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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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23/119

デスオンザビーチ5

 一つ。足を拘束されていて動けない。


 二つ。今にも敵の必殺技らしきものが繰り出されようとしている。


 三つ。にも関わらず、自分を助けられる人間がこの場にいない。


 この考え得る限り最悪な状況下で、太悟にできることはあまりない。

 コロナスパルトイの装甲の上に、さらに装甲を生やして増設を重ねる。

 見た目はサナギか、中にミイラが入った棺だろう。もはや上半身の身動きも取れないが、防御力は鉄壁と言っていい。

 タワーオブグリードに飲み込まれても無事だったという実績もある。



 ―――にも関わらず、カピターンの繰り出した八本の凶器は、分厚くした装甲を薄紙のように粉砕した。



「が……ッッ!!」


 悲鳴にすらならない声が、体内から押し出される。

 駆け抜ける痛みと、全身を打ちすえる衝撃。それが今の太悟が認識している世界だった。


 鎧を砕かれ、その下で絡み合い疑似筋肉と化している蔦が露出していた。

 足を拘束していた珊瑚が砕けたことで、体が木の葉のように宙を舞っていた。

 左腕、右足、肋骨の骨がいくらか折れ、内臓が損傷していた。

 それらの情報は、一切脳に入ってこない。


(気絶するな。殺されるぞ)


 そんな細い糸のような思考だけが、太悟の意識をどうにか現世に繋いでいた。

 一瞬の浮遊、すぐに地面を転がって砂に塗れる。

 そこでようやく、太悟は苦痛以外の感覚を取り戻した。


 仰向けになって見る空は青く澄み切っていて、潮風が爽やかに吹き付けてくる。

 バカンスを楽しめる気候だ。海水浴でもしたら最高だ。

 そんな素晴らしい日に、太悟は狂刀リップマンがもたらす肉体の再生に歯を食いしばっていた。

 折れた骨も破れた内臓もすぐに修復されるが、その代わり傷口に塩を塗った上にヤスリで狂おしいほどに擦られているかのような痛みを伴う。


 息もできないような激痛だったが、それでも太悟は動かなければならなかった。

 水妖剣を振りかざしながら、カピターンが突っ込んできたからだ。

 片目を失ってなお、その闘争心は鈍るどころかより先鋭化されているように思える。

 背中から生えていた蟹の爪と足は消えていた。技を放つ時だけ出しておくようだ。


 対する太悟は、再生は進んでいるものの今は手も足も出ない。

 手にはまだカトリーナを握っているが、とても持ち上げることはできなかった。


 絶体絶命と言えるだろう。ここから生き延びられる可能性はほとんどない。

 もっとも、太悟にとってそんな状況は初めてではないし、慣れていないわけでもないのだが。


「オヌシの首はすばらしいトロフィーとなるだろう。さらばだ!」


 太悟に接近し、水妖剣を大上段に持ち上げるカピターンは、自分の勝利を疑ってはいない。

 強い魔物は強いが故に油断もしやすく、そこにつけいる隙がある。

 水の刃が振り落ちる寸前に、太悟はコロナスパルトイの上顎を開き、上体を跳ね起こした。

 喉奥から込み上げてくる血を、プロレスで言う毒霧のように口から吹き出す。

 まったく警戒していなかった魔物の顔面が鮮血に染まった。


「うおっ!」


 さすがに面食らって、カピターンの動きが一瞬鈍る。

 だが、太悟が助かるにはもう少し隙が必要だった。


「……ドラゴン、スパイン……ッ!!」


 血を拭うカピターンの足元から勢いよく生え出す、無数の棘。

 それらは魔物の強靭な甲殻を貫くことはできないが、一時的な檻として機能した。

 カピターンはうっとおしげに水妖剣で棘を斬り払う。

 そうして稼いだ数秒で、太悟は蔦の疑似筋肉で無理やり体を動かし、転がって離れた。


 骨が繋がり、内臓が再生し、装甲が生える。

 戦いが始まった時と変わらぬ姿で、太悟は立ち上がった。

 結構な量の血を吐いたため、腰のポーチから回復ポーションを取り出し、一気に呷る。

 たとえ腐りかけでなくても青汁を悪意を込めて十倍ほどまずくしたような味だが、もう慣れてしまった。


「それで、何かしたか?」


 コロナスパルトイの上顎を下ろし、大仰に両腕を広げて見せる。

 傷を治すのに体力を消耗していて実際は余裕などないのだが、敵に弱みを見せる必要はない。

 カピターンは角ばった顎を撫で、何事か唸っていた。


「……巨大な鯨を一撃で葬る、儂の巨鯨殺し。まともに喰らって生きていた上、ここまではやく立て直すとは。いや、素直に驚いたわい」


 カピターンが笑えば、ギチギチと耳障りな音が鳴る。

 もっと悔しがってくれれば、それがまた隙が生まれる要因になるのだが、そこまで太悟に都合よくはいかないらしい。

 太悟は敵に褒められたいのではなく、敵を殺したいのだ。


「《孤独の勇者》……知っているか? この名は、我々魔物の中でもかなり有名になっておるぞ」


 カピターンの口は止まらず、挙句の果てには聞きたくもない自分の異名まで飛び出してきた。


「ああ、どいつもこいつも気安く呼んできやがるからな」


「無理もなかろう? 勇者と言えば、我らは神殿に籠っている連中しか知らんのだ。それが戦場に出て、こうも手こずらせてくれるとなれば、話題にならん方がおかしい」


 好きでやっているわけではない。そう思ったのは、はたして何百回目のことだろうか。

 言ってもしかたのないことだから、太悟は黙って口をへの字に曲げた。


「人間どももな、お前の話を聞くとやる気を出すようだぞ。異世界から来た人間が、自分たちの世界のために命懸けで戦っているのだから負けてられんと。フハハ、希望の星というヤツだ」


