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17.女神とクラスメイト

 入学式が終わると、生徒達はみな自分のクラスへと戻っていた。

 ある新入生の教室はホームルームを前に大きくざわつく。そこへ遅れて入室したのは意気揚々と心を弾ませるユーミリア。シリングとの会話が思いのほか長引き、彼女は胸を温かくして帰路に就いたのだった。

(やっぱり、シリング様ってお優しいお方。自分の為だとか言ってましたけど、照れ隠しですわよね。だって、瓶造りの朝練もなんだかんだ言っていつも付き合ってくれましたし。)

 ユーミリアは頬を緩めながら、目の前の黒板に書かれた座席表に目を通す。

 だが、自席へと移動するために振り返った彼女を待っていていたのは、クラスメイトの鋭い眼差しだった。しかもいつの間にか、騒がしい室内がしんと静まりかえっている。


 「……。」


 ユーミリアは眉をピクリと動かした。だが彼女は、落ち着きを払った態度のまま、先程確認した自分の席へと向かう。

 (……何でしょう、この周りからの威圧感。先程の式の間はこんなにも目線を感じませんでしたのに。まあ、あの時は同じ館内に、殿下を始め、イケメンがザクザクいましたしね。主人公を始めとするイケジョも居ましたし、私にまで気を配ってる余裕はありませんでしたのね。)

 ゲームの主要人物のいないクラスで一人浮いたユーミリアは、席に座り、ぼうっと空を眺めた。そん彼女の視界に入るのは、小突き合うクラスメイト達の姿。

 (きっと、誰が私に話しかけるのか押し付け合ってるのですわね。)

 団長の娘だからって無理に気を使わなくてもいいのにと、その様子を尻目に彼女は人知れず溜息を吐いた。

 そんなユーミリアに、人影が近付く。


 「ユーミリア様。」


 彼女の元にやって来たのは、まだ顔に幼さの残る可愛らしい少女であった。その少女は、頬を染めながら彼女に声を掛けた。

 鈴を鳴らすような少女の声に顔を上げたユーミリアは、生贄となった可哀そうな少女を、憐みの目でみつめる。そして、彼女はその子に謝罪を入れるのだった。


 「声を掛けさせて、ごめんなさいね。これから一年間、よろしくお願いしますね。」


 と、申し訳なさそうな表情で、ユーミリアはとりとめのない返事を少女に返す。


 「私こそ、宜しくお願い致します!!」


 だがユーミリアの心情とは裏腹、その少女は嬉しそうにユーミリアの言葉に返事をしたのだった。


 ドタ ドタ ドタ


 急に室内に足音が響き渡る。

 彼女の言葉を合図ととったのか、我先にと周りを押し退けるようにして、ユーミリアの元にクラスメイトが駆け寄ったのだ。


 「ユーミリア様、私も一年間よろしくお願い致します!!」

 「ちょっと、順番守ってよ。ユーミリア様、私とお友達になって下さい!」

 「まあ、ずうずうしい。ユーミリア様、ぜひに“私と”仲良くなって下さい。」

 「ユーミリア殿、用事がある際は是非僕に。」

 「私、貴女様のファンですの!!」

 「お嬢様、俺とお茶に行きませんか?」

 「姫様! 私と握手してください!!」

 「……」

 「…」


 彼女らは一斉にユーミリアに声を掛ける。

 どうやら先程の肘鉄の打ち合いは、誰が一番先にユーミリアに声を掛けるか争っていたようだ。そんな事情を知らないユーミリアは、怒涛に押し寄せるクラスメイトの声掛けにタジタジになった。

 なにせ、こんなにも沢山の同級生に話しかけられたのは生まれて初めてだったのだ。

 (え!? 何が起こりましたの!?)

 彼女はこの状況をなかなか理解できなかった。みんなが自分のことを誰かと間違えてるのではないかと、彼女は思い込もうとしていた。

 だがすぐに、ユーミリアは悟った。

 これは万能薬の効果なのだと。なるほど、どうりで有名人のようなすさまじい待遇を受けているのねとユーミリアは頷く。

 (まあ、当たり前のことよね。多少見てくれは悪くとも、万能薬の開発者よ?

