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04.殿下のわがまま

 学園への入学準備のためと、ユーミリアは早々に殿下の会を辞退する約束を父親に取り付けた。もちろん、殿下に会わないようにするため、というのが彼女の一番の理由ではあるのだが。

 彼女はここぞとばかり、城内の図書室で勉強に励む。編入という形をとるため、授業に遅れまいと自分なりに学習を進めているのだ。

 恥を晒した図書室に顔を出すのは、抵抗があったがユーミリアも、いざ行ってみればどうってことない。人の噂は七十五日というが、元々、王宮の図書室には本の虫しかいないためか、誰も彼女のことなど気にも掛けていないのだ。

 日が昇るにつれ、外はうだるような暑さになり、窓から見える庭の人陰は太陽が頂上にくる頃には全く見られなくなる。

 一方、図書室は常に心地よい風が吹き込んでいた。そのお陰で、ユーミリアは暑さを全く感じることなく、黙々と分厚い本を読み進めることができたのである。

 ふと本から顔を上げたユーミリアは、窓の外を眺める。

 (この窓越しに殿下から指輪を貰ったのよね……。もう遠い昔のよう……。)

 彼女は心が強く締め付けられるのを感じた。



 「ユーミリア。」


 突如、彼女は呼び掛けられる。ユーミリアの振り向いた先には、声の主、彼女の父親がいた。


 「お父様……何かご用でしょうか?」


 多忙の父が図書室にいるという、珍しい光景に、ユーミリアは父親をまじまじと見つめ返す。


 「陛下から、お前に会いたいと申しつかった。急だがこれから陛下の元へ行く。よいな?」

 「え……ええ。もちろんですわ。ですが、私……編入がいけなかったのでしょうか??」


 ユーミリアは急いで本を片づけながら、父親に問いかける。陛下からわざわざ呼び出されるなど、何か粗相をしてしまったに違いないと考えたのだ。


 「さあ。私にも分からん。編入に関してだとしても、王から直々というのもおかしな話だ。だが、それぐらいしか思いつかんしな。」


 父親も皆目検討が付かないようで、肩をすくめる。



 ユーミリアたちが謁見の間に通されると、中央に座している陛下の傍らには、殿下が控えていた。彼女は疑問の目を彼に向ける。いつもならば、この時間は殿下の会が開かれているはずなのに、と。たが、彼女の視線に気づかないのか、エルフリードはじっと前を見据えたまま彼女に一瞥も与えなかった。


 「陛下、この度は……。」


 ユーミリアがエルフリードを気にしながらも、膝をおって挨拶を始める。だが、陛下がそれをすぐさま遮ってしまう。


 「ああ、堅苦しい挨拶はよい。今日は君に願いがあってここへ呼んだ。」

 「……はい。」


 ユーミリアは陛下の命に従い、顔を上げる。


 「学園入学の件だが、来年に引きのばす。よいな?」

 「え……。」


 エルフリードが気まずそう目線を反らすのを、ユーミリアは視界の端でとらえた。


 「まあ……わしの我儘じゃ。その代わり、魔力制御の件はすぐに解除する。そなたの親の希望は“早く魔術の勉強を”なのだろう? これで解決じゃ。では、下がって良い。」

 「え……はあ……。」


 有無を言わせぬ勢いのまま、陛下との面会が強制的に終わり、ユーミリアは釈然としないも退出を余儀なくされた。



 「ユーミリア!!」


 彼女の父親と別れたユーミリアが謁見の間を背に、一人廊下を歩んでいると、エルフリードが彼女の後ろから駆け寄る。彼は息を切らしていた。どうやら彼女が部屋を去った後、急いで追いかけて来たらしい。


 「殿下!? どうされました? そのように急がれて……。」

 「え? あ、ああ。すまない、特に用はないんだ。その……これからいつもの集まりがあるのだが、一緒にいかないか?」

 「え? ……ええ。今日は始まりが遅いのですね。ありがたきお言葉。では、ご一緒させていただきます。」


 ユーミリアは深々とお辞儀をし、エルフリードの斜め後ろに控える。


 「ユーミリア……隣ではいけないのか?」


 彼がぼそりと呟く。


 「め……めっそうもありません! 私ごときが。」


 隣に並んでしまったら、貴方の笑顔に打ちのめされてしまいますわ!! と、ユーミリアは一歩後ろを歩くのだった。


 「だったら!」


 彼女の態度に心を痛めたエルフリードは、ユーミリアの手を強引に握りしめた。そして、勢いよく彼女を自分に引き寄せる。

 ユーミリアは彼の横に並び、ぴったりとくっついて手を繋ぐ。

 彼女が慌てて彼を見上げるも、エルフリードが彼女に顔を向けることはなかった。だが、彼の耳がほんのりと赤くなってるのを見つけてしまったユーミリアは、そのまま抵抗することなく彼と目的地へと連れだって歩くのだった。

 (もう! この強引さ、好きになってしまいますわ――――!!!)

