく、効果範囲も広い。

 しかし発動後は水妖剣の刀身が一時的に失われるため、乱発はできない。

 互いに消耗した後で勝負を決めるための技であった。


 水に流されたビーチは大きく抉れ、三人の勇士たちが倒れ伏す。

 巻き上がった砂が、雨のように降ってくる。

 死んではいないようだが……今回はここまでだ。これ以上は勝てない。

 カピターンはいよいよ撤退することに決めた。体一つ、海に飛び込めばそれで済む。


 戦いは終わったと、カピターンは思い込んでいた。差し迫った危険はないと。

 それは完全なる油断であり、だからこそ。

 砂の雨の中を突っ切り、旋斧カトリーナを構えて一直線に向かってくる太悟への反応が、遅れた。


「な、あっ!?」


 思いもしなかった奇襲。可能であった対応は、刀身の無い水妖剣を差し出すこと。

 当然防御力など無く、右の手首が切断されて転がった。

 太悟が手首を返すと、首に走る衝撃。断続的な振動。

 カピターンの首に、カトリーナの刃が食い込んでいた。

 先の戦闘で刻まれていた傷が、さらにさらに広げられてゆく。

 もはや逃れることはできない。


(何故だ!? たしかに足を切り落としたはず!! 動けるわけが……)


 カピターンは困惑しきっていた。片足では走れない、踏み込むこともできない。

 だがカピターンは見た。失われた筈の太悟の右足が、そこに在るのを。

 ただし、斬られる前と同じではない。細く、歪で、指の代わりに鉤爪が生えている。

 それは骨で出来ていた。コロナスパルトイによって作った、即席の義足だ。

 骨の隙間から、真紅に染まった包帯の切れ端が垂れている。


 出血は苦しいだろう。

 斬られた傷は痛むだろう。

 それでも、太悟は。


(儂は、間抜けか。諦めぬと分かっていたはず。強い男だと知っていたはず!)


 カピターンは笑った。

 油断した自分を嘲笑っていた。そして、太悟が勇者であることを喜んでいた。

 彼が最後の敵であることを、心から嬉しがっていた。


「オオオオオオオオアアアアアアアアアッッ!!!」


 雄々しい咆哮が、竜の兜から迸る。それこそ、戦いの終わりを告げる鐘であった。

 カピターンは太悟を見つめていた。別れが惜しくて、最後まで彼を見ていたいのだ。

 心に憎しみや怒りなど欠片もなく、嵐が過ぎた海のように穏やかな気分だった。


「魔物の儂が祈ろう――――オヌシの武運を。さらばだ、勇者カリヤダイゴ」


 そして、旋斧カトリーナが凶暴な唸り声を上げ。

 《魔海将軍》カピターンの首が宙を舞った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カピターンさん…あんたも強敵だったよ…
[良い点] いい戦いだった 最初結構きつい展開だったけどここまで読んでよかった [一言] 鬱展開は苦手だけど続きが気になって読んじゃう
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