14.対峙
「でも……貴女が手当をしてくれたのよね?」
不本意そうにアリーサがユーミリアに尋ねる。
「いいえ。」
ユーミリアは彼女の問いに、即座に否定の言葉を述べた。
(大丈夫ですよ。無理に仲良くなろうとなされなくって。
それに、傷一つなかったし。馬車に轢かれましたのに。
軽い脳しんとうだけで済むとか、さすが主人公。これもゲーム補正効果でしょうね。
入学式に主人公が死ぬとか話になりませんものね。)
ユーミリアの返事を耳に入れるも、アリーサは彼女の言葉を打ち消すように頭をふった。そして、ぼそぼそと言葉を紡ぐのだった。
「隠さなくていいのよ。万能薬のビン、貴女が絵柄のモチーフじゃない。
それにあなた、魔術団長の娘だし。」
「……。」
アリーサの言葉に、ユーミリアは無の境地に陥った。誇大広告で訴えられるのを、彼女は恐れたのだ。
(この少女まで、あのラベルのモチーフが私だと気付いてる。どのくらい、あれって広がってしまったのかしら。
でも、似ても似つかない実物に、さぞかしがっかりしている人が多いのではないでしょうね。……もう、泣きたい。
ああ、やはりあのラベルは処分させるべきでした。在庫限りと許可を出しましたが、在庫の数まで把握していませんでしたものね……。)
ユーミリアは、父親の涙に絆された己の言動を心から後悔していた。
黙り込むユーミリアを肯定ととらえたアリーサは、彼女に言葉を促す。
「やっぱり貴女、治癒が行えるのよね?」
と、彼女は執拗にユーミリアに聞いたのだ。
「え?」
ユーミリアは訝しそうな目つきを彼女に向ける。
(どうしてそんなに治癒に拘るのかしら。)
そんな彼女の目線に気付いたアリーサは、ふっとユーミリアから目を反らした。そして、気まずそうにしながらも、言葉を発する。
「し……しょうがないけど、仲良くしてあげる。
恩を仇で返すなんて、武士の風上にも置けませんもの。
それに、私に比べれば貴女の存在なんて、比べるにも値しませんわ。
可哀想だから仲良くしてあげましてよ!」
(ラ……ライバルにも値しないのですか!? いえ、モブって解ってますわよ!?)
鼻につくもの言いをしてくるアリーサの提案はさておき、ユーミリアには“あなたの役どころ小物でしょ?”宣言が衝撃を与えていた。
「私の友達になれるなんて、貴女、鼻が高いですわよ!
なんたって私は未来の王妃……っとっと。」
アリーサは慌てて口をつぐむ。
だが、全く隠しきれておらず、その言葉はユーミリアの耳に完全に届いていた。
思わぬ打撃から回復出来ないユーミリアを残し、アリーサはさらに自分の世界の高みへと登っていっているようだ。
(アリーサ様は……エルフリード様とのハッピーエンドを目指すのでしょうか?
クレメンス様はタンポポ事件で懲りたのですね。でも、その発言、不味いのではないですか?
誰かが聞いたら即刻不敬罪に問われそうなのですが。)
アリーサの失言に意表を突かれたユーミリアは、我を取り戻し、彼女をせめてまともな主人公に更生させようと助言をした。
「あの……エルフリード様には婚約者がいるので、そのような発言はどうかと思うのですが。」
と、彼女に意見したのだ。
そんなユーミリアの言葉に、アリーサは眉を潜める。
「エルフリード?
あ……ああ、そうですわね。でも、あれ、御飾りなんでしょう?」
アリーサはそう言いながら、ゆっくりと相手に詰め寄った。
「いいえ。仲睦まじげに寄り添ってる姿をよく見かけますわよ。」
優しい笑顔をつくる彼女は、そうアリーサを押し返すと言葉を述べる。
「え? ……貴女は何とも思わないの? エルフリード様のことが好きなのでしょう!?」
アリーサは声を強張らせているようだ。そんな彼女の動揺に、ユーミリアは気づいた。
「……“好き”。そうですわね。
私はエルフリード様のことを兄としてお慕いしておりますが?」
「駄目ですわよ、それじゃ。ナターシャに何か嫌がらせされたのですか!? 負けてはいけませんわよ!!