 彼女は心の中で強く叫んだ。



 「で……殿下……。」


 漸くして、この状態に少し慣れてきたユーミリアは、恐る恐る彼に声を掛けた。やはり、この状態は不味いような気がしてきたのだ。


 「……。」

 「え?」


 彼女の声が届いているはずなのに、エルフリードは返事を返さない。再びユーミリアは彼の顔を見上げた。どうしたのかしら、と。だが、横顔からでは彼の表情は読みとれなかった。

 次の瞬間、ユーミリアは自分の手がギュッと握りしめられるのを感じた。


 「……エルフリード。」


 彼がそう、ぶっきらぼうに呟やく。

 (名前で呼んで欲しいってことかしら?)

 なおも無表情を貫く彼の横顔を、ユーミリアは見つめる。


 「エルフリード様?」

 「なんだい?」


 ユーミリアの声掛けに、彼が満面の笑みで返事を返す。彼の笑顔を間近で受け、彼女は大きく心臓を打ち抜かれた。

 (……こ、ここで負ける訳にはいかないわ……。)

 彼女は体勢を立て直すと、なんとか言葉を繋ぐ。


 「このように目立つと私は辛いのです!」


 ユーミリアは眉尻を下げて、彼に訴える。


 「目立つ?」


 エルフリードは歩みをやめると、彼女の言葉を理解しようとユーミリアをまじまじと見つめ返す。


 「はい、手を……繋ぐとか……。」

 「え? いいではないか。ユーミリアは僕が大切にしている人なのだと、周りに分かって貰えるんだから。」


 そう言うと、エルフリードが無邪気にはにかむ。

 (キュン死にしてもいいですか。……いやいや、負けてはいけませんは……。)

 ユーミリアは決死の覚悟でさらに言葉を繋ぐ。


 「私にも事情があるのです!」

 「事情?」

 「はい。女同士の争いはもう始まっているのです。せめてナターシャ様も傍に……私と同じように扱って下さい。そうでないと、私の立……。」

 「だが、きみはナターシャと違って身体が強くないであろう?」


 エルフリードが彼女の言葉に被せるようにして反論を返す。

 (うう……最後まで言わせてください……。せっかくの私の覚悟が……。)

 ユーミリアは拳を握ると、なんとか自分を奮い立たせた。


 「大丈夫ですわ! がんばって体力を付ければ克服出来るかもしれません! だから、妹のように大切にしていただかなくて結構ですのよ。」


 ユーミリアは無理に笑顔を作ると、小さく笑った。


 「妹……。」


 エルフリードは思い当たる節があるようで黙り込んでしまう。

 (やはり私は、家族以上の愛情は貰えないのでしょうね。ずるいかもしれないけど、ここで彼にはネタばらしをさせて下さい。)

 ユーミリアは、彼が無言で固まるのを眺めながら、その場を見守った。彼女は笑顔を保ちつつも、心は鉛のように重たくなっていた。



 「でも、体力……スチューワートは“極力運動をしない様に”って言ってたけど?」


 急に正気を取り戻した彼は、彼女の言葉を追求した。


 「え……あ……はい!! 殿下付きの医師にわざわざ私まで看ていただけるなんて、大変感謝しております。とは別に、最近、図書室で病気に対する本を読んで……それには私と似たような症状が書いてありまして、体力をつければ克服できる可能性があるとも書かれていたんです。」


 ユーミリアは嘘がばれるまいと、一気に言葉を繋ぐ。


 「本? ぜひ見せて欲し……。」

 「それが、いろいろ本を探しているうちに別の所に片づけてしまったみたいで、場所が分からないのです。」


 焦る彼女は、彼の言葉を遮りながら必死に言い訳をする。


 「こら……ユーミリア。人の話を遮ってはいけないんだぞ。」


 エルフリードは怒ったふりをして、軽く彼女のおでこをコツンと叩く。


 「あら、まあ……。ふふっ」


 彼を心の中で窘めといて私も彼の言葉を遮るなんて……と、ユーミリアはたまらず噴出してしまう。そんな彼女のほころぶ笑顔を見たエルフリードもまた、表情を緩める。


 そのほのぼのとした空気が、ユーミリアの心をまたしても蝕み、彼女は心の中でそっと涙をこぼしたのだった。



 それからというもの、殿下がユーミリアを傍に控えさせる時には、必ずナターシャも一緒に呼ばれるようになった。

 ナターシャの明るい性格、はたまたおしゃべりな性格が功を制して、三人でいる時はナターシャが喋り、エルフリードが相槌を打ち、ユーミリアがその様子を見守る。という関係ができあがった。

 (これで、殿下のキラキラにやられなくて済むわね。この前の“妹”発言も効いたみたいだけれど……これで良いのよね……。)

 彼女は、これが最善の道なのよと、何度も自分に言い聞かせた。

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