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05.伯爵家次男のルート

 豪華にあしらわれた門の前で、ユーミリアは豪然と目の前にそびえ立つ学園を見上あげる。


 「……はあ、はあ、はあ、はあ……。」


 彼女は息を切らしていた。ここまでの道のりを競歩で貫いたので、すでに体力の限界まで来ていたのだ。

 (や……やっと着きましたわ。それにしても遠っ!

 寮と校舎、隣り合わせにしてくれてもいいですのに!! 何ですかこの無駄な距離感。学園の土地は広いんだぞアピールですかね!!)

 ユーミリアはぶつくさと文句を言いながら門を潜り抜け、真正面に構えられた校舎内へと足を踏み入れた。


 彼女は注意深く、建物の内部を見回しながら進む。

 記憶内の建物の造りと、実際の学園の内部を照らし合わせていたのだ。壁紙の色など細かいことは思い出せなかったが、確かに自分の記憶と重なる部分があると、彼女は精巧に再現された建物に少し心がひるんだ。

 彼女は戸惑う気持ちを叱咤し、ゲームの舞台となる教室へと急ぐ。シナリオ通りに進まないことで、もしかしたら生じるかもしれないバグを恐れていたのだ。


 記憶を辿って階段下へと辿り着いた彼女は、疲れた足に鞭を打ちながら三階まで上りきる。そして、左手すぐの教室に掛るプラカードを見上げるのだった。

 (「1-A」。……ここまで似せるなんて、さすがですわ。この扉の向こうで、捲りめくる愛憎劇が始まりますのかしら……。)

 ユーミリアはまだ見ぬもう一人の転生者の力に脱帽するも、湧きあがる不安な気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸をした。

 (此処まで正確に造り上げることが出来るなんて、この世界を書き変えた方は権力の中枢を網羅なく掌握しているのかしら?

 それとも、細部に渡ってこの世界を作り替えてしまったのか。……その方が鹿が焦りそうね……。

 はあ。それにしても、春だと言うのに暑いわ。もう半袖でも……あ、そうですわ、早足で歩いて来たから、体温が上がってしまたのですわね。

 あ――腕が特に暑いですわ。どうして湯たんぽなんか持って来てしまったのでしょう。朝が寒かったから布団から出るときに抱えて来てしまったのかしら。……。え? 湯たん……ぽ?)

 ユーミリアはそっと自分の左腕を見つめる。

 彼女腕の中に湯たんぽなどあるはずもなかった。そもそもこの世界に湯たんぽは存在しないのだが、もう一人の転生者の事を考えていたために前世の記憶が流れ込んできていたのであろうか。

 (う……腕……。)

 彼女は自分が抱えているものに目を見張った。男子のブレザーの袖に包まれた逞しい二の腕が、彼女の腕の中にあったのである。

 ユーミリアはねっとりと腕に這わせていた視線を、少しずつ上に向ける。腕の持ち主を確認しようと、隣に居る男性の顔を見上げようとしていたのだ。

 (……。キャ――!! ですよね! やっぱこの腕の持ち主ってそうなりますよね!!

 が……がっしりとしています……。うわあ、やばいですね。美味しそうですわよ!)

 彼女の鼻から、息が荒く吹きだした。

 そんなことを彼女が考えているとは露知らず、クレメンスは目を細めて優しくユーミリアを見下ろすのだった。

 それが更に彼女を興奮させ、頭の中を真っ白にさせる。だが、思わず口の端からこぼれ落ちそうになった涎のお陰で、なんとか意識を取り戻した彼女は慌てて彼の腕から勢いよく手を離した。


 「もうしわけっ……。」


 ユーミリアはクレメンスに謝罪を入れようと口を開く。

 だが、思った以上に大きい声が出てしまったと、彼女は慌てて口元を覆い、自分の言葉を遮るのであった。なぜなら、廊下にいる生徒達が、一様に自分達の方を見ていることに気づいたのだ。

