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23.アリーサの頼みごと

 「ユーミリア様――。」


 猫なで声のような甘い声でユーミリアを呼びながら、アリーサは彼女の机へと駆け寄る。

 アリーサはあの日以来、時間があればユーミリアのクラスへと遊びに来ていた。


 「アリーサ様、次は校庭での実習授業ではありませんの?」


 前の授業の片付けもそこそこに手をとめると、ユーミリアはそんな彼女を疎むことなく優しく声を掛ける。

 なにしろ、アリーサ以外、ユーミリアと親しくなろうとする生徒が彼女の近くに寄ってこないのだ。

 (ユーミリア、泣いてはダメよ。中等部の時と何ら変わりないじゃない。入学式のときのクラスメイトの反応は、きっとビギナーズラックだったのよ!!)

 そんな自身に、ユーミリアは強く言い聞かせた。

 もちろんリリーは例外である。

 だが、彼女は友達という関係ではなく、主人と従者のような関係を崩そうとしないのだ。

 それを寂しく思ったユーミリアは“私が傲慢な態度をとっているのかしら”と悔い改め、下に下に出るような態度をとってみた。

 すると、ある程度は予想できたが、リリーがうまい具合にさらに下手に付く。

 “一度、時間がある時にじっくりと話し合う必要がありそうね。”と、ユーミリアは考えていた。

 騎士としての武士道が彼女のような態度をとらせているのだと、ユーミリアは思っていたのだ。


 「大丈夫です。私、魔術は得意みたいなんで。

 むしろ、学業をどうにかしろと言われ、次の授業は教室で一人個人授業なんです……。」


 アリーサは気まずそうに、舌を出した。


 「あら……。では、今度、私が教えましょうか?」


 ユーミリアは気もそぞろに、いそいそと片付けの手を再び動かし始めるとそう申し出た。学外で友達との交流が出来るのだと、ユーミリアは心を踊らせたのだ。

 だが、単にそれもぬか喜びに終わる。


 「いえ! 結構ですわ。

 ユーミリア様の手を煩わせる訳にはいけませんもの。」


 と、アリーサがユーミリアの申し出を即突っぱねたのだ。


 「そ……そう。」


 ユーミリアはそっと肩を落とす。


 「え? どうかしたのですか?」

 「いえ……なんでもありませんわ。」


 ユーミリアの異変に驚いたアリーサは、ユーミリアの顔を覗きこむ。そんな彼女に、ユーミリアは気まずそうに苦笑いを返すのだった。良い子なんですけど……と、ユーミリアは残念がっていたのだ。


 「そうですか? ……あ。それはそうと次のお昼休み、私に付き合って頂けません?」


 顔が近づいたのに乗じて、アリーサがそっとユーミリアに耳打ちをする。


 「え? ええ。構いませんわ。どうかされたのですか?」


 彼女につられたユーミリアも、ついつい小声で言葉を返してしまっていた。


 「保健室のある東校舎の裏なんですが、昼休みになったらすぐ来て欲しいのです。それで、茂みに隠れていて貰いたいのですが、やって頂けますでしょうか?」

 「え!?」


 アリーサのつい耳を疑ってしまうような頼みごとに、ユーミリアは目を丸くする。私に何をさせる気なのかしらと、ユーミリアは彼女を訝しんだのだ。

 そんなユーミリアに、顔を離したアリーサは懇願の眼差しを向ける。


 「お願いします。理由は来ていただければ分かりますわ。でも、誰が来ても私が呼ぶまで顔は出さないで頂きたいのです。」


 そんなアリーサの危機迫る必死の形相に、ユーミリアは簡単に絆されてしまいそうになっていた。


 「で……でも……。」


 ユーミリアは戸惑う。

 (誰が来てもってことは、私にスパイの真似ごとをしろって言ってるのかしら。……もしくは用心棒?)


 「お願いします! 迷惑は掛けませんから!!」


 といって頭を下げたアリーサに、ユーミリアは焦り出した。

 彼女は急いで席を立つと、アリーサに寄り添い、顔を上げるように促す。


 「わ、分かったわ。でも、私は誰の味方にもなりませんわよ? それでも良いのですの?」

 「ほんとですか!?」


 ユーミリアの言葉に、アリーサが目を輝かせる。

 (……早まったかしら。)

 そんな彼女を、ユーミリアはジト目で見つめるのだった。


 ジリリリリ


 「あら。予鈴ですわ。」


 一瞬にして顔から表情をなくしたアリーサは、予鈴と共に教室を去って行ってしまう。

 そんな彼女の態度を目の当たりにし、ユーミリアは愕然としていた。


 「やっぱり、彼女のお願い事を聞くなど、軽率な行動だったのかしら。」


 とアリーサの背中に向けて呟く彼女は、何事もなかったかのように自分の席に戻る。

 なんだか彼女は、クラス中の生徒から憐みの眼差しを向けられている様な気がしたのだ。

 (気のせい、気のせい。私は壁の花、机の花。……。まだ死んでませんわよ。)

 ユーミリアは自分の発言につっこみを入れながらその場をやり過ごすのだった。



 午前中の授業が終わる頃には、ユーミリアはすでに東校舎の裏にいた。

 こんなにも早く彼女が此処へ来れたのは、少し早めに彼女のクラスの授業が終わった事と、無駄にユーミリアが転移魔術を利用した事が重なってはじめて成せる技である。あと、教室に居づらいというユーミリアの気持ちも重要であった。

