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22.鹿の森にて

 一方、その頃。とある森の奥深くでは、一人の少女がひっそりと切り株に腰を下ろしていた。

 その少女は長い黒髪を傍らに垂らし、物憂げに一点を見つめている。そんな彼女の視線を辿ると、その先には野生の鹿が一匹。

 彼女は驚いた。鹿もまた憂鬱そうな顔をしていたのだ。

 一見すると只のよく目にする鹿の顔。ただ彼女には、何となく鹿の顔から疲れが滲み出ているように思えたのである。 

 彼女は憐れみの目を鹿に向ける。だが、鹿に疲労の原因を尋ねようとはしなかった。

 ここで大切なのは彼女は“出来なかった”のではなく“しなかった”ということである。

 少女は“鹿と話そうと思えば話せるが、敢えて話しかけなかった”のである。

 そう、その少女の名前はユーミリア。

 鹿の願いを叶えるために多忙極まる彼女は、さらなる難題を押し付けられては困ると、敢えて鹿が抱えているであろう事柄に耳を塞ぐのであった。

 実際にそっと手で両耳を塞ぐ仕草を見せるユーミリア。

 そんな彼女の動作を受け、鹿の眉間に皺が寄る。

 見つめ合う二人。


 「「…………。」」


 どのくらい時間が経っただろうか、何事もなかったかのようにゆっくりと手を下ろしたユーミリアは、重たそうに口を開くのだった。

 だがそれは、鹿の悩みを聞くためではない。当初彼女がここを訪れた理由、鹿に対する不満を彼に訴えるために彼女は言葉を発する。


 《鹿さん、貴方も人が悪いですわ。

 他にも連絡をとっているかたがいるなら、教えて頂いてもいですのに。

 私、とんだ世間知らずの笑い種になってしまいましたわよ。でもまあ、そのお陰でシリング様のお優しい一面を再び垣間見ることが出来ましたからいいのですが。

 それにしても、私に対する扱いが酷くありません? 少しぐらい私を信用して頂いても良いですのに。》


 と、思ったよりも自分の口が軽かったと驚くユーミリアは、シリングに意表を突かれた事実を鹿に言及した。


 《シリング? とな?》


 鹿は訝しげに彼女を見つめる。彼は要点だけをかいつまんでユーミリアの会話の内容を理解すると、彼女に質問を投げ掛け返したのだ。


 リリーが夜更けに外泊するとあって、ユーミリアもまた寮を抜けだしていた。無論、二人とも無許可である。

 いいのだろうかと考え込むユーミリアは、立ち去るリリーの背中を見つめた。

 (でも、あの真面目なリリー様のことですもの。きっと人には話せない大事な用があったのよね。)

 と、ユーミリアは自分が抜け出したことを良い例にと彼女の行動を納得することにしていた。もちろん、自分の用が重要事項かどうかは自己判断である。



 《……覚えておりませんの? 以前にお話したでしょう?

 私以外に前世の記憶を持っているお方の事。》


 ユーミリアは探るように鹿に視線を這わせる。


 《ほお。その人物はシリングと言うのか。だが、わしはそのような人物とは連絡はとってはおらぬがの。》


 じっと鹿は彼女を見返した。そんな鹿の強い眼差しに、ユーミリアは気後れしてしまう。

 ユーミリアは思わず唾を飲み込んだ。


 《で……ですが、あなたの事、知ってましたわよ? この世界が書きかえられたことも……。

 私から話した訳ではありませんわよ!?》

 《ほお。で、誰から聞いたと?》


 ユーミリアは彼の読み取れない感情に戸惑う。もちろん、鹿の顔から表情を読み取ろうなどという浅はかな考えは彼女にはなかった。鹿の単調な声に、ユーミリアは焦燥感を駆られていたのだ。


 《……誰からとは……聞いていません。“君以外にも動物としゃべれる人間はいるのだよ”と言われただけですので。

 ……鹿さんではないのですか?》


 再度確認するかのように、ユーミリアはじっと相手の目を見つめた。


 《わしはお前以外に、使徒として動物は利用している。だが、人間は他にはおらん。

 ……まさかわしを裏切る奴がいたとはの。》


 一点を見据えた鹿は何か思案しているようだった。そんな彼を、彼女は無言で見守る。彼が何かしらの行動に移した時に備え、ユーミリアは身構えていたのだ。

 そんな彼女に、しばらく考え込んでいた鹿は疑問を投げ掛けるのだった。


 《その男は直接お前に話し掛けて来たのだな? わしのことも自分から喋ったのであろう?》


 と、鹿は思慮深く彼女を探る。


 《自分からというか……私から話を振ったら、そう答えられたのです。

 あの……口を割った動物への処罰などを考えられているのでしょうか? それは出来れば、なしにして欲しいのです……。ほんの出来心だと思うのです。シリング様も興味本意で聞き出したのだろうし……。

 あの方、面白ければ何でもいいって言うような方なんです……。》


 目を伏せるユーミリアは、鹿にすがった。彼女は友達や、その友達のせいで他の動物が傷つくのを見過ごせなかったのだ。

 そんな彼女の行動に、鹿はため息を吐くと首を左右に振った。


 《処罰などせんわ。ただ、よく聞き出せたなとは思うがな。》


 鹿の意味ありげな言葉に、顔を上げたユーミリアは眉を潜める。


 《? どういう事ですか?》

 《だから、わしも用心はしておると言っておるのだ。もしもの時に備え、使徒の思考にはわしが保護術を掛けておる。そこからわしの居場所や命令がばれない様にな。

 だがその“シリング”とやらは、その動物らから聞きだしたのであろう? まあ、なんといとも簡単にわしの術をかいくぐったものだと思ってな。》


 そんな彼の言葉に、ユーミリアは思わず感嘆のため息を溢した。


 《まあ。シリング様ってやはり想像以上にお強いですのね。》


 と、彼女はシリングの凄さを改めて実感したのである。

 そんな彼女の様子が男にうつつを抜かしている様に思えたのか、目を細めた鹿はユーミリアを奮い立たせようとせっつかせる。


 《というか、早く、この森をなんとかせんか!