(他所だと魔物も人もやたら褒めてくるのに、なんでうちの連中はああなんだろうか)


 第十三支部の勇士たちがすべてにおいて「NO」を突きつけてくるため、太悟は外で聞かされる自分の評価を今一つ信じることができない。

 ドラゴンや多くの手ごわい魔物を倒している自分を弱いとは思わないが、なんとなく足下がガタついているような気がするのだ。


「なんだよ、褒め殺しで攻撃してんの?」


「……今回の襲撃では、儂らもそれなりに用意をしてきた。強い勇士を討ち取って、人間どもの希望をくじいてやるために」


 用意。

 何を用意してきたのかは、太悟でも察することができた。

 狼煙を上げてそこそこ時間が経ったのに、誰一人救援に来ない理由。

 太悟たちが見捨てられたのでなければ、おそらく、市街地の方に強力な魔物が出現したのだろう。

 おそらく、ダンやプリスタでも苦戦するような。


 助けは期待できないし、できれば助けに行きたいくらいだ。

 今目の前にいる、蟹の萌えない擬人化がいなければそうしていただろう。

 カピターンを生かしたまま市街地に戻っても、状況をさらに混乱させるだけだ。


「結局何が言いたいんだよ」


「オヌシの首一つだけで、十分に人間どもを絶望させられるという話だ」


「……話なんにも変わってないじゃん。とりあえず僕殺すってことだろ? 変な遠回りしやがって」


「ウハハ、まあそう言うな」


 瞬間。旋刃と水の刃が走り、両者の中間で衝突した。

 余波が砂を波立たせる。風が荒れ、水飛沫が舞う。


「珊瑚で固めて飾ってやろう」


 カピターンが笑う。朗らかでさえあるが、殺意はまったく隠れていない。


「魔物は瘴気になって消えるからなあ。剥製にもできないのが残念だ」


 応じて、太悟もまた殺気を返す。

 殺し合いの続きだ。どちらかが死ぬまで終わることはない。

 太悟は一瞬、林の方に気を向けた。感じられる範囲では、ファルケの気配はそこには無い。

 おそらくだが、言った通りに逃げてくれたようだ。

 もし自分がこの戦いで命を落としたなら、ダンがファルケを拾ってくれると良いのだが。



 ###



 太悟の思惑から外れて、ファルケは逃げていなかった。

 木陰に潜んで息を殺し、砂浜の様子を見守る。


(太悟くんを置いて私だけ逃げるなんて、できるわけない)


 仮に、どこぞの神殿に魔物が襲撃すれば、勇士たちは真っ先に勇者を逃すだろう。

 勇士が生き残ったとしても、勇者がいなければ戦えない。

 どちらもまったく替えが利かないものではないが、重さで言えば勇者に分がある。

 だから、勇士が勇者を守るのは当然のことだ。


 しかし。

 その勇者が勇士よりも強かった場合、一体何ができるというのか。


(二人の動きが、わからないよ……)


 弓を握る手に力が込められる。自身の無力さを噛み締める奥歯が軋む。

 距離を取り、横から見ているにも関わらず、ファルケは太悟とカピターンの戦いを、目で追うことができなかった。


 右だと思えば左。左と思えば右。

 両者の位置が目まぐるしく入れ替わり、狙いを定めるのは難しい。

 軌道を自在に変えられるシーカーショットならばと思ったが、当てたところでカピターンの気を逸らすことすらできないのだ。

 万が一、太悟の気を散らす結果になれば……想像したくもなかった。


 太悟の隣に立って戦うとして、できることなど何もない。

 足手纏いもいいところで、がんばっても精々一回限りの肉の盾。

 いない方がまだマシなくらいだ。


 無理を言ってついてきて、いざという時は役立たず。

 それが今のファルケのすべてだった。


 変わり果てた神殿で足踏みをして、太悟一人を戦わせた無為な時間が憎い。

 肩を並べて共に強くなることができなかった自分が憎い。


(………それでも、何かあたしにできることがあるはず)


 情けなさでこぼれそうになる涙をこらえ、ファルケは必死に太悟を視界に納めた。

 その思考には何の根拠もなく、願望が大いに含まれていた。

 それでも、ファルケはその時を辛抱強く待つつもりだった。

 自分の命を、より効果的に使えるその瞬間を。


 太悟の役に立つためなら、例え死んでもかまわない。

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― 新着の感想 ―
今までほっといたのに同行して即日で好感度上がりすぎだろ…… 無自覚に勇者特有の洗脳能力でも発動したか
[一言] 魔物の方が色々と弁えているのがまた皮肉な
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