26.手紙の内容
「ええ!? そんなことが起こるの? ……でも、私にだったらもしかして、告発……。
いえ、でも、手元が狂ったなんてことはあり得ませんわ。ユーミリア様にですわよ。きっと。」
焦るアリーサは、ユーミリアの握る封筒を手ごと彼女の胸に押しつける。
「……告白?」
「え? ああ、ええ。告白よ、告白。」
「羨ましいですわ……。ですからマルコス様、私に一瞥もくれませんでしたのね。
きっと私が居ることさえ、気付かなかったんだと思いますの。」
「ええ!?」
なおも俯くユーミリアの不思議な発言に、アリーサは耳を寄せる。聞き間違えたのかと彼女は耳を疑ったのだ。
「私、中等部時代も何度かマルコス様に存在を認識されないことがありまして……。
ほら、なんていうんでしょうか、影が薄いというか……。」
ユーミリアは恥ずかしそうに顔をあげると、アリーサを見上げた。
そんな彼女にアリーサは哀れみの籠った目を向ける。
「……あなた、可哀想な子だったのね。」
「ええ。」
アリーサはそんな残念な親友の両肩をがしっと握りしめ、力強く声を掛ける。
「でも、大丈夫よ! 今のあなたは大輪の花よ!!
誰もあなたの存在は無視できないわ。ユーミリア様も頑張ったのね、孵化して蝶になったのね!!」
とアリーサはユーミリアを励ましたのだ。だがユーミリアは、気まずそうな笑みを返すに留めた。
(アリーサ様、だから私、色白なんですってばあ。前世の美基準はこちらでは通用しないんですってばあ。)
と、彼女は心の中で嘆いていたのだ。
そんなユーミリアの負の心情を感じとったのか、アリーサが苛立ちを抑えきれない様子で彼女に言い募る。
「もう! ユーミリア様ったら根暗なんだから。どうして、あなたと私が似てるのかしら。」
「……根暗。」
アリーサの言葉に、ユーミリアがピクリと体を動かす。
「あ――はいはい。まあ……とりあえず、封筒を開けましょうか。ユーミリア様宛てだと思うから、私は少し離れていますわ。
でも、いい? 中身が私宛だと分かったり、少しでも手紙の内容が掴めないようだったら、すぐに私に渡してよね。そして、見た事は忘れる。いいわね!?」
アリーサはぐいぐいとユーミリアに詰め寄りながらまくしたてる。
「はっはい!」
ユーミリアは急いで封を開けると、中を確認した。
封筒の中に入っていたのは、金色に縁取られたメッセージカード。ほのかに香りが付けられているのか、ユーミリアはその甘い香りに心を和ませる。
と、ユーミリアはカードのメッセージに目を通した。
『
今週末、城にて茶会を行う。
来るのを楽しみに待っているよ。
エルフリード
』
封筒の中身は、エルフリード殿下からの招待状であった。
だがそれを見たユーミリアの頭の中に、一枚の情景画がパッと映し出される。
彼女は気付く。この画は前世の記憶なのだと。五歳のあの日以来、二度目となる記憶の蘇りだった。
だが、あの日とは違って今度は一枚のセル画のみ。彼女が思い出したのは、ゲーム上でエルフリード殿下が主人公を城の茶会に呼び出したとき、テレビ画面に映し出されるメッセージカード。
そう、ゲーム上でのメッセージカードと、先程マルコスから貰った封筒に入っていたカードが全く同じだったのである。
浅い呼吸を繰り返しながら固まるユーミリアに、アリーサが不審な目を向ける。
「どうかしましたの? ……もしかして、私宛だったの!?」
焦りだしたアリーサは、急いでユーミリアの元に駆け寄った。
そんな彼女に、ユーミリアは落ち着かせようと笑顔を浮かべる。
「いえ、宛先が書いておりませんの。内容も、ごく普通ですので、大丈夫ですわよ?」
「え? ……私、見ても大丈夫?」
「ええ。」
「じゃあその手紙を貸して頂いてもよろしいでしょうか?」
アリーサの頼みを受け、ユーミリアは彼女の手に手紙を乗せる。
手紙の内容に目を通したアリーサは首を傾げていた。
「……お茶会の誘い? 宛先はないわね。封筒にもないのよね。」
彼女の疑問に、ユーミリアは頷く。
「でも、アリーサ様宛ではないでしょうか? 私になら、エルフリード様から直接届きますし。」
それに記憶と同じだからという理由を、ユーミリアは飲み込んだ。
「そうなの? でも、手元が狂うなんてあります? あのマルコス様ですわよ!?
