来訪者
「さて、午後はどうしようか
リザはお腹空いたかい?」
「まだお腹空いてないです、でもやっぱりピザ食べたいんでもう少ししたら行きたいです」
布巾で手を拭きながら戻ってきたルネに棚の整理をしながら答えた
「じゃあ先に魔道具の微調整が残ってるから手伝ってくれるかい?
魔力増幅の指輪の注文が入っていたから今回はリザが作ってみようか」
伝票をガサゴソしながら探すルネの脇から一枚の紙がはらりと落ちた
「先生、これですか?」
見てみると探している伝票のようだ
「あぁ、それそれ、ありがと」
紙を受け取ったと同時に本日二度目の呼び鈴が響き渡った
「僕が出るよ」
リザの肩を抑え前に出た
「ぇ…」
驚いた顔で少しよたつきながら後ろに下がった
(いつもは私が来客担当のはずなのに…)
少し長めの赤髪から覗く横顔が心なしか険しく見えた
「どちら様ですか」
「…薬を頼みたいのですが」
少ししわがれた声が返ってきた
ご老人だからだろうか、玄関の小窓を覗くが人影がない
「すいません、今日の営業は終わりにするつもりだったので…
もしよろしければまた後日来ていただけますか?」
いつになく丁寧に返すルネにリザの不安はますます大きくなる
「急ぎなのです、どうにかなりませんかな」
「…なんの薬でしょうか」
粘る相手に尋ねると扉の向こうからしわがれた笑い声がした
「もういいのですよ、もういただきましたから
それでは失礼します」
最後の言葉が聞こえるか聞こえないかの所で扉の小窓にピシッとヒビが入った
ルネはそれを見るや否や勢いよく扉を開いた
「いない…?」
リザの声がポツリと部屋に響いた
「やられたな、大切な物を盗られてしまったようだ」
「え?大切な物、ですか?」
扉を閉め割れたガラスを手で覆うと手の下が赤く光った
手をよけるとガラスのヒビは嘘のように消えていた
「先生、さっきのはなんだったんですか?」
踵を返し奥の部屋へと向かっていくルネを小走りで追いかけ尋ねると
「んー、僕にもよくわからない
呼び鈴が鳴る前からから少し違和感は感じてたんだけどね
ただあの部屋から物が盗られた
かつての僕の師の形見であり、外に出れば恐らく危険なものでもある」
ルネは首から下げた鍵を赤塗りの扉にさした
その瞬間に扉はブロックのように鍵穴から崩れてゆき落ちたブロックは床に着くと同時に雨のように消えた
「わぁ……」
長く住んでいるが初めて入るその部屋に思わず口の中の唾を飲み込んだ
扉の向こうは階段になっており地下につながっているようだ
「ウリエル、足元照らして」
ルネがそういい指を一度鳴らすと暗い足元を小さな妖精が駆けて行き妖精の足跡がキラキラと光り輝いている
「リザ、なんの説明もなくこの部屋に入れたけど今から3つ 約束事をいうからよく聞くんだよ
この約束はこの部屋から出ても僕がもういいというまで継続だ」
リザはいつになく真面目な声色のルネに動揺しつつ小さな声で返事をした
「一つ、逃げろと言ったら逃げること
二つ、僕かリザのどちらかが丸2日いなくなった場合契約の指輪を1日外すこと
三つ、どんな時でも僕を守らないこと
守れるね?」
「…最後は危ういですけど」
「君ならそう言うと思ったよ」
ルネは乾いた笑いをこぼした
「さ、そろそろ着くよ」
長い下り階段の出口が見え始め階段からは想像できないほど広い地下室に出た
地下室の壁に沿うように本が積まれていて壁自体を見ることが出来ないほどだ
リザは物珍しそうにキョロキョロとしている
ルネも何かを探すようにあたりを見ていた
「すごい本の量…にしても少し寒いですね」
体を抱くように身震いをしたリザを見てルネは再びサラマンダーを呼び部屋を暖めた
「足もと気をつけてね
少し奥まで歩くよ」
足の踏み場がかろうじてある部屋の中をお互い無言で歩いた
ウリエルが先に来ていたのか不思議と地下室は明るかった
「ん?あれは魔法陣ですか?」
ルネの背中越しに見えた大きな円に細かい文字、模様
「あぁ、とても古いものだ
この魔法陣はずっと昔のある契約に使っていたものなんだ
この建物、本当は大きな病院みたいな作りでね
上は建て替えてしまったけどこの部屋だけ地下に移動させただけで中は残しておいたんだ
この部屋にある本の中にある人の日記がまざっているんだけど、それを読んだら昔ここで何があったのかもこの魔法陣がなんなのかも書いてあった
リザにももっと早くに教えてあげたかったんだけどね…
僕の師と約束してしまったんだ
「この部屋のことを絶対に誰にも話さないこと」
だから君にも黙ってた
先生はこの部屋のこと知られたくなかったみたいだからね」
一度に多くを話されリザは首を傾げた
「なんの契約に使ったんですか?
魔法陣なんてよほど昔のものですよね
今は魔法陣と呪文は大体は杖で省略してる時代ですし…」
「この魔法陣はね、ずーーーっと昔の魔女の悲劇に使われた魔法陣なんだ
僕が言った盗まれたものっていうのはその一部の…あれ」
ルネの指差す先には何も乗っていない小さな水晶台が7つあった
「えと…水晶台…ですか?」
「そう、7色…って言うより火、水、雷、風、光、治癒、闇の力を閉じ込めた宝玉らしい」
「らしい?」
「僕も日記でしか読んだことないからね」
「なるほど」
リザは始終「意味がわからない」といった顔だ
「で…その宝玉が無くなるとどう困るんですか?」
リザは一番気になったことを訊ねる
「この魔法陣はここの他にもあと二箇所あるんだ
魔法陣と宝玉が揃うと魔法が発動する」
「ど、どんな…?」
「悪魔を呼ぶ魔法」
「…すいません先生
先生を疑うつもりはないのですが
突拍子もなさすぎて頭が追いつきません
今時悪魔って…本当にいるんですか?」
「僕も見たことないからわからないけど…
でも、盗むほど欲しかったもの
良い気はしないよね
そしてそのことが書かれた日記もさっきから見当たらない
…でもまぁ、悩んでいても仕方ないし少し出ようか
外の空気でも吸いがてらおやつの時間にしないかい?」
リザはおやつ…?と少し考えハッと思い出し笑顔になった
「オープンしたピザ屋さん!行きましょう!」
ルネはリザにふわりと笑いかけた
「階段上るのも面倒くさいしこのまま上に上がろうか
ノーム、お願いできるかい」
リザを抱き抱えそう言うと緑の小さな小人が数人現れ2人を天井の奥へと引っ張り上げた
頭から順に天井の中に消えてゆき最後には暗闇だけが残った