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01.殿下の魅力

 (私、こんな時間に何をしているのかしら……)


 支度を整え、凛とした佇まいのユーミリアが独り、朝もやが煙る自宅の庭に呆然と佇む。雪の降る時期がとうの昔に過ぎ去ったとはいえ、日が上りきる前の建物の外というものは、まだまだ彼女の体には染み入る寒さだった。

 実際は独りではなく一人であり、彼女の周りでは複数の動物がピー、フューン、シューなどといろいろな鳴き声をあげていたのだが、彼女の気分的には独りだったのだ。

 彼女が学園入学してから早三年が過ぎ去り、先日、ついに彼女は四年生に進学した。特に飛び級をする事もなく、平々凡々と暮らしてきた彼女にとって、この状況は理解し難いものだった。

 (私、別に、特別な人物になりたいなんて思ってませんのよ? ごくごく平均的で幸せな家庭が作れたらと思っていましたのに……。この向上心のなさが、現状を招いたのかしら。)

 と、彼女は重いため息を吐く。


 (後悔先に立たず、ですわね……。それにしても、なぜ、私は自宅の庭でド○トル先生の真似事ををしなければならないのでしょうか。いえいえ、動物語が話せるようになった訳ではないのですよ。)

 まあ、それもそのはず、なのである。ことの始まりは一週間前。家の庭で、小鳥が血を流して倒れていたのだ。それはもうダラダラ、ダラダラ、と……。

 キャー!!! と叫びながら、貧血を起こして倒れ……る令嬢のような神経を持ち合わせてない、ユーミリアは、傷口をよく確認し、傷が内臓に達していることからまず内臓へ細胞分裂・活性促進の魔術を掛けた。

 彼女はこの時すでに気づいていた。自分にはチート能力があることを。

 (まあ、あの母の娘ですものね、特殊な能力があっても驚きませんわ。魔術ってほんと素晴らしいです♪)

 と喜ぶ彼女は、自分の指を直した後、魔術陣を幾度にわたって改良していた。

 ま、そんなこんなで、体表面の傷口も治された小鳥は、貧血? でフラフラしながらも、森へ帰って行きましたとさ。めでたし、めでたし……で終われなかったのは、仕方のないこと。

 次の日の朝早く、部屋の窓を誰がコツコツと叩く音で目を覚ました彼女は、布団のなかで身震いをした。なぜなら、彼女の部屋は2階なのだ。

 だが、だんだんと頭が覚醒してきた彼女は、あっもしかしてこれって鶴の恩返し的な何かでしょうか? と期待が膨らませる。そして、勢いよくカーテンを開けた彼女の目線の先には、血だらけの鳥。

 (いやあ、あれには私も倒れたかったです。どうみてもホラーでしょ? ホラー。でも、気絶することが出来ませんでした。私ってなんて丈夫な神経の持ち主なんでしょう……。)

 と、彼女は自分の神経の図太さ恨めしく思った。

 そんな彼女は、怪我をした鳥を前に、そっとカーテンを閉めた。この時には、彼女は判っていたのだ。このままいけば、私は獣医を目指さなきゃいけなくなる、と。だが、やはり見捨てることは出来なかったのであろう。

 (小心者の私を嘲笑って下さい。良いのです、私はチキンなのです……。)

 一人納得した彼女は、改めて家の庭を見渡す。

 (移動動物園ぐらいなら出来そうねえ……。)

 庭へやって来る動物の種は決まっておらず、常に数種類の動物から構成されていた。

 どうやら、彼女の所へ運ばれてくる動物たちは、彼らの中でも上位者ばかりのようで、常に周りに動物を侍らせては意のままに従わせているようである。

 例え治療してくれるとも、人間。なるべく関わりたくない、というのが、彼らの本能なのだろう。



 「ふ――……。」


 やっと動物達から解放されたユーミリアは、家の中へと戻る。


 「お前は、ド○トルなのか?」


 死角から不意に発せられた父親の声に、ユーミリアは心臓が口から飛び出しそうになる。


 「お……お……お父様!?」


 (私がしていることに気づいてますの!? いや、気づかないでいる方がおかしいのですけど。て言うか、ド○トルって……お父様ももしかして!?)

 ユーミリアは期待の眼差しを父親に向けた。


 「さっき、庭で叫んでいたではないか。私はドリ○ルか! と。」

 「あ――……。」


 彼女は力強く肩を落とす。


 「ユーミリア……。」

 「は……はい!?」


 落胆を匂わせる低い声で呼びかけられた彼女は、急いで顔を上げる。そして、父親の威圧的な表情を確認し、ユーミリアはすかさず一歩後ずさったのであった。

 (お父様、怖いです! その顔、半端ないです!! 動物に魔術を使って申し訳ありませんでした!!!)

