09.殿下の想い
エルフリードは目の前に立つユーミリアを見つめた。
小さい頃から儚げで、すぐに折れてしまいそうなくらい繊細で、それでいて可憐なユリの花ようにひっそりと咲く彼女は、高等部に上がってもその存在は健在だった。
保護欲を掻き立てられると噂される彼女は、同世代もとより一回りも二回りも年の離れる男どもにも常に人気があった。
(ふん。守ってやりたいなどと表向きはそう言ってるであろうが、実際は下心丸見えではないか。)
そう言う男達が彼女を見る目付きは、欲望が煮えたぎってるのをエルフリードは実際に何度も目の前で見てきたのである。
彼らは言葉巧みに彼女を父親共に公の場に招いては、彼女や彼女の父親に気に入られようと画策していた。
彼女の父親はそれに気づいており、敢えて娘を利用しているようであった。
娘のおかげでいろいろな人物と会う機会が増え、人脈や仕事の交渉に精を出しているようだ。
(自分の娘も餌に使うとは、さすが団長なだけのことはあるな。
それにしてもあの連中ども、いい歳こいて何をしているのだ。ロリコンが。)
エルフリードは何度となく、そんな悪態を心の中で彼らに吐いていた。
だが、そんな戯れ言もここ最近はなりを潜めた。
年を追うごとに彼女の表面には芯の強さが滲み出して来ており、ただの飾り花ではなく、強く存在を放つ大輪の花になろうとしていたのだ。
しかも身体つきも素晴らしくなり、大人に遜色ない色気を放ち出していた。
小さい頃は“愛人に”と言う声が多く、魔術団長の娘をそんな地位には置けないと言う理由で、表立って彼女を奪おうとするものは周りには居なかった。
だが、婚姻可能な次期が近付くにつれ、“愛人”としてではなく“妻”として迎えたいと多くの男性が言い出したのである。
今頃気づいたのかと、はじめは鼻で笑っていたエルフリードも、すぐにその変化が喜ばしいものでわないことに気付く。
『魔力を所持するものは、その力を制御することに全神経を集中させるため、学園で魔術の制御を身につけるまでは幾人たりとも婚姻関係をもつことは不可である。』
そんな国律をエルフリードが急いで造らせたのも言うまではない。
でもその効力があるのも卒業までのあと三年間。
エルフリードは、どうにかして彼女には、生涯の伴侶となる相手を自らの手で探して欲しかった。
それが彼に出来る、精いっぱいの配慮であった。
本来ならば、彼は自分の手で彼女を幸せにしたかったのだ。
だが、それは叶わないのであろうとエルフリードは諦め掛けていた。
(どうして、こんなにも離れてしまったのであろう。)
彼は彼女を見つめる。そして、後悔していた。マルコスに彼女に近づいてはいけないとは言われた時、どうして従ってしまったのであろうと。
まだナターシャとも婚約してない、小さな子供。あの頃は彼女の隣に彼が居ても、おかしくはなかったのだ。もっと長い間、周りを気にすることなく彼女を傍に置いておけば良かったと、彼は悔やんでいたのだ。もちろん、幼馴染の友達と認定されただろうが、それでも彼にとっては充分だった。
今の他人のような関係よりは。
だがその貴重な時間を逃してしまったことで、彼女の隣に立つことは、もう彼には叶わなくなった。
今さらと笑われるかもしれないが、彼女を王妃に仕立てるためにも、彼は画策していた。この数カ月、ユーミリアの功績や立場、彼女を妃にした場合の展望を、エルフリードはとくと王である父親に話したのだ。
途中、彼はどうして子供の頃からからそうしなかったのかと自己嫌悪に陥りそうに何度もなった。だが今は落ち込んでいる場合ではないと、彼は執拗に王に面会をし続けた。
だが、結局のところ、彼の婚約者が彼女に代わることはなかったのだ。
“自分の国が国であるためには、ユーミリアとは適度に距離を保つべきである。”
それが父親の言葉を彼が自分なりにまとめた結果であった。
(ユーミリア。君は一体何に巻き込まれているのだい?)
エルフリードは心配な眼差しで目の前に居るユーミリアを見つめる。
それに対し、彼女は幼い頃から変わらない、見ていて心休まる笑顔で、それでいて最近は少し熱が混じり込んだ、色っぽい笑顔でエルフリードを見つめ返すのだった。
(この笑顔が独り占め出来るのなら、私はどんなことでもするであろう……。)
そんな王太子らしからぬ考えが頭の中をよぎり、エルフリードは自嘲した。
その時、エルフリードは強い視線を感じる。
顔をあげた彼の目には、鉄をも射ぬけるぐらいの鋭い眼差しを湛えるマルコスの顔が映った。
主人の考えることぐらい、彼にはお見通しのようだ。
(ふっ。あいつが王になった方が、よほど国民のためになりそうなものを。)
エルフリードは誰にも見られぬ様、苦笑いを浮かべると、改めて周りを見渡す。そして、息を吸ってから言葉を放つ。
「中に入ってくれ。」
落ち着きを払った口調で、エルフリードは廊下に居た三人を保健室内へと誘導したのだった。




