第二十六話 知らされた真実
「アリーサ様っ!」
声を上げてアリーサの後を追おうとしたユーミリアだったが、エルフリードに両手首を握られたままの彼女ではそれは叶わなかった。
焦ったユーミリアは自身の腕を軽く引き戻して少し彼に抵抗を示すも、エルフリードは拘束を解いてはくれない。
彼は立ち去ろうとするアリーサを怪訝な面持ちで見続けたまま、微動だにしないのだ。
その間もユーミリアとアリーサの距離は広がるばかり。
「エルフリード様……。」
ユーミリアは耐え切れず、そう縋るように彼に呼びかけた。
彼女の呼びかけに、はっとしてユーミリアを見下ろすエルフリード。
そして彼は彼女の意図を汲み取り、彼女と繋がっている自身の手に視線を這わせるのだった。
だが暫くしてもエルフリードからは彼女を解放する気配が感じ取られない。それに焦ったユーミリアはじっと彼の顔を見上げる。
すると、彼は彼女の目を見つめ返して申し訳なさそうに眉尻を下げるのだった。
だが、それでもエルフリードはユーミリアから手を離そうとはしない。
そんな彼に戸惑うも、ユーミリアは目線だけでもとアリーサに向き直る。
そんな彼女の視線の先には立ち止まるアリーサの姿。彼女は振り返り、ユーミリア達を優しい笑みで見守っていた。
「アリーサ様……。」
そんな彼女に、ユーミリアはポツリと呼び掛ける。
「私の事は気にしないでいいのよ。貴女も、殿下と話したい事があるでしょう? ……私も行きたいところがあるの……。」
そう言い放つアリーサの言葉には悲しみが滲み出ていた。きっと彼女はシリングの所に行くのだろう。
ユーミリアはそう感じ取っていた。
再び前を向いたアリーサの背中をユーミリアは見送る。彼女はもうアリーサを引き留めることはしなかった。
「彼女はどうかしたのかい?」
そんな小さくなるアリーサの後ろ姿を再び見つめるエルフリードから、思わず彼女を気に掛けるような言葉がこぼれ出る。
彼女の態度に驚いたからだろうか、ユーミリアにはエルフリードからはもう怒気を感じ取れなくなっていた。
ユーミリアはそんな彼に、様子を探りながらそっと声をかける。
「アリーサ様、自分が愛人だと言うことを知らなかったのです。」
「えっ?」
驚いたエルフリードは、じっと彼女の目を見つめ返す。
「君が彼女を庇ってる……ようでは無さそうだな。」
そうエルフリードは彼女の言葉に理解を示した。
どうやら、落ち着いて物事を冷静に捉えられるようになったらしい。ユーミリアは安堵のため息を心の中で吐いた。
「はい。嘘ではありません。」
「……では、彼女は何しにここに来ていたのだ? 従者の話によると、一日も欠かすことなく毎日来ていたようだが。」
「アリーサ様は仕事の内容を庭仕事だと思っていたのですわ。大切な彼がここで育てた植物を気に入ってくれるからと。……休まずお世話をしていたのですね。」
ユーミリアは俯く。
「植物?」
ユーミリアの言葉を受けて改めて辺りを見回した彼は“高価な薬草ばかり……道理で金がかかると思った”と呟くのだった。
そしてエルフリードは気になった事を彼女に尋ねる。
「……君は彼女がここに呼ばれている理由を把握していたのだろう? ではなぜ、彼女に教えてあげなかったのだ?」
彼の素朴な疑問に、ユーミリアは顔を曇らせた。
「それは……アリーサ様にとられたくなかったから……。」
彼女はボソボソと呟く。
「“とられる”? 何をだ?」
「……殿下の愛人になった事実にアリーサ様が気づけば、今の恋を簡単に切って貴方様の所へ流れて行くかもしれないと思ったのです……。」
意を決したユーミリアはエルフリードの顔を見上げ、切実な思いを彼にぶつけた。
「……本当に、あれが僕から君への手紙だとは気づかなかったのか?」
そんな感情的な彼女に対し、エルフリードは冷静な態度で言葉を返す。
「だって! エルフリード様からいつも来る私へのお茶会の誘いには、あんなに豪華な装飾はされていませんでしょう!? なのに……あのお手紙には……。」
「やきもちを焼いたのかい?」
