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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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10/119

私を海(戦場)に連れてって

 

 数日後。

 サンルーチェ教会から要請を受けた太悟は、いつも通り装備を整えて、転送部屋に向かっていた。


 普段は自分の裁量で戦場を決めているが、何らかの作戦や魔物側の大きな攻撃がある場合は、今回のように指定の戦場に赴くこともあった。

 参加するだけで通常の戦闘よりも高額の報酬が約束されるし、倒した魔物の数や地位によってボーナスも与えられる。

 一人で勇士たちを養わなければならない太悟にはうってつけだ。


(タワーオブグリード、すごい賞金かかってたなあ。しばらくは焦って稼ぐ必要はないけど、サボって体を鈍らせたくないし)


 当初、太悟が戦場に出たのは、正直なところあてつけが目的だった。

 アニメや漫画のように、心配した勇士たちが助けてくれるだろうと。

 その目論見は見事に外れ、ゼリーボールに叩きのめされて逃げ帰った姿を哂われるはめになった。

 それから自分なりに練習し、研究し、戦えるようになり、今では出撃が日常の一部になっている。


 そして今日もまた、太悟は戦場に出るのだ。

 ただし、今回は一つだけ、いつもと違うことがあった。


「………マジかよ」


 太悟は廊下で立ち止まり、呟いた。

 転送部屋の前に、一人の勇士が立っている。

 初めてまともに会話したのがついこの間のことで、太悟としては酷いことを言ってしまった少女が。


「あ、おはよう」


 太悟に気付いて、ファルケ・オクルスはにこりと笑った。

 服装は昨日とほとんと同じだが、今日は暗緑色のフード付きマントを羽織り、木製の弓を背負っている。矢筒などは見当たらない。

 太悟は苦い顔で、ファルケと向き合った。


「まさか、本当に僕と一緒に戦うつもりか? 悪いけど、これから行くのは君が活躍できるような戦場じゃない」


 これは脅しでもなんでもなく、単なる事実だった。

 太悟にとってはそこそこ大変で済む戦場でも、グリーンメイズ止まりなこの神殿の勇士では、十分もすればあの世行きだ。

 連れて行ったところで、足手まといが増えるだけでしかない。

 ファルケを守りながら戦えと言うのなら、それは手助けでもなんでもないだろう。


 戦場で、太悟は幾つもの死を見てきた。

 すべてが終わった後の死体であったり、これから終わる命であったり、とにも勇士とは死神と踊るのが仕事なのだ。

 太悟は何度も吐いたし、恐怖に叫んだ。それらはつまり、一歩間違えた場合における、自分の未来図だからだ。


 太悟は戦場に出て戦うが、死にたいわけではない。

 無力な村人を守るためならともかく、勝手についてきたファルケのために命をかける理由はない。


「絶対、邪魔にならないようにするから」


 しかし、ファルケは怯まなかった。

 やはり女神に選ばれた勇士というわけか、あるいは太悟の言葉を真に受けていないのか、引くつもりはないらしい。


「危なくなっても助けないぞ」


 今度は明確に脅しの意を込めて、太悟はファルケを睨んだ。


「それでいいよ、連れてってくれるなら」


 そして、受け止められた。

 ファルケの金色の瞳には、たしかな意思が感じられた……太悟の勘違いでなければ。

 太悟はむうと唸った。こんなところで問答していても時間の無駄でしかない。

 熟慮したとは言えず、根負けでしかないが。


「……わかったよ。君の好きにしたらいい」


 彼女が遊び半分で戦場に出るのなら、代償は大きなものになるだろう。

 その時になって、彼女に後悔する時間があることを、太悟は神ではない何かに祈った。


「ありがとう!」


 少なくとも、ファルケの笑顔は可愛らしい。太悟にとって、何の救いにもならないにしろ。

 ファルケを連れて転送部屋に入ると、いつものように天使像が話しかけてくる。