 脇から汗を滝のように流れ出すユーミリアは、声にならない心の声で、父親に深く謝罪した。


 「言葉遣いが宜しくないぞ。気をつけなさい。」

 「申し訳ありませんでした!! ……へ?」


 ユーミリアは条件反射から勢いよく頭を下げるも、彼女の頭の中には疑問が残る。言葉遣い? と。


 「まあ、よい。」


 そう言うと、父親はその場を立ち去ろうと踵を返す。

 (あれ? 動物に治癒魔術を使ってることはばれてない??)

 ユーミリアは首を傾げた。


 「そうそう、ユーミリア。動物に治癒魔術を施すことに関してだが、」

 「はいっっっっ!!」


 意表を突かれたユーミリアは、勢いよく頭をあげ戻す。


 「……騎士ではなく、令嬢を目指せ。で、治癒魔術の研究結果だが、動物が魔獣化することはないと証明された。これでまた一歩、我が魔術団の明るい未来が、近づいてきたの。」


 父親の声は普段より少し明るく、心なしか体も踊っているようだった。

 ユーミリアはそれを温かい目で見守る。

 (動物への治癒魔術使用の安全性が保障されましたのね。良かったですわ。それに、私のしていることに何も忠告しないということは、このまま動物の世話を続けて良いってことかしら? むしろ、続けろってことなのかもしれませんわね。……お父様、もしかして、私の知らないところでデータの回収をしていましたのかしら……。)

 彼女はじとりと目を父親に向ける。


 「ん? どうかしたのか?」

 「え? いえ、なんでもないです。それにしても、良かったですわ。お父様に少しでも貢献できて。」


 彼女は不満を隠すと、淑女らしい笑顔を顔に貼り付け、父親に向ける。


 「ああ。お前が治癒魔術を導きだしてくれたお陰だ。さすがわしの娘。」


 父親は優しく彼女に笑いかけると、今度こそ、その場を後にしたのだった。

 (でも、このまま魔術団の地位が上がることがあるのかしら。そんなことになったら、私も婚約者候補に上がってしまい、ゲームのシナリオが変わってしまうかもしれませんわよね? ……ゲーム補正でも起きるのではないでしょうか?)

 ユーミリアは、意気揚々としている父親の背中を、憂いを含む目で見つめたのだった。


 「あ、遅刻してしまいますわ。」


 遠くへ行く父の傍らに柱時計を見かけたユーミリアは、時刻を確認し、いそいそと馬車へと向かった。


 ユーミリアを乗せた馬車が、颯爽と砂ぼこりを上げながら学校の門をくぐると、校舎の入り口へと乗り付けられた。彼女は優雅に降り立ち、周りの生徒と挨拶を交わしながら校舎内へと足を踏み入れる。

 壁に囲まれた室内は温度調整はされていないものの外よりかは幾分暖かく、彼女は直ぐにコートを脱ぐと廊下の端に控えていた従者に渡していた。そのまま絨毯が敷かれているスペースをまっすぐ通り抜けると、彼女は石畳の開けた大広間に出迎えられる。

 吹き抜けになっているその場所は、天井に大きなシャンデリアが備え付けられており、キラキラと光に反射しては四方に輝きを放っていた。

 コツコツと音を立てながら大広間に足を踏み入れた彼女は、ざわつく室内を不穏に感じて顔を上げる。すると、彼女は室内の中央に大きな人だかりが出来ていることに気づいた。

 何事かしらと、疑問に思う彼女は、その人ごみの中心にそっと目を向ける。と、そこではエルフリード殿下と一学園の女生徒が、なにやら劇のようなものをやらかしてる最中だった。


 「エルフリード……様……。」


 その様子を見て心を痛めたユーミリアは、唇を噛みしめながら、人ごみを避けるようにしてその場を後にするのだった。

 彼女は、勘違いしてしまっていた自分に、改めて腹を立てた。三年前にエルフリードから言われた“これから君を一人の女性として見ていこうと思う”は、愛の囁きではなかったらしい。

 エルフリードはその言葉どおり、その日以来、一人の女性としてみなしたユーミリアを、他の女性と同じように扱い始めたのだ。つまり、ユーミリアは妹扱いから一般女性扱いに格下げされたのである。


