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03.殿下の贈り物

 王太子殿下が一カ月かけて遠方への視察へ行くとあり、交流会は一時休止となった。

 交流会休止の知らせを聞いたとき、ユーミリアは、交流会? 何それ? と、呟いた。どうやら彼女は交流会を、乳母のための保育園と勘違いしていたらしい。

 ユーミリアは交流会が休止の間も、ほぼ休むことなく毎日、父と共に城に出向いては図書室へと通っていた。


 「今日もいい天気ね……。」


 図書室の窓際に座るユーミリアは、庭に続く窓から空を眺める。空は雲ひとつなく、辺り一面は澄んだ空気が心地よい流れを生み出していた。

 多くの者が居るにも関わらず、図書館はシンと静まり返っており、耳を澄ませば小鳥のさえずりさえも聞こえそうである。



 「――様――!!」



 そこへ平穏を破る前触れかの如く、庭で放たれた大人の叫び声がユーミリアの耳に届く。まだ遠くに居るらしく、窓際に居る彼女でもその声の内容を上手く聞き取ることが出来ない。

 ユーミリアは窓枠に手を掛け、少しだけ首をだして外の様子を伺う。すると、そこへエルフリードがいきなり姿を現したのだった。


 「エルフリード様!?」

 「? あっ! ユーミリア!!」


 彼女の姿を見付けたってエルフリードは、嬉しそうに顔を歪めながらユーミリアのそばへと駆け寄る。


 「ど……どうされたのですか?」


 思いもよらぬ来訪に、ユーミリアは慌てふためく。視察に行っている彼が、突然現れたのだ。

 その時、彼女の鼻を草の香りが掠める。どうやら、エルフリードが匂いの発信源らしい。生垣をくぐったのか、彼の服や髪の至る所に葉っぱが付いていた。

 それに気付いた彼女は、愛おしそうに彼を見つめる。

 そんな彼女の目線の意味に気づかないエルフリードは、彼女の笑顔を単純に喜んだ。そして、彼もまた人懐っこい笑みを浮かべ、彼女の視界を陣取るのだった。


 「君の父上に聞いたら、きっとここだって。あ……君、もしかして、交流会の後、いつもここに居たのかい!?」


 エルフリードは凄いことを知ってしまったと、目を輝かせた。


 「え……あ……いや……今日はたまたま……。」


 狼狽えるユーミリアは言葉に詰まる。図書館は、静かに勉強ができる恰好の場所。力を付けることを決意した彼女にとって、休息も出来てなお且つ勉強も捗る憩いの場だったのだ。


 「そうなの?」

 「ええ。そうですわ。……それより殿下、視察はどうされたのですか?」


 彼女は話題を反らそうと、彼に質問を投げ掛ける。


 「え? 知らないのかい? 君の父上に伝えるように頼んだのだが……。僕ら、昨日の夜中に帰って来たんだよ。予定より早くなったけど。なのに、今日の会合にユーミリアがいないから、少し寂しかったよ。みんなが帰還を喜んでくれたのに、そこに君の姿がないんだからね。」


 エルフリードは拗ねたようにぷくりと頬を膨らます。大人ぶっててもまだまだ子供なんですわねと、ユーミリアは優しく彼の様子を見守るも、はたと大事に気付いて慌てる。


 「も……申し訳ありませんでした。殿下の帰還の儀に間に合わず、大変失礼なことをいたしました。」


 ユーミリアは急いで立ち上がると、深々と頭を下げた。


 「ユーミリア……。頭をあげて……。」


 エルフリードは悲しそうに眉を歪ます。


 「この間から少し変だよ……。君との間に壁を感じる。どうして、“殿下”って呼ぶんだ? 私の態度で何か気に障ったことがあったか?」

 「め……めっそうもございません!!」


 ユーミリアは慌てて顔を上げると、焦りながら顔の前で手をばたつかせる。


 「そう……。」


 そう言って目を曇らせたエルフリードは、しばらくの間その場に立ちつくしていた。




 「殿下……「あっ!」」


 沈黙に耐えきれずに放たれたユーミリアの言葉は、エルフリードの叫び声によって遮られる。


 「どうされました!?」


 慌てるユーミリアを、エルフリードは手で制す。彼は顔を輝かせながら、自分のポケットの中をぐりぐりと探っていた。

 不安に感じたユーミリアは、窓越しに彼の様子を見守る。


 「はい! これ!! 手を出して。」


 暫くすると、ユーミリアに向け彼は握った手を突き出した。彼女が急いで両手を揃えてエルフリードに差し出すと、彼はそっと手を開く。

 自分の手に乗せられた小さな物を目で認識したユーミリアは思わず息を飲む。

 それは太めの針金で円が描かれ、頂点には子供の親指ほどの水色のビーズが1つつけられていた“指輪”だった。


 「これ……。」


 ユーミリアの鼓動が大きく波打ち始める。


 「視察した所で作ったんだ。」


 エルフリードは自慢げに胸を張った。


 「手作り!?」

 「ああ。そうだ。以前父上に、大切な女性には指輪を贈るものだと聞いたのを思い出してね。母上はいつも父上からもらった指輪をしてるし、ユーミリアにも私が作った指輪をもっててもらいたくて。」