 だが、表向きは“親友との約束ですもの!”とユーミリアは自分に言い訳をしていた。それに最近、魔術を利用する機会が滅法減り、彼女は腕を燻らせていたのだろう。

 なにせ、鹿の森が安泰し過ぎていて魔術を披露する機会がないのだ。

 出張治癒師(?)も万能薬のおかげで、魔術団の中でその存在すら忘れられているのではないかと言うぐらい需要がない。もしかしたら本当に忘れているかもしれないと、ユーミリアは深い溜息を吐く。

 (お父様、名誉ある役割とか何とか言ってましたわよね。これでは単なる使い捨ての駒ではありませんか。)

 と、ユーミリアはもやっとしたものを抱え込むのだった。



 「茂み……ここでいいのかしら?」


 ユーミリアは約束遂行の使命感半分、何が起こるのかしらの好奇心半分で大木の下に広がる腰丈ぐらいの草藪に隠れる。

 (良かったわ、体中を術で覆ってて。でなければ草負けしてた所でしたわよ。)

 周りから突き出される鋭い葉を尻目に、ユーミリアは此処の場所を指定したかの親友の顔を思い起こす。


 ザク ザク ザク


 そんなユーミリアが隠れて数分も経たないうちに、砂利を踏む足音が辺りに響いた。

 (え!? あんなに急いだのにギリギリ!?)

 と驚く彼女は、早急な出来事に高鳴りだした鼓動を落ち着かせようと、静かに深呼吸を繰り返す。

 そんな彼女の耳に届くのは、数人の足音と複数の女性の声。その音は次第に大きくなっており、自分の元に彼女らが近づいて来るのを彼女は確信した。

 予想外の人数の気配に肩を強ばらせたユーミリアだが、茂みの陰から声の主たちを窺うことにした。

 なんとなく、彼女にも聞き覚えのある声だったのだ。

 (……誰の声でしたっけ……。)

 と周りの様子を密かに窺うユーミリアは、自身の目を疑う。

 彼女の目には、ソフィー、テレサ、イレーネの3人の姿が飛び込んで来たのだ。そう。中学まで自分と仲良くしていた、4人グループのうちの3人。


 「わ……私抜きで……。」


 愕然としたユーミリアは、思わずそう呟いてしまっていた。だが驚きの余り、彼女の声は掠れてしまっていたようだ。ユーミリアの沈痛な叫びが、他の3人の耳に届くことはなかった。

 目を強く瞑ったユーミリアは、右手の親指と人差し指で目頭を強く押さえる。そうでもしないと、涙が出てしまいそうだったのだろうか。


 そんなユーミリアが近くの茂みに潜んでいるとは思いもよらないソフィーらは、痺れを切らした様子で誰かを待ちうけていた。


 「本当に来るのかしら?」

 「大丈夫ですわよ。会長に頼みましたのよ。」

 「上からの直々に頼まれれば、流石の彼女でも逆らえないですわよね。」


 彼女らからは焦りの色が滲み出ているようで、何度もお互いに確認し合っている。

 (会長……生徒会長? だ……だめよ、ユーミリア! 隠れて人の話を聞くなんて……。

 例えつい最近まで彼女たちと仲が良かったとしても、高校になってそれぞれのグループに別れていたと思っていたのに、三人だけはこそこそと会っていたとしても、私が盗聴をして良いことにはなりませんわ!!)

 ユーミリアは悲しみから沸き上がる負の感情を圧し殺そうとしていた。


 そうである。ユーミリアが中等部の頃仲良くしていたソフィー、テレサ、イレーネの三人は、高等部にあがってそれぞれのグループに別れてしまったのだ。

 元々、趣味も性格も全く違う三人。

 ユーミリアは中等部時代、常日頃からその事について疑問を持っていた。

 だが自分と一緒に居てくれる手前、“どうして私たちは仲が良いの?”などの戯言はユーミリアは口が裂けても言えるはずがなかったのである。

 それで“あら、本当ね。”などと誰かが言い、グループが解散してしまったらユーミリアは後悔してもしきれない。

 “きっと、リーダー格の人物たちが何気なく集まって出来たのだろう”と、最終的にはユーミリアは納得していた。


 現在、

 明朗闊達で行動派のソフィーは、中学卒業と共に高等部の生徒会の執行部に入り、入学前から日々朝から晩まで忙しく活動をしているらしい。

 テレサは社交界の華になるべく、最新の流行や話題に精通していて、今年行われるデビュタントに向けてグループ総出ですでに根回しを始めているらしい。

 一方、イレーネは本の虫で、聡明で博識であり、将来は研究職に就くことを目標としているが、高等部で図書係に在籍した彼女は、今は書庫の整理や管理に追われているらしい。

 すべてに“らしい”が付いているのは、これらが全部、ユーミリアの耳に入って来た噂だからである。


 そんなバラバラの三人が、中等部では同じグループだったのだ。

 “今思い返しても、不思議な組み合わせでしたわね――。”とユーミリアは楽しかった過去を思い起こしていた。

 (それに加えて、なんの特徴もない私! 良かったのかしら、私があのグループに居て。

 今でこそ、治癒魔術の開発に携わったことが露見しているとはいえ、当時はただの親の七光り。

 団長の娘だからって理由でグループに加えて貰っていたのよね。きっと。だから、ほら。高等部に上がって、全くの音信不通……。

 ……どうしよう。涙で視界が霞んできちゃった。私、最近涙腺弱いのかしら。)


 地面についた手を思わず握りしめ、ユーミリアは落ちている葉を掴んでしまうのだった。

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