表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/73

11.再登場

 「その子に治療をさせるのですか?」


 疑念のこもった低い声が、室内に響く。

 クレメンスの背中越しに聞こえるそれに、ユーミリアは戸惑いを隠せなかった。なぜなら、その声の持ち主は、彼女の聞き間違いでなければ彼女の恩人の“工房の親方”なのだ。

 そうである。彼女が瓶造りをするために借りていた下町ある工房の持ち主ルイーザ。

 (え? なんで彼がここに居るのでしょうか。

 新入生の親? でも、なぜ保健室に……。あ、主人公の親! そうですわよ。だから、ここまで心配で来たのですか。そういえば、主人公は下町出身。ルイーザさんの工房も下町にありましたわよね。

 ……私、自ら主人公の家族と関わりを持ちにいったのですね……。世間って狭いですわね――。)

 ユーミリアは遠い目をした。


 コツコツ コツコツ


 室内に足音が響く。


 「そんなことをさせるつもりで、ここに連れて来た訳ではありません。」


 マルコスの不躾な言葉が、彼女の耳に届く。どうやら、ルイーザの質問に彼が答えたらしい。そして、その言葉にユーミリアは驚きを隠せなかった。主人公を治療するために自分はここに呼ばれたのだと、彼女は思っていたのだ。


 「どこの骨とも分からぬ人物に、慈悲を掛けてやる必要などないのです。」


 そんなマルコスの呟き声に、またしても彼女は耳を疑う。

 (え――!? 隣国の姫君ですよ? 気づいてなかったのですか!?

 ……そうですわね、正体は主人公本人がばらさないと分からないんですのよね。

 でも、何かしらこの少女の価値を見出して、治療をさせようと私を呼んだのではないのですか!?

 なのに、価値がないから治療をする必要はないですと!?

 ……マルコス様らしいですけど……。ですが、でしたら何故、私はここに呼ばれたのでしょう。

 それに、そんな大きな声で呟いたら、彼女に聞こえてしまうかもしれませんよ!)

 ユーミリアは頭を抱えた。


 「マルコス様。」


 戸惑う彼女は、マルコスの様子を窺いながら彼の名を呼ぶ。


 「ユーミリアじょ……。」


 彼女の呼びかけに、マルコスは微笑みながら振りむくも、すぐに表情を強張らせた。彼女との間に、クレメンスが立ちはだかっていたのだ。

 顔を怒らせたマルコスは、邪魔者を睨む。


 「あの、マルコス様……。」

 「……ユーミリア嬢。意見があるなら、きちんとした体勢でものを言うべきではないですか?」


 マルコスは冷たい表情のまま、ユーミリアに言い放った。

 それを受けたクレメンスが咄嗟に身を乗り出す。だがユーミリアが彼の袖を掴み、それを思い留まらせた。これ以上彼に迷惑を掛けたくない彼女は、目で“大丈夫だから”とクレメンスに合図をしたのである。

 彼女の強い意志を持った目に、彼は呆然と立ち尽くすしかなかった。自分から離れて行く彼女に、彼はなすすべが見つからなかったのだ。


 ユーミリアはクレメンスの傍を離れると、マルコスに耳打ちをするべく彼に顔を近づける。


 「マルコス様、差し出がましいようですが、貴方様はこの方の素性を全く知りませんのよね?

 でしたら、価値ある人物の可能性があります。必ずしもそうとは言えませんが、恩を売っていても損はないのではしょうか?」


 と、彼女は彼に囁いた。この少女が本当に主人公ならば、隣国の王女の不興を買ってはならないと、ユーミリアなりに思案していたのだ。


 「…………。」


 マルコスが押し黙ったまま、彼女の目をじっと見つめる。

 そんな彼の態度に、ユーミリアは緊張を走らせた。


 「すみません、本当に差し出がましかったです。」


 彼の強い視線に耐えられなくなった彼女は、彼から急いで顔を離すと、目線を下ろして後ずさるのだった。

 (私、なんてことをしてしまったのかしら……。)

 ユーミリアは焦った。

 そんな彼女に、マルコスは口を緩めると優しく言葉を掛ける。


 「いや、怒ってなどいない。君からそんな発言が聞けるとは思わなかったから、少し驚いただけだ。」


 と彼は彼女を労わった。それどころか、本当に驚いていたようで、マルコスは眉を少し上げていたのだ。ユーミリアはその彼の意外な表情に、反対に驚かされる。


 「さすが女神さん! 治療を行うために、彼を説得するとは!」


 そんな困惑した空気が立ち込める室内に広がるのは、担ぐような明るい呼びかけ。ユーミリアはルイーザの失言に固まる。


 「……。」


 彼女の頭の中で、グルグルとドス黒い渦が巻き始めた。


 「女神さん?」

 「女神……。」


 そんな中、エルフリードとマルコスの呟く小さな声がユーミリアの耳に届く。

 (イ……イヤ――!!

