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10.工房を使う許可が出ました

 「ルイーザさん、協力ありがとうございます!」


 ユーミリアはある晴れた日、下町の工房に来ていた。

 工房は小さな一軒家に備え付けられており、ここで普段は昼夜問わず製作が行われているらしい。


 「いや――、女神さんの役に立てて嬉しいよ。町の者、みんな女神さんに会えなくなって悲しんでたから、此処にまたこうして来て貰えて嬉しいよ。」


 工房の主、ルイーザがそう答える。

 父親である魔術団長からガラス製作の許可を得たユーミリアは、早速工房を訪れていた。護衛を連れた彼女は、傍に二人、家の外には十数名ほど宰相専属騎士を従える。

 ……本当に騎士団は蚊帳の外らしい。


 「はい! でも今回は……。」

 「みんな分かってるから、大丈夫だよ。前に女神さんに施して貰えただけでも、儲けもんだって言ってるし。だから大丈夫だ。誰もここには押しかけて来ない。近くに女神さんが居てくれるだけで、俺たちは幸せだから。」


 ルイーザは大きな笑顔を彼女に向ける。


 「あ……ありがとうございます!!!」


 ユーミリアは彼の手を握ると、目を潤ませたのだった。

 (いち娘をこんなにも慕って頂けて、申し訳なさすぎです!!

 たとえ、私が裏で拒否していた“女神”という名で私のことを呼んでも、許してあげます!!!

 そうです。身分や名前を隠して臨床をしていたので、みなさん業務中、神殿では偽名で呼び合っていたのです。それはそれは皆、かっこいい名前でした。

 ……なのに私は、女神……。

 もう、名前ですらない。ただの総称。ただ、女で治癒を施す係だからって……。雑すぎます!!!

 私、長官に泣いて抗議しましたよ!!!

 女神は辞めてくれと……。恥ずかしすぎて呼ばれても振り向けないと……。

 ですが、長官は首を縦に振ってくれることはありませんでした。どれだけ家でいじられたことか……。お父様にも、お母様にも、お手伝いさんにも、女神カッコ笑い付きで呼ばれていました。

 でも、お陰で慣れましてよ?

 女神様、と呼ばれれば、私なりの女神解釈笑顔付きで振り返ることが出来ます。もう、ここまで来たら、女神になり切らなくては申し訳がないですわよね!)


 「  ……れで女神さん、基本的には俺が教えるな。あと、火の番に一人つけるけど、大丈夫か?」

 「え……ええ、ありがとうございます。」


 (しまったですわ……。話を聞いていませんでした……。)

 ユーミリアは慌てて彼の話に合わせて相槌を打つ。


 「良かった。じゃ、呼ぶな。おいポセ、入って来い!!」

 「……。えっ!?」


 ユーミリアは部屋に入ってきた人物に呆然とし、驚きのあまり一歩後ずさった。


 「あ……あなた様は……。」


 ポセと呼ばれる人物は、ユーミリアの方をこそっと向く。そして、小さく人差し指を付きだし、自分の唇に当てるのだった。

 彼女は、思わず大きな音を立てて唾を飲み込む。


 「こんにちは。女神様。アシスタントに入らせていただきます、ポセと申します。僕も一通り作れるから、何かあったら何でも聞いて! 基本、下働きで部屋の掃除とかしてるから、下僕として使ってくれてもいいよ?」


 そんな彼は、屈託のない満面の笑みを浮かべた。

 (ポセとな。……なんと軽快な響き……ではなく、変わった偽名ですわね……。

 私、彼のことは知ってましてよ。彼の本名は、シリング・ウェスリー。そうです、クレメンス様のお兄様です。

 クレメンス様に紹介された訳ではないのですよ。でも、誰だか分かるのです……。

 だって……彼は……攻略対象、その四ですもの!

 タレ目とウェーブヘアが特徴の彼は、甘いマスクの生徒会長。見た目の柔和さとは裏腹、鋭い手腕で生徒会を仕切る学校のボス。その男前度に、学校中の男子生徒の憧れなのです!

