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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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デスオンザビーチ3

 太悟は、ファルケへの評価をすっかり改めていた。

 今まで出撃していなかったなら腕は鈍っているだろうし、そうでなくともコーラルコーストの魔物は驚異なはずだ。

 実際、ファルケを一人で置いていたら、この『ビーチ』でも即死していただろう。

 しかし、魔物の足止めという形で太悟のサポートをしているファルケは、実に有能だった。


「ファルケ、来るぞ! 備えろ!」


「うん! 準備OKだよ!」


 明るく応じる声を、太悟はもう疑わなかった。

 仲間の手足が飛び散る中を駆け抜け、林の方に走ってゆくスケイルマン。

 時間が経つにつれて踏み荒らされ、おぼろげになった線を越えた瞬間、緑の閃光が走る。

 ファルケが放った魔法の矢はスケイルマンの顔面で弾け、一瞬だけ動きを止めた。そこを太悟がカトリーナで素早く斬り殺す。


 このサイクルを、二人は淀みなく続けていた。

 事前に練習したわけでもない。せいぜいポジションを決めたくらいだ。

 にも関わらず、ファルケは的確に自分の役割を果たし続けている。


(逃げた敵を追いかけ回さなくていいって、すごい楽チン)


 魔物は死ぬことなどいちいち恐れないので、ちょっと斬られた程度で背中を向けることはない。

 しかし、無力な村人などがすぐ近くにいる時は、そちらを優先して攻撃するという習性がある。

 そうなると厄介だ。無辜の民が傷つく前に、魔物をえっちらおっちら追いかけて倒さなければならない。

 これがなかなか大変なのだ。神経も体力も多大に使う。

 一人でそんな事態に立ち向かった時は、せめて魔物の足止め役がいればと太悟は考えていた。


 もしかすると、その時の願いが叶うかもしれない。

 ファルケが今回の戦いを生き延びることができたらの話だが。


「……なんだ、今日は。まだ出てくるのか?」


 太悟は海の方を睨みながら言った。

 既に五十体近く瘴気に戻しているというのに、未だ海面を割って出てくるスケイルマンたちがいる。

 大規模侵攻でも、この『ビーチ』においてはちょっとおかしい数だ。

 太悟は嫌な予感がしてきていたが、だからといって逃げ出すわけにもいかない。

 今はただ戦うのみだ。


「伏せてろ、ファルケ!」


 装甲の表面で花咲く火花と金属音を聞きながら、太悟はファルケに声をかけた。

 浜に上がってはやられ役のように斬られることに、さすがにうんざりしてきたらしい。

 八体のスケイルマンたちは海中から上半身を出して、鱗手裏剣による弾幕を張っていた。

 横薙ぎの死の雨が、太悟を中心として砂浜に降り注いでいる。

 ハンバーグを作りたければ、牛と豚をここに置いておけば、一秒後には見事な合い挽き肉と化しているだろう。

 太悟はコロナスパルトイのおかげでへっちゃらだが、流れ弾がファルケに当たる危険があった。


 迅速に処理しなければならない。

 わざわざ海に飛び込まなくとも、ばらけた雑魚を一掃する手段が太悟にはあった。


「殺戮暴風圏!」


 風を巻き解き放たれる、無数の旋刃。それらは餓えた獣のようにスケイルマンたちに食らいついた。

 海面が激しく荒れて、水飛沫が舞う。それが収まった時には、海面にはばらばらになった半魚人の体が浮かんでいた。

 スケイルマンはこれで最後だったようで、追加はもう出てこなかった。


「みんなやっつけたのかな?」


「……わからない。どうも、今日はいつもと違う感じがする」


 恐る恐る海を覗くファルケに、太悟は構えたまま応じる。

 二人の会話に呼応するように、海から新たに五つの影が飛び出してきた。

 まるで何十年も海底に放置されていたかのように、フジツボや貝殻でびっしりと覆われた鎧。

 海亀の甲羅の形をした盾と、穂先が鋭い巻貝の槍で武装した、魔物の騎士。

 中身はスケイルマンと同じく半魚人らしく、露出した手と足には水掻きがついていた。


「ラグーンナイトが五体……こんなところに!?」


 知っている魔物だったが、いやそれだけに、太悟は驚愕に呻いた。


「どんな魔物!?」


「コーラルコーストに出る魔物だと、けっこう上の方だ。普通は、雑魚連れて隊長やってるタイプ」


 太悟が覚えている限り、この『ビーチ』では出現したことのない魔物だ。

 どうも雲行きが怪しくなってきた。ラグーンナイトたちを倒してもまだ何か出てくるようなら、狼煙で増援を頼んだ方がいいかもしれない。

 太悟はカトリーナを振りかざし、正面にいるラグーンナイトに斬りかかった。異形の騎士たちは、ただ盾を並べて壁にして、刃が届くのを待っていた。

 星の数ほど存在する魔物の中でも、上位の防御力を誇るドライランドの砂岩兵。

 その体をバターのように切り裂く旋斧カトリーナの刃が――――音もなく弾かれる。


「っと、まだダメか!」


 弾かれた反動そのままに、後退する太悟。

 それを追って伸びる五本の槍は、穂先に激しい水流を巻きつけていた。

 槍が砂浜を撃てば、ずばっ、と音を立てて大きな穴が空く。つまるところ、水のドリルだ。

 普通の鎧なら、まるで無い物のように貫通する威力がある。


