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第二十三話 コンクリートロードを作ろう

 コンクリートロ~ド♪ カン 

   このみち~♪ カン 

  ずうっと~♪ カン

 ゆけば~♪ カン


 ユーミリアは姿勢よく立ち、目の前に高々とそびえ立つ石膏岩をリズムよく削る。太陽はまだ頂上には昇り詰めておらず、岩陰に潜む彼女の周りでは、暑い季節にもかかわらず心地よい風が吹いていた。もちろん、先程の歌詞を口ずさんでいるのも彼女である。


 「……け。リア充が。」


 一息ついた彼女の口から、ついついそんな言葉がこぼれでる。これも悲しい前世の記憶を有するユーミリアの境遇ゆえんであろうか。


 「歌詞、違うだろ? 彼女に謝れ。」


 そんな中、的確な指摘が彼女の後頭部に放たれる。


 「……気配を消して近づかないでくださ――い。」


 彼女は、タガネと金槌を両手に携えたまま、クルリと百八十度回転する。ワルツのように優雅にふんわりと振り返ったのだが、ユーミリアは眉間に皺が寄るのを押さえきれなかった。後ろに立つ、自由気ままに人々の人生を書き換えたシリングに、心底呆れ返っていたのだ。


 「彼女って誰ですの?」


 そんな般若顔のユーミリアの耳に届くのは可愛らしい少女の声。そして彼女の眼前にはしっとりと寄り添う男女が一組。

 いや、正確には傲慢に胸を突きだして仁王立ちをするシリングの腕に、優しく両手を添てしな垂れるアリーサだろうか。ユーミリアはあからさまにさらに顔を歪め、自身の胸ぐらを掴んだ。


 「ここにも居た……リアルリア充……。」


 カラン カラン カラン……


 ユーミリアの脇には、彼女の手からこぼれ落ちたタガネが、虚しくも乾いた音を立てて転がった。その音を合図に、アリーサがユーミリアへと振りかえる。


 「ユーミリア様。常日頃から気になっていたのですが、たまに淑女としての嗜みが忽然と姿を消してしまうことがありますわよ? 気をつけた方がよろしくてよ。それに、意味不明な言葉も慎むべきです。」


 「……以後、気を付けますわ。」


 ユーミリアは金槌を片手に、スカートの裾をふわりと広げて、挨拶がてら微笑み返した。


 「……私を侮辱していますの? 町娘に言われる筋合い話ないと。分かっていますわよ! まずは言動よりもその立ち姿を注意しろって言いたいのでしょう!? スカートをはためかせながらで校舎裏の石を削るって……あまりにも場違い過ぎて一切触れませんでしたのに!! 怖いですわよ! 何なんですか!? 誰かを呪いに掛けてる最中ですか!?!?」


 アリーサの言葉に、ユーミリアはがくりと頭を下げた。自分が何だか惨めに感じたのだ。


 「ごめんなさい。あなたが羨ましくて、つい。……どのぐらいの頻度で会われていますの?」


 ユーミリアはポツリと呟いた。


 「ええ!? 本当に呪いの儀式だったんですか!? しかも、相手、私!? 辞めてください!! ユーミリア様、今すぐ解いてください!!」


 アリーサはユーミリアに駆け寄ると、彼女の両肩を掴みガタガタと揺らした。

 (あ゛――ゆ゛れ゛る゛――。)

 ユーミリアは虚ろな目で、為されるがまま脳ミソを揺さぶらせる。そんな二人を見かねたシリングはぽんとアリーサの肩に片手を置き、彼女に優しく声をかけた。


 「アリーサ、狼狽えるな。大丈夫だ、こいつごときに呪いの術は施せんよ。まあ、掛けられてても俺がすぐに解くから気にしなくてよい。それから、先程のユーミリアの奇妙な動作だが、誰かを呪おうとしているのではない。削り出している原料と歌の内容を考慮した結果、本当に彼女はコンクリートロードを作ろうとしているのであろう。」


