表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/73

第二十二話

 ユーミリアは鹿の森にて自分で拵えた家で、日本茶を味わっていた。日本で作られた茶葉を使用してはいないので、厳密には日本茶ではないのかもしれないけれど。

 でもまあ、彼女が飲んでいるものは、日本でよく飲まれているであろうお茶っぽいので、日本茶で良いのだ。何より、この茶葉を作ったユーミリアが、日本茶だと言い切っているのだし。

 まあ、本当のところは“緑茶風の飲み物”が正解なのかもしれない。


 そんなことはさておき、今、彼女が座っているのは、縁側という場所である。

ユーミリアはどうせ家を建てるなら、和がいいわよねと、遊び心満載で茅葺きやねの平屋を建てたのだ。 もちろん、壁には漆喰を利用している。彼女は建材まで造り上げたらしい。よほど暇なのであろう。無駄な知識と魔力があるからこそなせる技。


チリーン…… チリーン…… チリーン……


 彼女の居る家の軒先では、時期的にはだいぶん早すぎる風鈴がなっていた。だが、昼間は少し暑く感じるこの季節、ユーミリアの耳にはその音が心地よく響いた。

 そんな和風の空間に居るのは、鼻筋のスッと通った西洋人風のユーミリア。

 (二次元とはそういうものよ。)

 ユーミリアは自嘲し、ふっと鼻で笑った。そして彼女は、横に居る人物に愚痴を漏らしていた。


 「それで、アリーサ様に後日聞いたのですわ。あのお茶会の後はどうされたのですか?と。」


 「うん。」


 「そしたら、“あのお庭のお手入れを頼まれましたの”と、嬉しそうに報告してくるのですよ! あ、これは内緒でお願いしますね。このことは外に知れてはいけないと思うので。

 彼女が私に話す分には大丈夫みたいですの。サーシャ様に“相談相手が必要でしょうから、一人ぐらいには話してもいいですよ。ただし、秘密を守れる方でお願いします。先程来られていたユーミリア様なんてどうでしょう?”って勧められたみたいで。」


 「へえ。」


 「それで、私は“良かったですわね――”なんて笑顔でお返事しましたの。ですが、内心は疑惑でいっぱいでしたわよ。なぜって、一介の国民に城の庭を任せます!?

 例え城の庭のほんの一部とはいえ。植物の知識にたけてるとか、熟練した技を持っている者ならまだしも、アリーサ様に聞いてみれば、彼女、小さい頃に朝顔を育てたことしかないらしいですの。そんな彼女に城のお庭を任せます!? 私だったら任せません。まあ、私ごときに意見を求められることはないでしょうが。

 ですから、詳しく聞いたのですの。サーシャ様には他に何かアドバイスされました?と。探りですわよ、探り。そしたら、彼女、なんて言ったとおもいます?

 “あの場所は王族の男性の方々が、花を愛でるために来る所らしいのです。だから、彼らの好みに合わせた花が良いらしいです。

 そんなに頻繁に来る訳では無いみたいなのですが、たまにふらりとやって来られるので、常に気を抜いてはいけないらしいですわ。花のお手入れは入念にね、と言われました。

 でも、初めのうちは大変だろうから、たまに顔を出せば大丈夫だとも教えてくれましたわ!!”

 なんて息巻いて教えてくれるのです!!」


 「うん。」


 「もう、これはため息まじりものですわよ。彼女鈍すぎますわ! どう考えても、あの場所ってそういう場所ってことですわよね!?

 え? 気づいてないの? 気づいてるけど知らないふり? それとも、ちゃんと分かっててそういう対応取ってるの!? とか思っていましたら、“軍手とシャベル用意しなくちゃね”なんてアリーサ様ったら呟きますの。」


 「へえ。」


 「あ――これは気づいてないなと確信いたしました。ここで言及すべきかどうか迷ったのですが、ごめんなさい。私、口を噤みましたわ。だって、この場で彼女が事実に気づいて逃げ出したりでもしたら、私、どうなります!? 逃亡の手助けをしたとかで、打ち首? ……はないですわね、でも何かしらの処罰は下りそうですわよね。

 だから、“良かったですわね――。好きな園芸に携われて。”なんて、相槌を打ちましたの。こういうのは流れが大事でしょう? 朝顔しか育てたことないのに、園芸好きはないな――と思いましたけど、あまりにも浮かれていましたので、園芸が好きなのに何かしらの理由があって今まであまり出来なかったのかしら、とも思えましたし。」


 「うん。」


 「そしたら彼女、なんて言ったと思います!?

 “勘違いしないで下さい。私、植物には興味ありませんわ。虫がいそうで近づきたくもありませんもの。”ですって!!