 違います!! 違うんです!! 自分で名付けた訳でも、喜んで名付けられた訳でもないんです!!

 エルフリード様……マルコス様……引かないでください……。)

 落ち込むユーミリアは、ルイーザに八つ当たりをした。


 「ルイーザさんこそ、なんでこんな所に居るんですか!? 保護者なら、体育館で待ってて下さい!!

 って言うか、娘さんが心配だからって、のこのこ保健室に来てどうするんですか? 過保護ですか? 親ばかですか!?!?」


 子供が心配で保健室に見に来るのは当然のことなのだが、今の彼女は羞恥心で頭がいっぱいだったのだ。

 そんないつもとは違う彼女の様子に、部屋に居た皆が心配そうな表情を浮かべてユーミリアを見つめる。

 (……誤爆しました。)

 彼らの憐みの浮かぶ表情に、彼女はここから逃げ出す方法を考える。部屋が無言の空気で包まれた。


 「……ルイーザ?」


 その沈黙を破ったのはクレメンスのふとした一言だった。


 「はい。なんですか? でも、後ろに“先生”を付けて呼んで下さいね。」


 (先生?)

 ルイーザの一言に、ユーミリアは耳をぴくつかせる。


 「あなたは……以前、治療を受けた?」


 何かに腑が落ちた様子のクレメンスは、驚いた表情を浮かべてルイーザに問いかけた。


 「? おお! 君は助手の……。」

 「クレメンスです。」


 彼はルイーザの言葉にかぶせて自分の名前を伝える。


 「クレメンス? そんな名前だったっけ? たしか……。」

 「クレメンスです。」


 またしても、彼はが相手の言葉にかぶせてきた。どうやら彼もまた、付けられた自分の偽名を気に入っていなかったらしい。


 「そうか。じゃ、めが……。」

 「ご紹介遅れました。私、ユーミリアと申します。今年から、この学園に入学してきました一年生です。宜しくお願い致します。」


 彼にならって、急いで気を取り戻した彼女もまた、自己を紹介して深々と頭を下げるのだった。


 「……ああ、世話になる。俺は今年からこの学園に養護教諭として入ったルイーザだ。宜しく。ちなみに、新入生の親御さんではない。」


 ルイーザは彼女の挨拶を合図と取ったのか、自分もクレメンスとユーミリアに頭を下げた。そして聞き流していた彼女の不満にも、一応、彼は訂正を入れたのだった。

 すでに、エルフリードとマルコスには挨拶を終えていたらしく、二人はその様子を一歩引いた所で見守る。

 そんな中、彼女は何処かに向かって訴えた。

 (ゲーム補正さん!! どうしたのですか!?

 養護教諭って……養護教諭って……なんで攻略対象“其の五”がルイーザさんなんですか!!!

 こう言っちゃ何ですけど、ルイーザさん、イケメンですか!?

 よくよく顔を見ればルイーザさんも端正な顔づくりで、掘りも深くてかっこいい顔をしてますけど……

 ……ルイーザさんもイケメンでした!

 でも、筋肉もりもりのおじさんではないですか!?

 いえ、おじさんが悪い訳でも、筋肉もりもりが悪い訳でもありません。

 私だってダンディーな枯れ男にはときめきますもの! クレメンス様の筋肉にはときめきますもの!!

 でも……でも……ゲームで攻略対象其の五と言えば、人生に疲れたような気だるい雰囲気の、銀髪長髪の綺麗め系大人で……。

 曲がり曲がってもルイーザさんみたいに“人生楽しんでます!!”的な健康優良大人ではないのです!!

 たとえ髪が銀色でも!!

 ああ……心身ともに健康不良大人を期待していましたのに……。

 それにしても、どちらなんでしょう。

 もともと“其の五”はルイーザさんで、ルイーザさんの外見中身共にゲーム設定とは変わってしまったのでしょうか。

 もしくは、“其の五”が別の人物の予定だったにも関わらず、ルイーザさんに代わってしまったのでしょうか。

 ……まあ、どっちでもいいんですけどね――。

 鹿の森の封印が解けたせいで、補正が効かなくなっちゃったのですかね――。)

 彼女は少し、いじけていた。そして、私のせいじゃない、私のせいじゃない、私のせいじゃないと念仏のように何度も心の中で、彼女は呟いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