 ……そうです。高等部に上がるまで、彼と接触するはずはないのです……。ましてや、ここは下町。出会うはずがありませんのに。

 貴族の坊っちゃんがなぜ此処に!? しかも、下働きとして働いてる!?)


 呆然と固まるユーミリアの腕を“じゃ工房案内するね――”と、ポセが引っ張る。


 「こら! ポセ!! 女神さんに馴れ馴れし過ぎるぞ!」

 「ごめんなさ――い。妹に似てて。」


 彼の行動に焦るルイーザが、慌ててポセを彼女から離そうとして怒鳴り声を上げる。だが、全く堪えてないらしく、ポセはとぼけた顔をした。

 (すごいわ。テヘペロ的な擬音が聞こえて来そうですわ。……はて? クレメンス様に妹などいたかしら……。)


 「こら、お前の妹も可愛いが、女神様と一緒にするな!!」


 なおも指導を入れるルイーザに、ポセは重い腰をあげた。


 「は――い。じゃ、案内するね――こっちだよ。着いてきてね――。ここは炉がある部屋だよ。……んで、ここが休憩室。使ってもいいよ? トイレとかはここで……。」


 狭い通路を通って案内をする内に、ユーミリアに付いていた護衛が彼女から少し離れてしまう。その隙を狙っていたようで、シリングが小声で彼女に話しかけてきた。


 「僕のこと、よく分かったね。クレちゃんに聞いた? 普段と性格が随分違うから、誰も気づかないのに。」


 (クレちゃん? ……クレメンス様のこと!?)

 ユーミリアはまじまじと彼を見つめる。


 「僕ってAB型なのかな? 学校ではちゃんとした生徒会長なんだよ? 君も普段の僕を見たらびっくりするよ。」

 「シリ……ポセさん、どうして此処で働いているのですか?」


 一番の疑問を、彼女は彼に尋ねた。


 「鳥さんに聞いたの。此処に居れば面白いことが起こるよって。

 じゃ!! 以上で案内終わりです。ご質問は?」


 急にシリングが声を張り上げ、可愛らしく首を傾げる。どうやら、護衛が再び彼女の傍にやって来たようだ。


 「え? あ、いえ。なにもありませんですわ……。」

 「では、僕は最初に居た工房に戻りますね。出来ることがあったら何でも声を掛けてくださいね――!」


 シリングは愛くるしい笑顔を向けると、部屋を去って行った。

 (……今の彼の動作を擬音で現すと、“テヘペロペロ”かしら……。それにしても、鳥!? またしても鳥の仕業ですか……。)

 ユーミリアは大きくため息を吐いた。

 (AB型? ……。)

 ユーミリアは先程シリングが呟いた言葉を思い返した。なぜか耳に残る言葉を、彼女は何度も頭の中で転がす。

 (……っ!!!!! この世界に血液型なんか存在してまして!?

 え……。いいえ、私の記憶の限り、誰一人とてそんなことを話した人はいません。医療関係者の中で、利用される言語として存在しているのでしょうか……。

 その可能性も考えられますが、もしかして、シリング様……地球にいた記憶があるのではないのですか!?)

