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第二十四話 家庭菜園を手伝おう

 「アリーサ様……こ、これはもしかして、日焼け防止でしょうか!?」


 興奮を抑えきれない様子で、ユーミリアは顔を輝かせながら、アリーサからつば広の麦わら帽子を受けとる。


 「え? ……私の予備の帽子よ。被ってちょうだい。来てもいいとは言われてるけど、揉め事は何もないに越したことはないから。」


 そう言うアリーサは、体を後ろへずらしてユーミリアとの距離を少しとった。そして、余りにも帽子への食い付きが良すぎる友人に彼女は疑念の目を向ける。


 「?」

 「……。……はあ。いえ、なんでもありませんわ。」


 大きくため息を吐いたアリーサは、疑問を解決することなく自分の分の帽子を被るとその場に座り込んだ。時間が惜しのか、意味不明な彼女の言動は無視して作業をし始めたようだ。ポツンと一人残されたユーミリアは暫しその場に佇む。そして、ふと、彼女は辺りを見回す。

 城にある例の一角は、以前に王妃達とユーミリアがお茶をしたときのような賑やかさは全くなく、風に揺れる草花の刷れる音だけがその場に漂っていた。空は快晴とはいかず、なんとか曇りを免れるぐらいの青空だった。ユーミリアはそのまま足元に広がる花壇に目を向けた。そこには彼女が今までに見たことのないような様々な植物が植えられており、興味を惹かれたユーミリアはじっとそれらを見つめる。

 大きく広がる花壇は、頭の高さをはるかに超える凛とした葉で覆い尽くされている一帯もあれば、地面をつたいながら色とりどりの花を咲かせている一帯もある。さすが王城とあって一般的な家庭に植えられている植物とはとは嗜好が一風変わっていた。

 ただ、言えるのは、それは今彼女らが居る場所の周りに限られたユーミリアの観察結果であり、その場から少し離れた花壇では、ハイビスカスやひまわりなどの暑い季節によく見られる花が、見目よく華やかに植えられていたのだが。

 (いえ、アリーサ様が手を入れている花壇が、雑……いえいえ、異様……いえ、なんと言いましょうか、個性的過ぎるだけですわよ。そうそう、個性的なんです。でもまあ、しょうがないですわよね。自分でも実用向けって言ってましたし。)

 ユーミリアはぐねぐねと何かを追い求めるように地面を這う、蔦のような蛇のような物体を無心でみつめながら、ついそんなことを考える。


 「ユーミリア様、立ってては余計に目立ってしまいますわよ。早く帽子を被って座ってください。」


 そんな中、アリーサが小さな声でユーミリアに言い放つ。つば広で顔が隠れているため、ユーミリアからはアリーサの表情は見えないが、どうやら怒らせてしまったようだと、ユーミリアは体を小さくした。

 座る場所を確保しようと、ユーミリアは再び足元を見回す。少し傾斜の掛った日陰の地を見つけ、彼女はシルクで出来た大きめのハンカチをそこへ広げて優雅に腰をおろした。


 「……。」


 お尻を地につけた瞬間、ユーミリアの顔から笑顔が無くなった。無言の彼女から、徐々生気が抜けていく。そして、最終的に、彼女は白い目で遠くを見つめ始めたのだった。


 「……ユーミリア。痛いのでしょう? お尻。だから、言いましたのに。分厚めのシートを用意してくださいって。シルクだなんて、お城の庭を舐めてはいけませんわよ……。」


 何かを感じ取ったアリーサは、振り向くと、呆れ声でユーミリアに小言を言う。花壇の周りに敷き詰められている芝生は、丁寧に刈り取られたばかりなのか、鋭く尖っていたのだ。


 「……。そうだわ。私も手伝って宜しいでしょうか?」


 ユーミリアはそっと腰を上げると、軽くお尻を払い、アリーサの隣で膝をまげる。


 「草なんてついていませんでしょう? ……では、雑草を取って頂けますか? その小さな丸い葉を付けている芽は残しておいて下さいね。あと、この形の葉は傷つきやすいので絶対に触れないで下さいね。あと、……」