 真剣な眼差しで説得するシリングに、アリーサは己の行動を自覚し、彼女から即座に手を離した。その衝撃でユーミリアはへたりと地べたに座り込む。


 「ごめんなさい、ユーミリア様……。私ったら……。」


 恥じる彼女はそそくさとユーミリアとの距離をとり、シリングの背にかくれる。


 「悪気があったわけではないからな。」


 高圧的な態度で、シリングはユーミリアの頭上に言葉を放ち、アリーサを後ろ手に庇う。

 (なんですか、この安い三文芝居は。)

 ユーミリアは白い目で二人を見上げる。


 「コンクリートロードって何ですの?」


 そんな中、アリーサが可愛らしく、彼を背中越しに見上げて呟く。

 (バカップルがいますわ……あれ? なんだか、私の今の位置って悪役っぽい。)

 ユーミリアはそのことに気づくと、何故か心がワクワクしてきた。彼女は小さくほほを染めてにたりと笑う。


 「コンクリートロードとはな……できてから、彼女に見せてもらえ。きっと世界中で話題になる道が出来るはずだ。」


 説明を放棄したシリングは、ユーミリアにその責任を擦り付け、アリーサに優しい笑みを向ける。


 「シリング様を魅了する物を作るだなんて……ユーミリア様が羨ましすぎますわ。」


 アリーサが拗ねたように口をすぼめる。


 「卑下するな。お前もきっと大業を成し遂げるはずだ。」


 「シリング様……。」


 シリングの心の籠った発言に、アリーサが目を潤ませた。

 (……だから、なんなんですかこれは。一体この二人は何処に向かっているのですか!? ……あ、ハッピーエンドですか? ああ、そうですね。そこに向かうべきですよね。失礼いたしました。)

 二人に気づかれないように、ユーミリアはそっと立ち上がる。

 

 「お取り込み中すみませ――ん。」


 ユーミリアは、今、声をかけるのは不粋だろうなあとは思いつつも、悪役だから丁度いいのかなと声を発した。


 「なんだ。」


 シリングが面倒臭そうにユーミリアを振り返った。

 (……態度違いすぎませんか?)

 彼女は口から出そうになった小言を飲み込むと、本題に戻った。


 「なんで全部話しちゃうのですか? 私の計画バレバレではないですか。秘密の魔女ですわよ!? ばれてはもともこもないではないですか――。しかも、“俺がお前を何事からも守る”発言。どれだけ彼女を大切にしいますの!? 主人公にもしてしまうし、引きますわよ――。さすがの私でも引きますわよ――。」


 飲み込んだはずの小言までもがとめどなく口から溢れ出ていたが、ユーミリアにはせき止めることごできなかった。

 ユーミリアの発言が嬉しくて、アリーサは頬を染める。だが、彼女ははたと気づいた。


 「主人公って何のことですの? シリング様、物語でも書かれていますの!?」


 と、アリーサはシリングにすがるように迫りだしたのだ。彼は動揺が隠せることが出来ず、思わず固唾を飲んだ。なんとか彼女をいなそうとする彼は、両手で彼女を宥めながら、ユーミリアを横目でじろりと睨む。

 (え……内緒ですか?? え??? まじで内緒ですか????? さらに引く――。)

 ユーミリアは口をひきつらせると、蔑みの目で彼を睨み返した。


 「ユーミリア……君はアリーサに聞きたいことがあったのではないか?」 


 なおもアリーサを無下にあしらえず狼狽するシリングは、ユーミリアに助けを乞う。

 (え――。敵に情けを乞うとは、どれだけ大切にしてるんですか、あなたは!! ここは無視するべき? いえ、恩を売るべきですわね!! ……でも、そもそも聞いていいことなのかしら……。それに聞きたくないと言うのも事実ですが……。)

 戸惑いつつも興味が先立ち、ユーミリアは彼女に問いかける。


 「アリーサ様は、その……お仕事、頑張っているのですか? 就かれてからすでに三ヶ月ほど経っていますが……。」


 ユーミリアはアリーサを直視できず、チラチラと様子を伺う。


 「ええ、あの日以来、毎日、頑張っていますわよ?」


 「ま……毎日!? 学校はどうしてるんですか?」


 「? 放課後がありますでしょう?」


 「放課後、毎日……。」


 「あ、でも週末は、一日中いますわよ。お給金がでますから、私の代わりに人を雇って、実家の手伝いは雇えますし。たぶん、道具を揃えろってことでしょうが、それらを買っても余りますから、丁度よかったですわ。」


 それがどうしました? と言わんばかりの顔でアリーサは彼女を見つめる。

 (三ヶ月間、毎日……エルフリード様って元気ですのね。ショックですわ……いえ、若いから仕方ないのかしら。お休みの日は朝から晩まで、道具を使って……って、たぶん違いますわ。いえ、私が考えている様なことと絶対に違うはずです。そもそも彼女はまだ、本当の仕事の内容を知らないのでは?? 誰も教えてあげないの!?)

