12.保健室にて
「ん……。」
保健室のベッドにかかるカーテンの向こう側から、女性の呻き声が聞こえた。どうやら少女が意識を取り戻したらしい。
「お。起きたのか?」
その彼女の声に反応したルイーザが、脇にあるカーテンへと手を伸ばす。
「ルイーザさんっ。ちょっと待ってくださいっっ!」
慌てるユーミリアは、彼の手を止めようと急いでルイーザとカーテンの間に割り入る。そして、両手を大きく広げると、少女を守るように彼の前に立ちはだかった。
彼女の後ろでは、カーテンがヒラヒラと風に揺れる。
彼女の行動に驚いた彼らは、一様に目を見張った。ユーミリアが、ひどく狼狽していたのだ。
「ん? 嬢ちゃん、どうしたんだ?」
そんな中、一番身近にいたルイーザが、彼女を訝しげに見つめながら伺う。
ユーミリアはしどろもどろしながら答えた。
「いえ、あの……。
中にいらっしゃるのは女性ですし、いきなりカーテンを開けるのはどうかと。」
「え? ああ……そうだな。」
彼女の拙い言い訳に、彼が同意を示す。それに調子づいた彼女は、墓穴を掘ってしまった。
「そうですわ。それに、ほら、私が診ますわ!」
と、図々しくも治療を申し出たのだ。いくら先駆者と言えど、今は先生と生徒。彼は彼女の言葉に眉を潜めた。
そうとは知らず、ユーミリアは任せて下さいと言わんばかり、胸を張る。
それを見たルイーザは一呼吸置いた後、ゆっくりと言葉を繋いだ。教師としての威厳を保とうとしたのだ。
「ユーミリア殿、心配しなくても大丈夫ですよ。
この職には就いたばかりだが、もともと医学の心得は何年も学んでいる。その点で言うと、君より先輩かもしれない。
それに直にユーミリア殿の治療を受けていたんだ、最新の治療も施せると思ってくれてかまわない。」
ルイーザが真剣な眼差しで、ユーミリアを見つめ返した。
その力強い威圧に、ユーミリアは少したじろいだ。彼のプライドを傷つけてしまったことに気づいたのだ。
「い……いえ、心配などしていませんわ。
この職に就けたのですもの、私よりもだいぶん医療に詳しいのだと思います。
それに、ルイーザ様は魔力持ちでしたのね。拙い私の治療を受けて頂き、感謝しております。」
焦る彼女は、謝罪を込めて頭を下げた。
だがそれを受けたルイーザが、今度は反対に大袈裟にかぶりを振る。
「そんな恐れ多い! 私はまだまだユーミリア殿には到底及びませんよ!
ただ、教師としての威厳を保とうと思ったまでです。
施術に関しては、君の右に出るの者はこの国にはいないでしょう。」
「そんなことは……。ルイーザ様のほうが、よほど。」
「いえいえ、私はユーミリア殿と同じ土俵に立てるとも思ってはいませんから。」
「そんなご謙遜を……。」
「謙遜ではありません。事実ですよ。」
「いえいえ。」
「いやいや。」
「……。」
(何ですかこのやり取り。日本人ですか!?)
彼とのやり取りを一通り終えたユーミリアは、いつのまにか曲げていた腰を正し直した。ピンと背筋を伸ばし、低くなっていた姿勢を改めたのだ。そして、彼女はルイーザに意見を述べる。
「えっと、お話が反れましたが、実力云々ではないのです。
やはり倒れられたのが女性と言うことですし、ここは私が診ようかと思っていたのです。ですから、ルイーザさんの力量を疑ったのではないのです。」
と、ユーミリアは彼の顔色を探るようにしながら言ったのだった。相手の反応を窺っていたのだ。
そんな彼女の申し出をよそに、彼は豪快に笑うと彼女の肩を大きく叩いた。
バシ バシ バシ
「いえいえ、これから先、女生徒を診なければならない機会はいっぱいあるのです。
その度にユーミリア殿をお呼び立てするにもいけませんし、今回のことも心配に及びませんよ。」
「そう……ですが……。ではせめて、彼女とお話を……。」
肩をさする彼女は諦めることなく、なおもルイーザに食らいつく。
ユーミリアは、もしベッドに横たわる少女が主人公ならばと、彼を懸命に遠ざけていたのだ。
なぜなら、本来の養護教諭と実際のとでは、外見も内面も大きくかけ離れていたからである。想像どうりの人物が現れないことで、主人公が混乱してしまうのを彼女は防ぎたかった。そして、これ以上、ゲームと筋書きが違う現状を嘆き、改めて世界を書き変えられるのを彼女は恐れていたのである。
(すでに、クレメンス様は教室に現れませんでしたし、馬車には轢かれてしまいましたわ。……でも、後者は自分のせいだと解りますわよね。そしてルイーザさん。彼のことは“筋トレが大好きらしいですよ”とか始めに言っておけば、誤魔化せるのではないでしょうか。)
そんなことを彼女は考えていたのだ。
「私は構いませんわ!」
その時、可愛らしい声がカーテンの向こうから放たれる。どうやら、倒れた少女がいつの間にか起き出していたらしい。
世界のためにと、ルイーザがベッド際へと行くのを防いでたユーミリアだったが、その努力も泡になろうとしていた。
「先生! 入って下さいな!!」
その少女は勢いよくルイーザをベッド脇へと招き入れる。
「お……おお。じゃ、入らせてもらう。」
急に少女に指名されたことでうろたえるルイーザも、患者を診るためにとベッドのカーテンへと手をかけたのだった。
カラカラカラカラ
「ギャ――――!!!!!」
室内に少女の悲鳴が響きがこだました。
(わあ……どうしましょう。)
ユーミリアは一人、口元をひきつらせるのだった。




