指輪
ルネは引き出しの中から小さな木箱を出した
「これ、まじないはもうかけてあるから聖水で洗っておいてくれるかい?
依頼主はさっき呼んだから30分くらいで来ると思うから」
「分かりました」
リザは木箱を受け取り銀の受け皿を取り出した
「えーと、指輪の清めは…
銀の受け皿に聖水をなみなみに注ぐ
指に直接触れないように指輪を入れる」
一つ一つ確認しながら手際よく行うリザを確認して自室へと向かった
「さてと、玄関があそこまでザルだとは思わなかったな
そろそろ結界の張替えどきだね」
ルネは首から下げている鍵で小さな引き出しを開け中に入っていた金の指輪を付けた
「あ、先生」
するとリザが少し前から覗き込んでいたような様子でいた
「あぁ、どうしたんだい?終わった?」
「はい、一応箱に戻しておきました
ところでこの指輪はなんですか?」
先ほど付けた指輪を指差し言った
「これは魔法援助のまじないのかけられた指輪だよ
例えば今、玄関の結界の張替えをしようかと思ったんだけど、僕は結界系が苦手だからね
こういうのを使うとうまく行くんだ」
リザはへぇ~と聞こえてきそうな様子で物珍しそうに見ている
「でも依頼者さんが来てからやるからまだ使わないんだけどね」
からりと笑いながら部屋から出るように促し一緒にその場を後にした
店先に出るとルネは箱に入った指輪をピンセットで掴み点検するように見ていた
「うん、綻びはないみたいだね
これならこの後の微調節も任せて良さそうだ」
”合格”と笑いかけながら木箱に戻そうとしたところ呼び鈴が鳴った
「そろそろきたかな?
リザ、出てくれるかい 」
「はい!」と返事をして小窓を見ると予想通り依頼主だった
玄関を開けスラリと背の高い女性招き入れた
女性が部屋に入るだけで埃っぽい部屋も心なしか花を飾ったような雰囲気になった
「どうも、お頼みした物の出来はいかがでしょうか?」
女性は少し会釈してルネに言った
「ええ、なかなかの出来だと思いますよ
今回は私の弟子にも手伝ってもらったんです
最後の微調整も頼むつもりですが不都合はないと思いますよ」
そう言うルネにリザが少し恥ずかしそうに俯くとその女性は小さく微笑んだ
「それではその可愛らしい魔導師さんに頼みますわ」
と言った後に少しかがんで「よろしくね」と笑いかけた
リザは照れ臭さと緊張で頷くことしかできなかった
「それじゃあそこの椅子に座って指輪をはめてもらえますか」
ルネが案内している間にリザは箱の蓋を開き指輪を取るよう差し出した
ルネが手袋をはめた手で指輪を取り片膝をついて女性の細くきれいな指にはめた
シルバーピンクの指輪はとても似合っていて夕日が照らす部屋と一つの絵のように見えた
(先生ともお似合いだなぁ…って何考えてんだろ)
ふるふると小さく頭を振り忘れるように考えを追いやった
「ん?リザどうしたんだい?」
様子のおかしいリザを見て立ち上がったルネが不思議そうにしている
「え!?いや!なんでもないです!」
なんだか恥ずかしくなり慌てて答えたリザにルネと女性は顔を見合わせて不思議そうに笑ったいた
「それじゃあ始めようか、リザよろしくね」
「っはい」
「手、失礼します…」
女性の前に膝をつき両手で指輪のはめられた手を包む
その上からおでこを当てて指輪に意識を集中させる
(イメージする
この人がこの指輪とともに歩く姿
綺麗な女性のための一つの指輪
やっぱり繊細な感じがいい
この指輪は魔力補助系
姿がか弱そうだから繊細かつシッカリと芯のある
この人をどこまでも支えて行けるように)
椅子に座る女性とそこにひざまずくリザの周りを丸く囲むようにピンク色の光が包み込んだ
その光からは次々と光の花が咲き
あっというまに部屋は柔らかい香りに包まれた
リザがスッと頭をあげると光も静かに消えていった
「気にいるといいんですけど…」
上目ずかいで女性を見つめながら手を離すとただの輪っかだった指輪には細く綺麗な模様が彫られていた
「まぁ……
この花はなんと言うの?」
女性は自分の指にはめられたその指輪を目の前で見て嬉しそうに笑った
「えっと、スズランとシロタエギクです
花言葉はスズランが繊細、純粋、幸せが訪れる
シロタエギクはあなたを支える
綺麗なあなたを支えられるように…って意味のつもりです…」
「…あなたに頼んで良かったわ
大切に使います、ありがとう」
リザの手を握り少しだけ目を細めてそう言った
「せーんーせーーー」
依頼主が帰ってからずっと考え事をしている様子のルネにリザが耳元で呼びかけるとルネはやっと気がついた
「あ、あぁ、ごめんごめん
考え事してたよ
そうだね、ドアを治すのは明日にしよう」
「…そんな話ししてないです」
リザのジトッとした目にルネは苦笑いして頭を掻いた
「そろそろ5時ですね
玄関の結界はどうするんですか?」
「あ、忘れてた」
「……」
呆れたようにため息をついた
「で、何か用意するものあるんですか?」
「いや、少し集中させてもらえれば30分くらいで終わるから夕食の準備をお願いしていいかい?」
リザは「分かりました」と言ってキッチンへ消えた
「さてと、ここはぼくの頑張りどころかな
リザはの魔力は使いすぎたから節約して使わないと
サラマンダー、いるかい?少し手伝ってくれ」
そう呼びかけると今朝の妖精とは別の妖精が来た
「今からここに結界を張りたいんだけれど、手伝ってくれるかい?
我が家に害なすものを焼き尽くしてくれ」
サラマンダーはルネの肩に乗り耳元に何か喋りかけた
「うんうん、なるほどね
分かった、じゃあ今日はよーく乾燥させた木で火を焚いておくよ」
その言葉を聞くと嬉しそうに宙で一回転した
「それじゃあ頼むよ」
サラマンダーを左手に乗せ右手には腰から抜いた長い杖を床についていた
目を閉じると足元からぱちぱちと火が起こり始めた
手に乗ったサラマンダーはふわりと飛んだかと思うと勢いよく足元の炎の中に飛び込んだ
次の瞬間炎は蒼く変化し玄関の隙間から外へうねり出した
扉を中心にするように円形になりルネもその中に立っていた
炎は他に燃え移ることはなくその場でメラメラと燃えていた
少し経つとパチリと目を開き右手に持っていた杖で床を何か描くようになぞった
なぞった場所はマッチで擦ったように火が起こり火の陣が出来上がった
杖が止まり最後にトンッと床につくとその衝撃で火の陣は床の中に消えていった
丁度奥の部屋からリザが顔をのぞかせた
「あ、終わったんですか?
こっちはもうできましたけど」
「こっちも今終わったよ
やっぱり考えるのは得意だけど実践は難しいね」
「それにしても先生、本当に30分ぴったりって凄いですね
チラッとしか見てませんでしたけど結構複雑そうでしたし…
それに魔力の消費も激しいみたいです」
リザは自分の手を握ったり開いたりして言った
「すまないね、師弟契約だとお互いの魔力も使ってしまうから君にも負担が行くだろう
僕は本当に魔力が弱くて」
杖を腰に戻しながら言うとリザは「何言ってるんですか、気にしないでご飯にしましょう」とキッチンへ戻っていった