 ユーミリアはまじまじと彼女を見返す。


 「えっと……ではエルフリード様にはどのくらいの頻度で会われてますの?」


 「え? 殿下ですか?? ん――……三日に一度くらいかしら?」


 考え込むアリーサに、ユーミリアはフムフムと頷く。

 (やっぱり!! 彼女、まだ仕事内容をきちんと把握しておませんわよ!? 誰か教えて差し上げれば良いですのに……。ということは、まだ、手も出されていませんのね。そうよね。いきなり、と言うのもがっつき過ぎますわよね。エルフリード様も、それは分かっていて、徐々に懐柔してからということかしら……。うう……知りたいとは思っていたものの、実際に聞かされると胸の痛みが半端ないわね。)


 「そう……三日に一度は会いに来てくれるのね……。」


 ユーミリアは顔には微笑みを張り付けてたが、心の中ではアリーサが羨ましすぎて泣きたくなるのを堪えていた。


 「ええ。でも、もしかしたら、もっと来られているかもしれませんし、来られていないかもしれません。遠めなのでよく分からないのです。たまに庭仕事の合間に、ふと目を上げると、殿下っぽいかたが向こう側に見えるな――。って思うぐらいで。あ、これじゃあ会ってるとは言えませんね。」


 アリーサは恥ずかしそうに頬を染める。


 「そ、そうなの!?」


 ユーミリアの心の中では大量の花が一気に咲き誇った。

 (エルフリード様ったら、実は本命にはかなり奥手なのかしら!? まだ、遠目から見つめるだけって。どれだけ純粋なんですか!! でも、それでは愛人にしなくてもいいですわよね。まあ、変な虫が着かないように囲っておくのもありですけど。……なるほど、シリング様の存在に、エルフリード様も気づいていたのですね。)

 目の輝きを取り戻したユーミリアを、アリーサはじっと見つめていた。と、何かに思い至ったようでハッとした顔をすると、ぐいぐいとアリーサは彼女に近づく。


 「ユーミリア様、もしかしてあなたも殿下のためにお庭を作っていますの? それで私のことを気にしていましたのね!! 言って下されば良かったですのに。ユーミリア様は実家のお庭を手掛けていますのかしら? あなたが手を加えたお庭は、きっと殿下の好きなお花がたくさん植えられていますのでしょうね。」


 アリーサは目を細めると、優しくユーミリアに微笑みかけた。


 「え?」


 変な方向に話が進んでしまい、戸惑うユーミリアはつい目を泳がせてしまう。


 「まあまあ、照れてるユーミリア様も可愛らしいですわね。隠さなくていいのですよ。」


 オホホと笑うアリーサは、小さな子供達の恋を見守る眼差しを彼女に向けた。ユーミリアはそれに気づき、アリーサの誤解を解くべく焦る。そういえば、彼女は自分たちが悲哀の恋をしていると勘違いしていたのだと、ユーミリアは思い出したのだ。


 「えっと……、アリーサ様、」


 「私のお庭はどちらかというと、実用向きで……。」


 ユーミリアの声が全く耳に入っていないアリーサは、そう彼女の言葉を遮るとチラリとシリングに目を向ける。


 「ん? ああ、この前も手土産も弟が大変喜んでいたよ。ありがとう、アリーサ。」


 それに対し、シリングは優しく彼女に微笑み返す。二人して穏やかに見つめ合うので、ユーミリアは暫し生温い気持ちでその場にひっそりと佇むことにした。

 (この二人、すでに恋人? アリーサ様が愛人になってしまったから、二人の方が悲哀の関係じゃないですか。でも、二人からは哀愁が全く感じられませんわねえ。まあ、アリーサ様は庭仕事と勘違いしているとして、シリング様は? 知らないはずがないですわよね?)

