つらら城の花嫁 20
太く背の高い針葉樹が、たった四本の足によって中に浮いたことに顎が外れそうなほど驚いているスノーガルーの姿は、太悟の心を喜びで満たした。
だが、それも束の間。今度はまた別の問題が出てくる。
「うおおおおお重いっ!」
太悟はたまらず叫んだ。未だ鎖で結びつけられている以上、樹の重さは当然無視できない。
コロナスパルトイを纏っていれば大したことのない重量だろうが、今の太悟には重すぎる。
「やばいやばい倒れる! ダンそっちで支えて!!」
「この体勢だとさすがにきついぞ!?」
二人がせめて樹の前後に縛られていたならまだマシだったが、残念ながら前の方に偏っている。
なんともバランスが悪く、油断すると後ろに倒れそうだ。
「ちぃっ……やれ、おめえら!!」
スノーガルーの顔から、余裕は消えていた。
創造主からの命令を受けた雪の狼たちが、一斉に襲いかかってくる。
だが、こちらはそれどころでは無いのだ。
「あ~、無理だこれ! 倒れるっ!!」
「うおおおおおおおおおおお!?」
一度ぐらりと来たら、もう耐えられなかった。
前に倒れて―――ずしん。雪の上に、針葉樹が横たわる。
それに巻き込まれて、狼たちが押し潰された。盛大に雪煙が上がり、太悟とダンを白く染める。
樹が倒れる拍子に鎖が緩み、逃げられたお陰でもろとも潰されずに済んだのだ。
「うぅ、寒……まあ、縛られてるよりずっと良いけど」
太悟は頭を振って雪を払い落とした。
倒れた樹を挟んで隣のダンも、勢いよく立ち上がる。
「自由を得たぞ! 魔物め、もう思い通りにはさせん!」
「ダン、ズボンずり落ちてる。魔物が自由になってる」
「……おおっ!!」
さすがに、友人がぶらぶらさせてる横で戦うのはごめん被る。
一方。スノーガルーは倒壊に巻き込まれず、しかし苛立ちを隠さずに怒鳴ってきた。
「ケッ……縛られてねえからって、丸腰にゃ変わりねえ。だがこっちにゃいくらでも兵隊がいるんだぜ!」
―――ォオオオオオオンッ!!
スノーガルーの咆哮により、再び白い狼たちが雪の中から立ち上がる。
太悟は身構えた。たしかに、コロナスパルトイもカトリーナもリップマンも、今は持っていない。
だが、無力だと思ったら大きな間違いだ。
迫る狼たちに向けて、太悟は右腕を振るった。
両者の間にはまだ距離があり、拳など届きようもない。
だが。
次の瞬間、狼たちの頭が砕け散った。
「なにっ!?」
雪に戻ってゆく手下たちに、スノーガルーが赤い目を剥く。
太悟の手には、鎖が握られていた。つい先ほどまで自分達を縛っていた物だ。
樹が倒れた拍子に千切れ、ちょうどよい長さになっていた。
「いい武器くれてありがとよ! お礼に、たっぷり味合わせてやる」
鎖を右腕に巻き付けて、太悟は獰猛に笑った。
隣で、ダンが樹から太い枝をむしり、棍棒のように構える。
反撃の時だ。
# # #
「ほら! ちんたらしてないで、さっさと歩くんだよ!」
と、背中に凍えるような声援を受けて、ファルケはつらら城の廊下を歩いていた。
振り返れば、監視役らしいチルウィッチがあからさまに不機嫌な顔で睨みつけてくる。
「もう、言われなくても歩くってば!」
なにせインナー姿で寒いし、床も氷なので歩きにくい。
たとえここで逃げ出したとしても、すぐに捕まってしまうだろう。
どこに連れて行こうとしているのかわからない恐怖はあるが、今は従うしかなかった。
「まったく。ドラクスリート様は、どうしてこんな小娘を……」
と。忌々しげに呟いたチルウィッチに、ファルケは眉を顰めた。
普通に考えて、魔物が人間を嫁にしようなんて考えはあちら側にとっても異端だろうが。
「女が必要なら、この私がいるというのに……つれないお方……」
ぶつぶつと呟きながら、親指の爪を噛む魔女。
その様子には、あからさまな嫉妬の色があった。どうやらよっぽどドラクスリートに入れ込んでいるらしい。
「……ドラクスリートのことが好きなの?」
「は!? ち、違う!!」
思わず訊ねてしまったファルケに、凄まじい剣幕の否定が返ってきた。
「私は……お前ら人間どものような、下世話な感情とは違う。もっと高尚で……唯一絶対で……そう! 忠誠心だ! 次ふざけたことを言ったら、その口を凍らせてやる!」
「ああうん……」
あまりにも激しい様子に、ファルケは一歩引く。下手なことを言えば本当に氷漬けにされそうだ。
ファルケは再び進み始めた。廊下には窓もなく、時間の感覚がなくなってしまいそうだった。
「そこの扉の中にお入り」
後ろでチルウィッチが言う。
目の前の壁には、豪奢な装飾を施された扉があった。
言われた通りに扉を開け、室内の光景を見て、ファルケは呆然と呟いた。
床から天井まで続く巨大なクローゼットに、所狭しと掛けられているのは華美なドレスばかり。まるで宝石箱だ。
一体いくつの装飾品があるのか。眩暈さえ覚えそうだった。
おそらく、人間から奪った品々だろう。これだけの量を集めるために、どれだけの犠牲が出たのか。
ファルケは固唾を飲んだ。やはり、ドラクスリートは恐ろしい魔物だ。
「さ、そこから着る物を選びな。ドラクスリート様との結婚式のためにね」