小さい頃からずっとずっと好きで、傍で彼のことを支えていたのでしょう!? 私、兄とか妹とかに逃げてしまう関係、一番嫌なんですの!」
感情的に声を荒げるアリーサを、ユーミリアは冷静な目で見る。
(はい。初期設定ではそうでしたが。
ですが、今では違うのですよ。五歳のころから私はエルフリード様の傍にはいませんし。
でも、どうしたのでしょう。
ゲーム通りにいかなくて、焦っているのかしら。
そんなゲームのシナリオをパラパラ喋るなんて。)
ユーミリアは意気がるアリーサをなだめるように、ゆっくりと言葉を発した。
「エルフリード様の傍には、小さな頃からナターシャ様がいますよ。
それに、叶わない恋と分かって傍にいても苦しいだけでしょう?」
「どうして叶わない恋って決めつけてるのですか?
魔術団長の娘も騎士団長の娘も、立場的には変わらないじゃないですわよ!!」
アリーサの鬼気迫る迫力に、ユーミリアは少しうろたえる。
「……いえ。傍から見ても、仲が良さそうなので、私の入る隙間はないかと。」
「貴女のほうが愛されてるのでしょう!?」
「それは思い込みですわ。」
と、宣言するユーミリアは、小さく息を吐くのだった。
(そうよ。家族愛って設定、アリーサ様は忘れてしまったのかしら。)
「……貴女、他に好きな人が出来たのでしょう? だから、自らエルフリード様から離れたのね!」
なおも食い下がるアリーサに、ユーミリアはたじたじになる。
(え!? どうしてそっちの方向に行くのですか!?)
再び顔を近づけ詰め寄るアリーサに、ユーミリアは眉を潜めた。
「いえ、そのようなことは……。」
「いいえ! 絶対そうよ!!
貴女は誰のことが好きなの!? 誰のことを愛してるの!? ほら! 吐きなさいよ!!!」
(え!? どうしましょう……。
“好きな人はいません”では、納得しなさそうな勢いですよね。
クレメンス様にはリリー様がいるので、変に騒ぎ立てたくないですし。
マルコス様は誰ともまだ上手くいってないみたいですし、お名前をお借りしても良いでしょうか?
もしくは師弟関係のルイーザ様の名前を挙げといて、あとで言い訳をしましょうか……。)
ユーミリアの頭の中は混乱しているようだ。
「ねえ! 誰なの!?」
「えっと……エルフリード様です。」
と、ついアリーサの問いに、彼女は答えてしまう。そして、そう言いきった自分の口を、ユーミリアは思わず疑った。
(しまったです。考え抜いた揚句、つい初期設定を選んでしまったのでしょうか?)
「本当にエルフリード様なの!?
だったら何故、ナターシャから身を引くような真似をするの!? 嘘じゃないわよね!?」
「本当にエルフリード様です!
心から彼のことを愛しています。ですから、身を引いてるのです。
アリーサ様もご存じでしょう? この国の情勢は。ですから、たとへ魔術団の娘であっても、殿下の相手になることは出来ないのです。
だからこそ、彼のためを思って、身の引き千切れる思いで、彼との距離を取っているのです!」
ユーミリアは強く言い放った。
これで疑いはしないだろうと、これ以上詮索して欲しくないのだと、彼女は言い切ったのだ。
(詰めが甘かったですわ。主人公と対峙するにあたって、もっと詳細まで詰めておくべきでしたわ。)
ユーミリアは自分の不甲斐なさを嘆た。そんな彼女の答えに、少しは納得したのか、アリーサが身を引く。
「ふ――ん。そうなの。まあ、いいわ。あなたは居ても居なくても変わらないですし。
おっとこうしてはいられないですわ!!
大切な入学式が始まってしまいますわよ。体育館へ急ぎましょう!!」
アリーサはユーミリアに誘うように声は掛けるものの、ベッドから飛び出すと、一人、体育館へと駆けだすのだった。
(嵐のような方ね。)
ユーミリアは彼女の立ち去る様子を呆然と見つめた。
「……居ても居なくても……。」
ユーミリアはポツリと呟く。
次第にアリーサのはためかしたベッドのカーテンも落ち着き、室内に静寂が蘇る。
その時、カーテン向こう側に人影があることにユーミリアは気づいた。
(ええ!? 誰かいましたの!?)
制服の裾だけがカーテンの端から見え、それが学園の男子生徒であることを物語っていた。
ユーミリアは大きく心臓を鼓動させる。そして、そっと近づくと、震える手でそっとカーテンを掴んだ。
(聞いてましたわよね!? 今の会話。おかしな所はなかったかしら。“ゲーム”とか“設定”とか変な単語喋ってなかったかしら。)
彼女は少しずつカーテンをずらし、その向こうに居るであろう人物の顔を窺った。
そしてその人物と目が合い、ユーミリアは思わず息を飲む。
「エルフリード……様……。」
ユーミリアは驚くと共に体を強張らせた。
「や……やあ。」
エルフリードは気まずそうに彼女に笑みを零すと、一歩、前へと足を踏み出すのだった。




