28.お茶会の準備
「きついわ。」
「もっとそこの肉をぐっと押しこんで!!」
「だれか!! 今よ今!! 絞めて!!」
(なんだか嫌な単語が飛び交っておりますわ。)
ユーミリアは遠い目をしながら、自分の周りで織り成されている召使達の会話に耳をそばだてた。
いつの間にか彼女の部屋には、休日・主人不在とあって少ない人数で構成されているであろう女召使たちが、ほぼ全員集まっていたのだ。
(最後の“絞めて”は“締めて”の間違いではありませんか!?
どう頑張っても、私の肉はなくなりませんからね!! ……ああ、自分で言ってて悲しい。)
息をするのも苦しいユーミリアは、文句一つ言わず、なされるがまま彼女らに身をゆだねたのだった。
「あの……ありがとうございました。」
着せ替えが終わり、大きな仕事を終えた様な顔つきの召使たちに、ユーミリアは深く頭を下げる。
“私の肉と戦って頂いて、ありがとうございます”と彼女は召し使いらに感謝の念を込めたのだ。
そんな彼女を前に、アーニャがしみじみと呟く。
「どうやら、この一年の間にずいぶんと成長をされたようですね。」
と彼女は深く考え込み、ユーミリアの体をじっと見つめた。
「え……ええ。」
そんな彼女の態度にユーミリアは言葉を詰まらせ、どもってしまう。肉でしょうか……お腹の肉の事でしょうかと彼女は震えていたのだ。
そして更なる追い打ちがユーミリアを襲う。
「ユーミリア様、着痩せするタイプだったのですね。」
と、アリーサが感嘆の溜め息とともに言葉を放つ。
グサっ
ユーミリアは胸に何か突き刺さったのを感じた。
「“巨乳”でしたのね。」
またしてもアリーサがぼそりと呟く。
「ええ、にゅう……え!? チ、チチ!?」
ユーミリアは顔を上げると、いそいそと鏡の前に歩いた。
「……。」
彼女は無言で鏡に映る自分の姿を見つめる。
(ギャ――!! いつの間にこんなに大きくなりました!?
え? え? ああ、寄せて上げての効果ですね!!
これじゃあ、ボンキュッボンそのものじゃないですか!! ボディコンロングバージョン!!)
ユーミリアの体にはシルクのドレスがぴったりと張り付いていた。
首元までしっかりと布があるドレスは、もともと体のラインを強調する作りではあったが、一年越しに成長した体のユーミリアが着たことで、パンパンに彼女の体に張り付いていたのだ。
例えコルセットを身につけているとはいえ、その彼女のシルエットはユーミリアの体のラインそのものを晒しているかのようにもみえる。
しかも、お腹のお肉は胸に、垂れ下がるお尻はぐいっと持ち上げられ、普段彼女が目にしている自分の体とは全く違う、妖艶な女性が鏡の中にはいた。
「これ……だめでしょう?」
ユーミリアは、鏡を覗き込むアリーサに声を掛ける。
「……。これで行きましょう。」
だがアリーサは、彼女の発言は解せぬという勢いで自分の意見を通し抜くのだった。
「え!? どうみてもお昼向きの装いではないですよ!?」
「どうせ、エルフリード様しかいないのでしょう? 他に招待状が配られた様子もありませんし。
妹役を打破するチャンスですわよ!!」
アリーサは彼女を勢いづけようと、ユーミリアの手を強く握りしめた。
「私、別に妹のままで構いませんのですけど……。」
ユーミリアは眉を下げてアリーサの顔を覗きこむ。
(それよりも、この姿で太陽の下を歩くとか恥ずかしすぎます。しかも、門前払いされる側ですよ?
門番の騎士に可哀そうな前で見られるのが、ありありと想像できるのですが!!)
ユーミリアはまたしても自分の痛々しい姿を想像しては嘆いていた。
「まだそんな事言ってるの……? それともユーミリア様、私にまた嘘をついていたの?」
「嘘? ……。」
ユーミリアの頭の中に疑問を浮かべる。
(嘘って何の事でしょう……。あ! 私が“エルフリード様を愛してる”って言った事ですか!?
どうしましょう……。あの時はお友達になるなんて思っても居ませんでしたから適当に嘘をついたのに……。今さら嘘だと言っても許してもらえるでしょうか? 今朝の今日で嘘ばれの間隔が短すぎのような気もしますが。
でも、仲良くなる前の事ですしね。大丈夫でしょう!)
と、決意したユーミリアは、釈明をした。
「アリーサ様、私はエルフリード様のことをなんとも想っていませんの。あの時はつい焦ってしまい、あのような言葉が口からこぼれてしいましたが、本当は違いますの。」
非がない事を証明するため、ユーミリアは堂々と言葉言い放った。そんな彼女の様子を、アリーサはじっと見つめる。
だが次な瞬間、アリーサは目を一瞬見開くと、次第に笑顔を浮かべて頷きだしたのだった。
「分かってるわ、ユーミリア様が殿下の妹って事は。」
アリーサはユーミリアの肩を優しくポンポンと叩きながら、彼女に声を掛ける。
(……分かっていないような気がするのですが。)
そんなアリーサを、ユーミリアは目を細めて見つめ返した。
だが、疑わしそうな目線を向けるユーミリアに、アリーサは彼女の耳元でポツリと呟く。
「でも、ついこぼれてしまう言葉って、本音だったりするのではなくて?」
と、諭すようなアリーサの低い言葉に、ユーミリアは身を震わせた。
(何でしょう……分からないけど、何故か体中がゾクッとしたわ。)
彼女の中には、何か得体の知れない不安が広がりだすのだった。