いくら私のことで頭がいっぱいだったとはいえ……。いえ……もしかして私を呼びだして、捕える気なのかしら……。」
何か思案しているのか、目を伏せたアリーサが眉を潜める。
(捕える!? エルフリード様がアリーサ様のハートを捕えようとしているのですか!?)
ユーミリアは驚いた。
「すでに敵はいっぱいなのですね……。」
と、彼女はため息を吐く。
「敵!? ……ええ……。まあ、マルコス様かエルフリード様にどちら宛てなのかを尋ねましょう。」
「そうですわよね。」
二人はそう納得すると“昼食まだよね”とカフェテリアへと向かうのだった。
まさか、ソフィー達が彼女らの仲を裂こうとしていたなど、二人は全くもって思ってもいなかったのだ。だからこそ、彼女らは通常運転で仲良く連れだち歩く。
だが、アリーサがユーミリアと共にカフェを訪れたことは、すぐにソフィーたちの耳に入った。
「ユーミリア。」
ソフィーは笑顔を浮かべながら、ユーミリアに近付く。
「あら、ソフィー様、お久しぶりです。」
ユーミリアは笑顔を浮かべ、お淑やかにお辞儀を返した。たとえ仲間外れにされようと大切な友人であった事には変わらないのだと、彼女なりに誠意を示したつもりだったのだ。
「……え、ええ。久しぶり。」
だが彼女の他人行儀な挨拶に傷ついたのか、ソフィーは口元を引き攣らせる。
「どうかしました?」
彼女の異変に気付いたユーミリアは、すぐさま心配そうにソフィーに声を掛ける。そして彼女は思った。自分に声を掛けるのがソフィーは嫌だったのではないのかと。
(む……無理して声を掛けていただかなくても良かったのに……。)
ユーミリアは傷ついた表情を浮かべにように努力していた。
「いえ……あの……そちらの方とではなく、私たちと一緒に昼食をとりましょう?」
そうユーミリアを誘うソフィーは、ちらりと彼女の隣にいたアリーサに目を向ける。
アリーサは目を見開いた。
「え? ……ええ、私は大丈夫ですわよ? ではユーミリア様、後ほど。」
「ま、待って下さい!!」
彼女の言葉を受けてすぐさま立ち去ろうとするアリーサを、ユーミリアは引き止めた。
アリーサの腕に自身の腕を絡めながら、ユーミリアはソフィーへと笑顔を向ける。
「ソフィー様、大丈夫ですわ。私、友達が出来ましたの。こちら、アリーサ様と申しますのよ。
アリーサ様、こちらソフィー様ですわ。ソフィー様には中等部時代、本当にお世話になりましたの。感謝してもしきれないぐらいですのよ。」
と、お互いを紹介をするユーミリアは大きな笑顔を作った。彼女は自分からソフィーを解放してあげたかったのだ。
「……。」
「はじめまして。ユーミリア様の親友のアリーサと申します。」
言葉を発しないソフィーに代わって、アリーサが先に挨拶を返す。
ソフィーがボソボソと呟いた。
「……親友……友達……私はどちらとも紹介されなかったのに……。」
だが彼女の声が小さすぎて、ユーミリア達の耳に入らない。
「ソフィー様?」
ユーミリアが心配そうに彼女の顔を覗きこんだ。
「え? あ、いえ。なんでもないですの……。私、少し気分が悪くなったみたい。ちょっと失礼いたしますわね……。」
ソフィーがフラフラとしながらその場を立ち去る。
「ソフ……。」
思わず手を伸ばしたユーミリアは、彼女の背に声を掛けようとして思いとどまってしまう。彼女の新しいグループであろう仲間たちが、心配そうに彼女を取り囲んだのだ。
トン
「ユーミリア様。」
アリーサが彼女の肩に手を掛ける。
「アリーサ様?」
ユーミリアは彼女を振り返った。
「あの方たちとお知り合いでしたのね。ごめんなさいね、ユーミリア様まで巻き込んでしまって。」
「え? いえ、そんな……。」
「いいえ。ユーミリア様は危険も省みず、私を守ってくれると言って下さったのです。
私の力はまだ微力かもしれませんが、彼女達ぐらいなら何とかなりますわ!
ユーミリア様は私が守ります。」
アリーサが胸を張った。
「でも、これは私の問題ですし……。」
「いいえ。そんなに謙遜しないで下さい!
だって私たち、親友でしょう?」
アリーサの笑顔にユーミリアは頬を染める。
「……親友……。……ええ、そうですわよね!」
と、ユーミリアは嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。