 これにも私は度肝を抜かれましたわ。

 え!? じゃ何で、そんな意気揚々と園芸の準備をしているのですか!? 今までのやり取りって私の幻覚だったの!? って思いません!? 私は思いましたわ。

 もしくは、先程彼女が呟いた軍手云々とかはアリーサ様なりのボケで、私のツッコミ待ちだったのかしら? とか、彼女は自分が花として活躍することをもう心に決めたのかしら? とか、彼女はツンデレ属性だったのかしら? とか、いろいろ考えましたわ。

 もう頭の中をフル回転させて。

 そんな私の思いを知ってか知らぬか、彼女、私の目をじっと見て来ましたのよ。まるで心を見透かそうとするかのように。でも、違いましたのよね。アリーサ様、迷っていたらしいですわ。でも、心を決めたらしく、私にはっきりと言いましたの。

 “私の大切な『あの方』の弟君は、薬師をしていますの。希少価値のある植物や、特殊な種類の植物をあの方に持って行きますと、大変喜ばれますのよ。あの方、ご家族思いの方ですから。”って。」


 そこまで一気に喋ると、ユーミリアは少しずつ隣に居る人物に目を向ける。彼女は恐る恐る相手の様子を窺った。


 「へえ。」


 「……。聞いてました? 私の話。」


 「うん。」


 「本当に?」


 「へえ。」


 「うぉい。」


 「うん。」


 「……聞いてないでしょう!?

 “うん”と“へえ”を交互に言っておけば、私の話なんか聞き流せばいいとか思っていませんか!? 縁側に寝そべって本なんか読んでないで、ちゃんと私の話を聞いてくださいなあ。

 シリングさまあ――。」


 ユーミリアは眉尻を下げて、ぐいっとシリングに顔を近づける。


 「あ。」


 途端、シリングが何かに気付いた様子で小さく声をあげる。


 「……どうされました?」


 ユーミリアは落ち着きなく、そわそわと彼の様子を窺った。


 「茶が切れた。」


 「あ、じゃ、急須にお湯を足しますわね。

 二煎目ですから、すぐにお飲みになれますわよ。」


 彼の言葉を受けたユーミリアは、急いで腰をあげる。


 「無理。俺、猫舌だから。」


 「あら、じゃあ、冷茶が宜しかったですか? ごめんなさいね、気がきかなくて。

 あ、そう言えば、煎餅もどきも作ってみましたの。いります?」


 ユーミリアは中腰のまま、シリングに問い掛けた。


 「米があったのか?」


 「ええ、森の向こうは自給自足の生活が主で、農業や漁が盛んでしたわ。敵が攻めてくることが随分とないみたいで、のんびりのほほんとした暮らしぶりでしたわ。

 日本を思い出しますわね。」


 「そうか。では白米も食べたい。」


 シリングの言葉を受け、ユーミリアは頬を緩めた。


 「はいはい。そう言われると思って、炊いておきましたのよ。ちょっと待ってて下さいな。」


 そう言うユーミリアは完全に立ち上がり、その場を立ち去ろうとして、思い止まった。


 「……。……じゃなくて!

 シリング様!! アリーサ様の生家がこの世界を書き変えた人物の住処であったこと、シリング様が一時期下町に住んでいたこと、下町に住んでいたアリーサ様とシリング様がお知り合いだったこと、これらを総合して考えた結果、あなたがこの世界を書き変えたことには間違いありません!!」


 ユーミリアは人差し指を立てると、彼に突きつけた。彼女の荒い鼻息が、辺り一面にその音を響き渡らせていた。

 シリングは本から顔を上げると、可愛らしく首を傾げる。


 「そう?

 僕が下町のどの家に世話になってたか、君、知らないでしょう? それに、アリーサと僕は学園に入ってから知り合ったのかもよ? 本当に僕が書き変えたって言いきれる?」


 「そ……それは……。」


 ユーミリアは無垢な彼の態度に、気まずそうに口を閉ざす。


 「はい! 書き変えたのは僕でした――!!」


 と宣言するシリングは、屈託のない笑顔をユーミリアへと向けた。


 ボンっ


 ユーミリアは顔を真っ赤に爆発させた。

 (何これ。この可愛い生き物は一体なに!?)

 彼女はシリングの笑顔に見惚れた。


 「あれ――? どうしたの??」


 なおもシリングは、上目使いで彼女を虜にする。


 「……ツンツンからのデレ。私、М属性だったのかしら。耐えられないわ。このギャップ。なにこれ、美味しい……」


 ユーミリアは口を腕で抑えながら、一人ブツブツと呟やく。


 「ねえねえ、それよりもいいの? 僕をこんなとこに連れて来て。ここ、鹿の本拠地でしょう? 鹿にとってみれば、僕って敵みたいなものでしょう?」


 “鹿”という単語をきいて自我を取り戻したユーミリアは、軽く咳払いをすると、やんわりと彼の憂いを撥ね退けようとした。


 「ふっふっふ。

 抜かりはありませんわよ。今日は月に一度の、社員旅行の日なのです!!」


 「……社員旅行?」


 「ええ。みなさん、鹿の我儘のために体を酷使していらっしゃるでしょう? みなさまの体のことを思って、今回は慰労を兼ねた温泉旅行に行って貰ってるのです!!」


 ユーミリアは鼻高々に顎を突きあげる。


 「社員? 温泉?」


 「ええ。社員と言うのは、鹿の僕である動物達のことです。まあ、その方たちもシリング様の敵と言えば敵かしら。

 温泉は文字どうり、“湧き出た湯”が溜まった場所ですわよ。これがまた、いい所があるのですよ。場所をお教えするので、社員旅行と日程が重ならないときに、今度シリング様も行ってみてくださいな。

