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24.新友と旧友

 ジャリジャリ


 彼女の杞憂を余所に、またしても砂利を踏む足音がその場に響く。


 「お待たせしましたかしら。」


 その足音の持ち主はアリーサだったようだ。彼女の大きくはっきりとした声が、校舎裏にこだました。

 だが、ソフィーらはアリーサの言葉に返事を返さない。どうしたのだろうと訝しむユーミリアは、再び茂みの外へと目を向けたのだった。

 茂みの向こうでは、アリーサとソフィーらが対峙している。不穏な空気にユーミリアは固唾を飲んでその場を見守る。

 だが、無言の空間に耐えきれなかったのか、再びアリーサが口を開いた。


 「……。何かご用ですのよね?」


 と、彼女は自ら呼び出しの理由をソフィーらに尋ねたのだ。

 アリーサの言葉を受け、ハッとした表情を浮かべるソフィー達。彼女らは、アリーサに食って掛らんばかりの勢いで言葉を返すのだった。


 「な……なにかではないですわよ!!」

 「そ……そうですわよ! あなた、どうしてあの方(ユーミリア様)に付きまとって居られますの!?」

 「あ……あなた、ご迷惑だってことが分かりませんの!?」


 ユーミリアはそんな風に不満を述べるソフィーらの様子を不安そうな面持ちで見守った。

 どうやら彼女らは先程、目の前に立ちはだかるアリーサに圧倒され、言葉を発することが出来なかったようだ。さすが主人公。ましてや王族! と、アリーサの存在の大きさをこの時ユーミリアは初めて実感していた。

 (大丈夫かしら、ソフィー様にイレーネ様にテレサ様。見たことないような戸惑いぶりですわ。

 ……それにしても、あの方って誰のこと? 先程、会長って言われてましたよね?……。

 え!? シリング様の事!? アリーサ様、彼にも既にアプローチを開始していたのですか!)

 そんな素振りを全く見せなかったアリーサに、ユーミリアは感嘆のため息を零した。入学式以来、ずっと彼女は自分の周りをウロウロしていたのだ。いつの間にシリングとの恋を進めていたのかと、ユーミリアは彼女の素早い行動力に脱帽していた。


 「付きまとってなど居りませんわ。あの方(シリング様)が私を呼んでくださりますのよ。」


 アリーサはそう自慢げに胸を張ると、顎をソフィーたちに突き出す。


 「私たちはきちんと見ているのよ!!」

 「貴女の方から声を掛けているのでしょう!?」

 「身分違いも甚だしいですわ!!!」


 そんな彼女に対し、ソフィーたちは畳みかけるようにして言葉を浴びせるのだった。

 (ソフィー様! イレーネ様! テレサ様!

 その反論の仕方、なんかその他大勢のモブキャラみたいです! それに、主人公アリーサに付き纏う嫌がらせ集団みたいですわよ!?)

 と、ユーミリアは旧友の痛々しい姿に心を痛める。主人公を前にすると、皆様ザコキャラになってしまうのだと、ユーミリアはここがゲームの世界なのだと改めて実感していた。

 (あ、いえ、違いますわね。“ゲームを模倣して改造された世界”が正しいのかしら。……ああ、もうややこしいですわね!!)

 ユーミリアはすべての煩雑を“鹿のせい”として頭の隅に押しやると、茂みの外に注意を再び向ける。

 向こう側では、まだ彼女らがやり取りをしていた。

 そんな彼女らの会話に、ユーミリアは再び聞き耳を立てるのだった。自分の知らない間にどこまでゲームが進んでしまっていたのかを、彼女は確認したかったのだ。


 「あなたたち、自分があの方に必要とされないからって私に当たらないでくださらない?

 どうせ、こそこそと周りに根回しをすることに懸命になったばかりに、当の本人への配慮が疎かになったのでしょう?

 バカバカしい。全く相手にされてないみたいね。」


 アリーサは強い口調で、彼女らを突っぱねる。


 「バ……。なんて口が悪い方ですの!?」

 「ほっ……本当ですわ! 御里が知れますわね!!」


 そんなイレーネ達の言葉に、アリーサの表情がふと消し去られる。ユーミリアは焦った。主人公のハイスペックな設定が、彼女らが触れたことで露見してしまうのではないかと、ユーミリアは鼓動を早くする。

 (まさか、アリーサ様、こんな所でばらしませんわよね!? マルコス様、近くに居ませんわよ!?)

 ユーミリアはアリーサの動向を注意深くじっと見守る。ストーリーと違うことは出来るだけ起こって欲しくないのにと、彼女は心の中で不満を溢す。


 「御里? ……ふっ。あら、そうかしら? 御里……ねえ。」


 彼女の不気味な笑いに、ソフィーたちは思わず後ずさる。

 だが、これ以上アリーサの口から秘密が喋られることはなかった。


 「こ……これ以上、あの方に迷惑を掛けたら許しませんからね!!」


 とソフィーが言葉を投げ捨て、急に他の二人を引き連れてその場を去って行ったのだ。

 ユーミリアは安堵のため息を吐いた。それと同時に、彼女は嘆く。

 (ソフィー様、その立ち去り方は駄目ですわよ……。モブの中でも小物の方じゃないですか……。)

 ユーミリアは悲痛な思いでソフィーらの背中を見送るのだった。



 「私の恋って、道ならぬ恋なのですね。」


 誰もいなくなった校舎裏で、アリーサが大きな声で呟く。

 (アリーサ様、舞台役者に向いているのではないでしょうか。

 振りが大袈裟すぎて、見ていて圧倒されてしまいましたわ。アリーサ様! 悲劇の女優みたいで素晴らしいですわよ!!)