 これぐらいの扱いは当たり前よね。……でも、人ってこんなにも変わるものなのかしら……。)

 ユーミリアは中等部時代と今の周りの状況の違いを改めて見比べ、肩を震わせた。

 余りにも周りの生徒らの、彼女に対する反応が違うのだ。中等部時代は存在を認識されているかすら危ういほど、彼女はほとんど誰にも声を掛けられなかった。だが今はそれをあがなうかのように、クラスの全員の誘いを受けている。

 彼女は、過剰なクラスメイトの反応をなかなか受け入れられなかった。


 「あの……皆様、ありがとうございます。こんな風にお声を掛けて下さるなんて、感謝の極みです。とても嬉しく思っています。そして、これから先、皆さまとは本当に仲良く過ごせればと、私も心から願っております。こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します。」


 と、一度頭を下げたユーミリアは、更に言葉を続ける。


 「ですので、押さなくて大丈夫ですよ。皆さまとは全員と仲良くなりたいので、こちらから一人一人に声を掛けさせて頂きます。みなさまの手は煩わせません。だから、今回は席に着いてくださいな。もうすぐ先生が来てしまいますわよ?」


 ユーミリアは、鬼の形相で自分の隣を先取しようとしているクラスメイトに優しく声を掛けると、誠心誠意を持って対応するよう心がけた。

 金の切れ目は縁の切れ目。

 いつ彼女らの好意が敵意に変わっても可笑しくないと、恐れるユーミリアは出来るだけ事を穏便に進めようとしていたのだ。

 そんな彼女の気持ちが伝わったのか、クラスメイトらは穏やかな顔を浮かべ、彼女の言葉に頷くのであった。ユーミリアはほっと一息吐くと、自分の席へとふわふわとした足取りで向かう生徒らの後ろ姿を、じっと見守る。

 (何故みなさん、ふらふらしているのでしょう。

 でも、どうにか大人しく戻ってくれて良かったですわ。

 だけど……友達100人作る予定でしたが、こういった関係はどうなのでしょう……。)

 万能薬ありきのクラスメイトとの関係に、彼女の気持ちは沈む一方だった。


 本当は中等部時代はたまた幼少期より、周りの彼女に対する待遇はなにも変わっていない。

 ただ、今回は単に、彼女を囲う上級貴族が運よく彼女のクラスには誰も居なかったため、あのような結果になってしまったのである。皆、ずっと話掛けることが叶わなかったユーミリアに、ここぞとばかりに言い寄ってきたのであった。そして、彼女らは初会話を果たし、初めて間近で見た女神の笑顔に癒され、浮かれてフラフラしていたのだ。

 そんな彼女らの反応も、昨日までのユーミリアなら心から喜んでいたであろう。

 だが残念なことに、今回の出来事は万能薬発売と重なってしまった。それは、彼女を疑心暗鬼の塊と化す、充分な要因だったのだ。


 程なくして担任が現れ、つつがなくホームルームが進む。

 そして、終了の鐘が鳴り、担任が教室を後にするとともに、ユーミリアの教室にリリーが颯爽と現れたのだった。


 「ユーミリア嬢、お迎えに上がりました。」


 彼女は爽やかな笑みをたたえながら、ユーミリアを誘う。

 そんな凛々しい姿のリリーに見惚れるユーミリアは、感謝の目を彼女に向けた。実は彼女、早く教室から逃げ出したかったのだ。何故なら、クラス中の生徒が獲物を狙う鷹のような鋭い眼光を、ユーミリアへと向けていたのだった。

 彼女は逃げるようにしてリリーの元へと駆け寄る。そんなユーミリアを、リリーは暖かい眼差しで迎え入れた。ユーミリアは頬を染める。


 「リリー様は……私が寮に入った頃から変わらず優しいですわね。」


 彼女の元に辿り着いたユーミリアは、思わずそんな言葉を彼女に掛けてしまった。万能薬が発売される前から変わらない、彼女の優しい態度に、ユーミリアは心を落ち着かせたのだ。