「太悟くん!」


「大丈夫……くそっ、今回は斬れると思ったんだけどなあ」


 心配するファルケに、太悟は振り返らずに答えた。

 ラグーンナイトが持つ盾には強力な魔法がかかっており、剣と言わず魔法と言わず、大抵の攻撃を弾き返してしまう。

 太悟としては、同極の磁石を近づけた時のような感覚を覚えていた。

 戦士は武器を弾かれたところで体勢を崩し、槍で串刺し。術使いなら盾で防がれ接近を許し、永遠に沈黙させられる。

 地味に手ごわい魔物だ。真正面からやり合えば、苦戦は免れない。

 真正面からなら。


「しょうがない。定石通りやるか」


 構える太悟の目の前で、五体のラグーンナイトが盾を前にして距離を詰めてくる。

 先のスケイルマンのように本能に任せて突撃してくるわけでもなく、自分の強みをシンプルに生かしている。

 太悟は慌てず、ファルケに命令を下した。


「ファルケ、奴らに上を向かせてくれ」


「わかった!」


 ファルケの手に、今度は青く輝く矢が現れる。

 それを弓につがえ、鏃を向ける相手はラグーンナイトたちではない。

 その兜を被った頭の上へ、ファルケは矢を放った。


「アサルトレイン!」


 青い矢は一瞬でラグーンナイトたちの頭上に到達した。

 そして次の瞬間、花火のように弾け、矢の雨となって地上に降り注ぐ。

 アサルトレインは水の精霊の矢。放たれた後で拡散し、広範囲の敵を攻撃するのだ。

 しかしそれも、ラグーンナイトたちが少し盾を上に向けただけで凌がれてしまった。

 盾ではなく鎧に当たった矢も、傷一つ付けられず消散する。二発目からは、いちいち防御態勢にすらならないだろう。


 ファルケは狼狽えなかった。

 ここの魔物に、自分の術がほとんど効かないのはわかっていたことだ。


 太悟は少し屈んで、砂浜に左の掌を当てた。

 諦めて跪いたわけでも、おまじないの類でもない。

 最近になって思いついて、がんばって練習してきた技だ。


「ドラゴン……スパイン!!」


 矢の雨を弾きながら、進撃を緩めない五体のラグーンナイト。

 その足元から、竜の牙が如き鋭利で長大な棘が無数に飛び出した。


 魔物の兜の奥から、くぐもった悲鳴が漏れる。

 そもそも裸足の上に、鎧を纏っているとはいえ関節部には隙間がある。

 魔法の盾も、盾への攻撃でなければ効果を発揮しない。


 下から足を、同時に各所の関節を棘に貫かれ、盾も槍も取り落としたラグーンナイトたちは、百舌鳥のはやにえめいた無残さだ。

 魔物の生命力によってまだ死んではいないが、それは何の救いにもならない。

 砂浜から手を離し、カトリーナを両手持ちにした太悟が迫っているからだ。


「いい加減、靴でも履かせてもらうんだな。死ね」


 旋刃が五度唸り、ラグーンナイトたちはほとんど何もできないまま瘴気に還った。

 その光景を目の当たりにしたファルケが冷や汗を垂らして呟く。


「………エグイね」


「普通にやりあったらめんどい連中だから。弱点突いて、さっさと消えてもらうに限るよ」


 役目を終えた棘が、枯れ木のように朽ちて消えてゆく。

 それらは、太悟が砂中に伸ばした蔦から生えた物だ。

 装着者の意思によって自在に動き、形を変えるコロナスパルトイの能力を応用した技である。


 ラグーンナイトは手ごわい魔物だが、攻略法は幾つも存在する。

 もっとも簡単なのは、魔法の盾でも弾き返せない威力の攻撃をぶちかますことだ。

 術などを用いて、盾に干渉し魔法の発動を阻害するやり方もある。


 太悟がもっとも好むのは、足を潰して動けなくなったところを叩くやり方だった。

 ラグーンナイトは遠距離攻撃を持たないので、足が使えなくなればほとんど脅威ではなくなる。

 今回はドラゴンスパインを使ったが、前回はアシッドポーションを足下に転がして踏ませ、足を焼いて動けなくしたのだ。


 新技がうまくいって、太悟は少し上機嫌だった。

 まだまだ改良すべき点はあるが、この技は多くの魔物を苦しめることだろう。


「はっはっはっはっ! 雑兵とはいえ、あの数を平らげるとは、流石よの!」


 その時。海から聞こえてきた笑声に、太悟とファルケは即座に身構えた。

 何時の間にやら、海面に直立する大柄な人影が一つ。

 二メートルはあろう長身は、小豆色のごつごつとした甲冑に覆われ、まるで戦国の武者を思わせる装いである。

 しかし、面頬めいた厳めしい顔から生えた髭は、体毛ではなく甲殻類の足だった。

 蟹を邪悪な発想で擬人化したら、このような姿になるのではないか。

 瞼の無い黒真珠のような目が、太悟を見据えている。


「今度は儂の相手をしてもらおうか。のう、《孤独の勇者》よ」


 その魔物のことも、太悟はよく知っていた。

 知っていたから、愕然を振り切って、悲鳴に近い叫び声を上げた。


「ファルケっ! 狼煙を上げろ! はやくっ!」


「う、うん!」


 ただならぬ迫力を感じたファルケは、慌ててマントから瓶を取り出し、足元に叩きつけた。

 真紅の煙が、細く長く空に伸びてゆく。


「初めて見る顔もあるな。では、改めて名乗っておこうか」


 海面を蹴って、蟹の魔物が砂浜に降り立つ。そして腰に手を当て胸を張り、力強い声で自らの名を発した。


「儂はカピターン。《深淵公》アビシアス様に仕えし、《魔海将軍》カピターンである!!」


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