 ユーミリアは教室に入ると、周りに目を配る余裕もなく一目散に自分の席へと向かう。

 たどり着いた彼女は、体の力を抜いて、ストンと椅子に座り込んだ。自分の居場所に落ち着き、安心したのだろう。

 だが、彼女の吐くため息をは憂鬱さを含んでおり、目もまた虚ろによどんでいた。



 「おはよう! みんな。」


 そこへ、彼女の入室から間を置くことなく、エルフリードが爽やかに挨拶をしながら教室へと入ってきた。

 教室中の皆が挨拶をするために立ち上がり、ユーミリアもまた徐に立ち上がろうと、慌てて椅子を引く。だが、もう彼は彼女の傍まで来ており、彼女が立ち上がるのをすっと手で制したのだった。

 驚いたユーミリアは、目を見開いて彼を見上げる。

 二人の視線が絡み合った。


 「おはよう、ユーミリア。」


 彼は嬉しそうに微笑むと、優しく彼女への言葉を紡ぐ。


 「おはようございます……エルフリード様。」


 彼の笑顔に、自然と彼女の顔も緩む。初めて見た気の抜けた表情のユーミリアに驚いたのか、エルフリードは顔の表情をなくしてしまう。


 「え? エルフリード様?」


 じっと自分の顔を見つめたまま全く動かなってしまった彼に、彼女は焦る。笑顔を崩した彼女は心配からか、首を傾げたまま、まじまじと彼を見返した。

 彼女のいぶかしむ様子を受け、エルフリードはハッとして意識を取り戻す。そして、彼は軽く首を振ると、彼女に視線を戻したのだった。


 「いや、なんでもない。……ユーミリア、君に会えなくて寂しかったよ。」


 そう言うと、エルフリードは三年前とと同じように目を細め、愛おしそうなものを見るような目でユーミリアをみつめた。その目線にユーミリアは鼓動が速くなり、自身の顔が火照り始めるのがわかった。

 (何度見ても、この目力には慣れませんわ……。……でも……さっき、大広間で他の女生徒にも同じように頬笑みかけていたのでしょう?)

 ユーミリアは、体全体に広がっていた熱が急激に冷めていくのが分かり、体を震わせる。

 エルフリードが最近、“すべての女生徒に優しい”と学校中で噂になっているのだ。愛の寸劇まがいのことを校内の至る所でやらかしてるらしい。先程のことが良い例だ。どうやらたらしに進化したようである。それに違わず、ユーミリアにもまた親しみをこめて彼は接するようになったのだが、彼女にとっては虚しさが積み重なるだけだった。

(また、私を妹として見てた頃に戻ったみたい……。でも、これでは悲しすぎるわ……。)


 「エルフリード様ったら、昨日会ったばかりでしょう?」


 ユーミリアは沈んだ心を隠すかのように、いつも以上に大きな笑顔を作ると、彼に軽口を叩いた。


 「そうだね。でも……君とは、一分一秒も離れていたくないんだ。」


 エルフリードは切なそうに顔を歪た。


 「エ……エルフリード様……。」


 彼女はその衝撃に、気絶しそうなほど強く心を打ち抜かれた。

 (うっわ――どうしましょう!! あ……甘いですわ――。この空間、周りにハートが飛んでますの!? ち……違いますわ……私の目がハートになってしまったのね。目って本当にハートになるものだったのですね。)

 ユーミリアは目をしばたたかせながら彼を見上げる。彼女の全身は真っ赤に染まり、惚けた顔を晒したまま、ユーミリアは呆然と彼を見続けるのだった。



 「は―い、殿下、時間ですよ――。席に着きましょ――う。」

 「「っっ!!」」


 その抑揚のない声掛けに、エルフリードとユーミリアは、二人だけの世界から一気に現実に引き戻される。彼らのすぐ傍には、宰相の息子が仁王立ちで構えていたのだ。彼の目は普段よりも細められており、少しこめかみも動いているようだ。


 「マルコス……ここで何をしている。存在が薄すぎて、全く気付かなかったぞ。な、ユーミリア。」


 エルフリードが彼に蔑みの目を向けたかと思うと、突然ユーミリアに同意を求め、柔和に笑い掛けた。


 「そ……それは……」


 彼女もまた、二人の世界に浸かっていたためマルコスの存在に全く気付かなかったのだが、そこは宰相の息子、簡単には答えられない。

 次の瞬間、怒りを抱えたであろうマルコスに首をがっちりとホールドされたエルフリードは、引きずられながらユーミリアの前から去って行ったのだった。

 彼女はなすすべなく、なおもウインクを向けてくるエルフリードの様子を、無言で見守る。

 (す……すごいですわ……。なんかいろいろ凄かったですわ……。それにしても、エルフリード様……王道ルートの攻略対象って、本当に色気が半端ないですわね――……。)

 再び席についたユーミリアは、ノートと教科書を広げる。彼女は心を落ち着かせようと、教科書の1ページから、一文字一文字を一心不乱に書き写し始めたのだった。

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