 実際は終始見られていたのだが、彼女らの目線にやっと今、ユーミリアは気づいたのである。

 そんな彼女に、クレメンスは、見ているこちらが蕩けてしまいそうなくらいの甘い笑みを、絶えず降り注ぐ。しかも彼は、あろうことか爆弾発言紛いのことまで言い出したのだ。


 「こうして君に触れれるのはいつぶりであろうか。以前、君を抱いたことがあったが、それ以来だね。

 あの時はすまなかった。貧弱で背もそれほど変わらない私に体を預けるだなんて、気が休まらなかったであろう?」


 と。

 (抱いた!?)

 ユーミリアはあんぐりと開いた口を気合いで閉じると、即座に間違いを正すために言葉を紡ぐ。


 「い、いえ……滅相もございません! 以前、倒れそうになった私を抱きかかえて(・・・・)頂いたときは、大変お世話になりました。かなりの安定感で、安心して体を預けることが出来ましたわ。」


 ユーミリアは口元から手を下ろすと、彼の顔を見上げながら、大きな笑顔を作って、そう大きな声で呟いたのだった。

 (クレメンス様、一体どうされたのですか!? 勘違いされてしまいますわよ!?

 廊下の隅で耳をダンボにしている人達が、クレメンス様の衝撃発言から未だ逃れられず、まだ目を見開いたままですわ!!)

 ユーミリアの視界の端には、驚愕している生徒の顔が映り込む。

 (私は勘違いからの強制婚姻でも構わないのですが!

 でも、クレメンス様、憶えていてくれたのですね。あれ以来、一度もお姫様抱っこした件について触れられなかったため、抹殺したい痛い記憶として彼の中に封じ込められたのだと思っていました!!)

 ユーミリアは嬉しさから顔が綻びそうになるのを、懸命に堪えた。これ以上、クレメンス様との仲を疑られては彼に迷惑が掛かると、気を使っていたのである。



 「おい……これって。」

 「まじかよ。」


 そんなこんなで、二人が廊下で、はたから見ればイチャイチャしているところに、閉められた教室の向こう側から聞こえる声が、水を指す。

 男子生徒であろうハスキーボイスのドン引きしている会話が、ユーミリア達の間に割り入ってきたのだ。

 (え!? やっぱり時すでに遅しです!? すでに主人公以外の人物が教室に入ってしまった模様です。

 ……主人公はクレメンス様狙いなのでしょうか……。)

 ユーミリアは目を伏せる。

 (でも、折角生けたのに、他の男子生徒のからかいを受けているようですわよ。

 そうでしょうね。きっと彼らは、教壇に飾られたタンポポに引いているのでしょうね。植物に優しいクレメンス様ならタンポポにも可愛らしいと言ってくれるのでしょうが、それ以外の貴族の方達からすれば、道端に生えてる花なんて、無価値に止まらずマイナスなのでしょうね……。)

 彼女には、目の前に広がる教室の扉が重くのしかかった。


 そんな彼女を心配するように見入るクレメンスは、首を傾げながらもそっと自ら扉に手をかけた。きっと、新しい教室だから入るのを戸惑っているのだろうと、彼は彼女の背中を押そうとしたのだ。

 彼女越しに扉を引く彼が、ゆっくりと入口を広げる。

 目の前の扉が動いたことで、驚いたユーミリアは顔を上げ、彼が開けてくれたことに気付く。

 呆然と見上げる彼女に、彼は見守るように強く頷いたのだった。


 「……あっありがとうございます!」


 彼女は顔を赤くする。


 「どういたしまして。私がいつでも傍に付いているから、心配はいらないよ。」


 彼女の可愛らしい反応に喜びを隠せないクレメンスは、人知れず心を躍らせた。

 そうとは知らないユーミリアは、彼の強い言葉に、教室に入る勇気を貰う。

 (クレメンス様、優しすぎますわ! 緊張していたのがばれてしまったのかしら。私ったら、彼に支えて貰ってばかりね。……でも……クレメンス様も主人公に会ってしまったら、人が変わってしまうのかしら。)

