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17.吹きガラスをしよう

 ルイーザが瓶製造の説明を一通り行うと、ユーミリアは早速ガラス瓶の製作に取り掛かる。

 途中、休憩を挟みながらもユーミリアは問題なく黙々と作業をこなし、昼前には十センチ程の瓶を五個作り上げることが出来た。


 「嬢ちゃん初めてなのに素質あるな。」


 ルイーザがそうユーミリアを褒め称える。

 建前的には、彼女は今回、二度目となる工房の訪問であり、吹きガラスは初めての体験となる予定であった。

 だが、実際はあの突然の転移陣で押し掛けから今日までの十日間、彼女は毎夜ここを訪れては人知れず地道に瓶作りの練習をしていたのである。もちろん、シリングの睡眠時間を削っての指導が彼女の腕前の根底にあることは、彼女ら以外は誰も知らない。

 その代償にシリングは転移陣を教えてと毎日のように彼女に迫っていた。だが、彼女は頑なにそれを拒否した。“我が家に代々伝わる秘術なのだから、興味本位で使われては困る”と。

 しかし、シリングが昨日の夜、壁ドンで彼女に迫った結果、ユーミリアは簡単に転移陣の内容を彼に教えてしまっていたのだ。さすが攻略対象のシリング。彼女にはイケメンのフェロモンには抗える術はなかったのだ。

 “時の狭間への行きかたは、その存在すら一ミリたりとも教えてないですもの!!”と、ユーミリアは自宅に帰ると自分を励まし、人知れず枕を濡らしていたらしい。



 「いえいえ。これも、才能? ですかね?」


 ルイーザの感心する言葉に、ユーミリアはウフフと遠慮がちに笑うも、自分を盛大に誉め称える。

 シリングの鋭い目線など気にもせず、昨日の仕返しとばかり、ユーミリアは胸を張ったのだ。


 「それにしても、健康的な肺ですね! 男並みの肺活量で、スムーズに造り上げることが出来ましたよ。」

 「え? 何とおっしゃりまして?」


 ユーミリアは“聞き間違いかしら”と思わずルイーザに聞き返す。だが、視界の端に笑いを堪えるシリングが映ったことで、その思いを改めた。

 (私、喘息持ちなのに……健康な女性を通り越して男性並みの肺活量……。)


 「いやいや、女神さん良い意味でですよ。」


 ルイーザは豪快な笑顔を彼女に向ける。

 彼女は顔をひきつらせ、乾いた笑いをルイーザに返すのだった。


 「では、我々はこれを魔術団の本部へ届けて参ります。ユーミリア殿、迎えの馬車をこちらへやります。少しお待ちください。」


 護衛は出来上がった瓶を大事そうに抱えると、そう言い捨て、屋敷の外へと飛び出して行った。


 「あ! ちょっと待って下さい!!」


 ルイーザは慌てて護衛たちの後を追いかける。



 「……どうしたのです?」


 彼らの去っていった方向に目を向けながら、ユーミリアは唯一部屋に残っていたシリングに声を掛けた。


 「あれ? 教えてなかったっけ? 一晩寝かせないと使えないよ。」

 「……聞いてません。」


 二人はドアを向いたまま、お互いに顔を合わさず会話を続ける。


 「まあ、何とかなるよ。それにしても騎士達、君に対して何も敬意を払ってないね。護衛対象を置いて行くなんて。君、かわいそすぎる。女神なのに小物感半端ない。」

 「……ですわね。そういえば、何故ポセなのですか?」


 ユーミリアはやるせない気持ちを押し殺すと、何となく頭に浮かんだ疑問を彼に尋ねてみた。


 「君が女神だから、俺は海の神にしようかと思って。」

 「……。海の神なのに略しちゃ小物感出ちゃいますわよ?」

 「そうだね。俺たち似た者同士だね。あとさ、もう自主練習に来ないでよ。もう大丈夫だろ?」


 彼女はくるりと彼に向き直る。


 「なぜですか? 全部一人で出来るようになるまで頑張りたいのですが。」


 詰め寄るユーミリアに、シリングもまた彼女の目を見つめ返す。


 「ねえ、君、一人で男のところに来るなって前に忠告しただろ? 昨日までは大目に見てたけど。」

 「大丈夫です! 私には転移陣がありますから!」

 「……俺ももう出来るんだけど。しかも、君とは違って、俺は下地なしに書けるんだよ?」

 「え? 何故シリング様と速さを競わなくては行けないのですか?」

 「だから俺も男なんだってば……。」


 シリングはため息を吐いて頭を抱えた。


 「え!? シリング様、私を襲えますの!? 蓼食う虫も好き好きですわね――。」


 嬉しそうに頬を染める彼女は、誰が見ても可愛らしかった。


 「たで? 君、前世はどうか知らないけど、ここでは一応美人でしょう?」

 「ふふふ。ですわよね――。シリング様ならそう思ってくれると確信していましたわ!