 だが、ユーミリアは彼女の顔からすぐに視線をそらしてしまう。

 彼女の目を直視するのが辛くなったユーミリアは、リリーから顔をそむけてしまったのだ。“クレメンス様の想い人なのよね”と、ユーミリアは彼女を前に目を曇らせる。その事実が、ユーミリアの胸の中で複雑に渦巻くのだった。


 「ユーミリア殿?」


 リリーは心配そうに俯く彼女の顔を覗き込む。


 「あ、いえ、なんでもないのです。では、行きましょうか。」


 顔をあげたユーミリアは気まずそうにはにかむと、アリーサを食堂へと促すのだった。

 (心優しく真面目で誠実で、そして何より強いリリー様。……クレメンス様にぴったりではないですか。とてもお似合いで息もぴったりそうなお二人。

 私の入る隙間なんかありませんのに、私ったら、リリー様にやきもちを焼くだなんて身の程知らずですしたわ。仲良くしていただいてるだけでも、ありがたいのに……。)

 そう考えを改め、気持ちを入れ替えようとするユーミリアは、前を向いてリリーと並んで歩くのだった。


 カフェテリアはすでに人で埋め尽くされていた。ユーミリアとリリーが食堂に現れると、皆の視線が一気に彼女らに集中する。

 そんな中、ヒソヒソ話がユーミリアの耳に届いた。


 「あの方って……。」

 「騎士団長の……。」

 「同い年って……。」


 ユーミリアは眉を潜めた。こんな素晴らしい女性が、何故好奇心の塊の噂の対象にならなければいけないのだと、彼女は憤っていたのだ。ユーミリアは憤然としながらも、リリーの様子を窺おうと、そっと隣に立つ彼女の顔を見上げる。

 するとリリーが反対に、すまなさそうな表情を浮かべてユーミリアを見下ろしていたのだ。そして彼女はあろうことか、謝罪の言葉をユーミリアに向ける。


 「ユーミリア嬢、すまない。先程の入学式で好奇の目は満たせたかと思っていたのだが、不十分だったようだ。貴女まで巻き込んでしまい、申し訳ない……。」

 「リリー様、そんな……。」


 励まそうとするユーミリアは、またしても聞こえたヒソヒソ話に言葉を飲み込む。


 「ラベルの……。」

 「そんなはずは……。」

 「癒しの……。」


 今度の噂はどう考えても自分を標的にしたものだと、ユーミリアは思わず唾を飲み込んだ。


 「……。……大丈夫です、リリー様。寧ろ私の方に非があるかもしれません。」


 と、彼女は言葉を濁す。

 (なぜなら、私の方が陰口の内容が酷いからです。

 “そんなはずは”って、私、そんなに無能そうに見えますでしょうか。それに最後、“卑しい”って聞こえましたけど。聞き間違えでしょうか。

 聞き間違えであって欲しいです。

 薬を作って売って借金返して、なにが悪いんですか。薬師じゃなくても、作れるんですよ――。)

 いじけるユーミリアの心はどんどん荒んでいった。


 「そんなことはない。ユーミリア嬢は皆に崇められています。そんな貴女に非があるなど、恐れ多い。」


 リリーは必死に、彼女の間違いを正そうとする。そんなリリーの言葉に、ユーミリアは涙した。なんて素晴らしい方と同室になったのだろうと、彼女は心を救われたのだ。


 そんな彼女らの会話は周りには聞こえることはなく、カフェテリアにいた生徒らの噂はさらに広がる。


 「でも、あのお方たちが一緒に居られるってことは……。」

 「しかも、かなり仲が良さそうですわよ。」

 「わざわざ、同室にされたそうですよ。本来ユーミリア様と同室になる予定だったかたが、嘆いておられましたわ。」


 ユーミリア達が話し込む姿が、周りの生徒には親しい雰囲気で寄り添っているように見えたのだ。


 「ユーミリア様と一緒に居られるのが、リリー様と言うことは、やはり……騎士団は……。」


 そんないろんな憶測が、食堂の中には飛び交うのだった。

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