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文集 H28

虚構 / 真相

作者: 珈琲髭

オマージュ……リスペクト……

 彼は今日もこの扉を開ける──




 ◇




 吾輩は高校生である。名前は斑井。

 成績は中の上、中肉中背の背格好、顔に関しても特徴のない顔付きだと思われる。

 全体的に平均的な、これと言って特徴のない、文学作品の引用を趣味とする、どこにでもいそうな高校生の俺には……一つだけ普通でない事がある。


「やっと来訪きたわね。待ち侘びたわ」


 それがこいつだ。自称(とき)の王(笑)、本名を山中やまなか 二重ふたえと言う。

 小中高と同じ学校に通い、家が隣であるが故に家族ぐるみのお付き合い、といったテンプレ的な幼馴染だったこいつは、中学二年生の夏、突然発芽した。

 以下、当時の回想。


『よう、おはよ』

『……ときが』

『は?』

『ああ……此方こっちの貴方は、理解わからないのね』

『は?』

『ごめんなさい』


 回想終了。

 最初はこいつが言うように何を言っているのか分からなかったし、分かった後も分からなかった。主に意図が。

 話を聞くに、こいつは時を自在に操る刻の王(笑)らしく、俺に訪れる悲劇を食い止める為に何度も時間を巻き戻しているそうだ。なお、その悲劇は“(とき)”というよく分からない何かによって引き起こされるそうな。


 幼馴染の将来と思考回路を同時に心配した俺は、痛いの痛いの飛んでけーと二つの意味を込めてその“刻”とやらの潜伏場所であるらしい頭を撫でてみた。

 するとこいつはふえぇと鳴いた。

 現実で本当にそう発音する奴がいるとは知らなかった当時の俺は確か、軽く……いや結構引いた記憶がある。


 その一件以降、こいつは設定を逐一俺に報告しにやって来るようになった。が、俺としてはそんな面倒は願い下げである。なので俺は、ふーん、あ、そう言えばキュウリって栄養ないくせに美味いよな、みたいな返しで話を流す事に決めた。

 理由としては、まず色々とツッコミどころ満載の設定にツッコミを入れる以外の関心は向かなかったというのもあるが、心の底からその話に興味が湧かなかったし、何よりこういった病気に罹った人間に対する態度はこんなものが最適であると知っていたからだ。


 それからというもの、こいつが話し、俺が流すという半ばコントのようなやりとりが始まり──


何用なん遅刻おくれたの? ……と言っても理由わけは理解るわ、教室の浄化そうじでしょう」


 そして今に至る。

 こいつが狂った当初、○ュ○ゲかま○マ○、あるいは龍○の見過ぎだなとスルーした俺にも非があるが、まさか高校生になってもその謎設定が生き続けるとは思いもよらなかった。

 普通は早い内に周りとの違いに気付く。それから自分の行いを恥じる。心身共に成長した元患者は黒歴史を胸の内に秘め、やがては大人になっていくのだ。

 ……例外があるなんて聞いてないぞ、おい。


「そう、我々(わたし)同罪おなカルマ十字架せおっているものね。仕方がないから酌量ゆるしてあげる」


 かくして、こいつはいつの間にか天文部の皮を被ったラノベ的部活動を発足した。俺を伴って。

 恐らく無断で入部届けを提出したのだろう。正直慣れっこだが、こいつと違って俺は忙しい身である。流れるままに、そしてなるべくして幽霊部員になった。文句はない。当然である。


 しかし今日。名前だけ使っていればいいものを、こいつはわざわざ校内放送をしやがった。

 俺がここにいるのも、そんな呼び出しの為に渋々来てやっただけである。本当にそれだけだ。

 元よりこの部活はこいつが俺と駄弁るだけの部活である。先程も言ったが俺は多忙の身なのだ。こんなポンコツに付き合う義理も余裕もない。

 出席という最低限度の義務は果たしたのだから、後は帰宅するのみだ。幼馴染などそんなものである。


「じゃあ俺帰るから」

停止まちなさい」

「いや、バイトあるし」

契約やくそく忘却わすれたの? 現状ただでさえ貴方の出席率は不良わるいのよ。今日は……そうね、少量すくなくとも彫刻とけい片針はり一廻いっしゅうほど動作うご様子さまを私と共有とも観測なければならな……」


