29.いざ、お茶会へ
カツ カツ カツ カツ
城の廊下に複数の靴音が鳴り響く。
老齢の城の従者が一人、二人の女性を従え、目的地の場所へと案内していた。
「す――は――。」
その女性のうちの一人であるユーミリアは、従者の後ろで、そっと肩を動かしながら深呼吸をする。
「ユーミリア様……緊張してきたのですか?
今さら怖じ気づいたなんて言わないで下さいよ。
落とす気で頑張って下さいね。」
と、もう一人の女性、ユーミリアに連れだって歩くアリーサは、小声で彼女の耳元に囁いた。
「おと……だったら、アレ、返して下さらない?」
ユーミリアは目を細めると、真横にいるアリーサを軽く睨みながら小声で訴えかけた。
そうでもしないと、動揺がばれそうだったのだ。
(……本当は服がきつすぎて息がしづらいだけなんですが、でも恥ずかしくてそんな事、言えませんわ。)
ふいに、アリーサがユーミリアの体の前に手を伸ばす。
目前に障害物ができたことで、ユーミリアは思わず立ち止まった。
「?」
ユーミリアは訝しげに、同じく横に立ち尽くす彼女を見つめる。
だが、アリーサは前を歩く執事から目を離すことなく、その場に静かに立っていた。
「……これですか?」
再び歩き出したアリーサは、自身の胸元を見せながら、隣のユーミリアに声をかける。
彼女の胸元には、ユーミリアの小箱が挟まっていた。
どうやら、従者に聞かれず会話をするためにと、彼との距離をとったらしい。
従者は、彼女らが離れたことに気づいてないようだ。
城に勤めている割にはそこのところが鈍いとは、甚だ疑問だが、“お歳を召しているようだし、仕方ないのかしら?”とユーミリアは思うと、再びアリーサに注意を向ける。
「アリーサ様、そのファンデーション、返してくださらない?
駄目でしょう? 勝手に人のものを取り上げては。」
ユーミリアは落ち着きを払い、諭すようにとアリーサに上から物を言う。
だが、アリーサは表情を変えず、一言“いやよ。”と言葉を発するに留まるだけだった。
「い……嫌!?
せっ折角、もしものためにと家の者に市場で探して頂いたのに、こっこのような場で利用しなければ、意味がないではないですかっっっ!!」
ユーミリアは思いもよらぬ彼女のきっぱりとした拒否に意表を突かれるも、怯まず応戦した。
だだ、動揺はだだ漏れだった。
「舞台用の化粧パウダーですわよね?」
なおも、アリーサは冷静に言葉を返す。
「エルフリード様の前に出ますのよ!?
大舞台に出る様なものと、同じではないですか。
それに、舞台用も一般用も大して変わらないでしょう?
返してよ!!」
ユーミリアは必死に懇願する。
どうしてもそれが必要なのだと。本当は帰る際、変装をするために用意したのだが、それはユーミリアだけが知る秘密である。
(行ってすぐ帰るのは惨めですもの。別人って事にすれば顔も立つはず!)
と、ユーミリアはドーランみたいな物を用意していたのだ。
だが、アリーサは首を横に振る。
「いえ、そうですわよ。
別に舞台用だからと問題視している訳ではありませんのよ。
色ですわよ。色。
このパウダーファンデーションの色!」
アリーサは小箱を手に取ると、箱を指差して強く主張した。
「……。
別に、良いではないですか。
多少、実際の肌とは色が違っていても。
それに、服から出ている素肌にはすべて塗るのですし、違和感はありませんわよ。」
白々しく目を流したユーミリアは、遠くを見つめる。
「違和感!? ありありではないですか!!
普段のあなたを知っているエルフリード様の前に出ますのよ!?
いつもと違うのがバレバレではないですか!!
自分の肌より大きくかけ離れた暗い色をお選びになるなんて、信じられませんわ!!!」
アリーサはそんな彼女に侮蔑の目を向けると、そっと胸に小箱をしまい直す。
「ああ……。」
ユーミリアはそんな小箱を口惜しそうにじっと目で追ったのだった。
コツ コツ コツ
急に自分達以外の足音が廊下に響く。
どうやら一人、彼女らの居る方向に歩いてきているらしい。
その靴音は次第に大きくなっていった。
二人は姿勢を正し直すと、少し歩調を早め、従者の後ろへと控え直した。
ユーミリアは、廊下の向こう側に人影を確認する。
「ごほん。少しいいか?」
その人影は騎士であった。彼は彼女達の前で立ち止まると、咳払いを一つしてユーミリアらを先導する従者に声を掛ける。
「はい。何でしょうか?」
彼は立ち止まると、続く騎士の言葉を待った。
「その二人のどちらかはユーミリア嬢であるか?」
「はい。そうですが。何かご用でしょうか。」
「陛下から伝令があった。取り急ぎ、謁見の間に来るようにと。」
騎士がそう伝えると、従者は軽く頭を下げる。
「はい。了承いたしました。
では、彼女を案内する従者を呼びますゆえ……。」
「いや、構わん。ユーミリア嬢は私が連れていく。
君はもう一人の女性をそのまま案内して大丈夫だ。」
騎士は従者の言葉を遮ると、彼に指示を出す。
「はい。では。」
再び頭を下げた従者は、アリーサを連れ、城の奥へと消えて行った。
「ユーミリア嬢。では、こちらに。」
「はい。」
騎士に促され、アリーサの背を見送ったユーミリアは彼に連れ立って歩く。
普段から城に出入りはしているものの、こうして急に一人にされると、ユーミリアはなんだか心もとなく感じる。
(アリーサ様は初めての登城よね。大丈夫かしら……)
ユーミリアは後ろ髪を少し引かれた。
だが、それも杞憂。
自分の方に、予想外の出来事が起きたのだ。
しばらく歩いたユーミリアは、不意に横から腕を掴まれ、脇の細い通路へと引き込まれた。
『キャ……』
彼女の叫びは、何者かの分厚い手により阻まれ、ユーミリアの口から発せられることはなかった。
その人物は、もう一方の空いた腕でユーミリアの体をぐるりと拘束する。
だが、ユーミリアは命に関わるような恐怖は感じなかった。
彼女のお腹にまわされた腕には圧迫感はなく、むしろ倒れないようにと、彼女を優しく支えているのだ。
ユーミリアの背中も分厚いであろう胸板に支えられる。
後ろにいる人物の暖かい体温に、彼女は守り包まれているように感じた。
「手荒な事をしてごめんね。」
ユーミリアの耳元で、優しく語りかける男性の声が響く。
(クレメンス様!?)
ユーミリアの鼓動が大きく鳴り響き出した。




