続々・私を海(戦場)に連れてって
重厚な鎧を纏う騎士に、一目見ただけで業物とわかる剣を佩いた剣士。
瞑想し魔力を高めている魔法使いや、女神に祈りを捧げている僧侶。
その他、職業もわからない大勢の勇士たちがごった返して、人の森を生み出していた。
太悟はその間を黙々とすり抜けてゆく。
今の彼の装いは、上顎を開いた状態のコロナスパルトイに馴染みの戦闘服、背中に旋斧カトリーナ、腰にポーション類が入ったポーチと狂刀リップマン。
装備はともかくとして、背丈に恵まれない太悟は他の男の勇士と比べると、まさしく大人と子供ほどの差があった。
これは太悟が持つ多くのコンプレックスの一つで、心無い誰かにチビ呼ばわりされることを常に恐れている。実際、第十三支部の勇士たちがする陰口にはそういうワードが多分に含まれていた。
(ホントはこういうとこ来るの嫌なんだよなあ……自分で勝手に比較しちゃうし)
太悟は眉間に皺を寄せた。
ついでに言えば、この世界には不細工な勇士は存在しないらしい。
周りを見れば、右も左も美男美女。そうでなくても精悍さや男らしさに溢れていて、あとは好みの問題だろう。
他の神殿の勇者はそんな勇士たちから慕われて毎日過ごしているというのだから、太悟としては羨ましい限りだ。
自分もマリカたちと、せめて協力し合うことができたのなら。
太悟がもう諦めたはずの願いは、それでも消えてはくれず、折に触れて彼の心に爪を立てる。
どんな魔物も恐れない勇者代理は、しかし他の勇者が当たり前にできることができないのだ。
それもまた、大きなコンプレックスの一つだった。
「ねえねえ太悟くん、あのお鍋って何作ってるのかな? おいしそうな匂いがする!」
勝手に暗くなる思考は、ファルケの呑気な声に蹴り飛ばされた。
少女は見るものすべてが珍しいようで、何かにつけて目をキラキラさせながら太悟に訊ねてくる。
見れば、料理人の姿をした勇士が、巨大な鍋をおたまで掻き混ぜていた。火加減は、おそらく同じ神殿の魔法使いが火の魔法で調節している。
鍋の前には勇士たちが集まっていて、彼らが持っている皿の中身は、どうやらスープのようだ。
「どこが最初に始めたのか知らないけど、毎回どっかの神殿があんな風に料理やるんだよ。この前は……たしかでっかい肉焼いてたっけ」
「へー! あ、あっちは何? ポーション売ってるみたいだけど」
「あれは……自分で開発した薬を売ってる人たちだね。ここでしか買えないようなのもあるけど、値段は普通より高めなんだよな」
別の場所では、横に長い大きなテーブルまで持ち込んで、薬液が入った瓶を並べてる薬師や錬金術師たちがいた。
こちらにも、多くの勇士が集っていて、テーブル越しに金や言葉をやりとりしている。
「なあ、このヒーリングポーションいくらなんでも高過ぎねえか? 街で売ってるのだって、せいぜい五百ソルだろ?」
「その代わり効き目は保証しますよ。そうだ、おまけにスタミナポーションもつけてあげましょうか?」
「……この毛生え薬とやらは、どう使うんじゃ。塗るのかね?」
「飲んで一週間もすれば、その不毛な大地に豊かな自然が蘇ります。個人の感想ですが」
出撃だけでなく、こうした副業で資金を稼いでいる神殿は多い。
太悟も興味はあったが、さすがに調剤など専門知識が必要な技術は持っていないため、もっぱら消費する側だ。
どこぞの神殿がマヨネーズでも作って売り出すかと思っていたが、今のところ噂にも聞いていない。
所謂マヨラ-ではないものの、故郷の味が懐かしい太悟は、少し残念だった。
「みんな、なんだかすごい楽しそうだね」
ひとしきり興味を引くものを見てから、ファルケが言った。
彼女の言う通り、辺りは話し声や笑い声に満ちて、戦場のど真ん中とは思えないほどに雰囲気は明るい。
「そりゃ稼ぎ時だから。物売ってる人にとっても、魔物を討伐する人にとってもね」
作戦に参加するだけで高額の報酬が約束され、そこに討伐の報酬もプラスされるのだ。浮かれもするだろう。
だが、みんな覚悟をしてきているはずだ。
魔物と戦って死ぬ、覚悟を。
大規模襲撃では、普段戦場をうろついている魔物だけが出現するわけではない。
初めて見る強力な魔物や、最悪の場合は幹部に近い地位の魔物が出張ってくることもある。
そうなれば、必ず戦死者が出るのだ。
太悟が聞いた話では、参加した勇士たちの半数が殺されるという悲惨な結果になった作戦もあったという。
太悟自身、何度も魔物に殺されかけた。今もこうして生きていられるのは奇跡に近い。
命を賭して戦うとはそういうことで、この基地にいる勇士たちも、それを理解しているだろう。
今日死ぬかもしれないが、死なないかもしれない。
そんな日常を送ってきた人間が、今さら悲壮な決意など固めたりはしない。
平和な時間は笑って過ごし、戦う時は戦って、死ぬか生きるかするのだ。
「みんな戦闘になったらすごいぞ。僕は我流で、とりあえず殺せればいいやみたいな戦い方だけど、こないだ見た剣士なんかは踊るみたいな感じでぽんぽん魔物の首落としてたもん」
「ふえー」
その時。