 何で一時間も中身のない部活動をせにゃならんのだ。

 相変わらず意図が意味不明だった。初めから話を聞く気など毛頭なかった俺は『約束』辺りで部室の戸を閉め、さて帰るべとポケットに腕をつっこんで昇降口へと歩を進めていた。


「ちょ、ちょっと! 逸話はなしはまだ終劇おわっていないのよ!?」

「それは明日聞いてやる。じゃあな」

「くっ……貴方の道筋みらいは破滅へと進行むかっているの! のままだと……!」

「“そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな。”」

「へっ?」

「んじゃおつかれー」

「あ、左様さようなら……じゃなくて!」


 慌てて部室から飛び出して俺を追いかけて来た刻の王(笑)は、悲しいかな、本人は走っているつもりなのかも知れないが、歩いている俺に追い付けない程に遅い。頭だけで振り返って見てみるも、その差はどんどんと広がっている。

 ……しかし、時折化けの皮が剥がれるのは、こいつが根本の部分で純粋だからだろうか。怪しいセールスに引っかかりそうなので幼馴染としては大変心配だ。

 わーきゃー騒ぐ刻の王(鈍足)を遥か後方に置き去りにしつつ、靴を履き替え、扉に手をかける。


 玄関の重い扉を抜けると夕方であった。

 視界が橙色になった。曇り空に掛け声が響いた。


 近い内に完成するらしいグラウンドを横に、プール下の自転車置き場へと向かう。

 いつも自転車を停めている端の方の定位置に到着し──

 そこで俺は立ち止まる事になる。


「……何これ」


 自転車のサドルがブロッコリーになっていたのだ。

 ……え、本当に何これ。ドッキリ?

 しばしの間、呆然としながらブロッコリーと見つめあう俺であった。


 そんな俺の肩がポンと叩かれる。

 振り向くと、ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返している辛そうな表情の刻の王(瀕死)が居た。