 アリーサは丁寧に、細かくユーミリアに教えながら彼女を指導する。彼女の指導の合間合間に、的確に相槌を打っていたユーミリアだが、彼女は始めから全く聞いてはいなかった。的確なアリーサの指示が、ユーミリアを草むしりをさせることを前提としてここに連れて来たことを、深く物語っていたからだ。

 段々と気が散ってきたのか、相槌も忘れたユーミリアは花壇を見つめながら空想にふける。が、そんな彼女が急に顔をあげ、叫んだ。


 「そうだわ! アリーサ様!」


 急に発せられた荒げた声に、アリーサは肩をびくりと震わせる。


 「ど……どうされましたの?」


 アリーサはまじまじとユーミリアの顔を見返す。そこには、キラキラと目を輝かせ、屈託のない笑顔があった。


 「いいことを思い付きましたの!」


 「……。」


 なんだか先程より嫌な予感がするわと、アリーサは眉を潜める。


 「丸い葉が雑草でしたわよね? あら、私、意外に話聞いていたみたい。まあ、それは置いといて、それを基準に同じ植物はいっきに土から引っ張り出しますわ!!」


 そう言うと、ユーミリアは何やら花壇に指を突っ込んでごそごそと土をいじり始めた。


 「……意外に聞いてたって……しかも、序盤も序盤に言ったことですのに。しかも、間違ってますし。」


 アリーサが小声でぶつぶつと言葉を繋いでいると、ユーミリアの指が光り始める。


 「さあ、後は魔力を流し込むだけで葉っぱが自らぽんぽんと花壇の外に飛び出しますわよ!」


 ユーミリアが不適な笑みを浮かべる。


 「魔力? ……いや…嫌……やめて――――!!!!」


 アリーサの声が庭にこだました。




 「凄いですわ。山でもないのに声が反響いたしましたわね。」


 腕を勢いよく捕まれ、そのまま倒れ込んだユーミリアが、上にのしかかるアリーサに感嘆のため息を零す。


 「……聞いてました? 私の話。刺激に弱い植物もいるのです! 触れるのも禁忌なのに、魔力を這わせるだなんてもっての他です! それに、こういうのは手間隙をかけてこそいい材料が出来上がるのです。あなた、植物をばかにしてましてよ。」


 アリーサは腕の力で上半身を浮かすと、芝に寝転がるユーミリアを見下ろしながら強く彼女に言い捨てる。


 「アリーサ様は結果より過程を大事にするタイプなんですね。」


 彼女の言葉を受け、ユーミリアはフムフムと頷く。


 「え?」

 「私はどちらかと言うと、結果主義ですの。」

 「はあ。」


 ユーミリアは起き上がろうと、アリーサの腕の中から這い出る。座り直したユーミリアは、アリーサの目をじっと見つめた。ただ、自身の後頭部や背中をさする手は、さわさわと動いていた。


 「つまりは、“下手な鉄砲も数打てば当たる”ですわ。ですが、今回は貴女のお庭ですし、貴女の主義に従いますわ。これを抜けばいいですのね?」


 花壇の一角を指差したユーミリアは丸い葉を付けた小さな芽を指差す。そして小さく顔を傾け、アリーサにニコリと笑いかけた。


 「え? ええ。そう……じゃなくて、それは雑草ではありませんわ。」

 「あら、そうでしたの? 間違って覚えてしまったみたい。危なかったわね!」


 他人事のようにウインクをするユーミリアを、アリーサは茫然と見つめる。


 「ええ。危なかったわ……。」


 アリーサは目の前で意気揚々と我を貫く親友についていけず、ただただ、彼女の草むしりを横から見守ることしか出来なかった。


 「……アリーサ様、そんなに監視しなくて大丈夫ですわよ! もう雑草以外むしりませんし、魔力も使いませんって。」

 「……。」


 もう疑ってはいなかったのに、そう宣言されると心配になるのはなぜだろうと、アリーサは己の心の狭さを感じた。




 ゴーン ゴーン ゴーン


 辺り一面に重たい鐘の音が鳴り響く。


 「はっ! お昼!?」


 一心不乱に草抜きをしていたユーミリアは正午を告げる鐘の音を耳にし、焦って勢いよく顔を上げる。

 彼に会いに来たのに、エルフリードどころか全く来訪者の顔の確認をしていなかったのだ。草むしりをしている間、数名の気配を彼女は近くに感じてはいたのだが、ユーミリアはそんなことは後回しとばかり、自分に課せられた使命に躍起になっていた。

