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13.父の書斎

 鹿から建国宣言を言い渡された翌日、ユーミリアは太陽も完全に顔を出さないうちから起き出していた。

 彼女は父親の書斎を訪ねる。

 使用人たちはすでに家じゅうを走り回っていたが、父親の書斎のあるフロアは彼の寝室と同じ階であるためか、廊下はしんと静まり返ったままであった。


 トントン


 ユーミリアが書斎の扉を叩いた。

 だが扉の内側からは何も応答がない。


 「お父様?」


 と、彼女は次に声に出して父親を呼んでみる。

 普段ならばすでに仕事を始めている時刻であるため、すぐにでも返事が聞こえてきそうなものなのだが、やはり彼女の呼びかけにも返答はなかった。

 (もう、お仕事のために登城してしまわれたのから。)

 と、ユーミリアは肩を落とす。

 だが、目線を落とした先に今までに見たことのない様な異様な物質があることに気づき、彼女は思わず息を飲んだ。

 “それ”は書斎の扉と床の隙間から漏れでた、濃紺や紫、黒色の三つの寒色をした何かであり、ウネウネと奇妙に蠢いては彼女の第六感をざわつかせた。

 (ええっ! これは何ですの!?)

 その異質さにゾッとしたユーミリアは思わず後退りをしてしまう。

 だが、じっと観察した彼女は、それが単なる魔力の塊であることに気づき、ほっと胸を撫で下ろした。

 と、同時に父親が心配になったユーミリアは、扉に目を向ける。

 (部屋の中で一体何が?)

 彼女は中を覗こうと、そのウネウネを避けながら扉に近づいてドアノブをひねる。


 ブオオオッッッッ


 その瞬間、扉の向こうから勢いよく風が吹き出した。

 ユーミリアは扉ごと後ろにじりじりと押しやられる。


 バンッ


 風圧に耐え切れなくなった彼女が不本意ながらもノブから手を離したことで、ストッパーをなくした扉は風の威力で勢いよく開いて壁に打ち付けられた。


 「ん――!!」


 彼女は目を瞑ると、顔の前に腕で壁を作る。

 長い髪を後ろへ勢いよくなびかせた彼女は、体が風で後ろに持って行かれそうになるのを、足を踏ん張らせて堪えた。

 だがすぐに突風は収まったようだ。

 彼女の周りは再び静けさで包まれる。

 肩で息をするユーミリアは、恐る恐る目を開いた。けれど、彼女の目の前にはパタリと閉じられた書斎の扉が広がるだけで、先程の奇妙な魔力すら全く感じ取れなくなっていたのだ。


 「……消えた?」


 ユーミリアが足下に目を向けるも、先程のウネウネとしたものは何処にも見当たらない。

 ユーミリアは何度も深呼吸をして体全体の緊張を解くと、上げていた腕を体の両脇にゆっくりと下ろした。

 (中で何が起きてるの!?)

 彼女はもう一度気合いを入れ直すと、書斎のドアノブへと手を伸ばす。

 だが躊躇してしまい、彼女は手をさ迷わせる。


 ツンツン


 手始めに、ユーミリアはドアノブを指の爪で二、三度つついてみる。

 何も起こらない事を確認した彼女は、体制を整えると、しっかりとノブを握り締めて右に回した。


 カチャ


 「……。」


 (何も……起こらない?)

 部屋から風が吹き出して来ることはなく、辺りはしんと静まり返ったままだった。

 ユーミリアはそっと扉を引き、出来た隙間から中の様子を伺う。

 だが、彼女の目にはいつと何も代わり映えのない、父親の書斎が広がるだけであった。魔力や人の気配すら全く感じられない。

 (先程のは何だったのでしょう?)

 ユーミリアは部屋の中へ頭だけ入れ、さらに汲まなく観察する。

 だが何も収穫を得られなさそうだと、諦めた彼女は、まだ屋敷に居るかもしれない父親を探すことにした。

 その瞬間、ユーミリアの視界にうっすらと壁に残された魔術陣が映る。彼女は思わず、勢いよく振り返った。


 「!?」


 ユーミリアは無礼と思いながらも父親の書斎にズカズカと勝手に入り込むと、壁に描かれていた陣を手でそっとなぞる。

 それは陣の残骸だったらしい。彼女が手を触れるだけで魔力がサラサラと砂状に変化し、流れ落ちては床にたどり着く前に空中で消えてしまっていた。


 「……。っ! こうしてはいられないわ。」


 彼女は書かれてあった陣を再現しながら、先程と同じ場所に書き上げていく。後で陣の内容を父親に知らせなくてはと、魔術を走らせるのだった。

 直径が1メートル以上ある円の上側は、ユーミリアの身長では腕を伸ばして書けるぎりぎりの範囲だ。

 途中、ふくらはぎの筋を痛めたユーミリアは“もっと下に書けばよかったわ”と、文句を言うも、スラスラと書き綴り数分で書き上げたのだった。

 数歩後ろに下がったユーミリアは、陣の全体像を眺める。


 「ん――。今までに全く見たことのない陣形ですわね。使われている文字も……見たことありませんわ。これに魔力を流し込めば、陣が起動するのかしら?」


 彼女は陣を発動させたい衝動に駆られた。


 「ま、なんとかなるでしょう。」


 彼女は一人で納得する。

 そして、自身の魔力を先程の三色に染め上げると、それを描いた陣の上に走らせるのだった。

 (こんな大きな陣は初めてだわ。魔力が足りるかしら……。)

 だが彼女の心配をよそに、程なくして陣全体に行き渡る。

 一息吐いた彼女は、陣の状態を監視する。すると、彼女の魔力を吸い取った陣が異様な動きをし始めた。寒色に染め上がったそれが、ウネウネと自分の意志で動き出したのだ。

 (……やっぱり、気持ち悪いわ。)

 そう思いながらも、ユーミリアがうねり具合をじっくりと観察する。

 次第に陣の描かれた部分が左端からゆっくりとめくれ上がり、壁の一部がドアのように開き始める。

 (うわ――!! 開いた!!)

 ユーミリアはそそくさと陣に向かう。

 スカートの裾を捲し立てた彼女は陣が完全に開けきらないうちから、中に踏み込もうと画策していたのだ。

 人が通れるほどの隙間が出来ると、膝の高さより上に広がる壁穴をユーミリアは足を広げて跨ぐ。彼女が足に継いで頭を穴の中いれると、そこには先程居た父親の書斎が広がっていた。

 (あれ? 同じ部屋??)

 ユーミリアは壁を挟んで左右を交互に見やった。やはり、壁の左も右も全く同じ部屋が広がっていたのだ。

 (右側は先程居た部屋よね。左側は……本来ならば、お父様の寝室が広がっているはず……。でも、また書斎?)

 考え込むユーミリアだが、ふと気配を感じ、左側の書斎の奥に目を向けた。


 「……。」

 「……。」


 そこには無言で彼女を見つめる父親が居た。

 ユーミリアはいたずらが見つかった子供ような気分になった。

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