 そういうと、エルフリードは大きな笑みを彼女に向ける。

 ユーミリアはその笑顔を前に、言葉を発することが出来なかった。

 後光が差したかのように光輝く彼の笑顔は、どんな人物でも惹きつけられてしまう。さすがは未来の王、その者である。たとえまだ小さい王とはいえ、酔ってしまいそうになるくらい魅惑的。老若男女問わずすべてのものが虜になってしまう程。……そう、ユーミリアも違わず。


 「あ……ありがとう……ござい……ます……。」


 やっとのことで言葉を紡いだユーミリアは、顔を赤くしながら俯く。

 (……あの神の笑顔と指輪がセットだなんて……鼻血からの大量出血で、死んでしまいますっ!!)

 彼女は心の中でそう叫びながら、指輪を両手で大事に包み込む。そして強く胸元へと引きよせたそれを、儚い物を抱えるかのように体全体で覆ったのだった。


 「どういたしまして。」

 「大切に……します。」


 そんな彼女の様子を、エルフリードは満足そうに頬を緩めながら眺める。


 「それにしても、物を作るっていいな。ユーミリアがこれを付けているところを考えながら作ったから、すごくわくわくして楽しかった。 最初はね、君の目の色のようなグリーンのビーズにしようと思ったのだ。でもね、僕の目の色にしてみたんだ。――ほら、ね?」


 そう言うエルフリードは、下から勢いよく彼女の顔を見上げた。

 ユーミリアは驚きと感動のあまり、自身の目に涙が浮かぶのを感じる。


 「は……はい!! 存じておりますわ! 殿下の目の色は。頂いたものと、ほんとそっくりで綺麗な澄んだ水色です!!」

 「ふふ……。顔が赤いぞ。照れてるユーミリアも可愛いものだな。」


 その様子をいたずらっぽく目を細めて眺めた殿下は、そっと彼女から顔を離す。そして、“ユーミリアを自分の色で飾るのも良いものだね”なんて男前な物言いをするものの、彼は恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 それを見て、ユーミリアは独り悶える。

 (か……可愛すぎますっ!! 好きになってもいいですか――!!!

 で……でも……これで好きにならないほうが……両思いだと勘違いしないほうがおかしいですわよね!!! 絶対、ゲームの設定、酷過ぎます!!!

 ここまでしておいて、私に対する殿下の愛は家族愛だっただなんて……信じられない……。)

 ユーミリアは体の芯が震えるのを感じ、彼女はもうに殿下に近づくまいと、改めて心に誓った。

 主人公が現れるまでの十数年間、こんな愛まがいの言葉を囁き続けられ、その後無残に捨てられるのだ。ユーミリアは、棄てられたら絶対に生きていけないと、彼から離れることを決意した。



 「じゃあ、また会えるのを楽しみにしているよ。」


 彼は時間だからと、この部屋を去ることを彼女に告げる。

 ユーミリアを見つめる彼の目は、愛おしそうに細められていた。


 彼の背を見送たユーミリアは、暫く呆然としていた。そして、ふと周りを見回し絶句する。そう、その静かな部屋に居る全ての者の視線が、ユーミリアに集っていたのだ。

 (……痛い……皆様の気遣いが痛いですわ……。分かってましてよ、私は妹として大切にされていることを。勘違いなどしておりませんよ――。)

 ユーミリアは周りに念を送る。

 だがなおも止まない視線に押しつぶされそうになり、彼女は両手で顔を隠しながら父親の職場へと一目散に逃げ出すのだった。

 もちろん、彼女の手のひらと顔の隙間には彼からもらった指輪がしっかりと挟まれていた。勘違いしてはいけないと理解しつつも、ユーミリアにはその指輪の冷たさがとても心地良かったのだ。


 コンコン


 「入れ。」

 「お父様!!」


 ユーミリアは父親の返事と同時に魔術長執務室のドアを開けると、彼の元に駆け寄り泣きつく。


 「どうしたのだ?」

 

 書類から顔を上げる父親は、心配そうに机越しで彼女に語りかける。


 「ここまで来るのに、誰にも止められませんでしたわ!! お父様の周りの警備は大丈夫なのでしょうか??」

 「……お前は何を試しておる……ここは遊び場ではないのだぞ。」


 父親の無表情の威圧に、ユーミリアは体中の穴と言う穴から、汗が流れ出るのを感じた。もう、お父様ったら、冗談ですのにっ!! と彼女は心の中で軽口を叩いくも、実際に口に出すこと憚られた。


