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04.伯爵家次男と女神

 多くの生徒達が学園へと向かう一組のカップルを凝視していた。

 彼らのことを気にしてないのは、外部生の、しかもかなり情勢に疎い生徒だけである。それほど、この組合せ、はたまた、そのカップルを構成している個人に意外性があったのだ。


 男性の方は、この学園の生徒会長シリングの弟。

 彼の兄は才色兼備で大胆に物事を運び、多くの者を常に侍べらしている。だが弟は兄とは全くの反対な性格のようで、冷静沈着で寡黙に物事をこなし、どちらかと言えば一匹狼と言うのが彼の周りからの印象であった。

 女性関係に関しても、印象そのままであり、彼は誰とも特別な関係は持とうとはしないようだ。

 中等部時代、特定の数名の女性徒と親しそうに話すことはたまに見られたらしいが、それは色恋沙汰を匂わすというより、同じ志を目指す者どうしが連絡事項を確認するかのような雰囲気だったらしい。

 真面目すぎて近寄りがたい。それが彼の評判であった。

 そんな彼が女性に腕をからめられ、嬉しそうに顔を綻ばしているのだ。

 しかも、その女性は“あの”ユーミリア嬢。


 彼女を一言で表すとすれば“女神”。

 それ以外に何も例えようがないと、皆は口を揃えて言う。あの美しさと慈悲深さ。傍に居るだけで心が癒される存在を女神と言わずして何と言おうと、生徒らは思っていたのだ。

 しかもいつの間にやら雰囲気だけではなく、彼女はついに本物の女神になってしまっていたようだ。


 数日前に発売された、魔術団からの薬は“奇跡”としか言いようがなかった。

 外傷にも病気にも効く万能薬。

 しかも、病気の人は健康に、健康な人は更に強い体になるらしい。まだ数日しか経っていないのに、すでに効果が出て来ている人もいるそうだ。そして何よりもみなの驚きが隠せなかったのは、その安さであった。

 今までの大体の薬と言えば、国民の平均収入の約一ヶ月分が普通であった。それも、一回では効かない、飲み続けなければならない薬。

 それなのに、魔術団の薬は一回飲むだけで、数週間は持つのだそうだ。しかも、大人の食事一回分の料金だけで。売れない筈がない。しかも大量に作れるらしく、一度瓶を購入すれば更に安い料金でそれに継ぎ足してくれるらしい。

 多くの者は、その薬を既に“神の水”と呼んでいた。


 そしてその瓶に描かれているのが、先程の女性、ユーミリア嬢なのである。

 団長の娘だからと言う理由だけが、彼女が万能薬のモチーフになった訳ではないのだろうと、国民らは疑っていた。

 ある下町出身の人々が瓶につあているラベルを見て“女神様”と呟き、涙を流していたと言う噂も国中に広まりつつある。

 そうである。彼女は名実ともに“女神”だったのだ。


 そんな彼女が自ら男性に腕を絡めて、歩いているのだ。注目を浴びない筈がない。

 だが、当の本人立ちはそんなことに全く気付いていない様子だった。

 ゲーム進行の妨げをしてはならないと、焦るユーミリアはまだしも、皆より一つ高いところから周りを見渡しているクレメンスまでもがそのざまとは、よほどユーミリアの腕ぐるりに浮かれていたのだろう。

 惚けた顔がそれを確実に表現している。

 だが、バカップルのような彼らがユーミリアの友達であるソフィーの横を通り過ぎたことで、それが解かれようとしていた。

 彼らの様子にぎょっとしたソフィーが、慌てて彼らに近づいたのだ。


 彼女は彼らに歩みを合わせながら、クレメンスの裾を小さく引っ張る。そして、ソフィーの存在に気づいて見下ろしてきたクレメンスの目をじっと睨み返すのだった。

 ユーミリアにばれないようにと、目で“何をしているの!?”と訴え掛けたのである。

 そんな彼女の様子に始めは目を丸くしたクレメンスだったが、現状を素早く把握したのか、暫し思い止まると不適な笑みを口元に浮かべた。

 ソフィーの目が次第に疑念の色に変わり始める。

 だが、クレメンスからは彼女にフォローを入れようという仕草は全く見受けられず、それどころか友達の所へすぐに戻るよう彼女に顎で指示を出してきたのだ。

 ソフィーは彼の横暴さに呆然となる。

 だが長年、会長として彼のことを慕っていたためか、体が勝手に動き、しぶしぶとではあるがソフィーは自分のグループへと戻って行ったのだった。


 彼女が自分のグループに戻ったことを確認したクレメンスは、いつもの無表情顔でユーミリアにチラリと目線を向ける。彼の斜め前では、普段はおっとりとしおらしい少女が、相変わらずきびきびと歩みを進めていた。

 その様子が愛くるしく、クレメンスは思わず口元を緩める。だがそれも一瞬。彼はすぐさま前に向き直り、今度は胸を張って堂々とした態度で彼女に連れだって歩くのだった。

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