泣きそうな表情を浮かべて必死に訴えるユーミリアに、そうエルフリードは優しく声を掛ける。彼の顔には薄っすらとした笑みが浮かんでいた。
「エルフリード様!?」
こっちは真剣なのにと、ユーミリアは小馬鹿にしたような彼の笑顔に口を尖らせる。
「ははっ。ごめん、ごめん……。あまりにも嬉しくて、表情筋が言う事を聞かない。」
そう言うとエルフリードは破顔した顔を彼女に向けた。
まるで少年のようなその笑顔に、ユーミリアはぐっと心臓を握り締められたように感じる。
彼女は顔を赤らめ、茫然としながら彼を見つめたのだった。
そんな彼女の視線に気付いたエルフリードは笑うことをやめ、ユーミリアに一歩近づいて身体を寄せる。
彼女を見下ろす彼の表情は、真剣みを帯びていた。
「っ!!」
驚いたユーミリアは慌てて彼から目線を反らすと俯く。
だが近距離でその動作を行ったため、帽子のつばが彼の胸に当ってしまった。
ユーミリアの頭から勢いよく脱げる麦わら帽子。
その時ちょうど突風が吹き、帽子は空高く飛ばされた。
「「……あ……。」」
二人は思わず声を上げ、空へと飛んで行く帽子を目で追う。
帽子は勢い良く風に乗り、背の高い草むらの中へと消えて行ってしまった。
「まあ……取りに行かなくてわ。」
ユーミリアがポツリと呟く。
「じゃあ、僕も一緒に行くよ。」
そう言うエルフリードはユーミリアの手首から手を離した。
彼の言葉は何か含みを持っているようであったが、ユーミリアにはその意味を理解することができなかった。
だが解放されたのも束の間、彼女の片手はまたしても彼に拘束されてしまう。
ユーミリアは手を握られ、指を絡めさせられる。
「え!? え……あの……手……。」
戸惑う彼女は、思わずエルフリードに訴え掛けてしまう。
「いいだろう? こうでもしていないと、君がまた離れてしまいそうで怖いんだ。」
そう優しい笑みを浮かべる彼は、ユーミリアの手を引いて草むらへと向かう。
彼女はエルフリードに引っ張られるがまま、彼の後ろを歩くのだった。
彼女は茂みに近づいて気付いたのだが、背の高い草むらの向こうには小さな一軒家があった。
赤レンガ造りのその家は可愛らしくこじんまりとしていて、家と言うよりも小屋に近い感じかもしれないとユーミリアは思う。
「あの……あの家はなんですの?」
ユーミリアは草の隙間から見える小屋を指をさした。
「あれはアリーサ殿に城が提供した施設だよ。」
そう後ろを振り返らずに答えるエルフリードは、小屋に向けてどんどんと歩き出す。
……愛人の方の為の施設ってことは……。ユーミリアはごくりと唾を飲んだ。
なおも歩みを止めないエルフリード。そして家の入口の前に立つと、エルフリードは予め持っていたのであろうスペアの鍵で玄関のカギを開けるのだった。
「エ……エルフリード様……ここはアリーサ様に提供された施設ですし、本人に断りを入れた方が……。」
「ん? ああ、言葉の綾だ。アリーサと僕に提供された施設だと言った方が正しいかな?」
そう言うと、彼は徐に扉を開けユーミリアを引き連れて家の中に入り込む。
ユーミリアは緊張で自分の手が震えるのを感じた。だが彼女は決意して彼の後に続く。
拒否をするつもりはない。しかし、彼女は一抹の寂しさも感じていた。なぜならこの家はエルフリードとアリーサの為に用意されたものだからだ。
ユーミリアは不安になり、そっと前にあるエルフリードの背を見あげる。
「わっ……。」
思ったよりも近くにあった彼の背に、ユーミリアは急いで歩みを止める。
彼は玄関で立ち尽くしてしまったようだ。
「エルフリード様、あの……どうされたのですか?」
自分の質問に答えないエルフリードに疑問をもったユーミリアは、そっと彼越しに家の中を窺う。
六畳ぐらいの一間から構成された家は、水場が一通りそろっており、その為に用意されている事がありありと想像できる。
だがこの家を利用していたのはアリーサ。彼女が使用していた一軒家は、壁一面に農具が並べられており、床にも足の踏み入る隙さえ与えないくらい一輪車や土嚢などが積まれていた。
「彼女は本当に庭仕事だと思っていたのだな。」
エルフリードが呆れたように呟いた。




