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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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デスオンザビーチ2

 魔物は、己の死を恐れない。

 《常闇の魔王》オスクロルドが瘴気を固めて生み出している存在であり、通常の生物とは在り方がまったく違う。

 生殖行為もしないし、栄養補給としての食事も必要としない。

 痛みを感じて怯んだとしても、それで怯えるようなこともないし、決して降伏などしない。

 いくら死のうが、余程強力な存在でなければ、すぐにまったく同じ個体が補充される。


 知能や知性に差があれど、共通するのは魔王の勢力に属さないすべての存在に対する、強烈な敵愾心だ。

 人の営みすべてを叩き潰し、彼らの心を恐怖と絶望に染め上げるまで、魔物たちは止まらない。


 和解も共存も決してあり得ない。

 どちらかが滅ぶまで終わることはない。

 これがこの世界の戦争だ。


 つまり。


「僕がお前らに遠慮することなんて、何にもないんだよな!」


 勇ましい竜の兜の下で、太悟は咆哮した。

 魔物の好きなところは何かと聞かれれば、彼は「死体が瘴気になって消えるところ」と答えるだろう。

 戦闘が始まってから十分と経たぬ間に、既に十数体ものスケイルマンが首を手足を胴を切断されていた。

 本来なら、この狭い砂浜は死体の山で埋め尽くされているだろう。辺り一面血の海だ。

 しかし魔物は死ねばすぐに瘴気になって消えるから、足を取られて転んだり、死んだふりを警戒する必要もない。

 太悟は心置きなく殺戮を遂行していた。


「どうした雑魚ども! 斬られるだけなら、跪いて並んで待ってろ!」


 縦に。横に。斜めに。打ち振るわれるカトリーナの威力が、スケイルマンたちをまったく寄せ付けない。

 中には柄を掴んで止めようとした者もいたが、太悟は指や手を切り落としてやった。

 カトリーナは刃そのものが高速回転しているから、指くらいなら軽く添えるだけでも面白いようにすっ飛んでゆく。


 スケイルマンは決して弱い魔物ではない。

 コーラルコーストに出現する魔物の中では手ごわい方ではないにしろ、甘く見た勇士が何人もその代償を支払うことになった。


 向かってくるスケイルマンに、太悟は横薙ぎを放つ。が、空振り。

 ほとんど四つん這いになったスケイルマンの狙いは、タックルで太悟を押し倒すことだった。

 砂浜に倒され群がられたら、どんなに強い戦士でもおしまいだ。


 太悟は即座にカトリーナの柄を回し、石突でスケイルマンの額を激しく打った。

 打たれた部分は深く陥没し、押し出された目玉が眼窩から飛び出る。

 ギギッ、と呻く魔物の頭を、太悟はプレス機の力と無感情さで踏み潰した。


「無駄骨だったな」


 太悟は冷酷に言い捨てた。

 戦っている時の自分の口の悪さは自覚している。

 しかし、殺し合いの最中でマナーに気を遣う余裕はないし、口だけでも強気でなければ体を動かせない。


 太悟の戦い方は、ほとんど我流だ。

 最初は、アニメや漫画、アクション映画キャラクターの動きをなんとなく模倣していた。

 神殿の勇士たちに教えを乞うたら血みどろになるまで叩きのめされ、彼らの暇つぶしの鍛錬を覗き見ていたら、バレてまた叩きのめされた。

 武器を使う魔物の動きを観察し、自分の動きに取り入れるために何度も練習した。

 最近では、ダンが武器の使い方や構え、足運びを教えてくれることもあった。


 争いとは無縁に生きてきた男が、必死で自分を鼓舞し、付け焼刃を振り回しているのだ。

 一流の勇士から見れば、泥臭く、見るに堪えない姿かもしれない。


 太悟は自嘲しながら、背後から噛みかかってきたスケイルマンを左の肘鉄で迎撃した。

 大きく開かれた牙が並ぶ口の中に、装甲に包まれた太悟の肘が埋まる。

 それでもなお、噛み砕こうと力を入れるスケイルマン。その後頭部から、金属の棘が飛び出した。

 コロナスパルトイは、訓練は必要だが装着者の意のままに動き、形を変える。

 ドライランドでの戦いを経て大分コツを掴み、今ではスケイルマンの喉を肘から生やした棘でぶち抜くこともできる。


「うまかったか? 僕の奢りだ魚野郎」


 棘を引っ込め、力を失った魔物の体を蹴ってどかし、太悟は次の獲物に向かった。

 前方からニ体、後方から新たに四体。囲んで叩くつもりのようだ。

 太悟は前のニ体に向かって走り出した。囲まれて面倒なら、囲いになる前に潰せばいい。


 カトリーナの刃を、下から掬い上げるように振り抜く。風を起こす力によって砂が舞い、スケイルマンたちの視界を塞ぐ幕を作った。

 目に砂でも入ったのか、半魚人の動きが僅かに鈍る。

 その間を、太悟はするりと流れた。旋刃が、虚像を残して大きく円弧を描く。

 太悟が通り過ぎた後で、ニ体のスケイルマンは胴から真っ二つになって崩れ落ちた。


 単純な話だが、足を止めて戦っていると囲まれやすいし、攻撃もよく当たる。

 敵の数が多い時は、とにかく動き回ることが大切だ。

 そのために太悟は永続的効果のあるポーションでドーピングしまくっているし、装備を着けたまま神殿の周りで走り込みをしている。

 運動部に入ろうと思ったこともないし、体育の授業は嫌いだったが、命がかかっていると思えば気合いも入るというものだ。


 太悟は振り返り、追ってきていた四体に躍りかかった。

 その時、海から新しく一体のスケイルマンが現れた。太悟ではなく林の方に向かって走ってゆく。

 水掻きの生えた足は、あっという間に太悟が引いた線を飛び越えた。


「ファルケ! 行ったぞ!」




 砂浜と林の境。

 何かあった時、すぐに逃走に転じられるようにと与えられた場所で―――ファルケは感動していた。


(………すごい)


