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15.誘惑

 ユーミリアは、頭のてっぺんから爪先まで、じわじわと強烈に火照り出すのを感じた。


 「あの……。」


 頭をフル回転させている彼女であったが、次に続く言葉が見つけられないようであった。


 「彼女、元気そうで良かったよ。」


 そう言うエルフリードは、何事もなかったかのように優しく微笑む。

 

 「え、ええ。……エルフリード様はいつから……。」


 その場に居たのでしょうか? と、ユーミリアは尋ねたかったのだ。


 「ん……。

 さっきまではきちんと廊下にいたのだよ。

 だが、式が始まりそうだったのでそれを知らせようと思ったのだ。

 あ、一応、声は掛けたのだぞ? 廊下から。ドアもノックはした。

 でも、反応がなかったから心配になってな、つい。

 あ、マルコスはクレメンスを教室に送りに行ったよ。

 いや、クレメンスがマルコスを教室に送りに行ったのかな?

 あ、まあ、どっちでもいいか。

 いや、僕も生徒会室へ用があるからと一度はここを離れたのだが、女の子だけを残しておくのはどうかと思ってな。

 ほら、怪我の具合とかも気になったし。

 それで戻ってきたら、先生が、新任の挨拶がどうとかこうとか言いながらどっかに行ってしまったから、代わりに保健室の前で待っていたんだ。」


 流暢に言葉を綴るエルフリードだったが、いつも以上に口数が多くなってしまっていることに、本人は気づいていた。

 思った以上に動揺してるらしいと、エルフリードは心の中で苦虫を噛み潰す。


 「エルフリード様……もしかして先程のお話……。」


 ユーミリアは息が浅くなっており、息苦しさを感じていた。


 「あ、いや聞いてないよ。うん。ナターシャがとかそんな話。」


 (……聞いてるじゃないですか――――!!)

 ユーミリアはさらに体が熱くなるのを感じた。

 (私、何て言いました!?

 今でも愛していますっっっっとか言いましたよね!?

 え――――!! 本当ですか!?

 本当に聞いてないのですか!? 嘘ですよね。

 うわ――……どうしましょう……。

 告白した感じになってしまったようです。)

 ユーミリアは全身から冷や汗が吹き出て、今にも倒れてしまいそうであった。

 その一方で、エルフリードは、感情の読み取れない表情を彼女へと向ける。

 そして暫くして動き出した彼は、一歩ずつゆっくりと彼女の元へと歩み寄ったのであった。

 エルフリードが彼女に近づくに連れ、ユーミリアの鼓動も激しさを増す。


 「エルフリード……様……?」

 「……。」


 そんな彼女の疑問の呼び掛けに、エルフリードは無言を貫いた。

 しかもあろうことか、ユーミリアのすぐ傍まで来た彼は、彼女の髪へと手を伸ばしてきたのである。

 一房に手を掛けたエルフリードは、彼女の髪を優しく自分の顔の高さへと持ち上げた。

 そして彼は、目を伏せると、そっとそこへ口づけをするのだった。


 「!?」


 ユーミリアの体が、びくりと一つ大きく震えた。

 そんな彼女に、エルフリードはゆっくりと目を見開くと、妖しい視線を流す。

 (何? 何が起きてるの!?)

 ユーミリアは何度も大きく目をしばたたかせた。

 彼が口づけた髪の先から体全体へと、ぞくぞくとした何かが広がるのを彼女は感じたのだ。

 (うわあ――!!)

 ユーミリアの心は、じたばたと暴れ始め出す。

 そして、どのくらい経っただろうか。彼女にとってとてつもなく長い時間が過ぎると、彼は口元から彼女の髪をそっと離すのだった。

 本当はものの数十秒の出来事だったのだが、彼女は鼓動が速く打つあまり、その情景がゆっくりと流れていくのを感じていたのだ。

 名残惜しそうに髪へと視線を這わすも、エルフリードはふと、彼女のそれから少しずつ手を離す。 

 ようやく彼から解放された彼女の髪は、ユーミリアの元へとサラサラと戻っていったのであった。

 だが、彼女が安堵のため息をついたのも束の間、敏感になっている彼女の感覚に、すぐそばで放たれたエルフリードの低い声がさらなる刺激を与えた。


 「ユーミリア……。

 僕は一年前、君に最終宣告をされたものだと思っていた。

 僕との思い出を“いい思い出だった”と過去形にされた時、もう君の中に僕の入る余地は少しもないのだろうと感じたんだ。

 だが、違っていたのだろうか?」


 彼の言葉は、ゆっくりとユーミリアの奥深くまで届く。

 彼女は大きく息を吸い込んだ。

 (!? 入る余地ってなんですか!? 私の中に入って何をするんですか!?