 この顔の小ささ! パッチりとした目鼻立ち! それにこのボンキュッボンのスタイル!!

 今ならモデルでもいけますわよ!?」


 ユーミリアは体のラインが強調するようなポージングをとり、彼に見せつける。


 「……なんか、本人が言うとひく――。」


 大きく後ずさるシリングをよそに、彼女は落ち込むかのように目線を下にずらすと、呟くのだった。


 「でも駄目なんです……。この世界、これでは駄目なんです……。」


 と。


 「え?」


 シリングは、彼女の声が聞き取れず、つい疑問符を投げかけた。だが、ユーミリアはそれを話の続きを促されたと勘違いし、誰に聞かれてもないのに喋りだす。


 「シリング様は気づいて居ませんの!? この世界はあれですわよ!!」


 ユーミリアは勢い良く顔をあげると、シリングに訴えた。


 「は? あれ?」

 「女性の場合、美人かどうかは肌の色が最終的には物を言うのです!!

 ほら、あれですよ、前世でもふくよかな人ほどもてるって国があったでしょ? 富の象徴みたいな? この世界は健康的な色の肌の人ほどもてるみたいです!!」

 「……はあ。」

 「私、ほら病気を患っていたこともあって、肌が人より青白いでしょう? だから誰も殿方が声をかけてくれないのです。最近やっと分かったのですが。

 ずっと悩んでいたのです、鏡の中の私は美人なのに、どうしてモテないのかな、と。自分を鏡で見るときだけ目にフィルターがかかってしまうのかしら、なんて考えてましたわ。

 でも、違いましたのよね。こんがり焼けた肌の……ナターシャ様みたいなかたが、この国では人気がありますのよね!」


 唇をかみしめる彼女は、心から悔しがっているようだった。


 「なんか大きく勘違いしてる気がする……。ま、いいやその方が面白そうだし。」


 シリングは彼女に聞こえないよう、ぼそりと呟く。

 なおも彼女は喋り続ける。


 「でも……解ってはいるのですが……肌は焼きたくないのです! シミが出来るでしょう!?

 だから私、この国で日傘を流行らそうかと思ってますの! そしたらこの国の女性の肌が白くなって、女性の肌の黒さのアベレージが下がる。そうなれば私もモテる! 良くありません?」


 彼女は目を輝かせて天を仰いだ。


 「自分を磨くんじゃなくて、周りを下げて自分を良く見せる。君、いい性格してるね――。」


 呆れ果てた彼は、冷たくそう言い放つのだった。

 シリングの的確な指摘に、彼女は慌てふためく。


 「ちっ! 違いますわよ! 皆さんの肌の為を思って!!」

 「さっき自分がモテるとか言ってたよね。でた――本性。」

 「……。」


 言い返せない彼女は沈黙を貫いた。


 「あ、また反省猿の格好してる。君、性格悪い上に、しつこいんだね――。」


 (また今夜も枕を涙で濡らしてもいいですか?)

 ユーミリアは壁から手を離すと、両手で顔を押さえながら転移陣に乗る。


 「あれ? いつの間に陣を書いてたの? 凄い早技。でも、迎えの馬車来ちゃうけどいいの――?」

 「……。」


 ユーミリアはそっと陣から降りると、顔から手を下ろして虚ろな目を晒す。そして、優雅に膝を曲げると、砂の上に書いてあった陣を素手で消し去った。


 「お迎え、遅いですわね。」


 そう言葉を紡ぐ彼女は、窓際に毅然と立ち、外の景色を憂いを含む眼差しで見ていた。


 「……そうだね。」


 そんなユーミリアに、シリングは憐れみの目を向けるのだった。

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