 そんなアリーサを、ユーミリアは茂みの陰から羨望の眼差しでみつめるのだった。


 「……。聞いてまして?

 私、あの方に気に入られているものですから、ファンクラブに呼び出されてしましましたわ!」


 (ファンクラブ!? ソフィー様達、シリング様のファンクラブに入ってましたの!?

 ……あ、なるほど。それで、私はあの三人の中には入ってはいないのですね。)

 仲間はずれにされたことを、ユーミリアは無理矢理納得しようとしていた。

 彼女はうんうんと何度も頷く。


 「……ユーミリア様、そこで首を立てに振ってないで、早く外に出て来てはどうですか?」


 しびれを切らしたアリーサは、そうユーミリアに呼びかけたのだった。

 彼女に名前を呼ばれ、ユーミリアはのそりと立ち上がる。そして、おしとやかにアリーサの前に出て来るのだった。


 「で、どの殿方を一番に狙っていますの?」


 優雅な動作を心掛けるユーミリアの口からは、そんな淑女らしからぬ言葉が溢れる。

 彼女の頭の中は、先程からその疑問で占められていたのだ。


 「一番って……ユーミリア様、あなた……。」


 アリーサが眉を潜める。彼女の表情に、自分の発した言葉を理解したユーミリアは焦った。


 「あ……いえ、聞かなかったことにしてください。」


 と、言い訳の見つからない彼女は、言葉を濁してその場をやり過ごそうとする。

 自分も転生者だとばれてしまっては不味いと、ユーミリアは慌てたのだ。

 だが彼女の心配は杞憂に終わる。


 「ええ、聞かなかったことにするわ。」


 と、アリーサは呟くだけであり、深くは追求してこなかった。

 ただユーミリアは、自分を見るアリーサの目が少し白いような気がした。

 趣味を疑われたのだろうかと、彼女は思案する。でも、それで誤魔化せるならと、ユーミリアは黙認することにしたのだった。



 「そう言えば、どうして私を呼びましたの?」


 話を反らそうとするユーミリアは、アリーサに当たり障りのない質問を投げ掛ける。

 そんな彼女の疑問に、アリーサは目を丸くした。


 「え? 気づきませんでした?

 ……乱闘になって怪我をしたら、すぐに治して貰おうかと思いましたの。」

 「気づきませんでした。」


 ユーミリアは即答する。

 (まさか乱闘が起こりそうだなんて、これっぽっちも分かりませんでした。ここのファンクラブってハードなんですね。)

 と、彼女は身を震わせたのだ。


 「怪我したまま教室に戻るのは嫌でしょう?

 それに、すぐに噂が広がって、あの方を心配させてしまいますもの。」


 と頬を染めて言葉を続けるアリーサを、ユーミリアは目を細めて見つめるのだった。

 自分の事を親友と言う彼女だが、すべて“あの方”中心で回っているらしいと、ユーミリアは思いしったのだ。

 (心配……やっぱり、シリング様ではないのでしょうか。

 あの方なら傷を見かけたら、駆け寄って来て塩を塗りそうですものね。

 すぐに心配してくれそうな攻略対象は……クレメンス様?

 え……アリーサ様の指している“あの方”とは、もしかしてクレメンス様のことだったのですか? ……そう、だったのね。)

 ユーミリアは愕然とした。リリーのためにと、あんなに自分の傍に居ることを拒んだクレメンスだったのだ。彼と四人で一緒に帰ったとき、嫌な予感はしたのだが、まさかそんなにも仲良くなっていたとは、ユーミリアには思いもよらなかったのだ。

 だが、彼女はすぐさま首を振ると、自分の想いを散らせる。自分にはゲーム遂行の任務があるのだと、彼女は自分の想いを封印しようとしたのだ。

 無理に明るく振る舞おうとするユーミリア。そして彼女は気づく。

 (ということは、ソフィー様たちもクレメンス様のファン!?

 そ……それだったら、私も入りましたのに……。同じ話題で盛り上がれますのに……。なぜ誘われなかったのでしょう……。)

 と、せっかく上げた彼女の気分も、再び沈むのであった。

 こうなったら、意地でもファンクラブに入らないとユーミリアは決意した。たとへ、ファンクラブ特典に強く興味があっても、彼女の意志は固く崩れなかったのである。


 「でも、治療と言えば、すぐそこに保健室がありましてよ?」


 仕事に生きると決めたユーミリアは、隣にある校舎を胸を張って指差す。

 何せここは東棟。一階にはアリーサが入学式に運び込まれた保健室があるのだ。そして、攻略対象も部屋のなかで待ち構えているてあろうと、ユーミリアは考えた。


 「だってあそこは……。」


 アリーサの顔がみるみるうちに歪む。


 「まあ! アリーサ様ったら。

 たとへ熊の住処でも、腕は一流のはずですわよ!?

 それに、先生もがたいが良くて頼りがいがありそうではないですか!!」


 と、ユーミリアは彼女なりにルイーザの好感度をあげようとしたのだ。


 「熊の住処?」


 だがアリーサは、彼女の別の言葉に反応する。


 「……私、そんなこと言いまして?」

 「ええ。」

 「あら。」

 「あらあら。」


 ……アハハハハ……


 二人は乾いた笑いをお互いに向けたのだった。



 「おやおや、君はこんなところに居たのか。」


 その時、遠くから聞こえるマルコスの声が二人の耳に届く。

 その声は低く優しく響き渡り、どこまでも甘いのだった。

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