 家族愛を深めるんですか??)

 ユーミリアは自身を守るかのように、自分の体に両腕を回す。


 コン コン


 その時、二人の空間にヒビを入れるかのように、室内に音が鳴り響いた。

 保健室のドアを誰かが叩いたのだ。


 「ユーミリア殿? まだ、おられますか?」


 その声の持ち主はルイーザであった。


 「あっ! はい!!」


 慌ててドアに向かって返事をしたユーミリアは、彼を迎え入れようと入口に向かって駆けだす。


 ガラ ガラ ガラ


 「? ユーミリア殿、どうしたのですか? そんなに慌てて。」


 駆け足と共に忙しく開けられたドアに、疑問に思ったルイーザは、彼女にそう声を掛けたのだった。


 「え? いえ、慌てていた訳ではないのですが……。」


 と笑顔をつくるユーミリアも、つい語尾を濁してしまう。

 そして次第に気まずそうに目を泳すと、彼女は終には俯いてしまった。エルフリードから逃げ出してしまい、彼に申し訳なく思っていたのだ。

 彼女が背後に気を使っている様に思えたルイーザは、室内へとゆっくりと視線を流す。

 そして、彼は目を見開いた。

 そこには、先程立ち去ったばかりのエルフリードが佇んでいたのだ。

 何故此処に? と、彼の存在に驚きを隠せないルイーザは、少し目を細めるとじっと彼を見据える。

 彼はエルフリードを牽制したのだ。

 それに対し、エルフリードは邪魔するなと言わんばかり、終始ルイーザを小さく睨みつけるのだった。

 先に目を反らしたのはルイーザだった。

 彼は人知れず溜め息をつくと、優しく彼女に尋ねる。


 「ユーミリア殿、女生徒はどうなりました?」


 と、彼女を気遣ったのだ。


 「え? 女生徒? あ、アリーサ様のことですね!

 先程、入学式に遅れてしまうと、走って体育館へと向かわれましたわ。」


 ユーミリアは顔を上げると、早口でルイーザの質問に答えた。

 彼女はまだ、エルフリードから逃げ出したことに罪悪感を感じていたようだ。


 「そうですか。では、体に異常はなっかたのですね。よかったです。

 それにしても、少し目を離しただけで……。」


 ルイーザは彼女の態度を受け、思わずそんな小さな悪態を吐く。


 「ルイーザ様? ……申し訳ありません。

 そうですわよね、あれだけ大きな事故に合ったのですものね。

 無傷だからといって走らせるだなんて、いけませんでしたわよね……。」


 彼の小言を自分へのものと捉えたユーミリアは、ルイーザを見上げ、気まずそうに眉を下げた。

 ルイーザは慌てて訂正を入れる。


 「あ、いいえ、それは大丈夫ですよ。

 あなたが診たのですから、心配はないでしょう。

 先程のはこちらのことなので、気になさらないでください。

 すいません。言葉にするつもりはなかったのですが、つい思わず……。

 本当にユーミリア殿とは全く関係のないことなのです。失礼いたしました。」


 そういって、ルイーザは豪快な笑顔をユーミリアへと向けるのだった。


 「そう……なのですか。」


 納得できずにいるユーミリアは首を傾げるも、無闇に詮索するのも気まずく、聞かなかった事にしようと気持ちを切り替えた。

 そんな彼女に、ルイーザは促す。


 「それはそうと、本当に入学式が始まってしまいますよ。

 さあ、行きましょうか。

 まあ、新入生であり主賓である殿下がここに居られるので、急がなくていいのですがね。」


 彼に諭されたユーミリアは、廊下へと歩む。

 それに続き、エルフリードも保健室を後にし、三人は体育館へと向かったのであった。



 入学式は特にイベントも起こらず、無事、滞りなく行われた。

 ユーミリアは、アリーサが変な行動を起こすのではないかと、彼女のことを注意深く観察するも、彼女は式の間中、終始シリングを目で追うことに全神経を集中させているだけであった。

 生徒会長挨拶の時には歓声を上げんばかりの勢いの盛り上がりを見せたアリーサだったが、彼女は目をキラキラさせながら悶えるだけであり、ユーミリアが彼女の失態をフォローするようなことは起こらなかった。

 もちろん、彼女が倒れることもない。

 ルイーザさんにお姫様抱っこされるのがそんなに嫌なのであろうかと、ユーミリアは思う。

 ルイーザさんもワイルドで恰好いいのにと、自分の最初の発言を棚に上げたユーミリアは、憤然とした気持ちでアリーサを見つめるのだった。

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