 魔物たちを、まるで俎板の上の鯉のように次々捌いてゆく太悟の雄姿に。

 自分では、一体が相手ですら勝ち目のない敵が、あっさりと瘴気に還ってゆく光景に。

 傍から見れば、口をぽかんと開け目を見開いた間抜け面だ。

 けれど、それを指摘する他人もいなければ、ファルケ本人はそれどころではなかった。


 ファルケ・オクルス―――オクルス家は、森を守る戦士の家系だ。

 その歴史は古く、この世界に魔法というものをもたらした知識神・サピエルが支配者だった時代まで遡るという。

 男女問わず戦う術を教えられ、子守歌の如く戦士の心構えを聞かされる。

 ファルケの師は母だった。五歳の時に初めて弓を与えられ、それから十年間、訓練の日々を送った。


 戦いに生きるという自分の人生を、ファルケは疑問に思ったことはない。

 先祖代々受け継がれてきた大切なお役目だ。外の世界への憧れはあったが、叶わぬ夢で終わらせる覚悟もあった。

 それでも、訓練は厳しく、苦しかった。何度も泣いたし、何度も逃げ出したくなった。

 長い訓練を経ても、勇士として初めて戦場に出た時は、恐怖と緊張でまともに動けなかったことをファルケは覚えている。



 では、狩谷太悟は………ただの市民だった少年は、どれだけの戦いの上に立っているのか。



 ファルケは知っている。傷つき、打ちのめされて帰って来た太悟の姿を。

 第十三支部の勇士たちが、そしてファルケが何もしなかったから、太悟はそうなったのだ。

 彼の傷は、彼の強さは、ファルケたちが犯した罪の証だ。

 その事実は、常にファルケの胸を締め付けている。


(無駄にしてきた時間は戻せない。でも、これ以上無駄にするつもりもない)


 一体のスケイルマンが、こちらに向かって走ってくる。

 久方ぶりの実戦である。弓を握るファルケの左手に、余計な力が加わった。

 ファルケは深く息を吸い、吐いた。それから、弓を構える。

 幼い頃から何百、何千と繰り返してきた動作は、忘れようにも体に染みついていた。


 宙に差し伸べた右手。そこに、緑に輝く光の矢が出現した。

 《精霊射手》ファルケ・オクルスが誇るスピリット・アーチェリー。

 遥か古代。最初のオクルスが精霊たちと交わした契約により、その子孫たちは、特殊な力を持った矢を作り出す術を使えるのだ。


「シーカーショット!」


 緑光の矢を弓につがえ――――放つ。

 その鏃の先端は、概ねスケイルマンの方を向いていた。

 放たれた矢の速度は音に迫っていたが、半魚人の魔物はしっかりと目視していた。蠅のように叩き落とすことさえできただろう。

 しかし、その矢がまるで見当違いの方向に飛んでいったので、そんなことをする手間も省けていた。


 では、あの弱そうな人間の女を殺してやろう。

 そんな考えがスケイルマンの頭に浮かんだところで。

 一歩前に踏み出そうとしていた右膝の裏に、どん、と予期せぬ衝撃が走った。

 あまり痛くはなかったが、バランスを崩しそうになって、スケイルマンはギギッと鳴いた。


 起きたことは単純だ。

 ファルケの放った矢が、スケイルマンの頭上を飛び越えてその視界から外れたところで方向転換。

 ほとんどUターンして、魔物の膝裏を直撃したのだ。


 シーカーショットは風の精霊の力を持つ矢。

 ファルケの意のままに軌道を変えて、決して狙いを外さない。

 しかし今の彼女の実力では、スケイルマンを貫くことはできなかった。

 スケイルマンは崩れそうになった体勢を立て直すため、両足でしっかりと踏ん張る。


 一瞬足を止める。

 それだけが、ファルケがスケイルマンにできる全てのことだった。


 そして、狩谷太悟は、その一瞬を必要としていた。

 再び走り出そうとしていたスケイルマンの首が、背後から振り切られたカトリーナによって食い千切られる。

 散ってゆく瘴気の向こうに、ファルケは竜の鎧を纏う太悟を見た。


「ファルケ!」


 呼ばれて、ファルケは緊張に息を止めた。

 自分は期待通りのことをできたか。それとも失望させてしまったか。

 兜に隠された顔から、感情を読み取るのは不可能だ。


「―――――――その調子で頼む!」


 しかし、それを補って余るほどに、太悟は大きな声と手振りで伝えてくれた。

 ちゃんと仕事をしたのだと、そう言ってくれたのだ。

 少しだけ軽くなる心に釣られて、ファルケは笑みを浮かべる自分を止められなかった。


「うんっ!」


 浜辺からは、未だ次々とスケイルマンが上陸してくる。

 ほとんどは太悟に斬られ、抜けてきた者も線を越えた途端、ファルケに目を喉を足を撃たれて足止めされ、その隙に斬られた。

 二人一組の殺戮機械によって、魔物の死体が次々に生産されていった。

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