 そう考えを導きだした彼女は、彼の去っていった部屋を見つめる。


 「……。あの、ソード様、レッド様、私はもう大丈夫です。外の監視に戻ってくださいな。」


 ユーミリアは自分の後ろに控えていた護衛に、怪しまれないよう優しく声を掛けた。


 「……はい。分かりました。では、外に居ります。作業に入られる際は、必ず我々に声を掛けてくださいね。回収の義務がありますゆえ。」


 彼らは厳しい目線を彼女に向けた。


 「はい。必ずお声掛けしますわ。」

 「……。絶対ですよ。……それでは失礼致します。」


 渋々と納得した彼らは、ユーミリアに頭を下げる。そして、ゆっくりと部屋を後にする彼らの背を、彼女はじっと見送るのだった。

 誰もいなくなった部屋で、彼女は周りを見回す。誰も居ないことを確認すると、彼女は人目を避けながら工房に向かうのだった。

 工房ではひとり、汗を流しながら吹きガラスを行うシリングがいた。ユーミリアは彼にそっと近づく。


 「……ごめんなさいね。工房が休みの日に仕事に出てもらって……。」


 火の傍にいる彼を驚かさない様にと、彼女は小さく声をかけた。

 彼は作業を止めると、彼女の方に向き直る。


 「いえ、女神様に使って頂けるのなら、嬉しい限りです。元々、休日の火の番は僕の役目なんで。

ついでに練習も出来てラッキーです!」


 シリングは柔らかく笑い、その目尻を更に下にながすのだった。

 (…………。きゃ―――!! 甘いですう。トロトロに蕩けてしまいそうです――。

 さすが癒系!

 いいですね――。実物をこんな間近で見られるなんて。マイナスイオンでばりばりに癒されまくりました――!!)

 ユーミリアは鼻の下が伸びそうになるのを、顔をしかめて堪えた。


 「大丈夫ですか? 護衛を離しちゃって。」


 ユーミリアの変顔をさらりと流したシリングは、心配そうに眉を下げて彼女に尋ねる。

 (下からの上目使い、サイコ――!)

 と、心の中で叫ぶも、彼女は淑女の微笑みを絶やさない。


 「大丈夫ですわ。危険はなさそうですし。」

 「そうかな……。」


 そんな彼女に、シリングは異議を申し立てる。

 そして一瞬にして顔の力を抜いたかと思うと、彼は無表情のままのそりと立ち上がるのだった。

 彼は彼女を見下ろしながら、ゆっくりとユーミリアに詰め寄る。


 「な……何ですの!?」


 ユーミリアは戸惑いと共に後ずさり始める。

 それでもなおジリジリと詰め寄るシリングに、ユーミリアの背は、とうとう壁についてしまった。


 ドンっ!!


 その時、シリングの片腕が勢いよく突き出され、彼女の真横の壁に打ちつけられる。

 ユーミリアは背に冷や汗が流れるのを感じた。


 「シリング……様……。」


 シリングは不敵な笑みを浮かべる。


 「…………。……どう? 壁ドン。」


 シリングは彼女から距離をとると、先程の人懐っこい笑みに顔を戻した。 


 「シ……シリング様!! 冗談はやめてください!!! 怖かったです……。」


 ユーミリアは横を向いて体を縮こまらせると、震えながら体全体で大きく息をする。


 「え――。女の子は壁ドン好きなんでしょ――??? あと、僕はポセだよ?」

 「私は腹ドンでお腹いっぱいなんです!!」


 ユーミリアは彼の方に向き直り、切に訴えた。


 「なにそれ、腹ドン?」

 「え? あ……いえ、なんでもないです。……。壁ドン? っ!! あなた!!! 西暦二千十四年、日本に居ましたね!!!」


 ユーミリアは彼に自分の人差し指を突きつけ、声を荒げて進言する。


 「……なにそれ。今さら?」


 シリングは目を見開いてきょとんとした。


 「え……。」

 「君、設定と違いすぎるよ――。バレバレ。」


 拍子抜けする彼女に、彼はさらっと言葉を返す。


 「で……でも、クレメンス様も薬師になってますし、ゲーム設定と違う人が多いのではないのですか??」

 「それは君が魔術に突っ走っちゃったせいでしょう?」


 シリングは呆れ果てた顔で、まじまじと彼女を見つめる。


 「……。」


 (そうなのですね……。私が治癒魔術を発明してしまったせいで、いろいろゲームの流れが変わってしまったのですね……。……すみません。)

 ユーミリアはフラりとして壁に手をつく。


 「君さ、そんな所で反省猿の恰好をしてても、ここでは誰も分かってくれないよ? もっと馴染まなきゃ――。」

 「……。」


 (……追い打ちが、痛いです……。)

 ユーミリアはその体制で項垂れたまま、暫くの間、動くことが出来なかった。

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