 もちろん、アリーサから与えられた務めではなく、私がここまでは手を入れると、自分で自分に課した仕事だったのだが。

 ユーミリアは虚無感から肩を落とすと、心の底からの長い溜息を吐く。わざわざ私は此処に何のために来たのかしらと、自分を攻め立てた。もう私はエルフリード様と個人的にお話しする機会はないのかしらと、ユーミリアは俯く。

 少し考えれば、彼女は魔術団長の娘なのだし、これから先に彼に会うことは頻繁にあることが分かるのだが、今の彼女は疲れていたのだろうか。


 「……そろそろ休憩にしましょうか?」


 様子がおかしいと、ユーミリアの変化に気づいたアリーサは、座り込む彼女の元に寄ると優しく声を掛けた。


 「アリーサ様……本日、此処を訪れた方たちの顔は拝見いたしました?」


 顔を伏せたままのユーミリアは、ポツリポツリとか細い声で言葉を繋ぐ。その様子をアリーサは不審な思いで見おろすも、一応、彼女の質問に答えることにした。


 「いえ? 見ていませんわよ。そもそも、『誰かに話しかけられるまで、相手の顔は見てはいけません。』って言われてますし。……あ、伝えてませんでしたわね。……え? もしかして見てしまいました?? それで落ち込んでいるのですか!? す……凄い顔の人が此処を通ったのですね!!」


 アリーサは目を大きく広げると興味津々に、その方はどのような顔をしていましたの? と、彼女と目線の高さを同じくしてユーミリアに詰め寄る。


 「え? え?」


 ユーミリアは彼女の勢いに負け、じりじりと後ろに追いやられる。顔を上げたユーミリアはアリーサを見つめ返した。

 (凄い顔に……何を基準にした“凄い”かは分からないけど……どうしてそんなに興味を持っているのでしょう。あ、もしかして美形的な“凄い”なのかしら。アリーサ様って面食いだったのね。私もだけど、アリーサ様も相当よね。あら、でも、そしたらどうして私のことを“美形を見たら落ち込む”ってアリーサ様は思っているのかしら。と、いうか、声を掛けられるまで相手を見てはいけないって始めに教えといて欲しかったわ。たまたま、勘のいい私は顔を上げなかったから良かったものの、もし見上げてたらどうなっていたことだろう。)

 と、もののコンマ一秒の間に考えたユーミリアは、彼女を制して落ち着かせる。


 「顔は見ていませんわ。ですから、もちろん“凄い”方が居たかどうかは分かりません。私はただ、エルフリード様が来られたのかどうか確認したかっただけです。」


 ユーミリアは、アリーサの頬をぐいぐいと両手で押して彼女との距離を保った。


 「あ、はーほーふへふはほ。」


 アリーサが潰された顔のまま返事を返す。


 「え?」


 「だから、“大丈夫ですわよ”って言ったのです。エルフリード様は、いつもお昼休みの合間をぬって来られているみたいなので、来るとしたら今からですわ。」


 変形した顔を手でほぐしながら、アリーサはユーミリアの質問に答えた。


 「そうなんですね!! 良かったですわあ。……え? じゃあ、私はお昼前にここに来れば良かったのですか??」


 安堵のため息を零したユーミリアは、思わず手に入れた新事実に眉を潜める。


 「……。」


 アリーサはゆっくりと目を泳がせた。


 「……やっぱり!! アリーサ様、私を草抜き要員として呼びましたのね!!」


 ユーミリアは勢いよく立ち上がると、びしりと人差し指を彼女に突きつける。


 「そ、そんなことありませんわ。だって……ほら……そうですわよ! あなた、私と一緒でなければ登城できませんでしょう? 私がユーミリア様の時間に合わせて上がることも出来ますが、それでは私が午前の仕事が出来ませんし……ね??」


 「それも、そうね……」


 焦って口から出まかせを言ったアリーサだったが、我ながら正当な理由を瞬時に思い付いたものだと、彼女は自分を褒めたくなった。ユーミリアもユーミリアで、そう言われるとそうよねと、変に勘ぐってしまった自分を叱咤していた。