 彼女は目を伏せると、教室へと向き直る。

 そして、気合を入れ直したユーミリアは、緊張の面持ちで一歩、教室に足を踏み入れるのだった。


 そんな彼女の目に飛び込んで来たのは、黒板下の教壇のスペース。そこで男子生徒が二人、教壇を挟んで会話をしていた。

 教壇の上には当然のごとく花瓶があり、そこにはゲーム同様タンポポが……いや、ゲームとは違ってタンポポの花束がいけてあった。


 「……なぜ?」


 眉を潜める彼女は、思わずそう呟いていた。

 ユーミリアは教室を見回す。先程の男子生徒以外にも数名の生徒がクラスには居るようだが、そこに主人公らしき人物は見当たらなかった。

 (……いない?)

 疑問に思う彼女は、もう一度タンポポに視線を戻す。


 「五十本あったぞ。」

 「まじかよ!? お前、数えたのかよ!?」


 そんな彼女の耳に届くのは、男子生徒たちの呆れた声。

 ユーミリアは無言無表情で、これからクラスメイトとなるであろう人物達の会話を耳に、そのタンポポの花束を凝視する。

 (……あれですか? クレメンス様がなかなか登校してこないから“もしかして私が来るのが早すぎたせいかしら?”とか勘違いして、何回もタンポポを生ける場面を繰り返したパターンでしょうか?

 ああ、なんて不憫な考え方なんでしょう。同じタンポポを何度も使えばいいですのに! しかも、偶然折れてるタンポポなんて、そう何本もありませんわよね!?)

 ユーミリアは主人公であろう人物が《タンポポを探して→ちぎって→三階まで昇って→いけて→(……来ない。)→一階に下りて→最初に戻る》を繰り返していたかと思うと(しかも五十回も)、主人公が不憫過ぎて、自身の目じりに涙が溜まっていくのを感じた。


 「これは……。」


 ユーミリアの耳に、クレメンスの声が届く。彼女は勢いよく彼の顔を振り返った。ついにゲームがスタートしてしまったのだと、彼女は悲しみの目を彼に向けたのだ。

 (クレメンス様は感動しましたのでしょうか。そして“なんと心優しい人物が居るのだろう”とまだ見ぬ主人公に好意を寄せてしまうのでしょうか。)


 「なんと酷い。いくら道端に沢山生えているからといって、無闇に摘むだなんて。これでは枯れ果てて仕舞うではないか……。」

 「……。」


 クレメンスの表情は、苦虫を踏み潰したかのように歪んでいた。

 (……ですよね――。タンポポが“束”では、感嘆の溜め息なんて溢れませんわよね。植物愛が悪い方向に働いているようですよ――。)

 これでは好感度あげるどころか下げまくっていることに彼女は気づいた。そして、彼女は焦りだす。このバグの原因が自分にあることに気づいたのだ。

 (あれ、私、ただのモブだったのに、悪役に進化しちゃってる!? これっていずれ、“貴女のせいで!”とか言われて断罪されるパターン!?

 ……主人公さん、あなた様がこの花束を作ったとは絶対にばれませんよう、細心の注意を払わせて頂きます。だから、私を巻き込まないで下さい!!)

 彼女は天に願った。


 その時、急に室内がざわつき始める。


 「あれって……。」

 「ですわよね? エルフリード様の馬車ですわよね……。」

 「どうされたのかしら。校庭まで馬車で乗り入れるだなんて……。」


 教室に居た生徒が窓際に集まり、一様に校庭を見下ろしては何があったのかと話し混んでいた。


 「おい! 殿下の馬車の前に飛び出してきた不届き者がいるらしいぞ!!」


 その時、教室に勢い良く飛び込んできた男子生徒が、そうクラスの皆に伝えた。

 (え!? もしかして主人公!?)

 ユーミリアは勢い良く、廊下へと飛び出すのだった。

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