 封印を解除したものだから、人がわんさか入って来るではないか!!》


 と、鹿は彼女に異議を申し立てたのだ。


 《ほら、こうしている間にも、馬車を引き連れた団体がやって来た。》


 と言葉を続ける鹿は、目を瞑って何処かに思念を飛ばしていた。

 どうやら鹿は、森に入って来た人物や動物らの方向感覚を攪乱させ、元来た道を戻る様に仕向けているらしい。


 《大変そうですわね。》


 彼の様子を見ていたユーミリアが、相手を労るように優しく声を掛けた。

 それを受けた鹿は、目を見開くことはなかったが、こめかみをピクピクと動かす。他人の思考を操作中なのだ。その正確さを期すためにも、他の考えはなるだけ排除したいのだろう。

 そして、暫くして、鹿は“誰のせいだ――!!”と、叫んだのであった。



 《それで、どうするのだ。これらは。》


 鹿は、脇に山積みされている、直径三十センチ程の石の山を見上げる。


 《いっ……今から鹿の森の境界線に等間隔に置いて来ます!!》


 うんと説教を食らったユーミリアは、機敏に行動を開始しようとする。だが、鹿の制止をくらいその場に留まった。


 《その前に、説明をせんか。》


 と、鹿は彼女に状況説明を求めたのだ。

 それを受けたユーミリアは、先程の謙虚さはどこへいったのか、“えっへん!”と自慢げに胸を張るのだった。


 《これを基として防御壁をつくるんです。

 鹿の森一体の周りに余すことなく配置しすることで、ぐるりと森全体を防御壁で囲うことが出来るのです。

 もちろん、上空も。ドーム型をイメージしてもらえればいいですわ。

 それで、こんなに数が居るんです!!》


 ユーミリアは積み上げた石を自慢すべく、手を掲げた。


 《しめて千個! 探すのが大変でしたわ。》

 《……どーむ……いめーじ……?……》

 《やっぱり十キロメートル間隔ですと、何かあったときに不安ですし、五キロ間隔ぐらいに配置したいですよね――。

 あ、鹿の森の境界線に沿って散歩済なので、石を運ぶのは私一人で大丈夫ですよ。転移陣を使います。

 時間はかかりましたが、石を持って浮遊するよりかは早いですしね。

 千個なんて日が開ける前には終わらせてみせますわ!

 石も良い感じでしょう? 風で転がったり、何処かに動かされても困りますし、この漬物石ぐらいの大きさが最適だと思うんです――。》


 と、彼女は愛おしそうに一番手近にあった石を撫でる。


 《……ツケモノイシ……。

 で、これらの石全部に付いていると見受けられる赤い物体は?》


 鹿は意味不明な単語は聞かなかったことにして、疑問を彼女に投げかける。

 いちいち彼女に説明を施されるのも癪に触るし、それよりも、鹿はそのドロッとした液体が気になって仕方なかったのだ。


 《私の血液を何十倍にも聖水で薄めたものです!》

 《お前の血液!? わしはてっきり……。だが、薄めたにしては、色が濃くないか? 粘度もおかしい。》

 《赤い色素を足しましたの。 ネットリ感はじゃがいもをすって入れてみました!

 乾けば意味ないんですけどね、今だけの雰囲気です。人に持っていかれても困りますし、いわくつきっぽい方が宜しいでしょう?

 もしかして“てっきり”、純粋な私の血液だと思いました? そんな――、いくら私でも、貧血で倒れちゃいますよ――。心配しました?》


 目を輝かせたユーミリアは、期待の眼差しを鹿に向ける。だが、そんな彼女に、鹿は冷たく言い捨てた。


 《いや。しとらん。この石の数だけ、何かを撲殺したのかと思っておったわい。》

 《鹿っ!!》


 そんな彼の考えに、ユーミリアは思わず素早いつっこみを入れてしまっていた。


 《で、防御壁を作ってどうするのだ?》

 《え!? ……ええ。》


 ぶっ飛んだ事を言ったにも関わらず平常運転を続ける鹿に、ユーミリアは戸惑いつつも言葉を続ける。


 《始めは誰も何も入れないようにするのですが、道の舗装や関所みたいなのを作って、物や人の流通経路をいずれ確保しようかと思っています。》

 《ほお。》

 《強靭な魔女が管理しているって噂を流せば、誰も森に手だしはしないでしょう?

 常にこの巨大な森に防御壁をはり続けられるなんて、並大抵の魔力を保持する魔女には出来ませんわ。そんな未知の力を保有した魔女の怒りなんか買いたいだなんて、誰も思わない筈でしょうし。

 本当は私の作った魔石と地脈から防御壁を構成してるのですけどね。

 ……それに、一番ばれてしまいそうな私のお父様は、“敵にはならない”と約束してくれましたから大丈夫ですわ。》


 彼女は想いを馳せながら遠くを見つめる。


 《……“セキショ”とはなんだ?》


 そんな黄昏るユーミリアに、鹿は嫌々ながらも尋ねたのだった。この単語だけは聞いて置かないと、のちのち困るであろうと鹿は考えたのだ。

 そう思いつめる彼に、ニタニタとした笑いを返したユーミリアは、“関所とは――”と嬉しそうに説明をし始めたのであった。

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