 「もう、団長!! ユーミリアは心配して言ってくれてるのよ?」


 ユーミリアの開け放したドアの隙間から、母親が顔を出して娘を擁護する。


 「お母様!!」


 急いで振り返ったユーミリアは、彼女に心から救いを求めた。


 「入って良いぞ。……いや、入るな。」


 父親は母親の入室を許可して直ぐ、それを取り消そうとする。彼女の手には、腰から肩まで程の書類が山積みされていたのだ。


 「もう入ってしまいましたわ。」


 部屋に足を一歩踏み入れていた母親は、今さら取り消せませんわよと、怪訝な面持をみせる。


 「副団長殿……その紙は……。」


 と、父親は恐る恐る母親に尋ねる。


 「今日中です。」

 「だろうな……。」


 頭を抱える父親をよそに、ユーミリアは自分の心配をしていた。なんとかしてエルフリード殿下から離れなければと、自分以外の心配をする余裕がなかったのだ。


 書類の山を団長の机にそっと置いた母親は、傍らで棒立ちになっている娘に不審な目を向ける。


 「ユーミリア、どうかしたの?」


 いぶかしむ彼女は、ユーミリアにそう問いかけたのだった。


 「え? あ……あの……あっ! そうですわっっ!! 学園に今から入学したいのですけれど!!!」


 咄嗟に思い付いた彼女は、すぐさま両親に提案した。

 始め、娘の突然の申し出に顔を歪ませた彼らだったが、最近の彼女が勉強に励んでいる様子を思い出し、すぐに理解の表情を見せる。


 「だが、王太子殿下と同級生になったほうが魔術団として有意ではないだろうか。」


 父親は少し考え込んだ後にそう提案した。だが、母親がそれに対し徐に反対する。


 「ユーミリアは女性よ、殿下の親友になるのは難しいわ。それに、婚姻関係を結ぶ可能性も低いだろうし。それなら、少しでも早く魔術で開花してもらった方が、魔術団には有意でしょう?」


 ユーミリアは前世の記憶から、この国の情勢を思い出していた。


 現在、彼女の住んでいるこの国には、国王の下に二大勢力が存在している。“騎士団”と彼女の両親が在籍している“魔術団”である。だが、魔術は一般的に魔力があれば誰でも使途できるため、魔術団に入団するのは、体力のない騎士に向かない人間が入るものなのだとう偏見が根強い。なぜなら、騎士ももちろん簡単な魔術なら使途出来るからだ。それゆえ、“二大勢力”と行っても、実質は魔術団は騎士団の下に組み込まれているようなものであった。


 だからこそ、たとえユーミリアが魔術団長の娘であっても、彼女がエルフリード殿下と婚姻を結ぶ可能性は低いのだ。

 (お父様もこんなに頑張ってるのに、ゲーム設定だから変えられないのかしら……。……私もきっとそうよね……。)

 ユーミリアは沈みながら心の中で呟く。



 「だが、騎士団団長の娘にもしものことがあれば……。」


 ユーミリアの父親がふいにした失言に、母親が眉を寄せる。


 「あなた! そんなことを気軽に口にしてはいけませんわ!! それに、次点は副団長の娘のはずです。」

 「だが、あの子は殿下より五つも年上…… っ!!」


 会話を途中で噤む父親は、両手で自分の口を覆い隠す。


 「……あなたより十も年上の私への当てつけですか?」


 母親が無表情になったかと思うと、彼女の背後から父親に向かって氷のブリザードが幾度となく飛び出していった。


 「すまない!! 謝る!! だから……魔術をとめてくれ――!!! 仕上げた書類が駄目になってしまうではないか――!!!」

 「安心してくださいな。書類には一切かけませんから。」


 彼女の言葉に全く感情が感じ取れなかったことで、それがさらに父親の肝を冷やす。



 「――すまないっっ――!!!」



 魔術棟にユーミリアの父親の悲痛な声が響き渡った。

 (目で睨んだだけなのに……すごいですわ、お母様。お母様のような魔術師が沢山いれば、お父様も肩身が狭い思いをしなくていいのかしら? あ、だめね、それではゲーム設定が壊れちゃいますわね。)

 ソファーの後ろに隠れていたユーミリアは、背もたれと座る部分の間にある隙間から、両親のやり取りを他人事のように観察していた。


 七日後、入学編入試験を受けたユーミリアは、その日に難なく入学を許可された。幸い、学ぶ意欲あがりそれ相応の学力があれば飛び級も認める学園なため、エルフリードのいない一カ月まるまる図書室に籠って自学勉強をしていたユーミリアにとって、入学試験なんて造作のないことであった。

 (良かったですわ……これで殿下と会う機会も一層減るでしょうね……。)

 ユーミリアは胸を大きく撫で下ろした。


 彼女には知られていないが、編入試験で測定された彼女の潜在魔力量が基準値を遥に超えていたため、学園の校長から直々に“是非我が校に!!”と、特待生扱いで入学を許可されたのだ。そして、特待制になったことで授業料が免除になったことを、父親が人知れず歓喜したことも、彼女は……彼女の母親もこれは知らない。

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