 右手にサドルを持って。


 俺は激怒した。必ず、かの設定矛盾の王を除かなければならぬと決意した。

 俺はこいつの意図がわからぬ。

 俺は、東京の都会人である。スマホを弄り、こいつと遊んで暮らして来た。

 けれども、ダル絡みに対しては、人一倍に敏感であった。


「貴方が帰還かえるのを阻止とめる……ゼェ……これで……ハァ……やっと、っ! ……ハァ……

 ……刻は……ヒィ……確固たしか変貌かわった……!」

「おい」

「アハハッ……やった……! やっゲホ、ゲホッゲホ! んんっ」


 ヒトノハナシヲ ムシスルノハ イケマセン。


 月に何度かなるこのモードの時のこいつは、得てして話を聞かない状態であると付き合いの関係上理解してはいるが、それを許せるかどうかは話が別だ。


「すうぅ……ふぅ」

「なあ」

「……あら、歓喜よろこばないの? 道筋は変貌り、破滅は回避まぬがれ」

「俺に何か言う事は」

「う……わ、私は貴方に起こる悲劇の可能性を分解ばらしただけよ。つまり私は賛美ほめられる事柄こと存在っても叱責せめられるいわれは絶無ないの。

 幾ら私が孤高とくべつだからと言及って固定観念きめつけくないわ」

「は? なに聞こえない」

「だ、だから、その……」


 ここで意固地になる理由が分からない。こうなったらキリがないので、不本意ながら乗ってやる事にした。勿論、現実と言う名の盾と、言論の矛を用いて。


「よし、おばさんにお前がまた電波おかしくなったと伝えておこう」

「ごめんなさいそれだけはやめてください」

「誠意を感じないな。山中、刻の王を名乗っているなら“魔法の言葉”を知らないとは言わせないぜ」

「“お願いします(プリーズ)”」

「よろしい」


 素直になれば良い奴なんだけどなぁ。

 とりあえずサドルを取り返し、俺はこいつにブロッコリーを放る。

 困惑した顔をされてこっちを見られても困る。俺だって数十秒前はお前と同じような心境だったのだ。洗ってマヨネーズでもかけて食え。


「で、俺は見ての通り帰る訳だけど。お前は一人寂しく部活すんの?」

「……一緒に帰還る」


 はいドンペリ一本入りましたー。やっぱちょろいわこいつ。




 ◇




「そう言えば『根掘り葉掘り聞き回る』の『根掘り葉掘り』って言葉?『根を掘る』ってのはスゲー分かるけどさぁ、『葉掘り』って部分はどういう事なんだろうな。葉っぱが掘れるかっつーの。葉っぱ掘ったら裏側へ破れちまうじゃん」

「根を『根拠』、葉を『枝葉末節』としたとき、『探し物を枝葉末節に至るまでくまなく探求する』という解釈が出来るからではなくて?」

「それだ!」


 彼はこうして、突然何かを引用する癖がある。聞いていて飽きないし、正直楽しいけれど、謎である。

 彼の為に時間を繰り返す苦痛は、こうした形で報われるのだ。

 そして──そんな時を狙ったかのように、呪われた雑音が私の心を乱す。


『Good Fuck! 休息へいおんな時刻へ歓迎ようこそ、刻の王。

 先途まずはおめでとう。彼の意義ため一刻いっとき恥辱はずかしさを選択えらぶそのりせい皮肉かんぷくするわ』


 うるさい。これは彼が刻に連れ去られない為の策だ。


 こんな事はこれまでで幾度もあった。彼からしてみれば私はただの痛い女なのかも知れないが、私が彼から離れると、決まってその時の彼は死ぬ。

 例えば今。彼は帰宅途中なら時間や場所を問わずに、必ず、死ぬ。その運命を覆すには、彼を一人にしない事。

 だから私は常に彼のそばにいる。何かと理由をつけて、彼を私の近くにおく。それが出来ずに彼が死んだ時、私は時間を巻き戻す。何度でも、幾らでも。

 彼を助ける理由は単純。彼が私の幼馴染だからだ。幼馴染とはそんなものである。

 ……しかし、折角こうして彼が隣で笑っていると言うのに、頭の中で反響する雑音の所為でちっとも嬉しくなれない。話を聞いていたいのに、彼の声は右から左へと流れてゆく。


れにしても、いやはや彼はまったくもっての表裏一体リバーシブルね。彼が無事に生を全う出来る道筋ルートなんて事象ものは、果たして存在るのかしら』


 その為に私がいる、その為の私がいる。だと言うのにこの雑音は喧しく騒ぎ立てる。やはりと言うべきか、私をおちょくっているのだろう。こんなものは無視だ。


『……最高いいわ、私は退屈が嫌悪きらいだもの。

 唯一ひと質問クイズをしましょう。

 彼が刻に囚われた原因りゆうとなる原罪つみ所有者ありか、詰り犯人。其れは誰(フーダニット)?』


 それは……

 ……紛れもなく、他でもない、この私だ。


正解(Bingo)! 勿論貴女よ刻の王。全てがすべて貴女の<csekyi(せい)>』


 そんな事は知っている。何て悪趣味なクイズだ。忘れもしない三年前、彼を想った私の願望。それが始まり。

 だから私は屈しない。私の為にも、彼の為にも。


『質問は愉しめた? 私は愉しかったわ。貴女がとっても滑稽ぶざまで。壮絶すご爽快スッキリした。

 嗚呼ああ、安心して? からかうのは一先ず此れで終局おしまいだから』


 こいつ……!


次回つぎの刻に到着ついたのよ。貴女がまた微量わずかな休息を獲得る刻まで御預け。

 理解っているだろうけど、何刻いつでも舞台袖どこでも、惨劇とき開幕かれ待望ねらってる。万事なにごと行動アクション疾走はやい方が、ね』


 言われなくてもその積りだ。彼の幸せは私が守る。彼が私を信じてくれている限り、私も彼を救い続ける。


淑女たれ(ビー・レディ)

 徒労がんばって。貴女の脳内とくとうせき観戦おうえんしてるわ』

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