13.対面
その場にいた男達をなんとかねじ伏せたユーミリアは、保健室の外に彼らを閉め出す。そして彼女は、ベッドの上でうずくまる少女に寄り添うのだった。
まだ意識がおぼつかないのか、少女はぼそぼそと小声で呟く。ユーミリアはそんな彼女の口元に、そっと耳を近づけた。
「なんで熊!? でかいわよ! でかすぎるわよ!!
縦に長いのは良いわよ。でもあれはごつすぎる。熊だわ。熊。頭も髭ももっさもさだし。
まったくもう、話が違うじゃないの! 美形はどうしたのよ。美形は!!
クレメンス様も現れないし、馬車には牽かれるし、一体どうして!?」
「……。」
(うん。やっぱりこの子が主人公で合ってるみたいですわね。でも、この少女が世界を書き変えた様な感じはしませんわね。)
一歩後ろに引いたユーミリアは大きく頷き、彼女が落ち着くまでと無言で主人公を観察することにした。
クワっっっっっ
だが次の瞬間、いきなり目を見開いた少女が、ユーミリアを凝視して来たのである。
「っ!?」
ユーミリアは背中を震わせた。主人公の異様な雰囲気に肝を冷やしたのだ。
(何? 何が起きたの!?)
彼女は身を強張らせる。だがそれも束の間の出来事。少女は次第に頬を赤らめると、可愛らしく破顔してきたのだった。
「よかった――。」
少女は天使のような頬笑みを浮かべると、そう呟く。
「!?」
「女の子はちゃんと美人さんなのね。
女の子も熊みたいだったら、どうしようかと思ったわ。」
と、いぶかしむユーミリアをよそに、彼女は更に可愛らしく言葉を紡ぐのだった。
だが今の状況を次第に理解したのか、慌てて姿勢を正した少女は、この場を取り繕うと口を開く。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。
私、一年の田中亜里沙と申します。
以後、お見知り置きを。」
そう言うと、亜理沙は深々とお辞儀を……土下座のような最上級の日本人の挨拶を、ベッドの上でユーミリアへと向けた。
「へ!?」
ユーミリアは思わず、そんなとぼけた言葉が口から滑り出す。
「あの……ですから、私、田中亜里沙と……。」
聞きづらかったかしらと、頭を上げて改めて自己紹介をし直そうとした亜理沙の言葉を、ユーミリアは遮った。
「あ、いえ。聞こえてましてよ。
ただ、聞こえていたのですが、耳慣れないお名前でしたから……つい。
……私はユーミリアと申しますの。こちらこそ宜しくお願い致しますわ。」
ユーミリアは手でスカートの裾を広げながら、深々と頭を下げる。
そして、頭の中で思考を錯誤させる。
(……。ナンデニホンメイデスカ?
転生ではなくて、トリップパターンですか!? トリップで乙ゲーの主人公? あんまり聞かないですね。
いやはや、この子が世界を書き換えた可能性もあるのですよね。
その場合なら転生パターンよね。 なら、ドウシテナマエヲソレニシタ!?
明らかに縦文字でしょ。あの発音。
周り見てくださいよ! みんな横文字ですよ!? ゲームを書き換える時点で、そこは合わせましょうよ!
前世の名前に愛着があったとしても、せめて、トゥナーカ・アリーサとかそれっぽく変えて下さい!
それとも、あれですか?
主人公の出身地と設定されている隣国は、みなさん名前が縦文字なのでしょうか? でもそれだとすぐに隣国の出身だとバレますよね……。
はっ! ここで補整!? バレバレなのに誰も気づかないとかいう、補正効果!?)
頭を下げたまま固まり込むユーミリアは、明らかに混乱していた。
「あの……。」
彼女の様子に、亜里沙は戸惑う。
「あら、申し訳ありません。私、立ちくらみがしたのかしら。」
急いで頭をあげたユーミリアは、気分の悪そうなふりをすると、片手で頭を抑えた。
「……ユーミリア……病弱……。あ! 魔術団長の娘!?」
少し考え込んでいたアリーサだが、またもやクワっと目を見開くとユーミリアを凝視する。
(怖いですよ。その顔……。)
ユーミリアは“これこそ必ずアドバイスしなきゃいけないことよね”と、目を見開かないようにと彼女を悟そうとした。
「アリー……。」
「あなた! ライバルでしょう!?」
だが、そんな彼女のアドバイスを聞くことなく、反対にアリーサがユーミリアを指摘する。そして、人差し指をユーミリアへと突きだすのだった。
(……隠す気なしですか――い。でも、残念。私はライバルにもなりえないただのモブよ?
あまり、ゲームの内容に詳しくないのかしら。
ということは、トリップパターンが有力そうね。……だとしたら、世界を書き変えたのは誰……?
ていうか、ここがゲームの世界だって“私”は知らないはずよね。どうして、この子、初対面の人にそんなこと言うのかしら。それとも、私が転生者だと気付いてる?)
ユーミリアは訝しげ彼女の様子を窺う。
「私、ライバルとは仲良くしないの!」
「……。」
そう宣言した彼女を、ユーミリアは遠い目で見つめた。もはや、彼女が何を考えているのか理解不能だったのだ。




