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16.密会

 入学式後、ユーミリアは体育館の裏へと気配を消して移動する。

 彼女はシリングと連絡をとろうと、早速彼を呼び出していたのだ。


 「それにしても、遅いですわね――。必ず気付くような所にメッセージを置きましたのに。」


 ユーミリアはむくれていた。

 とその時、ユーミリアが急に背後に気配を感じたかと思うと、次の瞬間、彼女は温かくて柔らかい物で口を塞がれる。

 その大きさからして、どうやら男性の掌であることが彼女には分かったが、ユーミリアは抵抗をしようとはしなかった。

 彼女は、喉横に冷たく鋭いものを感じていたのだ。


 「……なんだ。君か。」


 そんな聞き覚えのある声が頭の後ろから放たれ、彼女は一気に体の緊張を解いた。

 と同時に、彼女の口を抑えていた手や突きつけられていた刃も、ユーミリアから離れていく。


 「シリング様――。」


 さっそく振り返ったユーミリアは、泣きそうな顔で彼に抱きつこうとした。

 それを予想してたらしく、綺麗にかわしたシリングは、彼女の後方に回る。


 「やめてくれ。鼻水がつく。」

 「鼻水なんて出てませんよ――。

 それよりも、いきなり短剣を突きつけるだなんて酷いですよ――。」


 ユーミリアは再び振り返ると、彼にそう反論した。


 「当たり前だ。何だ? あの呼び出しかたは。」

 「え? 必ず読んでもらえるようにと、生徒会長挨拶の原稿用紙の上に添えたのです。

 “式後、体育館の裏”と書いた紙を。」


 「無記名でか?」

 「はい。だって、シリング様、私の名前があったら来ないでしょう?

 そもそも読まずに食べちゃうかも?」


 「……。誰かが見たらどうするつもりだった。」

 「大丈夫です! 壇の前に立つ直前に転送致しましたメェ。」

 

 「転移陣を改良したのか。」

 「はい。まだ見える範囲でしか転送出来ませんけどメェ。」


 「教えろ。」

 「教えたらツッコミをいれてくれます?」


 「入れん。」

 「メェ……。」


 「帰らせてもらう。」

 「シリング様! ちょっと待って下さい!!」


 ユーミリアシリングの制服の裾を掴んだ。


 「……。」

 「主人公と接触しました!!」

 「そうか。では。」


 声を張り上げて報告するユーミリアを、シリングはいなして立ち去ろうとした。


 「帰らないでくださいよお。」


 ユーミリアは彼にすがる。


 「はあ、何なんだ君は。それがどうしたと言うのだ?」

 「主人公、ほっとくと危ないような気がするのです。」


 「……危ない?」

 「はい。ゲームのストーリーとか、簡単に喋っちゃうし、行動が人として変だし。」


 「お前に良く似てるな。」

 「はい。……はい?」


 「そうか。かなりのバカなのだな。では、フォロー宜しく。」

 「え? なんで私がしなくてはいけないのですか?」


 「鹿に頼まれているのであろう?」

 「……なんで知っているのですか?」


 「君だけが動物と喋れる訳ではないのだよ。誰かがこの世界を書き変えたのだろ?

 その主人公か第三者か知らないが。

 だが、君のせいでこの世界がまた大きく変化しているのは言うまでもない。だからこそ、君がフォローすべきではないのかい?

 書き変えた人物を怒らせないためにも。

 世界を書き変えられるのだ、そんな人物と対峙して勝てる訳がないだろ?

 君へのあてつけで、君が最悪だと思う世界に今度は書き変えたらどうするのだ。

 だからこそ、謝罪の意味を込めて、君の出来る範囲でゲームがシナリオ通りに進むように手を入れてみてはどうだ?」


 「……シリング様が私のために優しいアドバイスをくれてます……。」


 ユーミリアは目を輝かせてシリングを見つめる。


 「気持ち悪いからやめろ。君のためじゃない。私だってこの世界に住んでいるんだ。」


 そんな彼女を足蹴にしたシリングは、彼女の勘違いを否定する。


 「ですよね――。」

 「ところで君は、この世界を書き変えた人物に怒りは覚えないのかい?

 その人物が、君の接触した“主人公”かもしれないのだぞ?」


 と悲しむユーミリアに、シリングは唐突な質問をしてきた。


 「え? シリング様は怒っているのですか?」

 「いや。私は楽しければ何でもいいから。特に気にしてはいない。」


 「そうなんですね。私も怒ってはいませんよ。

 書き変える前の世界がどんな風だったか知らないからかもしれませんが。

 今、この国は平和ボケしてるほど国中平和じゃないですか。

 周りの国も大きな戦争はないみたいだし。

 もしかしたら、書き変える前は大戦争の時代だったかもしれないんですよ。

 そうだったら、むしろ、書き変えてくれた人物に私は感謝します。

 やっぱり私、元日本人だし、事なかれ主義というか……。」


 彼女はテレテレと頭を掻く。

 そんなユーミリアを、シリングは無表情で見つめていた。


 「自分の本来の人生がもっといい物だったとしてもか?」


 彼は淡々と質問を続ける。


 「私、今の人生も充実してますし。

 ただ一つ……もしかしたら、私は本来ならばエルフリード様と結ばれる運命だったのかな――。なんて思うことがあります。

 ですが、私のそんなちっぽけな犠牲、世界平和に比べれば安いものですよね。

 あと、お父様のこともあるのです。」

 「父親?」

 「はい。今は多忙多忙で大変そうで、しかも元来金欠で可哀そうですけど。

 ですが、お父様は世界最強ともいえる力を持ってるのですよ? 簡単に人や動物を操れるのです。

 なのに、一国民として懸命に仕事をしているのです。不思議だと思いません?

 本来ならば、魔王になってたりとか、魔女狩りにあってたりとかしても可笑しくありませんわよね?

 だって、人間ってそんなものなのでしょう?」


 「いきなりファンタジーなことを言うね。」

 「魔術があるこの世界ではあっても可笑しくないことだと思うんです。なのに、お父様は私たちと一緒に生活をしているのです。

 だから、私は、この世界が書き変えられて良かったな、と思うんです。これから先、この世界がどうなるかは分からいのですがね。

 だから、私がイケメンにフラフラしてても怒らないでくださいね。私の見苦しい行動は、世界平和の代償だと思って下さいな。」


 そう純朴そうにはにかむユーミリアを、シリングは冷たい目で見下ろす。


 「なぜその結論に行きつくのか、よく分からん。」


 と彼は彼女を切ったのだった。

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