 ユーミリアは呆然と二人を見ていた。


 「あの――、お二人の関係って……。」


 ユーミリアは片手をちょいと立て、二人の間に割り込むようにして声をかける。お邪魔虫とは重々承知していたが、二人から自分の居る所に足を運んで来たのだからと、ユーミリアは声を掛けさせてもらった。遠慮していたユーミリアも、そろそろ暇になってきたのだ。


 「兄妹だ。まあ、実際に血が繋がっている訳ではないのだがな。」


 ユーミリアに顔を向けると、シリングは冷たく言い放つ。


 「……そう、です。」


 アリーサも少し切なそうにしながらも、彼の言葉を肯定した。その二人の様子を見ていたユーミリアの頭のなかで、キラリとした何かが光る。

 (はは――ん。分かりましたわ。ですから、私がエルフリード様のことを“兄上みたい”と言ったら、アリーサ様は逆ギレいたしましたのね。アリーサ様もつらい片想いをしていますのね。)

 ユーミリアは今になってやっと保健室での出来事に合点がいったらしく、何となく残ってた溜飲が下がった気がした。

 (それにしても、何かしら。兄妹みたいな関係って。幼馴染?? だから、下町に居た時、アリーサ様のお宅にお世話になっていたのかしら?)

 興味ありげにユーミリアが二人を交互にみていると、アリーサの方から今度はユーミリアに質問を投げかけてきた。アリーサはこれ以上、シリングとの二人の秘密を他の人に聞かせたくなかったのだ。


 「ユーミリア様、どうしたのですか? 急に私に質問をしてくるだなんて。エルフリード様に直接お聞きしたらよろしいですのに。」


 「……エルフリード様に会う機会がありませんもの。」


 ユーミリアは彼のことを思い浮かべ、つい目を伏せる。それを見たアリーサは、失言してしまったのかしらと慌てふためいた。


 「え……ほら、殿下もお忙しいのではなくて? それに、ほら、学校でも会えますでしょう? あ、そういえば最近、学校ではお見かけしませんわね。……もしかしてあの方、学校に来ていませんの?」


 「……。」


 ユーミリアは無言で彼女を見つめ返した。

 (アリーサ様、エルフリード様が登校してないことに気づいていませんでしたわ。殿下には全く興味がありませんのね。すでに学校でお見かけしなくなって、三ヶ月は経っておりますのに。アリーサ様を城に招待してから来られなくなったので、きっともう学校に用はないということなのでしょうね。……他の人との交流も大切でしょうに……。私だって魔術団長の娘なのにっっ。エルフリード様なんて、恋におぼれて、破滅してしまえばいいのですわっっ!!)

 ユーミリアは悔しさのあまり、苦虫を噛んだような顔でそこから掛け出しそうになる。だが、踏みとどまった。ふと足元を見ると、先程削り出した石膏岩の欠片がコロコロと転がっていたのだ。

 (あ、コンクリートの研究材料……。これは持ち帰らなくてわね。)

 ユーミリアは座り込むと、石の欠片をいくつか手に取る。


 「ユーミリア様、現実逃避してはいけませんわ。あなたに会われないなんて、きっと殿下には理由があるはずよ。私と一緒にお城へ行きましょう。庭仕事の合間にきっと殿下に会えますから! だから、ほら、石拾いなんかやめてください!」


 アリーサは石を両手に握るユーミリアの手首をとると、彼女を立ち上がらせた。

 (え? 現実逃避なんてしていませんけど。むしろ、こちらの方が私の現実です。エルフリード様に相手にしてもらう方が私にとっては、夢のまた夢です――。でも、セメントはあと一捻りで出来あがりそうなのですよ。そうすればコンクリートロードもすぐさま出来ますわよ。すでに木は伐採済みですからね。……森は伐ってますから!!)

 ユーミリアはニタリと顔を歪ませ、彼女に笑いかけた。


 「ひっっ」


 ユーミリアの不気味な笑いに怯えたアリーサが彼女から手を離したことで、ユーミリアはまたしても地面にお尻をつけてしまっていた。

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