 癒されますよ――。」


 「へえ。温泉かあ。気持ちよさそうだね。……でも、いいや。なんだか君が覗きに来そうだし。」


 「え!? 良いじゃないですか!! 男の裸なんて見られたって減りませんって!」


 「……。」


 シリングがジト目で彼女に目を向ける。


 「……冗談ですよ。」


 ユーミリアは頭をポリポリとかいた。

 (ちっ)

 彼女は悔しそうに心の中で舌打ちをする。



 《ほほう。わしが居ないうちに何をするつもりかと思っておったら、覗きの計画か。》


 そんな彼女の耳元に低い声が響く。


 《っ!! ……。あらあ……鹿さん、早いお帰りで。》


 平静を装うユーミリアは、冷や汗を背中からダラダラ出しながら、庭に佇む鹿の方に目を向ける。


 《早いかのう? 随分とゆっくり温泉につからせて貰ったがのお。》


 鹿は目を細めてユーミリアを見据えた。


 《鋭いですわね。よく私がここに居ると解りましたわね。だてに世界を牛耳っていませんのね。》


 《はっ。あたりまえであろう?》


 ユーミリアは鹿と睨み合う。


 「……見つめ合ってる所、申し訳ないがちょっといいかい?」


 そんな二人の間に、シリングが口を挟む。


 《貴様!! 諸悪の根源!!

 よくもまあ、のうのうと敵の本拠地に現れることが出来るのう! ここで会ったが運の尽き、返り討ちにしてくれる――!!》


 「この鹿、なんて言ってるの? ああ、まあいっか。それより、重体の動物待たせてるんだろう? 早くしてくれよ。鳥がピーチク煩い。」


 シリングは顔の周りに纏わりつく小鳥を手で払いのけながら、面倒くさそうに言う。


 《そうだった!! それで急いでお前を探していたのだった。

 なのに、気配をたどれば、寮にダミーのお前の気があるし、お前はどこにも居らんし焦ったわい。もしやと思って、ここへ来てみて良かったわい。

 早く手当をしろ!!》


 (……私を見つけたの、偶然ですか――い。)

 ユーミリアはしらっと鹿に目を向けた。

 だが、溜息まじりに一息吐くと、鹿に声を掛ける。


 《どうかしたのですか?》


 《風呂の脇で苔の生えた石に滑って背中を打った者がいる。》


 ユーミリアは鹿に連れ立ち、重体の患者がいる方へと飛んだ。



 《ああ……折れてそうですね。神経までいってないといいのですが。》


 ユーミリアは洗い場に倒れている熊の怪我の具合を窺っていた。


 「へえ――……。ここが温泉地か。石の風呂も良く出来てるねえ。」


 その場にシリングの呑気な声が響く。

 (やっぱり、どこの風呂場も声って響くものよねえ。あたりまえか。)

 ユーミリアは治療の手を休めず、振り返ることなく彼に言葉を掛ける。


 「ええ。暇だったもので。着いて来たのですね。


 「……。」


 「どうしたのですか?」


 シリングの足音が消え、彼が急に無言になったことで、ユーミリアは心もとなくなり顔をあげた。


 「君、当て馬だったよね。」


 「ええ。」


 それがどうしました? と言わんばかりにユーミリアは彼を睨み返した。こちとら手当で忙しいんじゃいと。


 「“馬”と“鹿”ねえ。」


 「……。」


 (……馬鹿ですかい? 馬鹿と言いたいんですかい??)

 ユーミリアは顔を引き攣らせた。


 《鹿、その姿変えんかい!!》


 ユーミリアは勢い任せ、鹿に八つ当たりをした。


 《何故じゃい? 今さら。鹿の姿は気に入ってるから厭じゃわい。》


 鹿は不審な者を見るような目でユーミリアを見返した。

 (漢字を知らない鹿には、この辛さは分からないですわよ!!)

 と、ユーミリアはグッと涙を堪えた。




 城では大臣たちがざわついていた。

 王が急に人事整理をし始めたのだ。しかも、少しでも不正の香りがしたら、疑いの段階でも切り捨てるという傍若無人さ。 

 王もこのやり方には始めは少し難色を示していたが、彼は息子の言葉を信じることにした。

 何が息子をそうさせたのかは解らないが、彼の闇がエルフリードの感覚を鋭くさせたことに気付いていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