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あと何回、君と・・・

作者: 水瀬さら

オカザキレオ様、にゃん椿3号様主催「君と夏祭り」企画参加作品です。

「早く早くー、花火始まっちゃうよー」

 少しせっかちな君が、玄関の外から僕を呼んでいる。

「そんなに急がなくても大丈夫だよ」

 そう言いながら玄関先へ向かうと、金魚柄の浴衣を着た君が、僕の前でひょこっと足を上げた。

「見て、これ。買ってもらったの」

 君の足には赤い鼻緒の下駄。

「そんなの、歩きにくいだろ? どうせ足が痛くて歩けなーいとか言うんだから」

「言わないもん。そんなこと」

 少し頬を膨らませた君と一緒に歩き出す。

 夏の終わりの空はまだ明るく、ほんのりオレンジ色に染まっている。


 ふたり並んで、花火の打ち上げられる河原に向かって歩いた。

 君はさっきからずっと、僕の隣でしゃべっている。

 女の子って、どうしてこんなにおしゃべりなんだろう。

 去年よりもさらに、君は口数が多くなったみたいだ。

 河原に近づくにつれ、君と同じような浴衣姿の女の子たちが増えてきた。

 迷子にならないように手を握ったら、君も僕の手を、きゅっと握り返してくれた。


 やがて土手の下に、いくつもの屋台が見えてくる。

「あたし、リンゴ飴食べたいな」

「大きすぎて食べられないくせに。去年も残したよね?」

「じゃあ半分ずつ食べよ?」

 君が僕を見上げて、にこりと笑う。


 河原に降り、屋台を見ながらぶらぶら歩いた。

「金魚すくいしたい」と言う君に「やめといたほうがいい」と言った。

 去年お祭りですくった金魚は三日で死んでしまって、ふたりで庭に金魚のお墓を作ったじゃないか。

 君はまたふくれっ面をしていたけれど、リンゴ飴を買ってあげたらすぐに機嫌が直った。


 あたりがうっすらと暗くなる。

 屋台の照明が、君の持っている赤いリンゴ飴をさらに赤く照らす。

 川のそばにシートを敷いて、ふたりで座った。

 しばらくすると、空に金色の花がいくつも開いた。


「綺麗だねー」

「すごいねー」

 君は嬉しそうに、次々と打ち上がる花火を見ている。

 僕は花火の色に彩られる、君の横顔を見ている。

 ひと際大きい花火が、夜空いっぱいに開き、君が歓声を上げた。

「今のすっごく大きかったね!」

「うん。そうだね」

 無邪気な君の声を聞きながら、僕はぼんやりと考える。


 あと何回、君と花火を見られるだろう。

 あとどれくらい、君の隣にいられるだろう。

 いつか君は僕から手を離し、僕の知らない人とここへ来る。

 僕の知らない誰かと、こうやって並んで空を見上げる。

 その日の君も今夜と同じように、頬を色とりどりに染め、幸せそうに笑っているんだろうな。


 花火が終わり、人ごみの中をふたりで帰る。

 土手の上を歩きながら、君は去年と同じことを言う。

「疲れたー、足痛い。もう歩けないー」

 僕は立ち止まり、小さくため息をつく。

「しょうがないなぁ、だから言っただろ? 歩きにくいって」

 半べその君の前に、背中を向けてしゃがみこむ。

「ほら、おんぶしてやるから」

「うん!」

 僕の背中にふんわりと、でもずしりと、君の重みを感じる。

 去年よりまた少し重くなったみたいだ。


 赤い鼻緒の下駄を手に持ち、浴衣姿の君をおぶって歩く。

 あと何回、僕は君をおんぶできるのだろう。

 許されることならこのままずっと、僕のそばにいて欲しいけど。

 君の未来へ流れる時を、止めることなんてできないから。

「パパ?」

 そんな僕の背中に声がかかる。

「来年もまた、一緒に花火見ようね?」

 そうだね。来年もまた、ふたりで来れたらいいね。


 花火の余韻を胸に抱き、ゆっくり家へと向かう帰り道。

 やがて僕の背中から、幼い君の、小さな寝息が聞こえてきた。

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