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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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11/119

続・私を海(戦場)に連れてって

 

「あっ。あの人、大丈夫かな?」


 太悟が狭い路地を慎重に進んでいると、後ろを歩いていたファルケが声を上げた。

 二人の進行方向、右側にある建物の壁を背にして座り込んでいる人影があった。

 鎧を身に着けていて、兜を被った頭は力無く下を向いている。傷ついて動けない勇士のように見えた。

 だが、太悟はその正体を知っている。


「あれか。んん……せっかくだしな。ちょっと見てて」


「?」


 彼我の間に十分な距離があることを確認してから、太悟は足元に転がっていた石を拾い上げた。

 適度な大きさと重さで、よく飛びそうな石だ。


「それ、どうするの? ……まさか」


 ファルケが目を丸くするのにも構わず、太悟は躊躇いなく、石を勇士らしき何者かに投げつけた。

 石は緩やかな弧を描き、ごつ、と鈍い音を立てて胸の辺りを直撃した。


「ちょっ……え、だ、大丈夫なの!? トドメ刺しちゃったんじゃ……」


「いいから、見てなってば」


 慌てるファルケを、太悟は手で制す。

 いきなり石をぶつけられたのだ。普通の人間なら、何をするんだと怒って飛び起きるだろう。

 それほどの元気がない者でも、顔を上げるなりなんらかの反応をするはずだ。

 しかし。役目を終えた石が転がって、物陰に隠れてしまった、その時。


 ぽろり、と兜を被った頭が地面に落ちた。

 ごろん、と横倒しになる。


 一瞬の間。その後で、ファルケが悲鳴を上げた。

 やっぱりか、と太悟は左手で狂刀リップマンの柄に触れる。


「くくくくくくくく首ががががががががが」


「びっくりしてるとこ悪いんだけど、本番はこっからだよ?」


「えっ」


 恐慌と冷静。対照的な二人の前で、地面に落ちた生首が僅かに震動した。

 体から切り離されてなお、まるで生きているかのように。


 それからすぐに、首の断面から、吸盤の付いた無数の触手がずるりと伸びる。

 触手に持ち上げられた生首は、どうやってか石を投げてきた犯人を知覚したらしい。

 地面に不気味な粘液を残しながら、太悟に向かって疾走を開始した。


「えええええっ!?」


 混乱しながらもファルケは咄嗟に弓を構え、生首に向けた。

 しかしそれよりも早く、一歩前に進んだ太悟が、右足で生首を踏み付ける方が早かった。


「往生際の悪い奴だ」


 太悟は左手で、逆手に握ったリップマンを生首に斜め横から突き刺した。

 鋭利な白刃は容易に堅い兜を貫通し、地面に縫い止めた。

 シュー、シューと鳴いているとも呼吸しているともわからない不愉快な音が、太悟の鼓膜を刺激する。

 細い触手が丈夫なブーツの表面に絡みつき、暴れた。だがそれも長続きせず、やがて動きが止まり、黒い瘴気になって消えた。

 少し遅れて、首を失った胴体も、同じように消滅する。


 太悟は汗一つかかず、リップマンを鞘に納めた。

 ファルケは弓を構えたまま硬直していた。


「な、な、何、アレ?」


 ファルケの声は上ずっていた。


「ミミックって魔物。あんな風に人間に擬態して、近付いてきた人を襲うの。こう、顔を近づけてきたら触手で捕まえて、口に溶解液流し込んで体の中からドロドロにするんだってさ」


 幸いながら、太悟はそんな目にあったことはないし、その場面を目撃したこともない。

 ミミックが出現して間もない頃はそれなりの数の犠牲者が出たが、現在では対処方法が確立しているのだ。


 太悟がしたように、近付かずに石か何かをぶつければすぐに正体を現す。また、フルフェイスの兜などを身に着けていれば溶解液も脅威ではない。

 騙し打ちに特化しているミミックは、逆に言えば他に取柄がないということだ。

 ネタが割れていれば何も恐ろしいことはなく、ファルケでもそう苦労せずに倒せるだろう。


「だから、疲れたからって座り込んでぐったりしてると、他の人が勘違いして石投げてくるから気を付けてね。なんなら魔法が飛んでくる時あるよ」


「う、うん」


 そう言って、ファルケはようやく弓を背中に仕舞った。

 コーラルコーストの洗礼は彼女になかなかの衝撃を与えたようで、少し、青ざめているようにも見えた。

 この辺りに出現する魔物としては、単体では弱く群れることもないミミックは本当に雑魚もいいとこなのだが。


「ファルケ……って呼んでもいいかな。怖くなったんなら、今の内に引き返した方がいい。逃げ出したなんて思わないし、責めもしない。僕だって最初に来た時は大変だったしさ」