太悟の耳に、二人の勇士の立ち話が飛び込んできた。
「聞いたか? ドライランドのタワーオブグリードが死んだってよ」
「聞いた。奴には仲間を喰われている。いずれは敵討ちにと思ったが……どこの勇士団だ?」
「それがな、聞いて驚くな。噂の、《孤独の勇者》だってよ」
びくり、と太悟の肩が跳ねた。
「なんと。士気高揚のための作り話だとばかり思っていた。実在したのか」
「俺の仲間は、一度見たことがあるんだと。兜つけてたから、顔はわからなかったらしいけどな」
「大したものだ。私の勇者は、神殿で綺麗な女に鼻の下を伸ばしてばかりいるぞ」
「俺んとこは女の子だけど、同じようなもんだぜ? 俺も会ってみてえなあ、《孤独の勇者》……」
そこまで聞いて、太悟はファルケの腕を引っ張った。
「はやく行こう。頼む。お願いだから」
「う、うん」
良かろうが悪かろうが、自分の噂など聞くに堪えないものなのだ。
それから少し歩いて、太悟とファルケは、ようやく基地の中心である司令部に辿り着いた。
やはり無骨なテントの前で、一人の勇士がコーラルコーストの地図を見つめている。
肩の辺りで短く刈った銀髪がきらきらと美しい、女性の勇士だ。
例に漏れず美女で、顔立ちは精悍ですらある。かわいいではなく、かっこいいと呼ばれるタイプだ。
青いマントと洗練されたデザインの鎧には、剣をモチーフにした紋章が描かれている。
傍には、刀身が身の丈ほどもある、長大で分厚い大剣。常人では振り回すどころか持ち上げるだけでも大儀だろう。
「……だ、太悟くん。あの人って……」
「うん。彼女がここの責任者みたいだ」
ファルケの声は震えていた。おそらく、感激か何かで。
太悟も面識こそないものの、目の前にいる勇士のことは知っていた。
「あの、すみません。作戦に参加しに来た者なんですけど」
行き交う勇士にぶつからないように近付いて、声をかける。
女性が顔を上げた。
「おお、よく来てくれたね。私は第二神殿勇士団のアレクサンドラ。今回の作戦の責任者をやらせてもらっているよ。よろしく頼む」
落ち着きのある、穏やかな声音。まるで、草原を優しく撫でる風のようだ。
それだけで、彼女が只者でないことがわかる。
「《剣の女王》……」
ファルケが、口に出すのも恐れ多いとばかりに、か細い声で呟く。
《剣の女王》アレクサンドラ。フルネームは、アレクサンドラ・ズワルト三世。
女神サンルーチェによって、最初の勇者がこの世界に送られてきて、勇士たちが魔物への反撃を開始した頃。
一つの王国が、魔物によって落日を迎えた。
大勢の民が死に、土地は荒れ、王城は炎に包まれた。魔物たちが何をする存在なのか、改めて世界に知らしめた事件である。
生き残った若き女王は、魔物への復讐と国の再興を誓い、野に下り力をつけることにした。
数年後……女神によって勇士として選ばれ、《剣の女王》の名を与えられるまでは。
現在、アレクサンドラは最も強力な勇士の一人として、世界中から尊敬を集めている。
勇士であるファルケはもちろんのこと、戦場に出ている太悟もその名前を知っていた。
「女王、か。国を取り戻すまでは、そう名乗るつもりがないのだがね。女神様も皮肉な異名をつけてくれたものだ」
アレクサンドラが苦笑する。
太悟も、その気持ちが少しだけわかった。変な名前で呼ばれることに辟易しているからだ。
「ところで、君たちはどこの神殿から来たんだ? 名前も教えてくれ」
聞かれて、太悟は正直に答えた。
「第十三支部の……狩谷太悟です。よろしくお願いします」
続けてファルケも名乗る。
「お、同じく第十三支部のファルケ・オクルスです!」
イカリダイゴ、とアレクサンドラが名前を反芻する。
そして、目を見開いた。
「君が……いや。貴方が、あの……《孤独の勇者》なのですか!?」
何気なく聞いていたのだろう、周囲がざわ、と騒ぎ始めた。
嫌な流れだ、と太悟は思った。
「あーっと……その、みんななんか、そういう風に呼ぶんですけど。《孤独の勇者》っていうの、僕あんまり好きじゃないんです……」
「え、そうなの? 私はかっこいいと思ってたけど」
首を傾げるファルケに、太悟は苦い顔を返した。
「《便所飯》とか《ぼっち》とか、そう呼ばれてるようなもんでしょ……」
「?」
太悟がそう呼ばれるようになったのは、自ら戦場に出て戦う勇者を魔物達が恐れたりしたからだ。
勇士が戦ってくれないから仕方なく自分でやっている、などという情けない理由で戦った結果つけられた異名を、どうやって嬉しがればいいのか。
「……よくはわかりませんが、貴方も苦労されたのですね」
そう言って、アレクサンドラが手を差し伸べてくる。
「あなたこそ……!」
太悟は万感の思いとともにその手を取った。
二人の間で交わされる握手。
実際は、どちらも相手のことをほとんど理解してはいないのだが、何となく互いを労わり合っていた。
「あれが《孤独の勇者》……」
「まだ子供じゃないか」
「思ってたより小さい」
「思ってたよりイケメンじゃないな」
「思ってたより小さいしイケメンじゃないね」
外野の言うことは、とりあえず無視することにした。