「おはよう勇者代理殿。毎日ご苦労なことだね」


「まあ、仕事だから。今日はコーラルコーストに行く。あっちでデカい攻撃があるみたいだ」


「よし、それでは早速……うん? そこにいるのはファルケ・オクルスか。もう怪我はいいのかね」


 怪我。ただならぬ単語に、太悟は振り返った。

 何に慌ててか、ファルケが必死に首を横に振る。


「大したことじゃないから! 気にしないで! ね?」


「そ、そうなの? まあ、時間もないし……転送お願い」


「承知した」


 足下の魔法陣が輝き、視界が光に飲み込まれる。独特の浮遊感は、最近では慣れてきた。

 三秒と数える間も無く光は消えて、潮の香が鼻腔をくすぐった。そして、遠くから聞こえる波の音。

 太悟とファルケは、コーラルコーストにやってきたのだ。


「ここが、コーラルコースト……あたし、初めて来たけど……」


 太悟の隣に立ったファルケが、周囲を見渡す。彼女が最初に抱いた感想を、太悟は正確に想像することができた。


 コーラルコーストは、運河を中心にして広がる港町だった。

 交易の要所であり、港には常に世界中の船が並んでいた。

 美しく整備されたレンガ造りの建物が軒を連ね、市場は昼夜を問わず賑わい、明かりが絶えることがなかった。

 死ぬまでにはいつか必ず訪れたいと、旅人たちは口を揃えて語ったという。



 どれも、《常闇の魔王》オスクロルドが侵攻してくる前までの話だ。



 太悟とファルケが転送されたのは、街中にある噴水広場だった。

 かつて町の住民たちの憩いの場であった噴水は、とっくの昔に水が絶えていて、中央に飾られた女神サンルーチェの像は首が折れてしまっていた。

 周囲の建物は、ことごとく一階から上がなく、酷いところは壁があった形跡しか残っていない。

 地面に敷かれた石畳はあちこちが欠けて、雑草が無造作に生え出ている。


 コーラルコースト。

 かつての世界一美しい港町であり、現在は廃墟で、魔物が跋扈する戦場である。

 穏やかに雲が流れる青空と、呑気な海鳥の鳴き声があまりにも不釣り合いで、不気味ですらあった。


「ひどいね……」


 ファルケが表情を曇らせる。

 その感情は、この戦場に来た者が必ず抱くものであり、太悟がもう通り過ぎた場所だ。


 慣れてくると、別のことを考えるようになってくる。

 障害物や物陰の多さ、壊れかけで崩れやすい建物。

 太悟は三回ほど瓦礫に押し潰されそうになったし、建物の二階を走っていたら床が抜け、一階まで真っ逆さまに落ちたこともあった。

 戦場は、時にその環境だけで人を殺すのだ。


「僕も、こんな風になる前に来たかったよ。生臭い半魚人とか、空飛ぶエイがわんさかいる戦場なんてクソくらえだ」


「あれ? そういえば、魔物ぜんぜんいないよ?」


 ファルケが首を傾げる。彼女の言う通り、瓦礫の街には二人の他に動くものは何もいない。

 せいぜい、かろうじて残っている建物の屋根で、錆びた風見鶏が軋んだ鳴き声を発しているくらいだ。


「魔物側からでっかい攻撃がある時は、だいたい三日くらい前からこんな感じになる。細かい雑魚がうろついてることもあるけど、まあ静かなもんだよ」


 周囲を警戒しつつ、太悟はファルケに説明した。

 そうした前兆や、占い師達の占術などによって、サンルーチェ教会は魔物の動きを予想している。

 人間側も各神殿から勇士達を集めて迎え撃つのだ。

 今は嵐の前の静けさ、じきに大勢の魔物が押し寄せてくるだろう。


 太悟も何度か参加したが、どれも凄まじい戦いが繰り広げられた。ファルケは……まあ、運が良ければ生き延びることができるかもしれない。


「さっきも言ったけど、時間はあんまりないんだ。他の神殿の勇士たちと合流しよう」


「うん」


 緊張しているらしく、少し顔が強張っているファルケを伴って、太悟は歩き出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは連れて行くって考えになる方がおかしい 「背中から刺されかねない」 んだから……
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