 「……」 

 「……」


 なんとなく気まずい雰囲気がその場に漂う。


 「……」

 「……」


 なおも漂う。


 「……」

 「……」

 「……あ! エルフリード様!」


 いたたまれなくなったアリーサは思わず明後日の方向を指差して、目の前に佇む彼女の想い人の名を叫ぶ。


 「ほんとですの!?」


 ユーミリアは目を輝かせ、親友の指差す方に首を動かし視線をさ迷わせる。


 「……ほんと。」


 指を差したはいいが、これからどうしようとアリーサはそっと突きだした指を少しずつ折り曲げながら目だけで相手の顔色を伺った。


 「どこかしら……あ! 本当だわ! 凄いのね、アリーサ様。私、全く気配を感じませんでしたわ!!」


 と、嬉しそうに心を弾ませたユーミリアは、頬を少し赤らめた。


 「え。」


 その様子に度肝を抜かれたアリーサは、曲げた指を戻しながら、恐る恐る自身の指差した方向に目を向ける。と、そこには微かに人影のような、人影じゃないような、いや、王宮の庭に物騒なものはないだろうから、人影なのだろうと推測できる点がアリーサの目に飛び込んできた。


 「……此方をじっと見つめていますわ。ばれたのでしょうか? いえ、ばれていいのでしたわ。私、エルフリード様に会いに来たのですし。でも、なんだか怒っているようです……。あら? しかも、此方に向かって走り始めましたわ。あ、私のこと、アリーサ様と勘違いしているのかしら。アリーサ様、殿下の気にさわること何かしました?」


 ユーミリアは今さらながら彼から身を隠すようにしゃがみこむと、アリーサに擦り寄りこそこそと喋る。


 「え……よく顔まで見えるわね。私にはやっと人だと判別できるぐらいよ。ああ、でも服装的に殿下だと判るけど。下町でも結構視力は良い方なだったのに……まさか、道楽貴族に負けるなんて……」


 人影が近づいたことで、アリーサはようやく自らそれが殿下だと判断できたようだ。


 「え? 最後の方聞き取れませんでしたわ。なんて言われまして?」

 「いえ、気になさらないで下さいな。」

 「そうですの? ……あ、私も顔までは見えませんわ。でも、感じますのよね。歩き方とかで感情を……って私、結構エルフリード様のこと、見つめてましたのね!」


 ユーミリアが恥ずかしそうにコツンと自分の頭をたたく。アリーサはここでつっこむべきか悩んだが、殿下が自分等のもとへ一直線に走り寄って来ていることに重きを置くことにし、彼女のことは一旦流し、前を向き直した。


 「殿下がこんなに近くまで来られるなんて、しかも、怒ってるだなんて……やっぱり貴女を此処に連れてきてはいけなかったのかしら。」


 アリーサはごくりと唾を飲み込む。殿下の不興を買っては、二度とここで植物の栽培が出来ないと焦りだしたのた。


 「エル……」


 バシッ


 彼の名前を叫ぼうと再び腰をあげたユーミリアの手首を、アリーサがガシリと掴む。立ち上がる勢いを殺されたことで、ユーミリアは体制を崩して揺らめいた。


 「ユーミリア様!」


 アリーサは、両腕を広げて上手にバランスをとる友人に小声で叱咤する。


 「おっとっと……ってわお。転ぶところでしたわ。……どうされたのですか?」

 「顔を見てはいけないんですってば!!」

 「……でも、私にとっては公式の場ではありませんし、いいのではないのですか?」

 「そうなのかしら……。」

 「そうですわよ。」

 「でも……っ!!」


 話の途中でアリーサは思わず口をつぐんだ。此方へ向かう慌ただしい足音が、彼女らの耳にまで届き始めたのだ。

 お互いに目を向けていたユーミリアとアリーサは、足音が響く方へとゆっくりと目を向ける。座り込んだ彼女らの視界には、帽子のつばに切り取られた芝生だけが広がっていた。だが、そこへよく磨かれた男物の靴が姿を現す。


 「ユーミリア。」


 目の前に立つ男の発した言葉は低く、彼と全く話したことがないアリーサでさえ、エルフリードが怒っていることを感じとれたのだった。

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