 太悟は、ファルケのことを信用していない。

 それは今までのこともあるが、ほぼ初対面でお互いのことを知らないのに、信用も何もないだろう。

 しかし、だからと言って死んでほしいわけではなかった。怪我だって、しないならその方がいいに決まっている。


 ファルケの真意は未だわからないが、遊び半分ならここらが限度のはずだ。

 しかし、太悟の最後の警告にも、ファルケは頷かなかった。


「帰らない。一緒に行くよ」


「……そうかい。まあ、好きにしな」


 太悟は肩を竦めた。もっと怖い目に遭いたいというのなら、それもいいだろう。

 先に進もうとすると、ファルケがあっと声を上げた。


「そうだ、名前」


「名前? ああ、僕の呼び方が気に入らなかったのか? 他にどう呼べば」


「そうじゃなくて、君のこと……私も、名前で呼んでいい?」


「………狩谷でも太悟でも、勝手にしてくれ」


 ファルケが微笑む。


「じゃあ、太悟くんで。えへへ。太悟くん、太悟くん……」


(なんだこいつ怖っ)


 よく知らない相手に、何やら浮かれた感じで自分の名前を連呼されて、太悟は背中にひんやりしたものを感じた。

 人間は時々、魔物より恐ろしい時がある。



 それからまた、太悟とファルケは路地を進み、運河を跨る傷ついた橋を渡った。

 警戒は続けていたが魔物も出現せず、平和な道程と言えた。ファルケは何故かにこにこしていた。

 辿り着いたのは、先程よりもさらに大きな広場だ。昔はお祭りなどの催し物に利用され、年中賑わっていた場所だ。

 今も賑わっているが、その様相は大分違うだろうな、と太悟は思った。


「わあ……勇士がいっぱいだあ」


 ファルケが感嘆の声を上げる。

 煌びやかな出店の代わりに立ち並ぶのは、無骨な大型のテント。行き交う人々も、観光客や住民ではなく、武装した勇士たちだ。

 大規模作戦の際に設置される前線基地。今回はここを拠点として、太悟たちは戦うことになる。


「勇士なら、うちの神殿にもいっぱいいるじゃない」


「そうだけど、他所の神殿の勇士ってあんまり会わないもん」


 こうした作戦時や任務などで他の勇士と一緒になったことがあるので、太悟としてはそう珍しくも無い。新参のファルケは、まだ勇士としての経験に乏しいのだろう。

 下手をすれば、今の太悟よりも世間知らずだ。


(つっても、古参のマリカ達でさえ、グリーンメイズで止まってるしな)


 太悟は胸中で溜息をついた。

 記録によると、光一が元気だったころの第十三支部が大規模作戦に参加したことは一度も無い。

 教会からの要請を断ったのか、あるいは戦力外として呼ばれなかった可能性すらある。

 ロッテンボグやドライランドなど、難易度の高い戦場が開放されたのは太悟の戦いの成果であり、勇士たちの貢献は無に等しいというか無だ。


 グリーンメイズから先に進まない、それ自体は悪いことではない。

 戦場に蔓延る魔物たちを放置しておくと、周辺の村や町を襲って支配領域を広げようとするのだ。

 当然、グリーンメイズの魔物も普通の人間には極めて危険なため、退治する勇士団が必要となる。

 昔のマリカたちは現在のように出撃を拒まずそこそこ真面目に戦っていたようだから、教会は大きな期待はしないまでも、うるさく注意はしなかったのだろう。


(あの光一の病気が治ったら……まあ僕は神殿から出てくことになるだろうけど、やってけるのかなあ)


 そこまで考えてから、太悟はぶんぶんと頭を振った。

 今は未来のことに気を取られている場合ではない。これから苛烈な戦いが待っているのだから、そちらに集中しなければ。


「とりあえず、ここの責任者に顔を見せに行こう。ほら、急ぐよ」


 太悟は、上京してきた地方の若者のようにきょろきょろしているファルケを引っ張り、基地の奥に進んだ。

2/21 加筆修正

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